道を知らねば
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平安中期のことです。

ある時、小式部内侍こしきぶのないしは、大変重い病にかかりました。

そして命も尽きるかと思われたのです。

もはや小式部には、人の顔を見分けることもできません。

小式部の母である和泉式部は、かたわらに付き添い、

小式部の額をおさえながら泣いていました。

その時、小式部は僅かに目を開き、母の顔を見つめ震える声で

一首詠みました。

いかにせむいくべきかたをおもほえず 親に先だつ道を知らねば

どうしたらよいのでしょう。行くべき道が分かりません。
親に先立って行く道など、知るはずもありません、
という意味。
「いくべき方」は、「行く」と「生く」が掛詞になっている。


すると天井の上で、あくびをかみ殺したような声がしました。

「ああ、なんと素晴らしい歌だ。」

それから、小式部の体の熱はさめていき、病から回復したのです。



参照、 「十訓抄 十ノ十四」


小式部内侍 こしきぶのないし
生年未詳〜1025
母の和泉式部とともに上東門院(藤原彰子)に仕える
父は橘道貞
関白藤原教通の子を産む(静円僧正)
その後、藤原公成の子を産んだ直後、若くして没す



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