義 仲 寺

義仲寺は、源平合戦のころ、この地で討ち死にされた木曽義仲公の菩提を弔うために、義仲公の愛妾巴御前が、公の墓のそばに結んだ草庵をはじめとする。俳聖松尾芭蕉翁は、しばしば当寺を訪れ、巴御前ゆかりの名称によって無名庵を営み、滞留長く、その間、俳諧名士の往来またひんぱんであった。翁は大坂で客死されたが、遺言により、遺骸を義仲公の墳墓の傍に葬る。無名庵は、翁の高弟丈艸(じょうそう)居士が後をついだ。わが国俳諧第一の聖地である。翁の没後百年のころ、蝶夢法師は、当寺を修復し、翁の百回忌をつとめ、粟津文庫を創建、また、「芭蕉翁絵詞伝」「芭蕉門古人真蹟」を奉納した。現在、義仲寺境内は、文部省より国の史跡に指定されている。当寺は戦国のころ、近江国守佐々木候が復興し、芭蕉翁の無名庵以後は、代々の風雅人、俳諧者の寄進報賽によって維持されてきたのである。
(義仲寺入場券裏面記載より)(music by Sora Aonami)

芭蕉の無名庵における作(元禄四年)  :   木曽の情雪や生えぬく春の草

(松尾芭蕉関係)

義仲寺の山門 芭蕉翁の墓
朝日堂(芭蕉、義仲などの位牌安置) 翁堂(芭蕉翁座像など安置)
無名庵(芭蕉が滞在した所) 粟津文庫(蕉門俳書を収蔵)
身余堂文庫(資料など収蔵) 史料観(収蔵品を適時展示)
芭蕉が使用した杖 芭蕉翁絵詞伝
松尾芭蕉の絵姿 松尾芭蕉の像
史料観の展示品 句碑(行春をあふミの人とおしみける)
句碑(古池や蛙飛こむ水の音) 句碑(旅に病で夢は枯野をかけ廻る)
芭蕉翁二百年、三百年忌供養塔 膳所藩士菅沼曲翠の墓(幻住庵提供者)

[松尾芭蕉門人らの句碑]

又玄:木曽殿と脊中合せの寒さかな 紫金:しぐれても道はくもらず月の影
車友:おもふまま月夜にあひぬ遅さくら 栃翁:鶯のほつと出らしき初音哉
乙也:行燈のひとり消けりけさの秋 羽州:身のほどをかへり見る日ぞ初しぐれ
露城:粟津野に深田も見えず月の秋 蝶夢幻阿佛:初雪や日枝より南さり気なき
蟻洞:よい処へちればさくらの果報かな 魯人:月の湖鳰は浮たりしづみたり
朴因居士:いく夜寝ぬ身のおろかさよほととぎす 角上:葉を配るその根やここに冬木立
三日月の影をのばすな蕎麦の花 露城:さまざまの露ひとむらのさかり哉
其桃:鶯の頻に鳴くや雨の花 方堂:むべ三顆翁を祀るけふにして

(木曽義仲関係)

木曽義仲公墓(木曽塚) 木曽八幡社
巴塚(義仲公の側室巴御前の塚) 山吹塚(義仲公の側女山吹御前の塚)


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