| 神泉苑の金龍 |
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今は昔、後朱雀天皇の時代のことです。
夏のころ、滝口と呼ばれている皇居警固の武士たちが、大内裏南中央にある 八省の廊下で涼んでいました。 彼らの詰所が、清涼殿北の滝口という御溝水の落ち口あたりにあったので そう呼ばれていたのです。 退屈だったので滝口の一人が言いました。 「暇なことだし、私の家に酒肴を取りに行かせようか?」 それを聞いた他の滝口達は、口々に言いました。 「それは良い、早速取りに使わせよ。」 言い出した滝口は、従者の男を呼び松明を持たせ家まで取りに使わせました。 従者の男が使いに行ってしばらくすると、空が陰り夕立になりました。 滝口たち世間話をしているうちに夕立は止みました。 皆は、従者がもう帰ってくるだろうと首を長くして待っていましたが、 何時まで経っても帰ってきません。 ついに日が暮れてしまいました。 滝口たちは、待ちくたびれて自分たちの詰所へと戻って行きました。 従者を使わした滝口は、半ば呆れ半ば腹を立てていたのですが、 夜遅くなっても従者が帰ってこないので、心配になりました。 「これはおかしい、只事ではないかもしれない。 途中で体調が悪くなったか、死んだりしたのではあるまいか?」 その滝口は、夜の明けるのも持ちきれず、自分の家へと急ぎました。 家に駆けつけ、昨日従者を使いによこしたことを語ると家の人は答えました。 「その従者は、たしかに昨日来たのですが、今にも死にそうな表情でした。 今そこに臥しています。」 滝口が従者の傍に寄ってみると、本当に死んでいるようにさえ見えます。 「一体どうしたのだ。」 滝口が問うてみると返事はありませんが、少し体がピクピクと動きました。 滝口は、近所の丹波忠明という医師の許へ行きました。 「如何なる事だと思われますか?」 滝口が従者の病状を説明して問うと、忠明医師は答えました。 「さて、それはよく分からぬ。 されば灰を多く集めて、その男を灰の中に埋め置きて、しばし様子を見よ。」 滝口は忠明医師の言われたとおりにし、3〜4時間様子を見ていると、 灰が動きだしました。 灰を掻き開けてみると、従者は正気に戻っていました。 水を飲ませてやると従者が落ち着きを取り戻したので、滝口は尋ねました。 「これは一体どうしたというのだ?」 従者は答えました。 「昨日使いを承り、急ぎ二条の美福門より大内裏を出て、南へ走っていると 神泉苑の西側で、俄かに雷鳴がとどろき夕立になりました。 そのとき神泉苑の内は闇となりました。 その闇の中を見渡していると、金色の手が現れたのです。 それから急に四方が真っ暗になり、意識も朦朧となってしまいました。 それでもなんとか、倒れずに家までたどり着きました。 その後の事は全く覚えていません。」 滝口は、その話を聞いて不審に思い、また忠明医師の許へ行きました。 滝口は、忠明医師に問いました。 「従者は、言われたとおり灰に埋め置いていると、しばらくして正気になり、 かような事を申すのです。」 それを聞くと、忠明医師は笑顔で答えました。 「やはりそうであったか。 人が龍の体を見て病に臥したときには、この方法でしか治せないのだ。」 滝口は、大内裏の詰所に戻り、このことを他の滝口たちに話しました。 滝口たちは、忠明医師の凄さに感じ入りました。 世間にもこの話は伝わりました。 この事件だけでなく、忠明医師は只者ではないと語り伝えられているのです。
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