盗人袴垂 (はかまだれ)
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今は昔、袴垂はかまだれという盗賊の巨魁がいました。

袴垂は、肝っ玉が太く、力は強く、足は速く、腕は立ち、頭の賢く、

世に並ぶ者のないほどの男でした。

袴垂は、隙を狙っては人々の物を奪い取っていました。

十月の月の朧な真夜中のことです。

袴垂は、着る物が必要になり、どこかで手に入れようと、あちらこちらを

伺い歩いていました。

真夜中なので、あたりは静まりかえっています。

そんな時、思いもかけぬことに大路を衣を着た人が指貫袴さしぬきばかまをしめて、

ただ一人で笛を吹きながら、ゆっくりと歩いていました。

袴垂は、これを見て思いました。

「これぞ良い獲物だ。」

袴垂は、走りかかり打ち臥せて着物を剥ぎ取ろうと思いましたが、

なぜかこの人物が怖ろしく感じられて、躊躇してしまいました。

袴垂は、この人物の後を二〜三町ほどついていきました。

しかしこの人物は、後をつけている袴垂のことを気にする様子もありません。

袴垂は、今度こそと思い、足音も高く走り寄りました。

それでもその人物は、少しも騒ぐ気配がありません。

笛を吹きながら振り返ったその人物の気配は、

とても襲いかかれるようなものではありません。

袴垂は、飛びのきました。

「これは並の人物ではない。」

袴垂はそう思いながら、十町ほどこの人物の後をついていきました。

「それにしても、このまま手も出さずに終わるわけにはいかない。」

袴垂はそう思うと、刀を抜いて走りかかりました。

その時、その人物は初めて笛を吹くのをやめ、振り返って言いました。

「そなたは何者か?」

あまりにも堂々としているその人物の態度に、袴垂は威圧されてしまい、

思わずへたへたと膝をついてしまいました。

「いかなる者なのか?」

その人物がもう一度問いました。

袴垂は、逃げれないと思い答えました。

「追剥ぎにて候。 名は袴垂と申し候。」

それを聞いて、その男が言いました。

「そのような者が世にいるとは聞いておるぞ。 なんとも執念深き奴よ。

ついて来い。」

そう言うと、その人物はまた笛を吹きながら歩き出しました。

袴垂は、ますます思いました。

「これは只者ではない。」

袴垂は、鬼神に魂をとられたようになりながらついて行きました。

しばらく行くと、その人物は大きな邸の門の中へ入っていきました。

「ここがこの人物の邸なのか。」

袴垂がそう思っていると、その人物は袴垂を呼び寄せて、

綿の厚い着物を一枚与えました。

「これからも、このような物が欲しいときには、やって来て申せ。

決して見知らぬ人を襲って、身を誤ったりするでない。」

その人物は、そう言って中へ入って行きました。

袴垂は、邸から帰るときに、この邸は誰の邸だったろうと考えてみると、

摂津前司藤原保昌ふじわらのやすまさという人物の邸でした。

「あの人が藤原保昌であったのか。」

袴垂はそう思うと、生きた心地もしませんでした。



その後、袴垂は捕らわれましたが、この人物のことを話しました。

「なんとも薄気味悪く怖ろしい様子の人物であった。」



藤原保昌は、先祖代々の世襲の武者ではなく、藤原致忠ふじわらのむねただという人の子でした。

しかし、武人に少しも劣ることなく、腕が立ち、力は強く、肝っ玉も太く、

思慮深かったので、朝廷もこの人物を武人として重宝しました。

世間の人は、ことごとくこの人物を恐れていました。

保昌の子孫に武勇に長じた者がでなかったのは、武者の家柄でなかったからだろうと

語り伝えられているのです。



参照、「今昔物語」
藤原保昌朝臣値盗人袴垂語


保昌山
保昌山 (祇園祭りの山鉾巡行)


藤原保昌 ふじわらのやすまさ
958〜1036
日向守、肥前守、大和守、丹後守、山城守、摂津守、円融院判官代、左馬頭など歴任
泉式部の夫でもある
摂津国の平井に住んだことから、平井保昌とも称した
源頼光及びその四天王らとともに、酒天童子を退治したことでも有名

袴 垂 はかまだれ
958〜1036
10世紀後半から11世紀初頭の伝説的な大盗賊





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