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2008年12月21日(日)
国宝 三井寺展について
国宝三井寺展(智証大師帰朝1,150年特別展)が11月1日〜12月14日まで、大阪市立美術館(左上、右上は特別展の入口、下の左右は第1・第2展示会場への案内)で開かれました。三井寺は智証大師円珍(814-891)が天台寺院として中興した近畿屈指の名刹です。天台密教の中核寺院として繁栄する一方で、他の寺社など権門勢力との抗争や戦乱に遭いながらも、いつも“不死鳥”のように蘇り、数々の貴重な寺宝を今日まで伝えてきました。この特別展では、普段は拝見できない秘仏中の秘仏(智証大師坐像、新羅明神坐像、不動明王像(黄不動尊)など)がそろって公開され、国宝26件、重要文化財58件、総展示数194件に及びました(この後開かれる東京と福岡での展示を見ると、国宝が総44件、重要文化財が総71件、展示数が総249件)。三井寺には何度も行っていますが、この絶好の機会に特別展をじっくり見る事が出来、感動しました。この展示の構成は6章(1.智証大師円珍、2.円珍ゆかりの仏たち、3.寺の歴史と遺宝、4.信仰の広がり、5.勧学院障壁画と狩野光信、6.フェノロサの愛した三井寺)からなりますが、特別の章ともいえる「秘仏開扉」の智証大師坐像(御骨大師)・智証大師坐像(中尊大師)・不動明王像(黄不動尊)・新羅明神坐像(以上国宝)、不動明王立像(黄不動尊)・如意輪観音菩薩坐像(いずれも重要文化財)は見応えがありました。この特別展を見た後、平成の大修理を終えた金堂などを見に行きましたが、係りの方が私達も見たことがないので、見に行くと言っていました。比叡山延暦寺の半田座主も見に行かれました。素晴らしい特別展を見る事が出来、心が洗われました。
2008年12月10日(水)
京都国立博物館の「蒔絵展」について
京都国立博物館(右上)での「蒔絵展」(左上、左下は特別展の入口)が平成20年10月18日〜12月7日まで開かれました。友人から入場券を頂き、久しぶりに紅葉が美しい京都国立博物館に行きました。「蒔絵」と聞いて思い浮かぶのは、お正月の重箱や会席料理の吸物椀でしょうが、この文様は金の顔料でなく、金粉で描いていく。すなわち、漆の地の上に漆で文様を描き、それが乾かぬうちに金粉を蒔くと、漆が糊の役目をして貼りつき文様が彩られる。金を「蒔く」から「蒔絵」という。日本を代表する工芸品の一つである。アジアを原産とする漆は、土地ごとに豊かな漆芸文化を築き上げた。とりわけ日本は、三内丸山遺跡(青森県)の出土品などにも見られるように、縄文時代以来の漆文化を持っている。その長い伝統は、いわば「漆の国」とも呼べる歴史がある。その絢爛豪華の美は世界が認める。貴人の乗る輿や駕籠、雛飾りのお道具の箪笥や長持ち、硯箱などにも蒔絵が使われている。蒔絵の技法も時代とともに発展し、日本に来た外国人に称賛され、多くの蒔絵が輸出されている。今回の「蒔絵展」には284点もの蒔絵が展示されました。蒔絵は高級品として、ヨーロッパでは王室や貴族の宝物とされ、多くのものが収集されていました。今回の展示には、フランス・オランダ・スエーデン・イギリス・ドイツ・デンマークに収蔵されているものも展示されていました。今回展示された平安時代・室町時代などの貴族の蒔絵は、現在国宝や重要文化財として美術館や寺社で大切に守られていますが、植物由来の塗料と金粉をまとい千年近くも伝わっていることは奇跡ともいえます。見ごたえのある特別展でした。写真の右下は京都国立博物館の平常展示館です。ここでは、考古・彫刻・陶磁・絵画・書跡・漆工・染織・金工などに分類されて多くの貴重な作品が展示されています。
2008年12月5日(金)
中主中学校の「福祉体験講座」の紹介
滋賀県野洲市の中主中学校では、昨年も「福祉体験講座」を行い、私達も「車椅子レクダンス」で協力しました。今年度も、中主中学校から野洲市社会福祉協議会に協力要請があり、7講座(朗読、腹話術、点字、車椅子レクダンス、布絵本、大道芸、手話)で、各分野のボランティアの方々が講座の指導者として、中学校の1年生を指導することになりました。中学校では生徒から受講する講座を選択させています。車椅子レクダンスは滋賀県車椅子レクダンス支部連合会の吉原会長が要請を受け、私達(レイカディア大学OBを主体とした「アルカディア支部」)も支援することになりました。「車椅子レクダンス」には15名の生徒が受講を希望しました。講座は4回で、毎週1回あり、最終の第4回目の二時限目に全体の発表会があります。「車椅子レクダンス」では、吉原会長が福祉の心は「思いやり」ですと何度も繰り返して教えていました。車椅子の扱い方(車椅子のセットの仕方、折りたたみ方、乗り降りの際の注意事項、坂の下り方・上り方、タイヤへの空気の入れ方、車椅子の回転のさせ方など)から始め、次に踊りでは車椅子レクダンスの基本の踊りである「コロブチカ」と「オクラホマミキサー」を指導しました。生徒も熱心に取り組み覚えが早いと感心しました。最終日は全員が発表会場の体育館に集合し、各講座の体験発表がありました。左上写真は「車椅子レクダンス」の発表、右上は腹話術、左下は大道芸、右下は手話の発表です。発表会の終りに、生徒代表から指導者に感謝の言葉があり、先生からもお礼の言葉がありました。私達も生徒の福祉の体験に協力することが出来、大変良かったと思っています。
2008年11月25日(火)
矢橋帰帆島の歴史を知り自然を観察するウオーキング
滋賀大学「環境学習支援士」会主催の「帰帆島の歴史と自然について考えよう!」〜矢橋帰帆島の歴史を知り自然を観察するウオーキング〜に参加しました。まず、「環境学習支援士」会副理事長佐瀬章男さん(左上)から、「帰帆島の施設と歴史」の説明がありました。矢橋帰帆島は琵琶湖総合開発計画の一環として1978年に着工し、1982年に「湖南中部浄化センター」として運用を開始し、順調に処理能力を増やし現在の処理能力は24万?/日、現在増能力中で30万?/日となる予定です。滋賀県には4か所の下水道処理施設がありますが、平成17年度末で普及率は約85%と、全国的にも有数の普及率となりました。次に「島内の樹木」について、今井洋さん(右上)から説明がありました。説明後の樹木の観察前に「県立水環境科学館」を見学(左下)しました。信楽焼でつくられた「花の塔」は稼働時噴水とともに高さが伸び見事なファンタジーとなります。子供も含め人気のようです。その後、約4km弱の島内外周の樹木の観察を今井先生の説明を聞きながら観察(右下)しました。帰帆島の周囲を含め、約6000本の樹木がありますが種類にすると約100種類はあるようです。その中でも滋賀県にしかない「アカメヤナギ」「ウツクシマツ」もありました。希少なものとして、シラカシ・トチュウ・シナサワグルミ・タニウツギ・ヤマナラシ・ミズキ・トベラ・ヒメコウゾなどもありました。今まで樹木の名前はほとんど知らなかったのですが、今回の観察会で大変勉強になりました。これからは樹木にも関心を持ちたいと思いました。
2008年11月15日(土)
第19回ふるさと老上まつり
「第19回ふるさと老上まつり」が行われました。老上学区としては学区のほとんどの団体が参加する大きな行事です。1日目は主として老上幼稚園の発表、小学校の各学年の学習発表会、中学校の吹奏楽部の発表などが老上小学校体育館でありました。老上公民館での展示会場(左上)には各サークルから種々の作品が出品されました。書道、俳句、俳画、水彩画、大津絵、木彫、創作人形、四季おりおりの写真、ペン習字、手話に関する啓蒙、各地区の歴史紹介などが展示されていました。その他、2日目には各町内会から町内会活動(概要、年間行事、史跡紹介など)の紹介や老上学区のパノラマなどの展示もありました。2日目は各クラブから種々の発表がありました。社交ダンス、シニア3B体操、フォークダンス(右上)、メディカルヨガ、親子3B体操ポンポコりずむ(左下)、3B体操すみれ、カラオケ、日本民謡うぐいすの会、大正琴、やすらぎ学級わらべ唄、やすらぎ学級民踊などです。多くの方が会場に来て下さり盛り上がっていました。2日目には「おいかみ市場(模擬店)」(右下)に各種団体が出店していました。約20の団体のほとんどが手がけた食べ物の他、バザー・陶器・防災啓蒙などがありました。11時30分から売り出しましたが、多くの方が昼食を求めて並んで買い求めていました。私も栗おこわ・きのこご飯、タコ焼きやホンモロコなどを買いました。2日目には草津市長もおいでになり熱心に見ていました。このまつりが地域の融和や活性化に結び付くことを期待しています。
