| 桃か桜か |
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高陽院藤原泰子の御邸の東向いの車寄せに、大きな椿桃の木がありました。
徳大寺の左大臣藤原実能が、藤原泰子の邸を訪れた時のことです。 藤原実能は部屋で藤原泰子を待っているうちに庭の大木のことを、 取次の蔵人(宮中や貴族の邸にいて諸事をつかさどる役人)に尋ねました。 「この木は桜か?」 その問いに対して蔵人は、すぐに答えました。 「いえ桃の木です」 すると実能は、にっこり笑って言いました。 「では今度、棹を持参して来るとしよう。」 この時代、桃の木は好色のイメージがありました。 左大臣の「桜か」という問いの意味も考えず、うかつに「桃です」と答えたことは、 愚かしいかぎりでした。 男に縁遠い高陽院藤原泰子の邸に、桃の木は相応しく思えなかったからです。 左大臣は、もしかしたら幾分の揶揄をこめながら「これは桜か」と、 問うたのかもしれなかったのです。 蔵人は、思慮が足らず自分のせいであったにもかかわらず、 「このような木があるから、つまらないことを申し上げてしまったのだ」 と、罪もない木を見るたびに憎んだのです。 このようなことは、その場で話したことが間違っていたというだけにとどまらず、 その人の思慮のなさ、心の浅さも、総じて分かってしまうものなのです。
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