百夜(ももよ)通い
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平安の世に、絶世の美女と称される小野小町がいました。

世の男性の注目を一身に浴びていました。

小町を慕う男性のひとりに、

深草少将(ふかくさのしょうしょう)という人物がいました。

小野小町は深草少将に言いました。

「百晩欠かさずに通ってくれましたなら、あなた様を受け入れます。」 

深草少将は答えました。

「あなたが私を受け入れてくれるなら、毎夜参ります。」

それから少将は毎夜、小町の館に通ったのです。

そして通った証拠として、榧(かや)の実を差し出したのです。

少将は雨の夜も雪の夜も通い続けました。  九十九日目の夜のことです。

深草少将は、降る雪と発病により途中で行き倒れ、

最後の一夜を前に世を去ってしまったのです。

小町は数えていた榧(かや)の実を館の周りに播きました。

そして夢にしか逢えない人を思い、多くの歌を詠んだのです。

「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」

「桜の花は、時を経るにつれて、むなしく色あせてしまった。
この世にあって、いろいろ思いふけっているうちに」
という意味


小野の里には現在も榧の大木が残っています。

小町の館は随心院となり、深草少将の館は欣清寺となっています。



随心院境内に刻まれている小野小町の句
随心院



小野小町 平安時代前期の女流歌人で、三六歌仙の一人。
優れた歌人としてだけでなく、絶世の美女として有名。
花の色は・・・の歌は、百人一首に収められています。

百人一首9番  小野小町
花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに



深草少将 本名は良峰宗貞(よしみねのむねさだ)
出家してからは遍照(へんじょう)と名乗った。
六歌仙の一人としても有名。 

百人一首12番  僧正遍照
あまつ風雲のかよひ路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ

百人一首




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