2008年11月5日(水)
第3回滋賀県ディスコン競技大会
第3回滋賀県ディスコン競技大会が長浜市の長浜市民体育館で開かれました。今回は3人制で出場チームは40チーム。予選はリーグ戦で行い、8コートの各コート5チームの上位2チームが決勝トーナメントに進みます。今回は、滋賀県ディスコン協会の湖北地区のメンバーが朝早くからコート作りなど準備をしてくれました。競技が始まる前に公式審判員の事前打合せや各チームリーダーへの競技の進め方を説明しました。競技開始にあたり、まず各地区の入場行進(左上)後、田中会長の挨拶、平野競技部長の競技上の留意点の説明がありました。今回の大会では3人制のため、家族で出場しているチーム(右上)がありました。子供は小学生ですが、上手なのに驚きました。予選で、昨年準優勝したチームを破り、決勝トーナメントでも勝ち上がり、3位に入賞しました。決勝トーナメントになると、さすがに各チームとも上手く熱のこもる戦いになりました。採点(左下)も慎重になります。今回の優勝は高島Bチーム(右下)でした。昨年の第2回滋賀県ディスコン競技大会では高島Aチームが優勝していますので、高島地区としては連勝したことになります。2位は湖北2チーム、3位が上述したように家族チームで、4位は湖北3チームでした。ディスコンは老若男女や障害者でも楽しめる競技ですが、簡単でも奥が深く頭脳的なプレーが要求されます。ディスコンの普及度はまだ低いので、今後も普及に努めて行き、大会がさらに盛り上がるようにして行きたいと思っています。
2008年10月25日(土)
第21回全国スポーツ・レクリエーション祭について
第21回全国スポーツ・レクリエーション祭が平成20年10月18日〜21日に滋賀県で行われました。この祭りの趣旨は、「広く国民にスポーツ・レクリエーション活動を全国的な規模で実施する場を提供することにより、国民一人ひとりのスポーツ・レクリエーション活動への参加意欲を喚起し、もって国民の生涯を通じたスポーツ・レクリエーション活動の振興に資することを目的とする。」です。滋賀県の主会場は「希望が丘文化公園」で、初めて総合開会式も屋外で行われましたが、素晴らしい秋晴れで連日多くの方がみえました。県内15市町では、各都道府県の代表が参加する18種目のほかに、一定の条件を満たせば誰もが参加できるフリー参加種目6種目、合わせて24種目の種目別大会が開かれました。18種目は壮年サッカー、ソフトバレーボール、女子ソフトボール、ラージボール卓球、年齢別ソフトテニス、年齢別バトミントン、壮年ボーリング、マスターズ陸上競技、グラウンドゴルフ、ゲートボール、ターゲット・バードゴルフ、男女混合綱引、年齢別テニス、バウンドテニス、インディアカ、フォークダンス、エアロビッグ、トランポリンです。私は希望が丘文化公園で、滋賀県レクリエーション協会のお手伝いで、「ニュースポーツ体験コーナー」での体験を勧め、5種目体験した方に賞品を渡しましたが、2日間で約2700人の方に賞品が渡りました。会場では、マスコットの「キャッフィー」(左上)が人気を集めていました。野外ステージでは、京都フィルハーモニーなどの演奏(左下)、アンパンマンショー、ストレッチマンとあそぼう、ゆるきゃら・サポーター大集合などが行われていました。別の野外会場では、健康ガンダムダンベル体操(右下)などが行われ、多くの売店もあり賑わいました(右上)。スポレク滋賀2008は成功裏に終えましたが、来年は宮崎県で行われます。種々工夫をして、少ない費用でこの種の祭がながく続けられることを望みます。
2008年10月17日(金)
日吉大社の謎に迫る
日吉大社には東西両本宮を中心に数多くの社殿が鎮座しています。全国に三千八百余社の分霊社があり、その総本宮です。世にいう山王二十一社とは、上七社・中七社・下七社の総称であり、その中でも上七社は重要な位置を占めています。すなわち西本宮を筆頭に、東本宮・宇佐宮・牛尾宮・白山宮・樹下宮・三宮宮と続き、それぞれに神輿を有する。境内は、八王子山(牛尾山)を含む十三万坪で、国宝二棟(東西両本宮本殿/日吉造)、重要文化財十七棟を有する。かっては境内百八社・境外百八社といわれ境内並びに坂本の町々までもが神々の一大拠点でした。今回滋賀県文化財保護課が主体となり、「日吉大社の謎に迫る」が開講され約50名が参加しました。権禰宜の方(左上)が日吉大社の概要を説明して下さいました。日吉大社にはかなり行っていますが知らないことが多いことがわかりました。上五社の本殿の周囲に水路があり(右上)、水を清めてから琵琶湖に注いでいることがわかりました。西本宮・宇佐宮・白山宮には、大宮川から取水した水が、東本宮・樹下宮には湧水が活用されていました。また、ここには古墳群(六世紀代、渡来系氏族のもの)があり、現在約70基の古墳が確認されています。その古墳から出土した須恵器、土師器などが左下で、日吉大社が保管しています。日吉神宮寺遺跡の発掘調査の結果も説明があり(右下)、現在の境内からは少し離れていますが、神宮寺の建物跡が確認されました。神仏混合時代の「仏舎利」もあります。日吉大社は水、岩(霊石)、樹木など自然に神が宿ると大切に祀って来ました。今回は大いに勉強になりましたが、まだまだ探究していく必要性を感じました。
2008年10月12日(日)
日野ダリア園のダリアの紹介
日野町鎌掛にある「日野ダリア園」には8月中旬から11月初旬に約100種類、1万本のダリアが咲き誇ります。私も何度か見に行っていますが、その美しさには酔いしれます。ダリアはメキシコ原産でメキシコの国花にもなっています。ダリアの名はスウェーデンの植物学者でリンネの弟子であったアンデル・ダースにちなんでつけられました。日本には1842年にオランダ人によってもたらされました。花の形がボタンに似ているため、テンジクボタン(天竺牡丹)と呼ばれていました。ダリアは18世紀にメキシコからスペインにもたらされて以来、長い期間をかけて品種改良が行われ、多種多様な花色、花容の品種が作り出されました。
写真の左上は「クラリオン」、左下は「ロマンス」と呼ばれています。写真の右上は日野ダリア園のダリア畑の一部、右下はダリアの切り花畑です。観光バスなどで訪れた方におみやげとして持ち帰っていただく目的で作られています。
ダリアの花容は、アメリカ・ダリア・ソサエティーでは16種類に分類しています。ダリアの花色は赤・オレンジ・黄色・ピンク・藤色・ボタン色・紫など、バラやチューリップと並び、バラエティーに富んだ植物です。絞りや爪白のもの、コラレット咲きには花弁(大きな舌状花)とカラー(管状花を取り囲む小さな舌状花)の色が違う2色咲きのものもあります。ただし、青色と緑色のものはありません。球根は非耐寒性であり、霜が下りると花も萎れます。ダリアは10月中が一番の見ごろですので、日野ダリア園のダリアも見ていただきたい。ここをクリックすると「日野ダリア園」及び約80種類の「ダリア園」に入室出来ます。
2008年10月2日(木)
レイカディア大学同窓会のディスコン競技について
