滋賀県での詠句

松尾芭蕉は「旅の詩人」である。各地を旅し、我々の心に残るような句を詠んでいる。芭蕉の詠んだ俳句を地域別に分けてみると、東京都(江戸)が最も多く約155句、次に三重県の約106句、三位に滋賀県の約96句(出所:「義仲寺の資料」と「芭蕉DB」)、四位が愛知県の約40句、五位が岐阜県と京都府の約27句である。

次に県別芭蕉句碑の数を見てみると、一位が滋賀県の86句碑(「芭蕉ネット」による)、二位が三重県の約43句碑、三位が愛知県と岐阜県の約28句碑で、東京都(江戸)は約20句碑である。
(上記のデーターは滋賀県以外は「芭蕉DB」を参考にしています。なお、「芭蕉ネット」には滋賀県の句碑の場所、句が詳細に載っています。(滋賀県の句碑は平成6年8月現在のものです。出所:「淡海の芭蕉句碑」上、下 乾 憲雄著(発行:サンライズ出版))

このことからも生誕の地である三重県を除けば、滋賀県が松尾芭蕉と深い関わりがあったといえる。
以下に、松尾芭蕉が滋賀県で詠んだ句を列記する。(「義仲寺の資料」と「芭蕉DB」による)


秋近き心の寄るや四畳半
秋の色糠味噌壷もなかりけり
曙はまだ紫にほととぎす
朝茶飲む僧静かなり菊の花
海士の屋は小海老にまじるいとど哉
霰せば網代の氷魚を煮て出さん
石山の石にたばしる霰哉
稲妻に悟らぬ人の貴さよ
稲妻や顔のところが薄の穂
稲雀茶の木畠や逃げ処
猪のともに吹かるる野分かな
命二つの中にいきたる桜かな
牛部屋に蚊の声暗き残暑哉
梅若菜丸子の宿のとろろ汁
大津絵の筆のはじめは何仏
己が火を木々に蛍や花の宿
かくれけり師走の海のかいつぶり
風色やしどろに植ゑし庭の秋
辛崎の松は花より朧にて
獺の祭り見て来よ瀬田の奥
この蛍田毎の月にくらべみん
草の戸を知れや穂蓼に唐辛子
草枕まことの華見しても来よ
この宿は水鶏も知らぬ扉かな

薦を着て誰人います花の春
これや世の煤に染まらぬ古合子
盃の下ゆく菊や朽木盆
さざ波や風の薫の相拍子
五月雨に隠れぬものや瀬田の橋
皿鉢もほのかに闇の宵涼み
三尺の山も嵐の木の葉哉
四方より花吹き入れて鳰の波
少将の尼の話や志賀の雪
白髪抜く枕の下やきりぎりす
蕎麦も見てけなりがらせよ野良の萩
鷹の目も今や暮れぬと鳴く鶉
玉祭り今日も焼場の煙哉
月代や膝に手を置く宵の宿
月見する座に美しき顔もなし
躑躅生けてその陰に干鱈割く女
蝶も来て酢を吸ふ菊の鱠哉
たふとさや雪降らぬ日も蓑と笠
夏草に富貴を飾れ蛇の衣
夏草や我先達ちて蛇狩らん
夏の夜や崩れて明けし冷し物
何にこの師走の市にゆく烏
蓮の香を目にかよはすや面の鼻
ひごろ憎き烏も雪の朝哉


人に家を買はせて我は年忘れ
ひやひやと壁をふまえて昼寝哉
病雁の夜寒に落ちて旅寝哉
ひらひらと挙ぐる扇や雲の峰
比良三上雪さしわたせ鷺の橋
蛇食ふと聞けばおそろし雉子の声
蛍見や船頭酔うておぼつかな
先ず頼む椎の木も有り夏木立
湖や暑さを惜しむ雲の峰
飯あふぐ嬶が馳走や夕涼み
やがて死ぬけしきは見えず蝉の声
山路来て何やらゆかし菫草
夕にも朝にもつかず爪の花
行く春を近江の人と惜しみける
世の夏や湖水に浮む浪の上
我が宿は蚊の小さきを馳走かな
目に残る吉野を瀬田の蛍かな
草の葉を落つるより飛ぶ蛍かな
海は晴れて比叡降り残す五月かな
夕顔や秋はいろいろの瓢かな
ひるがほの短夜眠る昼間かな
独り尼藁屋すげなし白躑躅
橘やいつの野中の郭公
日の道や葵傾く五月晴

合歓の木の葉越しも厭へ星の影
こちら向け我もさびしき秋の暮
明月や座に美しき顔もなし
桐の木に鶉鳴くなる塀の内
雁聞きに京の秋に赴かん
見送りのうしろや寂し秋の風
木曽の情雪や生えぬく春の草
初秋や畳みながらの蚊屋の夜着
秋海棠西瓜の色に咲きにけり
淋しさや釘に掛けたるきりぎりす
米くるる友を今宵の月の客
三井寺の門敲かばや今日の月
鎖明けて月さし入れよ浮御堂
やすやすと出でていざよふ月の雲
十六夜や海老煎る程の宵の闇
祖父親孫の栄えや柿蜜柑
煮麺の下焚きたつる夜寒かな
名月や二つ過ぎても瀬田の月
草の戸や日暮れてくれし菊の酒
折々は酢になる菊の肴かな
橋桁の忍は月の名残かな
九たび起きても月の七ツかな
松茸や知らぬ木の葉のへばり付く
道ほそし相撲取草の花の露

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