DIARY

2000.01


温かさと利便性◆2000/01/27

インターネットをはじめて、というよりもメールを始めてからとんと手紙というものを書かなくなった。メールの「今出せばすぐに届く」というのは遠方の友人への場合、特に便利なものである。常に財布には切手を入れていて、学校の授業中やらに毎日のように文通相手へ手紙をせっせと書いていた昔が懐かしい。
文通相手に手紙を毎日毎日書いていた中学生時代。飽きることなく「今日のMステの光司くんめっちゃかっこよかった〜(*^^*)v」などと自慢げに書き綴ったものだった。毎日毎日違う光司くんについて書けていたのだから、なんとも良き時代であったなあ。日記を書かないわたしだが、ある意味、人に送った手紙が日記代わりだったと思えるほどによく書いたものだった。

しかし、コンサートなどで出会って文通相手と面識が出来ると、電話というものを掛けるのに抵抗がなくなる。高校時代は高い電話代を使って電話しまくりよく親に怒られたものだった。ましてや携帯電話の普及によってますます電話というものに頼りがちになっていき、いちいち字を書くのが億劫になっていった。

そしてメールの登場である。書いたらすぐに送れてすぐに読んでもらえる、これがなんといっても一番良いところだと思う。電話という間接的にだが直接反応の分かる物ではなく、文字を使っている分思っていることが素直に伝えられる。手紙に切手を貼るまでは長いけどメールならすぐに出せるもんね。そんな便利さが、わたしをメールだけの女にしてしてしまった(笑)そのメールだって友人たち曰く「いっこうに返事が来ない」らしい(爆)な、なんということだ。これでは友達も減るわけである(涙)・・・いや、ね。風邪っ引きと残業の嵐にもまれるとパソを起こすことすら面倒になって、一日離れると、もう一日、あともう一日くらい放っておいても良いだろう、となっていきしまいにはぜーーーんぜん触らない日が日常になってしまうのだよ(誰に言い訳しとるんだ)。すみません。でもメールください(爆)淋しいから(笑)

しかし。先日久々に手書きのお手紙をもらった。宛名を見ただけで思わず笑ってしまう安心感。字を見ただけで誰からの手紙かってわかる瞬間が好き。だから相手にも喜んでもらおうと久々に返事を手書きで書いている(相手が嬉しいかどうかは別問題だが)。ただ今7枚目に突入中。しかし・・・過去の自分を振り返るに、それが出し忘れられてボツになる危険性が非常に高い・・・。あはははは(^^;)


◆2000年のおめでとう2◆2000/01/20

今日は愛犬の誕生日。わたしの誕生日にも母の誕生日にもケーキは買わなかったのに、可愛い弟のためにケーキを買った(笑)今年我が愛しの弟君は年男になった。一回目の年男。人生の半分を共に過ごしているのだね(^^)もっともっとずっと、可愛い弟でいてね。
誕生日おめでとう。


◆2000年のおめでとう◆2000/01/16

今なんにちだろうねえ、全く。今更おめでとうもないだろ、とか思う自分もいたりするけど折角書いてあったので臆面もなくアップすることにした(誕生日おめでとうメッセージ)。そう。手帳には日記にかこうと一杯メモしてあったし、準備もオッケー、のはずだったのだが。諸事情が重なって1/11日がすぎちまったぜ。当の昔に。
でもおめでとうの気持ちはまったくもって変わりないからな。信じろ。

って誰に言ってるんだ誰に(苦笑)
そうして。やっぱり今年もついていくからよろしく(^^)


◆HAPPY BIRTHDAY DEAR KOHJI UCHIUMI◆2000/01/11

今日という日になった瞬間にHPを更新しようとか、友人たちに「お誕生日おめでとう光司!!」という相手にとっては迷惑以外の何者でもない手紙を送りつけるとかそういう気力さえなく、明日1月11日やけど、まいっか、寝よ。と眠りについたのは昨日の夜(愛が足りないねえ・・・^^;)。

