禁断の兄妹恋
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平安の世に、親がとても大切に育てている娘がいました。

親は、娘が女として身につけるべき教養のすべてを習い尽くしたので、

今度は漢籍を習わせようと思いました。

ちょうど娘とは腹違いの兄が大学の学生だったので、

その者を娘の漢籍の先生にすることにしました。

兄は名前を、小野篁(おののたかむら)といいました。

兄妹とはいえ、異腹だったので二人の間は疎遠でした。

しかし、顔を見交わし、言葉を交わしていくにつれて、

お互いに、少しずつ馴れ親しんでいきました。

篁は、あるとき妹に歌を一首書いて与えました。

「中にゆく吉野の川はあせななむ妹背の山を越えてみるべく」

妹山と背山の間を流れる吉野川が干上がってほしい、
妹山と背山(貴女と私)を隔てるものが無くなり結ばれるように、
という意味

女は驚き警戒しながらも、返歌をしました。

「妹背山かげだに見えてやみぬべく吉野の川はにごれとぞおもふ」

私は、妹背山の影さえ見えないで終わってしまうように、
吉野川は濁ってほしい、結ばれるなどとはとんでもない、
という意味



これに対して、篁は詠みました。

「にごる瀬はしばしばかりぞ水しあらば澄みなんとこそ頼み渡らめ」

たとえ吉野川が濁っても、それは一時的なことであって、
水さえ流れていれば、やがては澄むことありましょう。
やがては結ばれると思っています、
という意味

女は、また歌を返しました。

「淵瀬をばいかに知りて渡らんと心を先に人のいふらん」

昨日の淵は今日の瀬となる明日をも知れない世の中なのに、
私の心の深さをどのように推し量って、
川を渡ろうなどと言われるのでしょうか?
という意味

それに対して、篁が詠みました。

「身のならん淵瀬も知らず妹背川おり立ちぬべき心地のみして」

淵となるか瀬となるか、私の将来は分からないが、
私は、貴女と結ばれたいと思う、そればかりです、
という意味

このような歌のやりとりをしているうちに、

二人の間は,だんだんにお互いを愛しく思うようになっていくのでした。

12月15日頃のことです。

月の非常に明るい夜、二人が話をしているのを人が見て言いました。

「一体誰だろう。 秋の月ならともかく、師走の月は興ざめなものの例として

挙げられているくらいなのに、その月を見て恋を語るとは。」

その言葉を聞いた篁は、詠みました

「春を待つ冬のかぎりと思ふにはかくの月しもぞあはれなりける」

これで後はもう春を待つだけの冬の最後だと思うと、
かえって師走の月がしみじみと心ひかれるものです、
という意味

それに対して、女が返歌をしました。

「年をへて思ひも飽かじこの月はみそかの人やあはれと思はむ」

月は何年経とうと、飽きるものではありません。
この師走の月が感慨深く思われるのは、
みそか(内緒)ごとをする人にとってのことでしょう、
という意味




2月の最初の丑の日のことです。

女は願い事のため伏見の稲荷神社へ御参りをしました。

その折、女は兵衛府の次官に見初められました。

兵衛府の次官から、手紙を持った使いの子供が女のもとへ来るようになりました。

篁は一計を案じ、使いの子供に出会ったときに言いました。

「実は、お手紙を差し上げなさった当の妹は、昨夜男に盗み出されてしまったので、

捜しに行くところだ。もしかしたら盗み出したのは、手紙を下さった人かもしれない。

その人の所へ案内してもらえないか。」

使いの子供はびっくりして、後ろ向きに答えをして逃げ帰っていきました。

兵衛府の次官と妹の仲を絶えさせることに成功した篁は、もう燃える自分の心を

抑えることができなくなっていくのでした。



その後も女は、漢籍の勉強をしていましたが、親の方では娘を内侍にしようという

下心があって、漢籍を勉強させていたのです。

一方、篁は兵衛府の次官の件以来、妹に心が動かされてどうしようもありません。

そして妹に歌を詠みました。

「目に近く見るかひもなく思ふとも心をほかにやらばつらしな」

貴女の傍にいるかいもなく、私がどんなに貴女を思っても、
貴女の心が他所に向かっているとしたら、とても辛い、
という意味

女は、歌を返しました。

「あはれとは君ばかりを思ふらんやるかたもなき心とを知れ」

私の心は、貴方のことばかりを恋しく思っていますのに、
お気をおまわしになり過ぎる方ですね、
という意味

篁は少し気持ちが晴れ、一首詠みました。

「いとどしく君が歎きのこがるればやらぬ思ひも燃えまさりけり」

貴女の歎息がつのればつのるほど、私のどうしようもない思いも、、
一段と燃え上がるのです、
という意味


このように歌を交わしながら、二人の心は通い合うようになっていきました。

しかし、親には隠していたし人目も妨げられたので、打ち解けて話をする機会は

あまりありませんでした。

ある夜のこと、篁は妹の寝ている所へ忍び込みました。

そしてまだ夜の明けないうちに、こっそりそこを抜け出しました。

それから時々、篁は忍び込みましたが、そんなには会うことができませんでした。

昼二人は、いつも漢籍の勉強のため向かい合って座っているのですが、

夜は思うように会うことができません。

篁は落ちつかない気持ちを妹に伝えました。

「うちとけぬものゆゑ夢を見て覚めて飽かぬもの思ふ頃にもあるかな」

ゆっくり貴女に逢うことができないので、貴女の夢ばかり見ては覚め、
もの足りなさを感じています、
という意味

女も、歌を返しました。

「いを寝ずは夢にも見えじを逢ふことの歎く歎くも明かし果てしを」

眠らなければ夢で逢うこともありません。
私は逢うことのなさに歎息ついて、眠ることもできずいるのです
