隠形男
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一条戻り橋
一条戻り橋


今は昔、京に若くて身分の低い侍がいました。

その男は毎日、六角堂にお参りしていました。

12月大晦日も夜更けのことです。

男は、知り合いの所からの帰り道、堀川の一条戻り橋を西に向かっていました。

前方を見ると、西より多くの人が火を燈してやって来るのです。

男は、きっと身分の貴い一行だろうと思い、橋の下に隠れました。

男がふと上を見上げてみると、なんとその一行は怖ろしい鬼共だったのです。

目が一つの鬼もあれば、角のある鬼もあり、手がたくさんある鬼もあれば、

足一本で踊っている鬼もありました。

男は生きた心地もしません。

その時、ある鬼が人の気配を感じ、言いました。

「ここに人影がしているぞ。」

「そんな者は見えんぞ、すぐに捕まえてこい。」

鬼共が喋っています。

「もう駄目だ・・・」

男がそう思っていると、ある鬼が喋りました。          

「この男、重い罪ある者でもない。許してやれ。」

結局、四〜五匹ほどの鬼が男に唾を吐きかけて通り過ぎて行きました。

男は殺されなくてほっとしましたが、頭がひどく痛みました。

男は、このことを早く妻に話そうと急いで家に帰りました。

ところが家の中に入っても、妻も子も何も話しかけてきません。

それだけでなく、男が話しかけても返事もしないのです。

どうしたことだと思い、妻子の傍に寄りました。

妻子は、自分の気配すら感じていないのです。

男は気付きました。

「先程、鬼共に唾を吐きかけられたことで、

自分の姿はこの世から隠されてしまったのだ。」

男は悲しくなりました。

「私には、人が見え人の語らいが聞こえるというのに、

人には私の姿が見えず私の声も聞こえない。

夜が明ければ、妻子は私が『何者かに殺された』といって嘆くだろう。」

幾日かが経ちましたが、男にはどうすることもできません。

男は、六角堂に籠って祈りました。

「観音、私を助け給え。長年お参りをしていた私を元のように戻し給え。」

何の助けもないまま男は、お籠りの人の食べ物などを食べて過ごしました。

しかし、傍に居る人は誰も気付いてくれません。

27日位が経った頃のことです。

男は明け方、夢を見ました。

夢には高貴な僧が現れ、男の傍に立ってこう言うのです。

「汝、速やかに朝ここを出て、初めて会う者の言うことに従いなさい。」

男は夢のお告げ通りにお堂を出ると、門のところで、

大きな牛を引いた牛飼童(うしかいわらべ)と会いました。

牛飼童は男を見て言いました。

「いざ、私と供に。」

これを聞いて男は、自分の姿が見えたのだと喜びました。

ただ誤解だったとすぐに気付くことになるのです。

牛飼童と供に西へ十町ほど行くと、大きな門がありました。

牛飼童は牛を門に繋ぐと、閉じている門の人の通れそうもない扉の隙間から

中に入ると、男を引いて言いました。

「お前も入れ。」

「どうしてこの隙間から入ることができましょう。」

男が答えると、牛飼童は「ただ、入れ」と言って、男の手を引っ張りました。

すると男も中へ入ることができたのです。

中を見渡すと、家の中は広く、人も多くいます。

牛飼童は男を引いて、奥へ奥へと進んでいきますが、誰も話しかけません。

誰にも二人の姿が見えていないのです。

奥の方まで来て見ると、姫君が病に臥せていました。

姫君の枕元では、女房たちが世話をしています。

牛飼童は男に小さな小槌を持たせて、姫君の頭や腰を打たせました。

すると姫君は大変苦しみだしました。

姫君の父母は泣き、般若心経を読み始めました。

さらに姫君の父母は、行者を呼んできました。

行者は、姫君の傍で般若心経を読み、祈祷し始めました。

男は、すごい肌寒さを感じますが、どうしようもなく感動を覚えるのでした。

すると急に、牛飼童は外へ逃げ去りました。

行者は、次に火界の呪(魔物を追い払うための祈祷)を始めました。

そうすると男の着物に火がついたのです。

どんどん焼けるので、男は声を上げて叫びました。

そのとき男の姿は、人の目にも見えるように現れたのです。

家の人々は、男の急な出現に驚き、不信に思って捕らえました。

男は、事の有様をありのまま話しました。

すると行者が言いました。

「この男、咎ある者ではない。六角堂の観音の利益を蒙れる者である。

されば速やかに許すべし。」

男は許され、家に帰ることができ、妻は喜びました。

その後、姫君の身にも男の身にも病はなくなりました。

かの牛飼童は神の使いだが、誰かの呪詛により姫君にとりついていたのです。

観音の御利益は、このような不思議な事があるのだと伝えられているのです。



参照、「今昔物語」
穏形男、六角堂の観音の助けによりて身を顕はせる語


六角堂 六角堂
正式名称は頂法寺

聖徳太子の創建
本堂が六角の建物なので六角堂と呼ばれる




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