そんな風に少し気に掛けて寝たからなのか、久しぶりにばっちり芸能人しているらしい内海の夢を見た。今日の新聞欄の夕方4時からという中途半端な時間から始まるのは「元光GENJIたちの今」というすっげー笑えないタイトルの、だけど2時間番組。なんて変な時間からやるのよ〜とか言いながらきっちり録画予約をして会社に出かけた(もちろん夢の中)。
さて、その番組の光司ったら見たこともないJ−SHOPに「内海光司でーす」とスポーツブランドのウェア上下&ジャンパーで元気に登場し、ファンサービスをしていた。そういえば最近のジャニーズくんたちってショップに現れたりするのかしら・・・。ま、そんなことはさておき。その後光司ったらなんとDSをしていたんですねえ(涙)この辺願望があらわれまくってるというかなんというか。黒いタキシードかなんか着ちゃってすごくシックな感じで大人っぽくて、だけどおじんくさくなくて、色気のあるいい男だったの(爆)にっこり微笑みながらテーブルの間を歩くいい男・内海。くううう。「なんていい男〜」とテレビの前で喚きまくっていた。夢の中でも行動は同じだな>自分。それから晃くんのDS風景なんかもあって、そこにはあつくんも来ていて客席に降りた晃くんがあつくんを手をパチンとお茶目に合わしていたのだ。なんと微笑ましい光景・・・、と夢の中のわたしは思ったのである。スバらしきかな友情。

そのあたりで目が覚めたのでその番組の残りがどんな内容だったのかは分からないのだが、なんとまあ自分に都合のいい時間配分(笑)寝る前に「内海光司内海光司内海光司」と3回唱えてみましょう。きっと素敵な光司があなたを出迎えてくれるでしょう。え?光司の夢なんかみたくない?いや、まあ今日は光司の誕生日だからそこのとこ大目に見てください(^^;)

そんな夢を見て今日が内海のBDだと朝から意識してしまったのである。「今日は1月11日」と思うだけで自然と口元が緩んでしまったりして、修行が足りない。処理している書類に日付印を押すだけで「ニヘ」と笑う怪しいやつに成り果てていたのだが、前の人に怪しまれていなかったかとても心配だ・・・。

会社に着いたら和己ファンの友人へ「誕生日おめでとう>KOHJI」のメールを入れようとしたらわたしがまだ電車に乗っている時間に「君のダーリンの誕生日ですなあ」みたいなメールがすでに届いていて、先を越されてしもた〜〜〜とすっごく悔しかった。悔しかったから会社のKinKiファンの先輩に「今日内海の誕生日なんです〜」と迷惑以外何者でもないメールを入れて憂さ晴らしをしてしまった。仕事中になにしとるねん>自分。

何はともあれ。光司だけだからね、仕事してないの。「仕事しろよ〜、光司〜」って笑ってるけど、笑えない日もあるから、だから顔見せてね、っていうか見せろ(笑)
あ、しまった。今日は光司の誕生日なのに。
おめでとう、光司。君が生まれた日はとにかくわたしにとって素晴らしい日だよ(^^)

この一年が光司くんにとって素敵な一年でありますように。


◆一年ぶりの舞台◆2000/01/09

今日は去年卒団したコーラス部の定期演奏会でした。そして私も参加致しました。卒業できていなかったのかって?社会人の振りをしていたけど実はまだガクセイだったの・・・ってそんなことナイナイ。五年ごとの節目の記念演奏会でOBと現役とが一緒にステージに立つ企画がありまして、それに参加してまいりました。大好きな先輩の指揮で大好きな同回生たち、そして後輩たちと歌える幸せを思い切り感じることが出来ました。

その定期演奏会が行われたのはなんとあの新大阪の「メルパルクホール」だったんですねえ。ピンと来た貴方は素晴らしい方ですね(笑)そうです、かつて諸星さんが「GOLDEN BOY」をしたあのホールです。一回目の時ですね。ホールの入り口下に立ったとき「ああ、そうそう、こんなところだったわ〜」と一人で興奮しまくり(爆)いやあ、弱小コーラス部には高嶺の花・・・、ホール代が・・・、ってな手の届かないところだったのですが記念だから、とどーんとやっちゃったらしいです。
今まで使ったことのあるなんとか市民会館とかとは違って舞台の奥行きが広くてびっくりしました。顧問&ボイストレーナーの先生、カメラマン、ブースの向こうのスタッフの方々のみの客席を見ながらライトを浴びていたとき、和己もこんな景色見たのかな〜なんて思ったりして結構楽しかったです。