レイカディア大学同窓会の3支部(草津・栗東支部、大津支部、守山支部)交流会がレイカディア大学体育室で行われました。今回の交流会は草津・栗東支部の三上支部長が主催しましたので、滋賀県ディスコン協会の草津市周辺にいるインストラクターが主体となり、審判など進行を行うことになりました。今回参加された方々(左上)の内、ディスコンをあまり知らない方もいるので、まず平野チーフインストラクターからディスコン競技のルール、投げ方などを説明しました(右上)。ディスコンは日本で生まれたスポーツです。ディスク(片面赤色、他面青色)12枚とポイント1枚を準備。赤と青の2チームに分れ、1チーム6枚のディスクを投げ、どちらがポイントに近づけるかを競う簡単なスポーツです。ディスクなどは軽量(約950g)・安価・コンパクトなので、常備携帯でき、すぐに活用出来ます。年齢・性別を問わず、ハンディー無しで楽しめます。個人戦・団体戦でも楽しめます。1人対1人の個人戦から、6人対6人の団体戦まで競技出来ます。今回は3人制で、6チームつくり、リーグ戦を行いました。ディスクを投げ終えた後などの勝敗の判定で距離が目視では判別しにくい時はメジャーで測定します(左下)。6チームのリーグ戦でしたので、選手も審判もほとんど休む暇なく活動しました。大半の方がゲームが進むにつれてディスコンの面白さが分かってきたのか、楽しんでいました。優勝は4勝1敗の大津ー1(右下)でした。簡単に出来るが、奥が深いディスコンで交流できたことで皆さん喜んでいました。
2008年9月26日(金)
草津市市民防災員認定講習会受講
日本ではいつどこでも地震が起きる可能性があります。それだけ活断層が多いことでも知られています。滋賀県にも「琵琶湖西岸断層帯」があり、高島市から大津市に至る9つの断層があります。発生が予想されるマグニチュード7.8と阪神淡路大震災の7.3を上回り、発生確率は今から30年以内に0.09〜9%、50年以内0.2〜20%と予想されています。この状況で、滋賀県や各市町村では地震災害に対する種々の備えや訓練が行われています。草津市市民防災員認定講習会も、地域での防災意識高揚のための普及啓発活動、防災組織等の運営及び訓練企画についての助言・協力、災害による被害軽減に関する活動などを行う「防災員」の養成を行う目的で実施されています。今回は、「救助・救護技術訓練」・「消火訓練」に参加しましたのでその様子を紹介します。大出血時の止血法(一般に体内の血液の20%が急速に失われると出血性ショック、30%を失えば生命に危険)には「直接圧迫止血法」と「止血帯法」があります。骨折に対する応急手当では、骨折の部位を確認し、骨折している所を固定する事が重要です(左上)。けがに対する応急手当(包帯や三角巾を使用)、傷病者の搬送法(担架搬送、徒手搬送)やAEDの使用法についても訓練を受けました。倒壊した家屋から救助する訓練(右上)、木材や鉄パイプ等を切断する訓練(左下)、消火訓練(右下)なども行いました。ここで受けた訓練は地域の防災訓練などに役立てていくつもりです。
2008年9月17日(水)
天智天皇ゆかりの歴史ウオーク
第483回草津市体力づくり歩こう会「歴史探訪の道;古えの西大津を歩く」に参加しました。天候にも恵まれ、この企画が良かったのか約160人が参加しました。今回立ち寄る先は主に天智天皇にかかわる所が多い。天智天皇が飛鳥より現在の滋賀県大津市に大津宮を667年に造り遷都しました。しかし、672年、実弟大海人皇子と実子大友皇子が争った「壬申の乱」によって、わずか5年5か月で廃されました。この「大津宮」は昭和49年の発掘調査で確認され、「近江大津宮錦織遺跡」として国指定史跡になっています。この近くに「宇佐八幡宮」がある(左上)。1065年、源頼義(源頼朝の祖父)によって九州の宇佐八幡を勧請して創建されました。宇佐八幡宮がある宇佐山(336m)を下りると、「近江神宮」(右上は本殿)がある。ここは1940年に創建されましたが、天智天皇を祭神として祀っています。境内地は六万坪と広く、社殿は近江造りと呼ばれる独特のものです。天智天皇が日本で初めて水時計(漏刻)を設置した歴史から、境内には時計博物館があります。次に白鳳時代(7世紀後半)から平安時代まで存続していた「南滋賀町廃寺跡(国指定史跡)」を見学してから、6世紀後半頃に朝鮮半島から渡来してきた一族の墓として造られたと考えられる古墳群「百穴古墳群(国指定史跡)」(左下)を見学後、668年、天智天皇が大津宮に遷都した翌年に創建された寺「崇福寺跡(国指定史跡)」(右下)(発掘調査で、この奥で国宝となる仏舎利をおさめた舎利容器が発見されており、そこが崇福寺跡というのが正確らしい)を見学しました。昔のロマンに浸りながら楽しいウオークが出来ました。
2008年9月6日(土)
レイカディア大学学習成果発表会について
レイカディア大学草津校学習成果発表会が8月29日に行われました。展示は28日・29日に行われましたが、私は28日は都合がつかず29日の昼ごろに見る事が出来ました。展示は各学科ともユニークさを出そうと色々と工夫されていました。私が在籍していた時も同様ですが、皆んなで知恵を出し合い、努力した結果の展示ですので、終了後は達成感を強く感じます。左上は園芸学科1・2年生の展示、右上は陶芸学科1・2年生の展示です。展示の作品は大半が素晴らしく、レイカディア大学に入る前から、この分野でかなり経験を積んでおられる方が多いのではないかと感じました。左下はスポレク学科1・2年生(手前が2年生、奥が1年生)の展示です。第21回全国スポーツ・レクリエーション祭「スポレク滋賀2008」が10月18日〜21日に開催されますが、2年生はそれを大きく取り上げてPRし、卒業(9月4日)後も、「スポレク滋賀2008」が成功するよう全面的に協力するとのことです。学習成果発表会は全ての学科がスライドを駆使して発表していました。自分たちの学科の学習内容・特徴などを踏まえ、どのようにプレゼンしたら理解してもらえるか努力の様子が伝わってきました。年々プレゼン能力が向上しているように感じます。右下はスポレク29(2年生)の成果発表の後半のレクダンスの様子です。写真の右端には「スポレク滋賀2008」のマスコットキャラクター「キャッフィー」も駆けつけて下さり応援していました。この展示・発表会には、学生がかなり力をいれますが、思い出多いものになると思います。これらの経験も生かして、おおいに社会貢献をして頂きたいと思います。
2008年9月3日(水)
久しぶりの金閣寺訪問
久しぶりに金閣寺に行きました。孫達が金閣寺(左上)を見たいとのことで、喜んで案内しました。ここは観光バスで来る方も多く、外国人も多数見学に見えていました。以前、国宝の金閣寺は1950年に放火により焼失し、その際国宝の足利義満の木造(国宝)など6点の文化財が灰燼に帰し、現在は国宝がなく重要文化財があります。現在の金閣寺は1955年に再建されました。お釈迦様のお骨をまつった舎利殿「金閣」が特に有名なため、金閣寺と呼ばれていますが、正しくは「鹿苑寺(ろくおんじ)」と言い、臨済宗相国寺派の禅寺です。(1994年、世界文化遺産に登録されました。)
この地は、鎌倉時代に西園寺公経の別荘北山第が在りましたが、足利3代将軍義満が大変気に入り、応永4年(1397年)に西園寺家から譲り受け、山荘北山殿を造りました。金閣を中心とした庭園・建築は極楽浄土をこの世に現したと言われ、後小松天皇(一休禅師の父)をお招きしたり、又、中国(明国)との貿易を盛んにして文化の発展に貢献した所で、この時代の文化を北山文化と言います。義満の死後、遺言通り夢想国師を開山(初代の住職)とし義満の法号鹿苑院殿から二字をとり、鹿苑寺と名付けられました。
庭園には、金閣の前にある鏡湖池を中心として、葦原島など大小の島々や、当時の諸大名が競って献納した名石が配されています。「龍門の滝」には、鯉が滝を登ると龍になると言われる中国の故事「登竜門」に因んだ「鯉魚石」が置かれています(右上)。「夕佳亭」(左下)は江戸時代の茶道家・金森宗和が好んだ数寄屋造りの茶席です。「不動堂(右下)」の本尊は弘法大師が作られたと伝えられる石不動明王で、霊験あらたかな秘仏として広く一般に信仰されています。
