沢の蛍
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貴船神社
貴船神社


時は平安中期、和泉式部という女流歌人がいました。

和泉式部は、夫である藤原保昌の自分に対する気持ちが

冷めてしまったことに悩んでいました。

思い悩んだ式部は、貴船神社へ百夜お参りし、

夫の気持ちが取り戻せるよう祈願します。

ある夜、和泉式部は貴船の御手洗川みたらしがわで飛ぶ蛍を見て、 歌を一首詠みました。

「物おもへば沢の蛍も我が身よりあくがれいづるたまかとぞみる」

物思いをしていると、沢を飛ぶ蛍が、我が身から抜け出した
魂のように見える、という意味。


和泉式部は、自分から遊離した魂が光を発し空中に浮いているように

思えたのです。

なんでも魂が遊離すると、思う相手にとりつくことができるそうな。

しばらくすると、なんと社殿の中から返歌を詠む声がしました。

「おく山にたぎりて落つる滝つ瀬の玉ちるばかり物なおもいそ」

奥山の滝の水が飛び散るほどに、深く思いつめたりしなさるな、
という意味。


その後、和泉式部の願いは叶えられ、夫の心を取り戻すことができたのです。

ところで、和泉式部は誰を思って、「沢の蛍」の歌を詠んだのだろう?



参照  「十訓抄」 十ノ十三


保昌山
 保昌山  (祇園祭り・山鉾巡行)

和泉式部のために紫宸殿の紅梅を折る保昌の姿


和泉式部 橘道貞と結婚するが別れ、弾正宮為尊(ためたか)親王と関係をもつ。
しかし為尊親王は若くして夭折。 その後、敦道親王と恋に落ちる。
敦道親王も若くして夭折。 数年後、藤原保昌と再婚する。


百人一首56番  和泉式部
あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな


百人一首




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