本番では練習で出せなかった音とか、深みとか温かさとかが不思議と出せるんですよね〜、不思議。毎年演奏会で思っていたことを今年も感じました。「練習を100%の力でやっていても本番では120%、それ以上の力を出せる」たしかこんな科白でしたかね、光司の言葉は。200%の力でしたっけ?ま、100%以上の力が本番になるとだせるってことですけど、本当毎年光司に共感したりしてます。一人じゃなくて、みんながいてひとつのものをつくっていくものだから、みんなの120%が合わさると背筋がぞくぞくするくらい感動しました。歌っているときに一瞬ぞくうってきて涙が出そうでした(笑)今の一瞬のために練習してきたのかも、と思えた一瞬でした。こんな機会に恵まれたこと、本当に嬉しかった。

感動もそこそこに、後輩たちの演奏を聴くために2階に上がったんですね。メルパルクの2階って本当に急でした(笑)話には聞いていたのですが、大阪厚生年金の3階といい勝負でしたね。2階の一番前に3人で陣取ってみてたんですが、後輩からはちゃんと見えていたらしいです。「あんなところにデーンと座ってたらわかるわ」と言われちまいました。後輩たちの頑張る姿ってとっても感動的でした。男の子も女の子も泣いてるのが2階からでもわかるんですよ。今年卒業する子達が泣いてたんです。自分が卒業するときは笑顔で思い切り歌ってたくせに、今年は泣いちゃいました。自分のときはなかなかったのにどうして今年泣いてるんだ〜、と同回の子と目に涙を浮かべながら言い合っていました。不思議なものですね、人間って(笑)

楽屋に帰ったら。先輩が一本の薔薇をくれたんです。去年私たちが卒業するときに聴きに来れなかったのをすごく悔やんでいたからって言って薔薇をくれたんです。去年綺麗な花篭を頂いていたのに、それでも見に来れなかったからって言って、花をくれたんです。すごくびっくりしてまた泣いてしまいました(^^;)いっぱいしんどい(辛い)こととかあったけど、こうしてたくさんの人たちとの出逢いをくれた場所に心から感謝した一日でした。

そうして。卒業以来集まれなかった同回生6人が集結していたのでカラオケにいきました。梅田をうろついていたらノリの軽いカラオケ屋のにーちゃんに声を掛けられついていった先はなんと去年の夏の12周年&4回忌オフで光GENJIナンバーを歌いまくったカラオケBOXでした(わかる方だけ笑ってください^^;)。どうりで「このにーちゃんみたことある」と思ったわけだ。しかし、その日のそのカラオケボックスはすごかった。なんとクーラーがぶっ壊れていたのである。小さな密室、アルコールも入る。どうなるか。はい、立派なサウナでした(笑)どの部屋もそうらしく他の部屋の人たちもドアを開けたりして冷気を入れていたようです。それでも1時間半という持ち時間をきっちり歌いきった私たち。
友達に「太陽がいっぱい」を歌ってといわれて歌ったんですが、その友人曰く「さわやかやのになんとなく、やらしい」曲らしい(笑)うぶな中学生には妙にエッチくさかったんですよね〜、これが(笑)とくに光のところがね(後に歌うところがかわったりして光じゃなくなったけど)。歌い手が光だったからやらしかったのか(爆)

みんな歌の傾向が昔とちっとも変わっていなくて可笑しかったです。って、あ、自分もそう思われてたかなあ。KinKiばっかり歌ったし(笑)でもみんなが知っている曲で自分も知ってるのってこれくらいしかなかったんですよね〜。HIT曲って全く聞かないし歌番組も見なくなったし全然知らないんですよね。どうしよう、なんかネタ仕入れとかなくちゃ駄目よねえ、やっぱり。みなさん会社の人とかでいったりするときどんな歌歌います?(笑)


◆納得なんてしたくない◆2000/01/02

新年早々かなり暗い内容の日記を書いてしまったなあと、今日一日ぐるぐると考えていました。嘘でも笑い飛ばして頑張るしかないでしょう、って言わなくちゃ駄目なのかなあなんて思ったりもしました。「やっぱり」と言いたくないといいながらも使ってしまっていた自分自身の矛盾にも苛立ったりしました。

あちこちで内海ファンの淋しかったねという言葉と、前向きに頑張っていこうよの言葉に幾分落ち着きを取り戻せたかなあという気がしないでもありません。ああ、自分だけじゃないんだ、こんな思いをしているのはってちょっとほっとしました。変な言い方だけど。文句を言っているだけじゃ駄目、そんな当り前のこともなかなかわからない今の状態をどうにか打破すべく、精一杯応援して行きたいと思いました。