2008年8月22日(金)
草津市老人クラブ連合会女性部研修会の様子紹介
草津市老人クラブ連合会女性部主催の平成20年度研修会が草津市アミカホールで開かれました。女性部の研修ですから、参加者の大半は女性ですが、各学区の単位クラブの会長なども出席を要請されていました。受付は単位クラブの会長(全員が男性)が担当しました。参加者でアミカホールはほぼ満席でした(左下)。今回の研修の目的は音楽の先生2名(本郷・藤本先生、左上)の指導で、リズム、メロディー、ハーモニーの基本の一部を学ぶという企画でした。最初に本郷先生が1960年代に流行った「夜明けのうた」(作詞:岩谷時子、作曲:いずみたく)、「サン・トワ・マミー」(越路吹雪、訳詩:岩谷時子、作曲:S.ADAMO)を熱唱し、学習に入りました。リズムのピラミッドで、全音符、2分音符、4分音符、8分音符を体感するため、藤本先生の指導でこの各音符で歩く練習をし、次に夏の野菜を発音するリズムで色々な歌を歌う練習をしました(キュウリ、ブロッコリーなどの発音にあう歌が結構あるんです)。各単位クラブ女性部長が先生の指導で練習したハンドベルで「みかんの花咲く丘」の演奏をしました(右上)。その後、会場を3ブロックに分けて、手拍子などでメロディーに合わせる練習をし、また発声練習をしました。最後の仕上げで、坂本九さんの「上を向いて歩こう」(作詞:永六輔、作曲:中村八大)の歌い方を指導して頂きました。歌いなれている歌なのですが、正確に音符通りに歌うのには良い指導を受けました。約10回ほど歌ったでしょうか。最後に、有志の方に舞台に上がって頂き、全員で歌いました。今回も、全員が参加しやすいように配慮したとのことです。
2008年8月8日(金)
近江妙蓮に魅せられて
ハスには通常の常蓮と妙蓮がある。妙蓮はその葉や地下茎である蓮根の形態学的特徴は、普通のハス(常蓮)と違いがありませんが、花の様子は全く異なっています。妙蓮はつぼみの時は常蓮に似ています。しかし、開花する時150枚前後ある外側の花弁を順次散らせると、その後は2〜数個、伝承では2〜12個もの花(花弁群)が見られます。そして常蓮にあるような花托や雄しべはなく、花弁ばかりが集まった花です。その花弁数は2000〜5000枚前後にもなります。これら多数の花弁は、外側の150枚前後のもの以外は散り落ちることなくそのまま花柄に付いて枯れます。この枯れ花は、そのまま乾燥させれば何年でも保存出来ます。妙蓮は2000〜5000枚前後、平均すると3300枚ばかりの花弁で一つの花を作る奇妙なハスです。このように多数の花弁があるのは、雄しべや雌しべが総て花弁に変化したからだと考えられます。そして花托の部分が幾つにも分岐して、そこに多数の花弁を付けて小花のようになり、2〜数個の花弁群をつくります。この2〜数個の花弁群が一つの花柄に付いて、1個の花を形成しています。「近江妙蓮」の名前は大賀一郎博士が命名しましたが、ここ守山市中町の大日池(妙蓮池)には、中国から慈覚大師(円仁・794〜864)が持ってこられたと伝えられています。室町時代から田中家及び地元の人々によって守り育てられてきた貴重なハスです。近江妙蓮資料館(左上)には貴重な古文書が展示されています。私が行った数年前は花の数が少なかったのですが、今年は素晴らしく数多くの花が咲いていました。右上の妙蓮は一茎に二つの花が咲く「双頭蓮」、右下は一茎三花の「品字蓮」、右下は一茎四花の「田字蓮」です。この妙蓮は皇室や将軍にも献上されていたようです。一茎十二花の「年光蓮」まで確認されているようです。この「近江妙蓮」は滋賀県天然記念物に指定され、守山市の市花に制定されています。
2008年7月28日(月)
悠鳩会の日帰り旅行(「想い出の森(朽木)」など)
悠鳩会の今年度2回目(通算54回目)の日帰り旅行は「想い出の森(朽木)」と地主神社などになりました。明王院(大津市葛川坊村町)も予定していましたが、あいにく修復中で見られませんでした。この明王院の守り神である「地主神社」(左上)を見学しました。この両方は平安時代に北峰回峰行の開祖とされる相応和尚により創建されたものです。いずれも国指定の重要文化財です。近くには比良山系からの谷川があり、静寂で空気が澄んでいる落ち着く場所です。次に高島市朽木柏にあるグリーンパーク「想い出の森」の「山女魚の里センター」に行きました。ここは天然温泉「てんくう」やグラウンドゴルフ場(16ホール)、「アトリエめもりい」で草木染めやヨシ笛作りも出来る。到着後、大部屋で昼食。川村前会長の音頭で乾杯(右上)。休憩後、各人の希望に応じて各場所に分かれる。私はグラウンドゴルフを選択。8番ホールでホールインワン(左下)、スコアも一番良い結果でした。草木染めはハンカチに色々な色を染色(右下)、ヨシ笛作りのメンバーも音階ごとのヨシ笛をセットしたものを作っていました。グラウンドゴルフで汗をかきましたが、その後温泉に入りすっきりしました。国道367号は昔、小浜から京都まで鯖を運んだ道ですので、「鯖街道」と呼ばれています。この道路沿いに「鯖寿司」を売る店が多い。このセンターでも「鯖寿司」の注文を受け付けており、夕食にと注文しました。思い出多い日帰り旅行になり、企画したものとしてホットしています。
2008年7月14日(月)
車椅子レクダンスのインストラクター養成講座開催
滋賀県車椅子レクダンス支部連合会に所属する我々のクラブ”アルカディア”支部が、レイカディア大学の学生を対象にインストラクター養成講座を開きました。今回の受講生は7名で、全員がスポーツ・レクリエーション学科の1年生でした。レイカディア大学生はいろいろな分野で社会に貢献するために学んでいますので、ボランティア活動もいろいろな分野で積極的に行われています。”アルカディア”支部も特別養護老人ホーム、障害者の施設、デイサービスセンターなどでボランティア活動をしていますが、それらの活動に理解を示し、参加しようとインストラクター養成講座にチャレンジして下さることをうれしく思っています。今回は本部の会長吉原さんに代わり、奥さんの吉原さん(野洲支部長)が指導して下さいました(左上)。受験生への実技指導は村木前支部長が担当(右上)し、今井支部長はじめ先輩として8名のアルカデイア支部のメンバーが応援・指導に駆けつけて下さいました。実技として、コロブチカ・オクラホマミキサー・ダンケルクの鐘を検定種目とし、タタロチカ・ジングルベルも踊ってみました。今回の受験生は覚えが早く、全員が検定に合格し、吉原さんから検定証が授与されました(左下)。最後に、全員で記念写真を撮りました(右下)。ボランティア活動は強制ではなく、都合がつけられる時に参加して頂くようにしていますが、事情で活動が出来なくなる方もあり、新しいメンバーの加入は喜ばしいことです。今後、新メンバーにも種々の踊りを指導し、一緒にボランティア活動をして行きたいと思っています。
2008年7月4日(金)
多賀工業会関西支部平成20年度総会
多賀工業会関西支部平成20年度総会が6月28日に大阪弥生会館で開かれました。関西支部の会員数は437名(平成20年3月末)であるが、総会に出席された方は33名でした(左上)。私自身も、会社に勤めていた時は会費のみで、総会には出ていませんでしたが、最近3年間連続して出席しています。関西支部の活動としては、支部会報を年に2回発行し、会員の多くに参加して頂くよう配慮しており、表紙も「お城シリーズ」、「文学シリーズ」など工夫を凝らしています。その他、懇親ゴルフ会、他支部との交流、本部との連携、支部会員名簿管理・名簿編纂などを行っています。総会では平成19年度事業報告・決算報告、平成20年度事業計画が報告され、何れも原案通り承認されました。引続き、特別講演で会員の眞鍋さんが「地球環境物語」(内、気温の変動について)約40分講演され(右上)、過去6億年の二酸化炭素濃度の変遷などスケールの大きい話を聴講しました。次に、懇親会に移り、来賓の挨拶や最近参加された方などの「ワンポイントプレゼンテーション」を聞きながら、懇親を深めました。参加者の最年長は昭和22年卒、新しい方で平成11年卒です。私は「工業化学科」(その後科名は変わっている)ですが、学化卒の人と記念撮影をしました(左下)。懇親会の最後に、大学校歌や寮歌を全員で唱和し(右下)締めくくりました。これらの様子を私のホームページでも紹介していますのでクリックして見て下さい。
