松尾芭蕉の、現在の滋賀県大津市での足跡を次に示す。 (幻住庵パンフレットより)
(music by Sora Aonami)
| 年 月 日 | 事 項 |
|---|---|
| 貞亨2年 3月中旬 (1685年、42歳) |
伊賀上野から大津へ。千那宅・尚白宅に宿泊、のち江戸へ帰る。 |
| 貞亨5年 6月 5日 (1688年、45歳) |
大津奇香宅にて俳諧。この頃瀬田にて蛍見。江戸へ帰る。 |
| 元禄2年12月 (1689年、46歳) |
大津智月宅で俳諧。膳所で越年。 |
| 元禄3年 1月 3日 (1690年、47歳) 3月 中旬 4月 1日 6日 6月上旬 19日 25日 28日 7月23日 8月15日 9月13日 9月25日 12月末日 |
伊賀上野に帰郷。 膳所義仲寺の無名庵に滞在。 石山寺に参詣し、「源氏の間」を見る。 国分山の幻住庵に入庵。 京都に出て、凡兆宅に滞在。 幻住庵に帰る。その後数日を膳所洒堂宅に宿泊。 幻住庵に帰庵。 洒堂を伴って、唐崎明神に参詣。堅田本福寺に千那を訪問。 幻住庵を出て、大津に移る。こののち、しばらくして、「幻住庵記」の初稿が完成。 膳所義仲寺の無名庵に在庵。月見の句会を持つ。 後の月見のため、堅田に行くが、風邪をひいて滞在となる。 堅田より、無名庵にもどる。その後、伊賀上野へ。 大津に来て、乙州の新宅に滞在し、越年する。 |
| 元禄4年 1月上旬 (1691年、48歳) 6月10日 13日 25日 7月 3日 8月15日 16日 9月中旬 28日 |
江戸に行く乙州のための餞別俳席。伊賀上野へ。 京都の凡兆宅より、乙州宅へ。 京都の凡兆宅へもどる。 京都から、大津に移り無名庵に滞在。 「猿蓑」(「幻住庵記」収集)出版。 新築された無名庵で、月見の俳席。 堅田の成秀宅での月見の会。 京都へ出る。23日無名庵へ帰る。 桃隣とともに江戸に向かう。 |
| 元禄7年 5月 17日 (1694年、51歳) 18日 22日 6月 15日 10月 12日 10月13日 |
伊賀上野を経て、大津の乙州宅に1泊する。 膳所へ移り、21日まで曲水宅に滞在。 膳所をたち、京都嵯峨野の落柿舎へ。 京都から、無名庵へ。7月5日まで滞在。 大坂、南御堂前の花屋仁右衛門の貸座敷で死去。遺骸は、舟に乗せて、その夜のうちに淀川を伏見まで運ぶ。 昼過ぎ頃、膳所の義仲寺に入り、翌日夜に、境内にある木曽義仲公の塚の 隣に埋葬。 |