| 雉(きじ)の生肉 |
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時は平安中期のことです。
関白藤原兼通(ふじわらのかねみち)は、卯酒(卯の刻頃に飲む酒)の肴に、 たった今、殺した雉(きじ)を食していました。 しかし、その時刻にいつも間に合わすのは難しいので、 宵のうちより生きた雉を用意していました。 高階業遠(たかしなのなりとお)が、まだ六位で兼通邸の家司として、 初めて使えた夜のことです。 業遠が御沓櫃(くつびつ)の辺りに座っていると、 櫃の中から物音が聞こえてくるのです。 業遠が、そっと櫃を開けてみると、雉の雄鶏がかがんでいたのです。 業遠は思いました。 「世間の噂は本当だったのだ。」 業遠は人の寝静まった頃に、その雉を櫃から取り出し懐へ入れて、 冷泉院の山に放してやりました。 雉は、ほろほろと飛び去っていきました。 業遠は思いました。 「雉を逃がしてやった気持ちは実に素晴らしい。私は善根を積んだ幸せ者なのだ。」 そして業遠は、後にこのことを人に話したそうです。 殺生は身分の高い方々皆が行うことですが、なんとも無益なことでありましょう。
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| 参照、 「大鏡」 |
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