2008年6月25日(水)
滋賀県生涯学習インストラクターの会10周年記念講演会に参加して
NPO法人滋賀県生涯学習インストラクターの会が設立されて、10周年の記念講演会が6月14日に県立男女共同参画センター(近江八幡市)で開かれました。10年前に生涯学習インストラクターの資格を手にした方々の有志が立ち上げた会がここまで成長したことは楠亀理事長(左上)はじめ会員の皆様の弛まぬ努力の賜物と、敬服いたします。地域社会からのニーズに応え、企画・立案・実行面で実績を積み重ねて信頼を勝ち得てきました。素晴らしいことですね。活動実績報告で、10年間の歩みを聞かせて頂きましたが、レパートリーも増やして、より高いニーズに応えていこうとしていることがわかりました。来賓として、文部科学省、滋賀県、近江八幡市教育長、社会通信教育協会長など(右上)がお見えになっていました。また、他府県の活動事例報告が東広島・愛知・大阪からありましたが、いずれもその地域に合った活動をされて、その地域に根付いていると感じました。記念公演は大阪青山大学教授住岡英毅さんが「忘れていませんか!あなたの潜在能力」で話されました(左下)。次の3点に要約されます。(生きることは学ぶこと)、(学ぶことは役立つこと)、(晩年を創り生きる)。すなわち、学習をし・社会に役出て(生き甲斐)・そこで学習し・社会に役立てていき、リフレッシュして行くことが大切だと述べていました。自身は落語を習っているので、その文化を広く役立てていきたと言っておられました。最後に、副理事長の佐瀬さん(右下)が、論語の「子いわく、学びて時に之を習う、またよろこばしからずや」を例え、中国では紀元前から生涯学習が大切なことを教えてきたと述べて締めくくりました。個々に、社会に役立つことでも多岐にわたりますので、自分に適した分野で、自分に合った方法で役立てていけば良いのではと思つています。
2008年6月10日(火)
滋賀県車椅子レクダンス支部連合会総会
滋賀県車椅子レクダンス支部連合会の総会が平成20年6月5日に野洲市文化小ホールで開かれました。今回の出席者は120名。本総会の前に、全国総会で披露された新曲の紹介と練習がありました。吉原会長から、新曲の練習に当たり、留意点などの話がありました(左上)。新曲は「想いをよろしく」、「二人は若い」、「おもちゃのチャチャチャ」と、今年度の全国大会は韓国で行いますので、その全国大会で踊る韓国の唱歌「故郷の春」の4曲です。滋賀県車椅子レクダンス支部連合会から行かれた、中級〜上級のインストラクターである能登さんと岸田さんが模範演技をし、それにならって約1時間全員で練習しました(右上)。その後、本総会に移り、吉原会長から全国総会での様子や今後の進め方などの話がありました(左下)。総会終了後、吉原会長の肝いりで、コロンビア専属の北美みち代さんが約1時間演歌やナツメロなどを歌って下さいました。北美さんは女性なので、男性から花束贈呈をと言われ、私が代表して花束を贈呈しました(右下)。北美さんの持ち歌の中に「親の背」があります。親に感謝する歌ですが、その一部の歌詞を次に紹介しましょう。(肩にくいこむ わが子の重さ、額に汗して 育ててくれた 親の背中の 温もりを 今もこの手が 覚えてる きっとするんだ きっとするんだ 恩返し)。我々ボランティア活動をしている者にとって、倫理は大切にして行きたいと思っています。
2008年6月3日(火)
滋賀県レイカディア大学同窓会本部定期総会
平成20年度滋賀県レイカディア大学同窓会本部定期総会が5月31日に県立長寿社会福祉センターレイ大草津校大教室で行われました。開会後のはじめに物故者への黙祷をし、レイカディア讃歌(レイカディア大学の校歌)を斉唱(左上)しました。奥村会長の挨拶(右上)の後、同窓会活動で功労のあった方々9名の功労者表彰(左下)、長寿者33名(大正10年生まれ)の慶祝がありました。草津市長などの来賓挨拶の後、議題に移り、すべて原案通り可決されました。新役員も原案通り承認されました。現在、同窓会の会員数は1,945名で全卒業生約4,000名の半数です。以前は卒業しますと、大半の方が同窓会の会員になりましたが、多様化が進み会員にならずに活動する方も増えています。NHKが昨年5月に放映した「いよっ 日本一」では、高齢者のボランティア参加率が日本一高い県として、滋賀県が取り上げられていましたが、これは「レイカディア大学」の存在も大きく寄与しています。滋賀県内に同窓会の支部が9支部ありますが、それぞれの支部で色々な活動がなされています。また、レイカディア大学の卒業生のほとんどが、各学科の同期生などでボランテイア活動を推進しています。総会後、遠藤 勉先生(南草津病院理事長)の「達者で百まで」の演題で講演がありました(右下)。長生きするには@挑戦の気概、A足を鍛え、Bアゴを鍛え〜良く噛んで、C異性への関心を持つことらしい。禅寺(京都、大仙院)での教示にもある次の言葉で締めくくりました。50・60花なら蕾、70・80働き盛り、90になってお迎えが来たら、百まで待てと追い返せ。
2008年5月26日(月)
バラ園のバラが見頃です。
滋賀県守山市にある「もりやまバラ・ハーブ園」のバラの花は今が見頃です。大輪の花をつけるハイブリットティー、四季咲き性のオールドローズ、イングリッシュローズ、フロリーバンダ、つる性のクライミングローズ、その他ポリアンサローズ、モダンシュラローズ(修景バラ)など、82品種、1800本のバラが咲き誇っています。このホームページの「花の写真」にバラ園を新設し紹介しています。「もりやまバラ・ハーブ園」の入口には、パンジーで飾った門柱(左上)が出迎えてくれます。園内にはバラの各種品種が咲き誇っています(右上)。左下のバラは「チャールズレニマッキントッシュ」と明示されていましたが、人の名前が入っているように感じています。バラの名前には、人の名前が入っているものも多いですね。右下のバラは「ムーンスプライト」の名称がついていますが、見ていると「月の明りが射している妖精」のように感じますね。バラは古代バビロニアでも触れられており、日本では万葉集の歌にも詠まれています。6月の誕生花で、花言葉は多くありますが、「かぎりなき美と愛情」です。現在のバラは園芸品種として、多くの種類が開発されており、今の時期日本各地でバラの競演が行われています。バラの分類にはいろいろな分類の仕方がありますが、「花弁の数」の分類では、一重咲き・半八重咲き・八重咲きに分かれますが、見ごたえのある「八重咲き」が圧倒的に多いようです。この園内には「ハーブ園」、「ベゴニア温室」、「香りの温室」、「観葉温室」もありますので、色々と楽しめます。バラは春と秋が見頃ですが、ここは各種の温室もありますので年中(休園日もあり)開いています。
2008年5月15日(木)
「鞭崎神社」の5月大祭について