しかあし。今の内海くんって一体どんな喋り方をするのでしょうか(爆)「内海光司」が喋るところを聞いたのは一年以上前のことですよね。顔はなんとか昨年末にちらっと見ることは出来ましたけれど、声は聞けてないんですよね。淋しい。「渡る世間」の舞台では演じている声ですからね。演じてない内海光司の声を聞きたいんですよーーー、わかってますかあ?内海くん(笑)光GENJI当時何かとファンに向けての言葉をくれていた彼だけに、これだけ言葉がないっていうのがきっついわあって思うんです。あれ?また愚痴ってますねえ(苦笑)

昔のパンフやら写真集やらをたまたま見つけてしまって読んでしまったのがいけなかったのでしょう。内海光司の言葉に「やっぱりこいつが好きだったんだよう」と悔しくなってしまいました。過去の言葉しか追いかけられないのが悔しい。いつだって前を向いている光司の言葉がなんだかわたしをとっても悔しい思いにさせるんです。光司の何が好きかって、そりゃあたくさんあるけれど、いつだって「前を向いていこうよ」って言ってましたよね。あの言葉が好きだったんです。光司が、自分に言い聞かせているかのような言葉のように今になれば思えるんですけど、それでもずいぶんと元気をくれたことは事実です。

そしてまた結論もオチも何もない日記を書いてしまったのだが・・・うーん。自分自身納得できないんだけど、こんな日もあるよってことで(爆)←責任逃れ

うーん、今一番欲しいもの、それは「笑顔」のような気がします。


◆あ  はっぴ〜 にゅう  いや〜◆2000/01/01

あけましておめでとうございます。書き慣れた1900年代ともお別れして新しい2000年という年を迎えました。今年の幕開けは我らが大将、諸星和己様と共にスタート致しました。いやはや。彼は最高に可愛い男だ(笑)

年明け一発目の日記ですが内容はちょーーーーー後ろ向きで自分でも嫌になるくらい暗いと思います。はっきりいって愚痴です。それでもいいって思ってくださる方のみ続きを読んでやってください。だったら書くなよって自分でも思うのですがどうしても吐き出してしまいたいので続けます。

さて。熱を出して会社をボイコットしたり(意味が違うっ)、赤坂氏のDSやら和己様のDSやらライブやらに行きすっかり落ち込んでいる間に(もちろん落ち込み前にはものすっごく楽しくてハイになったりしましたよん)2000年がやって参りました(笑)
単にすねてるだけなんですけどね。もう笑う気力も今はないっつーかですねえ。余裕ないんですよね、笑う余裕が。内海からの年賀状が来ないことってこんなに落ち込むものなんだって知らなかったんですよね。うん。「やっぱり」って言う言葉使いたくないですよね。使っちゃったらそこまでっていうか諦めることになるんじゃないの?みたいな意地ですねこれはもう。

今日淳くんと晃くんとあつくんをテレビで見ました。情報に疎いわたしは彼らがテレビに出るって事を知らずにいてたまたまテレビのチャンネルを変えたら出ていたので超びっくり。「ぎえ〜〜〜」って叫び声をあげながら昨日とった「若さま侍捕物帳」再放送のビデオの上に重ねてとってしまいましたよ・・・。そしてそこに「やっぱり」内海光司がいなかった事実を確認してしまいました。居残り組の中でひとりだけDSがないっていうのは、3人が一緒にやるわけではないので、目で見てないから大丈夫だったんですね。でも駄目でしたね、実際動いている一緒にいる3人を見ちゃうと。そこに内海光司がいないのを認識したくないというか頭が拒否してしまいました。悪態の限りをテレビに向かって吐いてしまいましたね。誰にって誰にでもないものにです。晃くんの笑顔はよかったし淳くんの話しも変わってなくていいなあと思ったしあつくんのとーくには笑わせてもらったし、そういう点では楽しかったし嬉しかった・・・と思う。でもでもそういうことを感じれば感じるほど「なんでだよバカヤロウ」みたいなどうしようもないことに怒りを覚えてしまった。もっと心を大きく広く持ってのんびり待てなくちゃ駄目なのかなあ〜。

今日おみくじで「大吉」ひいたんだよ。去年と今年2年連続大吉ひいたんだよ。他のことなんてなーんにも願ってないのにさ(笑)「内海くんにお仕事を」これって本人じゃなきゃ駄目なんかなあ(苦笑)

 


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