DIARY

2001.08


2001.8.27

えー、8/13(大阪)8/14(神戸)と2日連続会社を超特急で退社し、和己さんのライブを見に行ったのはいつの話かのだろうか・・・(^^ゞ
和己さんのライブで暴れまくった所為か、はたまた可愛さ&かっこよさ爆発だった和己さんの熱に浮かされたのか(笑)翌日物の見事に発熱。次の日出社するも敢え無く昼まででダウン。
その後、咳との格闘が長引き、気が付いたらもう光GENJIの生まれた日を迎えていた。

8/19当日は、頭が痛いにも関わらず、ビデオをかけっぱなしにし光GENJIデーになってしまった。
見てしまったらなんだか戻れない(どこから?)気がして(^^;)最近見るのを自粛していたのに、熱のために判断能力が鈍っていたためビデオを再生してしまった。風邪で抵抗力の下がった体に、光GENJIはとても浸透した。
なんてかっこよくて、可愛くて、素敵なんだろうかと見惚れてしまった。
こんなに熱くなれるものをまだ他に見つけられないでいる。
なんで見ているだけでエネルギー交換が行われるのだろう。
自分の体に7人のエネルギーが注ぎ込まれる感じがしたし、見ているだけだというのにエネルギーを放出している自分がいた。
光GENJIと一緒に過ごしていたあの頃にすうっと戻ってしまっている自分に気が付いた。
なんの魔法だろうか。

そして8/27。
ここ数年8/27がやってくると切ない気持ちになる。
7年前の今日は7人最後のコンサート公演。
そして6年前の今日は、わたしにとっての光GENJIコンサート見納めの日。
泣いて泣いて泣きまくったあの日。
偶然にして2年連続サヨナラの日が重ったため、それ以後8/27という日が来る度になんとなく青い空を眺めてしまうような切なさを抱いてしまう。

しかし、今一番わたしの心を奪っているのはいつ本格的に故障するかというわたくしの「腰」。
どうして机の上にあった紙の束(5枚ほど)を取ろうとして「うっ・・・」ってうめかなくてはならないのか。
重いダンボールを持ったりした4時間後ぐらいに「ぐきっ」っとくるあたり、なんて巧妙な・・・。
まだまだ暑そうなのに、またコルセット愛用者にならなければいけない辛さといったらない。


2001.8.3

先週の今ごろは内海さんが一年以上も前にロケをした居酒屋で内海さん話に花を咲かせて、化けさせていたのにな〜〜〜。内海光司の話を飽きるでもなく途切れるでもなく話続け、寝る前には変声期を迎えていたのも、もう遠い過去の夢(なんか、違うって)。

しかし、人生幸せばかりは続かない。
東京からの帰りの新幹線。友人へのメールすら億劫なほどの睡魔に襲われシートに沈み込んで一時間。ふと目が覚めた。目覚めた途端にお菓子を食べ始める女というのは少し怖かっただろうか。お茶を飲み一息吐いた所で突然の爆発音。
ドーン、ドーン。
何の音?と思う間もなく非常灯のみを残して車内の電気が落ちた。停電!?さっきの音が何か関係あるのかしらー、などと呑気に考えながら窓の外を眺めているとあらあら速度が落ちているじゃないですか。新幹線なのにこれじゃ電車だよ、と思う内に三河安城を過ぎた辺りで停車した。
げっ、なにこれ。新幹線が止まるなんて想像だにしていなかったのはわたしだけではあるまい。
車内の大半が新大阪まで帰る関西人だったようで、そこここで関西弁が飛び交う。
「うそやん、新幹線止まったで〜、どうしよ〜」「メールでみんなに知らせないと」
数分後。「返ってきたで。いやー、嘘やろってしんじてなーい。嘘ちゃうって〜」「ほんまに新幹線止まったんやって。ドンって鳴ったのに〜。『新幹線爆発する〜っ。こんなところで死ぬの嫌〜』って打たな(いといけない)」
そして突然の光。何事もなかったかのように何のアナウンスもなく新幹線が滑るように動き出した。
と思ったら今度は電気は点いたままでまた止まった。車両点検のためにとどまるとのこと。車両点検のため電気を落とすとまで流れてくる。なんとまあ。結構甘く考えていたのに案外重傷だったようだ。
と、横に滑るようにやってきたのは整備用の黄色いカモノハシ(新幹線)。中はなにやら機器がたくさん積んであり、整備の方々も乗っておられた。はたまた会議室のような車両もあったりと今まで見たことのない乗り物にちょっとわくわくしていると、「僕黄色の新幹線デッキで見てくる」と少年がドアへと向かう。「気ぃつけ〜や〜(気を付けなさいよ)」と母親の声。おいおいおい。いつ停電するかもしれないという車内で子どもをひとりでウロウロさせるか。なんと呑気な。
すると後方からさっきの女性たちの声が再び聞こえてくる。「電話で話した方が早いよな〜」「うわっ。メールしてくんなやってー。ひどー」
自分も友人相手にメールしまくり状態だったのでふと我に返る。あのときメールの相手を散々させられたGさんにSさん。その節はありがとうございました(今ごろかっ)。

結局停電もなくややノロノロ気味で名古屋まで着いた新幹線。どうにか名古屋だよと安堵するわたしたちへのアナウンスはあまりにも無情だった。運転打ち切り、後続車に乗り換えろ。
そこで乗り換えた新幹線は「ひかり257号」。指定席を取っていたのに降ろされて苛立っていたのに、数字を見ただけで乗らないと、という気にさせられた。わたしはこれに乗るために新幹線の故障に出くわしたのだろうか。
自由席の辺りまでいくとひどい人だったので、指定席のあるあたりで乗り込む。でもラッキーなことに「ひかり257号」は岐阜羽島で止まる列車で、そこで降りた人の席に座ることができた。結局立っていたのは15分くらいだったか。やっぱり「257」だわーなんて思った帰路だった(アホ)。

そんなことで内海さんからもらった幸せが減る訳じゃない。
月曜日、東京土産を下げて乗り換えの駅でホームに着くといつもの2倍以上の人の姿が。「車両点検のため列車が遅れております」と呑気なアナウンス。また「車両点検っっ!」偶然にしても辛い。普段でも満員だというのに。車両点検という名の何かが憑いているのか。

そして火曜日。
久々に会った友人たちとの食事を終えて、さあ帰ろうと自転車の鍵を開け、スタンドをあげる。思わぬ抵抗にがくんと体が砕けそうになる。なんだなんだと見てみると、なんと後輪がペッタンコではないか。
ぎゃー、いつもだったらまだしもこんな夜遅くなっている日に限ってパンクしてる〜〜〜!?と思って何気なくむしを見てみたらネジが緩んでいるではないか。やられた。
結局ひきずって帰って空気を入れたら元どおり。チェーッ。

なんか、真剣に何かに呪われている気がした一週間だった。
内海さんを見にいった分だろうか、なんて。

 


NEXT  /  HOME