滋賀県草津市矢橋町に西暦676年に創建された「鞭崎神社」があるが、ここで5月大祭が行われた。例年、5月4日〜6日の3日間で、初日が「宵宮祭」、2日目が「本宮祭」、最終の3日目は「後宮祭」が行われる。「鞭崎神社」は40代天武天皇の命により創建されました。示来、歴代皇室の導崇厚く孝明天皇、明治天皇、昭和天皇よりは幣帛共進代参御撫物下附等度々ありました。東海北陸方面より京洛に至る交通の要衝であるため鉄道開通までは人馬の往来はげしく古来歴史上の著名人の多くはこの地通過の節参拝しました。源頼朝が平氏を滅ぼし天下平定して鎌倉幕府を創立。1190年上洛の途、当地を通過し馬上よりムチ(鞭)のサキ(崎)を八幡宮に向けて村人にたずねたので、それ以来「鞭崎八幡宮」と言うようになりました。頼朝はその翌年神領を寄進し殿舎を再建しました。「鞭崎神社」の祭神は聖母大神(神功皇后であり、應神天皇の母君)、航海・旅行安全の神である住吉大神、八幡大神の産土神である高良大神、武道の神である應神天皇、学問の神である菅原道真公を祀っている。「宵宮祭」と「後宮祭」では神主の他、巫女が「追上式」で、家内安全・繁盛を祈りながら祈祷する行事が行われる(右上)、「本宮祭」では神主の祝詞奏上(左上)、巫女達の神楽舞(左下)、子供達が神輿(男子は神社の神輿を、女子は子供達で作ったドラエモンなどをあしらった樽神輿)を担いで(右下)、町内を巡行する。小学校1年生は稚児の衣装を着衣して一緒に巡行している。これもここの伝統行事であるが、この時期あちこちで神などに感謝する行事が行われている。このような伝統行事を大切にして行きたいものである。
2008年5月5日(月)
滋賀県草津市の「第40回草津宿場まつり」イベント紹介
現在の草津市は古くから交通の要衝であり(ここの地が草津と呼ばれるようになったのは鎌倉時代から)、東海道五十三次の52番目の宿場として栄え、現在も日本最大級規模の本陣(国指定史跡で1635年から明治3年(1870)の廃止に至るまで大名等の休泊を担った)が現存しています。江戸時代に整備された五畿七道のうち、東海道を通る街道に53の宿場(江戸の日本橋と京都の三条大橋を入れると55、大阪までを表す時は57))が設けられましたが、近江国には5宿(49:土山,50:水口,51:石部、52:草津,53:大津)。宿場はそれぞれ風光明媚な場所や有名な名所旧跡に設けられている場合が多く、当時浮世絵(歌川広重)や和歌・俳句の題材にしばしば取り上げられています。宿場町・草津の春の一大イベントである「草津宿場まつり」は今年で40回目を迎えました。それを記念し、大名行列の殿様役には俳優の「志垣太郎」さん(右上)が登場し、盛り上げてくれました。幕末の動乱期に徳川将軍家へ嫁いだ皇女・和宮と薩摩藩の篤姫の行列(左上)や子供奴の行列も行われました。草津小学校では「かごかきレース」(左下)が、市役所付近では「大市」など各種の店が、草津駅付近では町衆熱演舞台、街道のあちこちで「各種パフォーマンス」が、大名行列後時間をおいて、湖南消防のブラスバンドのパレード(右下)などが行われ、晴天にも恵まれ、約7万人の人出で賑わいました。このような「祭り」が観光振興に役立ち、さらに進展することを期待しています。
2008年4月25日(金)
日吉大社の「山王祭」の大イベント「船渡御」の紹介
日吉大社の「山王祭」は湖国屈指の大祭で、例年3月の第1日曜日に始まり、4月15日までの一ヵ月半の長期にわたって繰り広げられます。この「山王祭」は五穀豊穣を祈る例祭です。起源は約1300年前、三輪明神が坂本に遷座した時に里人が大榊を日吉に捧げたことに始まるとされています。「山王祭」の数ある行祭事の中でも最大の見ものは、4月12〜14日の神事です。12日に行われるのが「午の神事」。牛尾山の原始的な地主神信仰に基づき、山上の社から急坂を、松明を先頭に神輿を担ぎ降ろして東本宮拝殿に移します。13日には、烏帽子と鎧に身を固めた稚児や甲冑を身につけた武者らによる華やかな「花渡り式」が行われ、夜には大拝殿で「宵宮落し」が行われます。「宵宮落し」とは、東本宮系4社の神輿を激しく振り落とした後、競って神輿を政所から降ろし西本宮へ担ぎ出す豪快な神事です。14日は「申の神事」で西本宮系の神事に入っていきます。午後には「船渡御」の神事が行われます。これは西本宮の神を大和国の三輪よりお迎えした時に、船の漁夫(田中恒世:粟津神社の祭神)が粟飯を献じた所、神は毎年4月14日にこの浜(七本柳)に出向いてくることを約束したと今に伝えられています。七本柳はその神の降臨する木とされてきました。現在は2本が枯れて5本になっています。神輿7基がこの浜に集まり、御座船に乗せて湖上を渡ります(左の写真)。この神事では粟飯の御供を奉納して夕方日吉大社へ帰えります。7社の神輿は重要文化財に指定されていますので、東本宮近くの神輿蔵に安置されています。従って、祭に使われる神輿はレプリカですが、迫力は満点です。地元の方が、「山王祭」を全部取材するには7年かかると言っていました。来年も取材したいと思っています。
2008年4月16日(水)
俳句吟行:石清水八幡宮と背割堤の桜
私は「夕凪」俳句会に入っていますが、昨年度は自治会長の役職が回ってきましたので休会していましたが、今年度から復帰しました。今年度も「悠鳩会」の会長をやることになりましたが、土・日での行事は少ないので、句会の幹事にご迷惑をかけずにやっていけると判断しました。早速、4月の行事である吟行:「石清水八幡宮と背割堤の桜」に参加しました。「背割堤(せわりてい)」は京都府八幡市にあり、正式名称は「国営公園 淀川河川公園背割堤地区」です。木津川と宇治川を分ける背割堤1.4kmに植栽されたソメイヨシノはなんと249本(写真右上、左上、左下)。美しいサクラのトンネルが特別な感動を与えてくれます。石畳の通路の両側にサクラが咲き誇り、行けども、行けども美しいサクラの花びらに囲まれ、素晴らしいの一語に尽きます。下の河川敷では多くの人がバーベキューなどを楽しんでいましたが、この「桜まつり」に来る方が多いのも頷けます。「石清水八幡宮」(右下)は貞観元年(859年)の創建で、日本三大八幡宮のひとつに数えられる全国屈指の神社です。祭神は應神天皇・神功皇后・比淘蜷_の三神で、社殿は将軍徳川家光の造営によるもので、国の重要文化財に指定されています。本殿のみずがきや廻廊・幣殿は、彩色を施した見事な動植物の彫刻が飾られています。また、男山山頂は桜や紅葉が美しく、展望台からは天王山や桂川・宇治川・木津川の三川合流地を見ることが出来ます。ここの竹からエジソンが白熱電球のフィラメントを作りましたので、「エジソン記念碑」もありました。ここの研修センターで句会をしましたが、天候にも恵まれ楽しい一日となりました。
2008年4月7日(月)
車椅子レクダンス”アルカディア支部”総会
車椅子レクダンス「アルカディア支部」の総会が行われました。レイカディア大学で、クラブ活動として平成17年に村木さんが立ち上げ、今年で約3年になりました。「アルカディア支部」はOBの方が主体の支部です。この総会で村木さんが支部長から退き、今井さんが新支部長に就任しました。車椅子レクダンス普及会は平成7年に黒木実馬さんが立ち上げ、当初は車椅子社交ダンスと称していましたが、平成17年に車椅子レクダンスに変更しました。この変更の主たる理由は、障害者施設や特別養護老人ホームなどでのボランティア活動を積極的に進めるためです。現在、全国に320支部、約6,500人のインストラクターがおり、全国大会も10回行われ、今年度は韓国で行われる予定です。「活動理念」は、車椅子使用者が健常者と同じように、趣味としてレクダンス等を選択出来るような社会環境を実現することです。そのため、各支部では車椅子レクダンスの普及に努めるとともに、各施設への訪問を積極的に行っています。滋賀県では、平成12年に吉原 昭さんがご夫婦で立ち上げ、「滋賀県車椅子レクダンス協議会」を設立しました。吉原ご夫妻の献身的な努力で、滋賀県の全市にほぼ支部が結成されました。平成18年には、野洲市で第9回全国大会を主催しました。施設訪問で、車椅子の方、老人の方々が車椅子レクダンスを楽しみ、また来て下さいと言われると、私たちも喜びを感じます。ボランティア活動は、自分が健康でなければ出来ませんので、これからも健康に留意し、長いことボランティア活動ができれば幸いと思っています。
2008年4月1日(火)
びわこシニアネットのリニューアル〜情報サポーター説明会
