春 霞
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平安の世、寛平(かんぴょう 889〜898)の歌合(うたあわせ)の時のことです。

「初雁(はつかり)」という題で、紀友則(きのとものり)が歌を詠みました。

「春霞かすみていにし雁がねの今ぞなくなる秋霧の上に」

春霞のかすんでいる中を、帰って行った雁(かり)がねが、
今また秋霧の上で鳴いているよ、
という意味


歌合は、右方と左方に分かれて競っていました。

左方の友則が、歌の最初の五文字である「春霞」を詠んだ時、

右方の人は大笑いしました。

しかし続いて、友則が「かすみていにし」と口にすると、静まり返りました。

物事を最後まで聞きもせず大笑いするなど、あってはならないことなのです。

また友則のように、あまりにも意外なことを詠む事もあまり良いことではありません。

他人に誤りがあったとしても、自分にとって困ることもないのに、

激しく非難したり、責めたりしても、何のためにもならないのです。



参照、 「十訓抄」 四ノ十五


紀友則 きのとものり
紀貫之の従兄弟。古今集選者の一人。
紀貫之の歌は、百人一首にも選ばれている。

百人一首33番  紀友則
ひさかたの光のどけき春の日にしづこころなく花の散るらむ


十訓抄の教え

百人一首




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