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2008.5.22
いつか見たあの人に似ている
誠に恥ずかしいお話なのですが、今日、カバンの中を整理しましたら、底板の下からその昔小銭入れからこぼれたらしい小銭(500円玉1個を含む874円)がザクザク出てきてとても嬉しくなりました。
そこで、この幸福を薫風舎にいらっしゃる方々と分かち合うべく(おおげさ)指導室に活ける花を買ってきたのです。
五反田から八つ山通りを品川方面へ少し歩いたところにあるその花屋さんは、以前に井本整体の道場にボランティアで花を活けてくださっていたHさんという女性にそっくりの方がやっていて、ご本人は知る由もありませんが、私、とても親しみを持っているのです。体型から顔の表情、話し方までよく似ていらっしゃいます。
皆さんの周りにもいないでしょうか?外見や動きが似ていると性格なんかも似ていることが多いのです。
その方、先日も花を買いに行ったら、母の日のおかげで大忙しだったとのことで、かなりお疲れでしたが、本日はお元気そうで安心しました。
さて、整体では、体の動きを見ることがとても重要で、色々な機会を見つけては勉強しています。たとえば、左の股関節が痛い人の歩き方はどんな風になるか真似をしてみるとかですね。
先日も、ある先輩と井本整体の本部に来る生徒さんたちのお辞儀の仕方を真似しては楽しく研究しました。こんなことも体の仕組みを知るのに役立つのです。
今度、井本整体の忘年会でもあったら、徳山室のスタッフや門下生も巻き込んで物真似コンテストでもやったら面白く勉強できそうです。やってみましょうかね。
ちなみに、私の当代市川団十郎の声色はわが妻から好評を博しております(だれでも真似しやすいんですけど)。
でも師匠に、
「他にもっと真似すべきことはあるんじゃないのかね」
とか言われちゃうかなあ。
2008.5.13
しょせんパイプですから
その昔の会社員時代、同じ部の釣り好きの方たちに何回か海釣りに連れて行ってもらったことがあります。最初は岩場からカワハギとかイシダイ。最後は東京湾でアジ釣りでした。
「最後」というのは、それから転勤してしまったこともありますが、そのアジ釣りが船釣りで、ひどい船酔いを経験して「もお、たまらん」となってしまったこともあるのです。止まってからの船の揺れがあんなに気持ち悪いものとは思いませんでした。
(ここから先しばらく、ムシ関係が苦手な方と食事中の方は合図があるまで読まないこと)
それに加えて、その時の餌がゴカイ(あのムカデみたいな生き物)かなんかで、それを針につけるんですがね、なんと、口から刺してお腹の途中から針 先を出すということで、当然、彼はそんなことをされたくないから嫌がります。針を刺そうとすると、人間で例えるならば食道ごと「オー、オー」と口の外に吐 き出しながら針を出そうとするのです。
それを見て少々感じ始めた罪悪感に加え、餌付けに格闘しながらそのゴカイのうねうねした動きに集中しているうちに、私の船酔いは頂点に達し、それから後は船底で港に戻るまでぐったりと寝てるしかなかったという始末。
ああいう生き物でも、いざ命の危険が迫ると自分を守ろうとする働きは体の中に持っています。でも、体に対する直接的な刺激が無い限りは「命がなくなるかもしれない」という「恐怖感」はないようにも思えます。
なぜかというと、餌箱から指でつまみ出されるまでは、少なくとも外見は平気な感じに見えるからです。魚なんかも釣られて針をはずすまでは暴れますが、水の中に放すと「あれ」という感じもなく今までのことを忘れたように平然と泳ぎだしますしね。
(はい、飛ばした方、戻っても大丈夫です)
人間とゴカイや魚との違いの中で、人間が持つ記憶力とか想像力がもたらす「恐怖感」「安心感」「罪悪感」などの感覚、感情の有無というの大きいのではないでしょうか。
昔読んだ畑正憲氏の本に、
「人間の体をモデル化するとパイプである」
ということが書いてあったように思います。つまり、複雑なようでいて核心の部分は、食べ物を上から入れては下から出すパイプであり、食道とか胃とか腸などは、「体内」のようでいて「体外」でもあり、「内なる外界」なのであるというようにも書いてあったような…。
そういう意味では、あのまさしくパイプのようなゴカイと人間はさほど違ったものではないとも言えます。
ところが、人間というパイプは、「考える」という部分が飛びぬけて働いてしまう、楽しくも悲しいパイプなのですね。
過去を悔いたり、将来を心配したりということで、人生を暗くして体を壊す人も沢山いるわけですが、かといって、ゴカイみたいに「痛い」→「逃げ る」、「腹減った」→「食う」というその場の感覚のみの生き方(じゃないかと思うんですがね、あくまで想像ですけど)は、そりゃ悩みも無いでしょうが、面 白味もありませんよね。
想像の世界で目いっぱい楽しい夢を見て、それを少しずつでも世の中で実現する。すると、まあ失敗することもあるけれど、その時は、
「しょせん、パイプ」
である命に与えられた「考え、感じる自由」に感謝しつつ、挑戦していけばいいように思いました。

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