という意味




このような日々を過ごしているうちに、女は身ごもりました。

二人の仲は、母君の耳に入りました。

母君は、二人が向かい合って座っているところを取り押さえて、

娘の手を取って無理に連れて行き、倉の中に閉じ込めました。

このことを聞いた父上は言いました。

「男も賢い者だし、女も子供ではないのだ。何か特別なわけがあるのだろう。

許してやって、いろいろわけを聞いて御覧なさい。」

しかし母君は許しませんでした。

「お前の身を案じて父上は言っておられるが、やはり許すわけには行かない。」



それから母君は、ますます警戒を厳重にしました。

そして、娘を閉じ込めた倉の鍵穴にまで土を塗り、周りの者に言いました。

「大学の兄君を決して倉の中に入れてはいけません。」

篁は自分の部屋に引きこもっていましたが、こっそり妹が閉じ込められている

所へ行ってみました。

壁に穴が少しばかりあいていたので、そこをほじって妹を呼び寄せました。

いろいろ話し合いましたが、篁にはどうする事もできません。

夜が明けそうになってきました。

篁は歌を詠みました。

「数ならばかからましやは世の中にいと悲しきは賤の緒だまき」

私が一人前の者ならばこんな惨めな思いをしなくてすんだろうに、
世の中で悲しいのは身分が低いということだ、
という意味

女も、歌を返しました。

「いささめにつけし思ひの煙こそ身を浮雲となりて果てけれ」

かりそめに貴方を恋したのがもとで、
今は浮雲のように落ち着かない身となってしまいました、
という意味


夜が明けたので、篁は自分の部屋に帰り、妹のために食べ物を調理して

持って行くことにしました。

しかし、オロオロしてしまって足が地につきません。

しかたなく下男を自分の代わりに使わせました。

妹は篁が来るとばかり思っていたので、大変残念がり一首託しました。

「誰がためと思ふ命のあらばこそ消ぬべき身をも惜しみとどめめ」

誰かのためにと思えるこの命だったら、この身を惜しむのだけれど、
私はそうでないから、このまま死んでしまおう、
という意味


こう言って、女は食べ物を受け取りません。

篁は、数日後なんとか人目を忍んで、妹の所へ行きました。

見ると、妹はすでに3日も4日も何も食べず物思いに沈み、息も絶え絶えでした。

「どんな具合ですか?」

そう聞く篁に、女が答えました。

「消え果てて身こそ灰になり果ての夢の魂君にあひ添へ」

私の身はこの世から消え果てて、灰になってしまうことだろうが、
夢のような私の魂は貴方に寄り添いたい、
という意味


篁は歌を返しました。

「魂は身をもかすめずほのかにて君まじりなば何にかはせん」

もし貴女の魂が、私の身に寄り添うことができず、
かすかにものに紛れてしまったら、どうしたらよいのだ、
という意味


そのほかいろいろなことを言って泣いたのですが、妹が返事をしなくなったので、

篁は、「妹が死にそうだ」と言って、泣き騒ぎました。

親が、その声を聞きつけて、戸を開けて中に入ってみると、

妹は今にも息の絶えそうな様子でした。

親はうろたえて、慌てふためいて別の建物の方へ行ってしまいました。

篁が妹の傍へ寄ると、妹はすでに死んで横たわっていました。

篁は大声を上げて泣きました。



その夜、篁は妹の枕辺に灯をほのかに掲げて泣き伏していました。

すると篁の足もとで何かがざわめくのです。

灯を消してみると、何かが篁の傍に添い伏しているのを感じました。

篁が泣き泣き抱こうとすると、手に触ることができず、手ごたえもありません。

篁は、例え我が身がどうなろうと、この妹を我が懐にかき入れて一緒に寝たいと

切に願いました。

しかし、どうすることもできず、篁は歌を詠みました。

「泣き流す涙の上にありしにもさらぬわかれにあはにむすべる」

私たちは泣き流す涙の上に伏していたけれども、
避けられない死の別れに会って、
二人はしっかりと結ばれてなかったのであろうか、
という意味


そう歎く篁に、妹から返歌がありました。

「常に寄るしばしばかりは泡なればつひに溶けなんことぞ悲しき」

二人が寄り添う僅かの時間は泡のように儚いものですから、
遂にいつかは溶けてしまうことが悲しい、
という意味


そうしているうちに夜が明けました。

もはや妹の姿はありません。



親は娘の死後の事をせずに何処かへ行ってしまいました。

篁は、自分の従者3〜4人と大学生1人を指図して妹の死んだ場所を祓い清め、

花を供え、香をたいて妹の霊を慰めました。

あまり明るくないように離れた場所に灯を燈し、篁が起伏していると、

妹の霊魂が毎日現れて来て、篁と語らい合いました。

21日間は非常にはっきり現れました。

28日目までは時々現れました。

その間じゅう、篁は涙の尽きることなく泣き続けました。

その後も、妹の霊魂がほのかに見えることは絶えませんでしたが、3年経つと

さすがに夢の中にも、それとはっきりとは見えなくなりました。

そうなるとやはり悲しくて、妹の亡くなった当座のように手厚い供養をして、

霊魂の来るのに任せました。

篁は、結婚もせず、そのまま独身で過ごしました。



小野篁の世界

小野篁 802〜852
遣唐副使を命じられるが乗船を拒否し、隠岐に流される。
2年後京都に復帰し、参議、左大弁などを歴任する。
生活は清貧そのものだったと言われている。


妹背山 (いもせやま)
紀ノ川を隔てて向かい合う妹山と背山をいう。
和歌山県、伊都郡と郡賀郡の境あたり。 
恋人、夫婦などの表現する場合に詠まれた。



参照、「篁物語」


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