日本でも高齢者の全人口に占める割合は急速に増えてきている。1985年には65歳以上の人達の割合は10.3%でしたが、2006年には20.7%になっている。高齢者が元気で生き生きと活躍する手助けの情報提供の場として、滋賀県社会福祉協議会が平成15年9月に「びわこシニアネット」を立ち上げました。その目的は、・シニア県民の方たちが、様々な形での社会参加や仲間づくり、シニアライフの楽しみかたについて、情報を持ち寄り、インターネットを通じて交流していただくホームページを開設し、・そこでの情報や人との出会いをきっかけにして、インターネット上から現実の社会へと社会参加の場がひろがり、一人ひとりのシニアライフが豊かで生きがいの持てるものになることがねらいでした。開設後、約9万件のアクセスがあり、多くの方に愛されてきました。しかし、さらに魅力的にし、活用していただくため、リニューアル(4月1日〜)を行いました。そのねらいは、・団塊の世代など退職サラリーマン増加に伴い、退職シニアの地域デビューを支援するための情報等の充実、・シニア世代がより見やすく、関心をひくコンテンツとなるよう充実、・新鮮なホームページにする、・シニア当事者の視点でシニアの仲間に向けた情報発信ができる体制づくりである〜情報サポーターの設置。情報サポーターとは、びわこシニアネットの趣旨に賛同し、当ネットに掲載する情報の収集および提供について、ボランティアで協力いただける個人やグループで、今回の説明会にも多くの方が参加して下さいました。びわこシニアネットの創設に深くかかわった大道次長が開会の挨拶(左上)、事務局の深田さんが情報サポーターの設立について説明(右上)、「うーぴ企画」の祖父江立美さんから「情報収集・インタビュー」方法についての講演(左下)、今回の主催者(大道次長、福田課長、猪飼さん、深田さん)が今後の進め方について意見のとりまとめを行いました(右下)。リニューアルを機会に、さらに愛される「びわこシニアネット」になるよう私たちも努力して行きたいと思っています。
2008年3月23日(日)
滋賀県レイカディア大学同窓会草津・栗東支部作品展
レイカディア大学草津・栗東支部主催の作品展・活動展が平成20年3月14日〜16日まで「草津市立図書館」で開催されました(左上)。出展された作品は11期生から28期生まで広範囲にわたっており、皆さんの熱意に感動を覚えました。この展示の担当は文化部が行っていますが、文化部の熱意が会員の皆様に伝わり、このような見事な展示になったと思っています。作品出品としては写真(左下、右上、右下)でお分かりのように陶芸学科、生活学科、文芸学科、園芸学科の方々の作品が多く、スポーツ・レクリエーション学科の方は少なかったですが、でも絵画や手芸の作品が出品されていました。作品の中に手作り紙芝居滋賀ネット「ぴょんた」の紹介もありました。2002年から各種の施設で公演などを行っており、年間131回から59回もの実績をあげています。滋賀県レイカディア大学同窓会憲章は平成6年7月11日に制定されていますが、それを次に紹介しましょう。●互いに助け合い、高齢者社会を生きる資質と実践力を高めよう。●心身の健康を保って、社会活動に積極的に参加し、高齢社会の支柱となって働こう。●古き良きものを伝承し、新しきを生み出して郷土社会の健全な発展に尽くそう。●会員の研修及び母校の発展に寄与する活動を積極的、持続的に推進しよう。●社会の発展に即応する高齢者像の具現のために励みあい、提携し合う輪を内外に広めよう。以上のような憲章にそった活動を今後も続けて行きたいと思っています。
2008年3月12日(水)
ヴォーリス展(滋賀県近代美術館)の紹介
滋賀県立近代美術館(左下)で3月30日(日)まで、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ展(左上)が開かれている。ヴォーリス(1880-1964)は、アメリカ生まれの熱心なキリスト教徒です。大学では建築学を学ぶつもりでいましたが、キリスト教の布教に一生を捧げる誓約書に署名し、丁度日本の近江八幡八幡商業高等学校が英語の教師を募集している機会を捉え1905年に来日しました。近江八幡では仏教徒が多いので、キリスト教の布教と合わないことがあり、2年で教師の職を解かれました。京都の教会建築の監督を依頼されたのをキッカケに、前に自分が目指していた建築の仕事に力を注いで行きます。建築事務所の設立やアメリカでメンソレータムの日本での独占製造・販売権を得て、近江兄弟社を設立し、ここで得られた資金を伝道活動に役立てて行きます。1941年には日本国籍を得て、1964年に近江八幡の地で亡くなりました。ヴォーリスは北海道から九州まで全国に立派な建物を建築していますが、それらの詳細などはヴォーリス展で詳しく紹介されています。常設館では「小倉遊亀」(右上)コーナーがあり、素晴らしい作品を見ることが出来ました。小倉さんは1895年に滋賀県大津市生まれ、105歳で亡くなられるまで絵を描き続けました。1976年より日本美術院会員、1978年に文化功労者に選ばれ、1980年には文化勲章を受章。1990年から1996年まで日本美術院理事長を務めました。近代美術館の近くに「夕照庭園」がありますが、そこには春を告げる「梅の花」(右下)が彩りを添えていました。
2008年2月23日(土)
朝のウオーキングコースの紹介
私は朝食前に散歩と言うか、ウオーキングをしている。しかし、朝早くに出かける時や天候が雨などで不順の時は室内での体操に切り替えている。血圧が高い人は朝のウオーキングは避けた方が良いと言われていますが、幸い私は血圧は今のところ正常なので、引き続き朝のウオーキングを続けている。当初は、歩くコースがいくつもありましたが最近はほぼ固定してきている。家を出るとすぐに歩道橋があり、そこから大津方面を写したのが左上の写真です。この写真の中央部は「十禅寺川」、右の建物は特別養護老人センターなどの「ケアタウン南草津」である。次に「鞭崎神社」(右上)に行く。ここは創建が西暦676年。人皇第40代天武天皇の命により建てられたものです。源頼朝がここを通る時、鞭でこの社を指した所からこれ以降「鞭崎神社」と呼称されるようになったようです。ここでお祈りすることにしている。次に、近江八景で知られている「矢橋の帰帆」(左下)に行く。ここは戦国時代や江戸時代にここから大津まで船で渡るのが交通手段でした。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康も利用したようです。ここに「与謝蕪村」の句碑がある。「菜の花やみな出はらいし矢走舟」の石碑が趣をかもし出している。現在の港は昔の面影に乏しいが・・。ここを出て琵琶湖畔を歩くのは気持ちが良い。右下の写真は「大津プリンスホテル」方面を撮っている。ここでは四季折々の季節感を肌で感じることが出来る。私にとっては素晴らしいウオーキングコースである。
2008年2月9日(土)
自彊術で若返る
