教育分科会 in 東京 (2000.10.21)

 2000年の教育分科会は、東京での第17回日本アドラー心理学会のプログラムの中で、実施されました。
 昨年の 沖縄での大会後、ワークショップ形式の教育分科会をしたいという会員からの声があがりました。優れた実践から学ぶことはそれはそれで意味のあることですが、参加者の多くが受け身の状態になり生きた体験ができませんし、 また学校の研修会のような堅苦しい雰囲気があって参加しにくいというのです。そこで、今年はこれまでの実践発表形式の分科会をやめ、発表者を準備 しないで、ぶっつけ本番の皆で助け合う形の分科会を行いました。つまり、講義式一斉授業から参加体験型の授業へ変えるような改革です。進行役を小沢さん(東京)と河原木さん(岩手)が引き受けてくださって、「どなたか、困っ ている事例を出していただけませんか?」と、自己紹介とかウオーミングアップなしで、いきなりのスタート。素晴らしいなあと思ったことは、参加者 が日常生活でアドラー心理学を実践しているだけあって、オープンカウンセリング風の活発な質疑応答と、適切な場面でロールプレイを実施して、暖か な教育分科会in東京1助け合いの雰囲気と盛り上がりのある分科会になったことです。参加者も 前半の36名から休憩後は他の分科会からの参加があり、41名に増えました。  前半は養護学校の先生から、乱暴な行動をする児童のことで、これからどんなことができるかという事例が出されました。イメージとしてはドラエモ ンに出てくるジャイアンのタイプだそうで、支配的で友達を仕切りたがり、仲良く遊んでいる時もあるのですが、イライラすると友達を殴ってしまった り、壁に穴を開けたりしてしまいます。先生が「開けちゃった穴をどうしようか?」と質問すると、「ふさぐ」と答えて、先生と一緒に厚紙を貼ること ができます。また、イライラしてくると、「これ以上近づかないでよ。僕を怒らせないでよ」と言ったり、教室から出ていくことができて、これまでの 指導の成果が表れていますし、先生との関係もよいようです。しかし、しばしば自分を押さえきれなくなり、トラブルを起こしてしまうのです。  この事例に対して、「具体的なトラブルのエピソードを話していただけませんか?」「彼が乱暴をしていない時、どうしていますか?正の注目をして いますか?」「彼自身は困っていることがあるのですか?乱暴をなくすことで、彼と目標の一致があるのですか?」等の質問や、「自分は障害児学級に 勤めているが、同じような乱暴な子供にプレイルームのマットを叩くことを教えたら、教室の物を壊さなくなった」等の意見が出されました。  事例提供者からは、目標の一致が得られていないことに気づいた。クラスでこの問題を話し合うと、彼は怒ってしまうのではないかと思い込んでいた が、彼に相談すればよいことがわかった。彼が怒ることにマイナスの注目をしていたが、怒ることにもよい意図があり、そのよい意図の側(例えば、友 達ともっと仲良くな
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<教室場面のロールプレイ>
りたい)に正の注目をするよう心がけながら、目標の一 致をはかりたいと、今日の気づきを話されました。  イライラを上手に自己表現する技術を身につけることや、イライラした時 にクールダウンするためのクラス全体のルール(彼だけのルールを考えるのではない)を作ることが大切だという参加者の意見にも、共感しました。私 自身がたくさんのことを気づかされたワークでした。休憩後に出された後半の事例は、お祖母ちゃんが癌で入院している女の子 とお父さんが癌になった男の子の教室での会話で、「僕のお父さんも癌や」と 言った男の子に「お父さん、癌で死んだりして」と女の子が応じたため、先生がその言葉に固まってしまい言葉か出なかったというエピソードについて でした。今後、同じような場面にであった場合にどう対応すればよいかということと、お父さんが亡くなられ教室に来なくなっている男の子にどんなメ ッセージを送ればよいかということがテーマとなりました。この事例では、ロールプレイで教室を再現することになり、藤原さん(埼玉)がロ ールプレイの進行役を引き受けてくださいました。男の子、女の子、他の児童の役を決め、先生とが前に出て、その時の場面を再現しました。そして、 互いの役を交替しながら、それぞれの立場になるとどう感じるか、感想を言い合いました。「女の子にからかわれた感じがした」「ほっておかれたような 感じがした」「お父さんが死ぬかもしれないという不安にとらわれた」「女の 子は、場を明るくしようと思っただけで傷つける気はなかったのではないか」 「お祖母さんが癌というより、お父さんが癌というほうが深刻な感じがする」 等々。さて、この場面で先生はどう言葉かけすればよいのか。お父さんが癌という深刻さと女の子の最後のセリフにとらわれて言葉がでなかったのです が、参加者から「もし、お父さんが死んだりしてというセリフが無かったとしたら、どうしますか」という発言で、代替案がスムーズにでるようになり ました。男の子が教室に来ないことについては、先生との関係よりも親の死をどう 受けとめるかという課題が大きいのではないか、それは本人が克服しなければならない課題で、先生はそのことにとらわれないでメッセージを送ればよ いのではないかという意見が出されました。最後に参加者の感想を聞きましたが、「重たいテーマだったけれど、こう すればいいという体験ができてよかった」「最初の事例は、教室で使えそう」 「教育分科会には入りにくかったけれど、今日はよかった」「先生ではなくて も使える内容だった」と、好評でした。
 (報告 棗田真一)
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