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山の端の月
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一条天皇の御時(986〜1011)に、和泉式部という美女がいました。 和泉式部は14歳にして男児を出産したのですが、 その子を五条の橋に捨ててしまいました。 その時その子には菖蒲の産着を着せ、小袖の端に歌を一首書き、 鞘から抜きだした守刀を添えました。 その子は、町人に拾われ養育され、後に比叡山に上りました。 その子は、学問に対する志が深く、他に比べる者がいないほど熱心でした。 やがてその名は、道命阿闍梨として、天下に知られるようになりました。 道命が18歳のとき、内裏で行われた法会をつとめたのですが、 その時、風が吹き局の御簾 を2〜3度吹き上げました。 道命は、一瞬ですが御簾の奥に、眉のあたりに愛敬のある 30歳くらいの女性が目に入りました。 その女性は、思い込んだ様子で法会に聞き入っていました。 道命は、ひと目見たその時から心奪われ、比叡山に戻ってからも その面影が脳裏につきまといました。 道命は、その女性をもう一度見たいと思い、柑子売になって、 宮中に入り込み柑子を売りました。 道命が柑子売りをしながら歩いていると、例の女性の部屋から下女が出てきて、 銭20ほどで柑子を買い求めました。 道命は、柑子を数えるのに「恋の歌」を歌って数えました。
下女は、道命の歌に感激して言いました。 「柑子を欲張るわけではないけれど、歌があまりにも面白いから、 もう一つ柑子をお添えなさい。」 道命は、柑子をもう一つ添えながら歌いました。
下女は、これほど雅やかな歌を詠える人が何故柑子売りをしているのか 不思議に思いました。 このことは帝の耳にも入りました。 「その柑子売りの帰り先を調べよ。」 帝は命じました。 道命は、日が暮れたので宿をとりました。 下女は、その宿を確認して帝に報告しました。 帝は言いました。 「そちは柑子売りの詠んだ言葉を知らないだろうが、 あれは伊勢が源氏を恋しく思って詠んだ歌なのだ。」 この話は、例の局の美しい女の耳にも入りました。 その女は思案にくれました。 「思いつめられて、落ちつかぬことでありましょう。」 女は情け深い人だったので、下女一人を連れて宮中を出て、 道命の宿へ行きました。 女は宿の戸を叩いて、歌を詠みました。
これを聞いて道命は、夢のような気がしました。 道命は歌を返しました。
この歌を聞いて情け深い女は、中へ入って行きました。 そしてその夜、深い契りを結んだのです。 夜も更け、女が起きて帰ろうとしたときです。 女は、道命が持っている守刀に気付きました。 女は道命に問いました。 「女人でもない貴方が、なぜ守刀を持っているのですか?」 道命は答えました。 「これは私にとって、訳ある守刀なのです。 私は五条の橋の捨て子でした。 この守刀は、私に添えて捨てられていたものなのです。 私は、この守刀を母と思い、肌身離さず持っているのです。」 その話を聞くと、女は顔色を変えて尋ねました。 「産着はどんなものでしたか?」 「菖蒲の小袖で、端に一首の歌が書かれていました。」 道命がそう答えると、女はまた尋ねました。 「どんな歌ですか?」 道命はその歌を詠みました。
その歌を聞いて女も、肌身離さず持っていた鞘を取り出したのです。 その鞘を道命の守刀に合わせてみると、ぴったり合わさりました。 疑いもなく、もとの鞘でした。 その女こそ、道命を生んだ和泉式部でした。 二人は親子の間柄とは知らず、結ばれていたのです。 和泉式部は、まだ夜も暗いうちに都を出て行きました。 そして悟りを開くため、播磨国の書写山へ上り、 性空上人の弟子になりました。 和泉式部は、六十一歳の年に道を悟り、鎮守の柱に歌を書きつけました。
これより歌の柱は、播磨国の書写山から始まったと言われているのです。
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