最近、左の写真に示した本「自彊術で若返る」の本が出版されました。2004年暮れにNHKから「自彊術」の本が出ていますが、この本はNHKが教育テレビで10月〜11月にかけて放映したものを本にまとめたもので、動作が主体のものです。今回出版された本は自彊術31動作について、医学的にどのような効果があるかを示しており、自彊術療法についても解説しています。「自彊術で若返る」医学的理由の他、自彊術のチェックポイントとQ&A、自彊術と伝道者たち、薬漬けの身体が危うい!など自彊術全般を理解するのに役立つ本だと思いました。「自彊術」については、私のホームページの中でも紹介していますが、健康体操として優れたものと思っています。「自彊」を国語辞典で調べると「自ら努め励むこと。自分の心を励まし、努力すること」と記載されていますが、この健康体操の名称を「自彊」と名付けたのは十文字大元氏で、約2600年前の中国の古典「易経」の一節「天行健君子以自彊不息」からとったとのことです。この意味は(天の運行はすこやかである。人間は健康を保つためには、毎日自ら勉めて休んではいけない。)ということです。自彊術は日本で生まれて、日本で育った伝統のある健康体操です。自彊術は1916年(大正5年)に治療院の施術師をしていた中井房五郎氏によって考案されました。当時、文部省で推薦されたり、著名人の愛好家も多く、昭和初期には300万人以上の方が、職場や同好会などで実践されていました。所が、戦後の混乱などで、この素朴な健康法である自彊術は、しばらく忘れられた存在でしたが、昭和47年に近藤芳朗医学博士、近藤幸世ご夫婦の献身的な努力により、活発な普及活動が再開されました。このきっかけは、現在3代目の会長をされている近藤幸世会長が幼少より虚弱体質で、様々な病気を体験し、体力的に極限状態だった頃、久家恒衛氏の指導の下、自彊術を修得した所、短期間かつ着実に健康な身体になりました。これを見ていた近藤芳朗医学博士は、その健康法の不思議さに興味を持たれ、その専門である医学的な視点から、その健康法を解明し、理論的にも現代人に納得される形で人々に伝える事が出来るようになりました。自彊術は「私達の頭からつま先まで、複雑に入り組んだ関節や筋肉などを無理なく、無駄なく解きほぐし、血液や気の流れなどをスムースにしてくれる」絶妙な健康増進体操といえるのです。しかも全動作(簡単に行える31動作)の所要時間はわずか15分です(自彊術療法も行うともっと時間はかかりますが・・)。性別や年齢に関係なく、体力や体調に合わせて、いつでもどこでも出来る健康体操、それが自彊術なのです。「自彊術で若返る」の本の実技指導は近藤会長のお子さん久保頴子(自彊術普及会専務理事・師範)が行っています。
2008年1月25日(金)
町内会福祉バス旅行
鳩が森町内会主催の福祉バス旅行を実施しました。平成の大造営を終えた「多賀大社」(左上)と「キリンビール滋賀工場」(右下)の見学を組み入れました。多くの方が参加して下さりバスの定員一杯でした。多賀大社は滋賀県内で初詣の人数が最も多い所です。主祭神は「伊邪那岐命」、「伊邪那美命」で、中・近世には伊勢・熊野とともに庶民の参詣で賑わいました。「お伊勢参らば多賀へ参れ、お伊勢お多賀の子でござる」との俗説もあります。近江国が交通の結節点だったことも、隆盛の理由であろうと思われます。明治4年に県社兼郷社、明治18年に官弊中社となり、大正3年に官弊大社に昇格しました。昭和22年のそれまでの「多賀神社」から「多賀大社」に改称し、平成14年から「平成の大造営」を行いました。右上は多賀大社の太鼓橋ですが、豊臣秀吉が母の延命を祈願し、それが成就したとして、1万石を寄進し社殿を造営しました。それにちなんで「太閤橋」とも呼ばれています。左下は「糸切り餅」を販売している3軒の内の「莚寿堂」です。凡そ700年前の北条時宗の時に蒙古軍が攻めてきましたが神風で難を逃れました。それを祝って「だんご」が作られ、蒙古軍の赤・青三筋の線を書き、それを弓のつるで切ってお供えしたのが、「糸切り餅」の始まりです。キリンビール滋賀工場では種々のビールが造られていますが、環境保全への取り組みとして炭酸ガスの削減、リサイクル率の向上、水資源の森づくりなどが進められています。工場見学の後、試飲したビールの味は、やはり美味しかったです。案内ガイドさんがビールの味は泡の立て方でかなり変わる事を実証して下さいました。
2008年1月11日(金)
「日本人のしきたり」について
年の初めには比較的余裕があるので出来るだけ本を読むように心がけている。新書の中で読みたい本を購入して自分の知識や考えを修正するのに役立てればと思っている。今回購入した一つに「日本人のしきたり」がある。左図のように飯倉晴武著(宮内庁書陵部首席研究官を経て、奥羽大学文学部教授などを歴任)で、2007年上半期ベストセラー第1位だったようです。日本人は、農耕を主たる生業とし、四季の自然にも恵まれていたため、季節の移り変わりを非常に大切にしてきました。一年の内にいくつものハレの日を置き、日々の生活に変化と潤いを与えてきました。そして、自然そのものに感謝し、自然と共に生きる自分たちの生活の安泰を願ってもきました。そのような歴史から生まれた年中行事やしきたりは、日本人が長い歴史の中で培ってきた、まさに生活の知恵であり、豊かな人生観の表れでもあったのです。現在、伝統行事の多くが忘れられつつありますが、いまだに私達の生活に息づいているものも少なくありません。例えば、普段は日々の生活に忙殺され、伝統とは無縁でいても、正月にはしめ飾りや鏡餅を供え、初詣などで神仏に一年の幸福を祈ったりしています。また、厄年には社寺に出向いてお祓いを受けたり、大安・仏滅の暦注にしたがって、結婚式や葬式の日取りを決めたりすることもあります。この書では、このような年中行事、しきたりを紹介するとともに、その歴史的な由来を探っています。日本人の自然感と信仰は欧米人と大きく異なります。日本人はキリスト教やイスラム教のように唯一絶対の神ではなく、自然万物のあらゆるものに神を見出しています。俗に「八百万の神」というように、太陽、月、星、風、雷といった神もいれば、土地、田、山、川、石などにも神が宿ると信じています。現在の日本には神道と仏教が共存していて、結婚などの慶事の時は神式で、葬式などの弔事は仏式でというように、自然に両者を使い分けています。種々の年中行事の多くは中国から伝えられ、最初は宮中や貴族など上流階級で行われていたものが、一般にも広がり定着してきています。「門松」には松と竹を使いますが、松は古くから神の宿る木、竹は長寿を招く縁起物で、もともとは年神様が降りてくる時の目印でした。左義長での正月飾りを燃やす煙で、年神様が天上に帰って行くと信じられていました。鏡餅の丸いのは昔の鏡が円形だったためで、人の魂(心臓)を模したことから、丸餅になり、二つ重ねは月と日を表し、福徳が重なり縁起が良いと考えられていました。「おとそ」(お屠蘇)には「悪鬼を屠(ほふ)り、死者を蘇らせる」という意味があります。この本には「正月行事のしきたり」、「年中行事のしきたり」、「結婚のしきたり」、「懐妊・出産のしきたり」、「祝いのしきたり」、「贈答のしきたり」、「手紙のしきたり」、「葬式のしきたり」、「縁起のしきたり」などがあり一読に値すると思っています。
2008年1月3日(木)
新年祈願・年始交歓会
新年おめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。昨年は色々な起伏は当然ありましたが、多忙であった割には比較的順調であったと思っています。体調が悪くて寝込むことがなかったのが一番良かったと思っています。昨年は我が町の町内会の自治会長になってから急に忙しくなり、俳句会などクラブを休養することになりました。今年の3月末で退任出来ますので残り少ない期間を頑張ります。1月1日には自治会(鳩が森町とよし池町の共催)主催の新年祈願・年始交歓会を行いました。両町の守り神である「鞭崎神社分社」での祈願に本社の宮司に来て頂き、新年祈願を行いました(左上は玉串奉奠の様子)。その後、年始交歓会を行いました。献酒の酒を開けてふるまうとともに、温かい「甘酒」とおつまみで歓談して頂きました(右上)。天候には恵まれましたが、寒波の影響で寒さは厳しく、挨拶を終えると早めに帰られる方が多いと感じました。自治会長になってから、今のところ全ての行事で天候に恵まれ、ついていると思っています。午後には、近くの「鞭崎神社」本社(左下)と「龍宮神社」(右下)に初詣に行きました。「鞭崎神社」は矢橋町の主催で新年祈願が、「龍宮神社」では新浜町の主催で新年祈願が行われました。私の家族では例年建部大社へ初詣に行きますが、元旦ですと並んでやっと祈願出来る状態ですので、2日の朝に行くようにしています。今年も2日の朝に行き、昨年のお札と破魔矢を納め、今年のお札と破魔矢を購入して、我が家の神棚に収めました。今年も健康で活動出来ればと念じています。