湖南三山

(岩根山  善 水 寺 ) 「西国薬師霊場第四十七番」 

奈良時代和銅年間(708〜715)元明天皇勅命により鎮護国家の道場として草創され、和銅寺と号した。延暦年間傅教大師最澄上人、比叡山を開創され、堂舎建立の用材を甲賀の地に求められた。材木を切り出し横田川(野洲川)河岸に筏を組み、いざ流し下す段になったが日照り続きの為、河水少なく思うように材を流す事が出来なかった。 大師、請雨祈祷の為、浄地を探されたところ、岩根山中腹より一筋の光が目に射し込み、その光に誘われるまま当地に登られた。山中に堂、その東に百伝池あり、池中より一寸八分、閻浮檀金の薬師仏を勧請され、その薬師仏を本尊として請雨の祈祷を修すること七日間、満願の日に当たって大雨一昼夜降り続き、流の勢いのまま、材は川を下り琵琶湖の対岸比叡の麓に着岸したと云う。 後に、京の都で桓武天皇御病の際、大師、霊仏出現の池水を以って薬師仏の宝前にて病気平癒の祈祷を修すること七日、満行なってこの霊水を天皇に献上されたところ、御病忽ち平癒された。この縁に依って『善水寺』の寺号を賜わったという。(善水寺パンフレットより)


「善水寺」石碑 本 堂 (国宝) 
「善水」の由来 「善水」霊水場
百伝池 百伝池(別角度)
鐘  楼 元三大師堂
六所権現 観音堂
本 堂 (別角度) 善水寺庭園
行者堂 善水(霊水)湧水場

阿星山  常楽寺 ) 「近江西国第一番札 

「西寺の観音」・「西寺」で呼び親しまれている当寺は和銅年間中(708年)都が奈良に移された時、金粛菩薩良弁僧正が元明天皇の勅命により、この阿星山の霊地に都の鬼門除けの為、国家安穏、守護のために建立されました。本尊は千手観世音菩薩がお祭りされており、脇立に不動明王と毘沙門天、眷属として風神、雷神、二十八部衆も祭られております。延文五年(1360年)火災で焼失、同年僧侶観慶によって再建、その後も朝廷の御願寺として信仰されてきました。当ご本尊を参拝されました方は、災難をのがれ、多幸と健康を得る御利益をうけていただきますとともに、子宝、安産を御守護くださいます。また、本堂の山手に近江三十三番石仏観音があり、三十三の石仏をお参りして廻ると三十三番目の石仏で満願となります。さらに、常楽寺を守る神社として「三聖神社」があります。

 

石  碑 山  門
仁王像(向かって右側) 仁王像(向かって左側)
参   道 本 堂(国宝)
本堂正面 本堂(別角度)
三重塔(国宝) 鐘  楼
石灯籠(室町時代、重要文化財) 常楽寺本堂近くの紅葉
薬師如来堂 石仏群
石仏観音第1番(近江三十三番) 石仏観音第三十三番(満願)
庭  園 三聖神社

( 阿星山  長寿寺 )

奈良時代後期に聖武天皇の勅願により金粛菩薩良弁僧正によって建立され、のちに天台宗寺院になった。西の常楽寺に対して東寺と呼ばれています。国宝の本堂は一度消失しましたが、鎌倉時代に再建されました。本尊は子安地蔵尊を祀る。かっては常楽寺と同様に三重塔がありましたが、織田信長によって安土城山中の信長の菩提寺であるハ見寺へ移築され、現在は重要文化財に指定されています。また、本堂には神通力をもつといわれる木造の羅漢があり、手を合わせれば、長生き間違いなし?阿弥陀如来坐像など多くの文化財が安置されています。また、白山神社は古来より長寿寺の鎮守社であって、祭神は白山比盗_を祀る。
石  碑 山  門
本 堂(国宝) 本堂正面
本堂と弁天堂の説明 弁天堂(重要文化財)
鐘  楼 杉、ヒノキの大木(杉は湖南市で最大)
白山神社拝殿(重要文化財) 白山神社拝殿の説明
白山神社本殿 湖南市最大の杉の大木
山門の紅葉 参道の紅葉


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