形見の髪
京都伝説へ
TOPへ




清水寺
清水寺


今は昔、京に父母もなく身寄りいない貧しい女がいました。

その女は若くてとても器量が良かったのですが、

貧しさのため独り身のまま暮らしていました。

ある時、女は思いました。

「観音様の助けがなければ、私が富を得ることなどできないだろう。」

それからというもの、女は毎日、朝と暮れに清水に詣でて、

この事を清水の観音にお願いするようになりました。

清水へ参る坂の付近は藪で、人の家もありません。

そんな場所に柴の庵を造って、一人の老婆が住んでいました。

その老婆が女を呼び止めて言いました。

「毎朝毎夕にお参りをしているんですね。

知り合いの人はいないのですか?

「知り合いがいたなら、なんでこんな暮らしをしていましょうに。」

そう女が答えると、老婆は言いました。

「それはお気の毒。お参りをしていれば、そのうち良いこともありましょう。

秋頃まで、この庵で食事でもしてからお参りなさい。」

老婆はそう言うと、女を庵の中へ呼び入れて食事をだしてくれるのです。

女はご馳走になっては清水へお参りしていたのですが、

着ている物はだんだん破れてボロボロになってしまいました。

それでも女は、自分の不運をかえりみては観音への信仰心を強くし、、

お参りを続けました。


珍皇清水寺
珍皇寺


ある日の明け方、清水の観音堂からの帰り道のことです。

女は気分が悪くなり、愛宕寺(現在の珍皇寺ちんのうじ)の大門に寄りかかって

休んでいました。

しばらくすると、京の方から多くの人がやって来ました。

その中の主人と思われる馬に乗っていた男が馬から降り、

女に話しかけてきました。

「何故こんな場所に一人いるのですか?」

「清水から帰る途中なのです。」

女がそう答えると、男は言いました。

「私は思うところあって、貴方に話したいことがあります。

私の言うとおりにしてください。」

男は近くの小屋をたたき開けて、女を中へ連れて入りました。

女は、男と一夜をその小屋の中で過ごしました。

翌朝、男が言いました。

「私は前世からの因縁があって、貴方を得ることができました。

私は遠国へ行く者です。

私と共に行きましょう。」

女は答えました。

「私は、知り合いもいない身の上です。

都をはなれて何処かへ行きたいと思っていましたので、

何処へなりと連れて行ってもらえるなら嬉しい限りです。」

「では、すぐに行きましょう。」

男がそう言うので、女は答えました。

「実は気にかかっている人が一人いるのです。

その人にご挨拶をしてから行きたいと思います。

その人は、ここから二町ほど坂を上がった庵に住む老婆で、

ここ数年というもの、それは大変親切にしてもらったのです。」




その話を聞いて男は、綺麗な着物に袴を女に着させ、庵まで一緒に行きました。

庵に着くと、女は事の経緯を老婆に語りました。

「遠い国へ一緒に行こうと言ってくれる男の人がいるものですから、

あなたにご挨拶してからと思い、お訪ねしたのです。

長い間親切にしていただきましたが、

この先再び生きて会えることがないかもしれません。」

そう言って女は泣きました。

老婆は言いました。

「こんな日が来ると思えばこそ、お参りをしていれば良い事もあるでしょうと、

申し上げていたのですよ。 本当に良かったですね。」

女は何か形見を渡したいと思い、自分の髪を一房切って老婆に渡しました。

「情け深い方だこと・・・」

そう言って老婆は涙を流しました。

老婆は、その髪を自分の指先に三巻きほど巻いて言いました。

「この先、再び生きてお会いすることができなかったとしても、

この指だけは決してなくなることはないでしょう。」

会いたくなったら、これを目印にして訪ねてきてください。」

そうして、女は男とともに旅立って行きました。




この男は、陸奥守むつのかみの子で、陸奥守が任国にいる間ずっと京へとどまって、

自分の気に入るような女を捜していたのです。

しかし、自分の気に入るような女ね出会えぬまま、

任国へ下るところだったのです。

まさにその時、この女にめぐり合い、直感で因縁を感じ、

連れて行くことにしたのでした。




任国へ着いてからまもなく、女は京へ人をつかわして老婆を尋ねさせましたが、

老婆のいた庵が見つからないのです。

やがて男の国司としての4年の任期が終わり、上京することになりました。

女も男と共に上京し、柴の庵を捜したのですが、どこにも見当たりません。

「何て悲しいのだろう・・・」

女はそう思いながら清水へお参りしました。

ふと見上げて女は驚きました。

お堂の東に立っている観音様の御手に、

自分が形見として老婆に渡した髪が巻かれているのです。

女は気付きました。

「さては、私を助けんがために、観音様が老婆に姿を変えて、

現れてくださっていたのだ!」

女は声も惜しまず泣き続けたました。

その後、夫婦はいさかいもなく、何の不自由もなく過ごしました。

観音が助けたからには、おろそかなことなどあるはずがない、

と語り伝えられているのです。


参照  今昔物語
女人清水の観音に仕りて利益を蒙る語

清水寺
清水寺




京都伝説へ
TOPへ