毒竜の岩
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今は昔、静観じょうかんという僧正が、比叡山西塔の千手院に住んでいました。

そこから見える比叡山西北の険しい斜面に大きな岩がありました。

その岩は、竜が口を開けた形に似ていたのですが、

何故かその筋向いに住んだ僧の多くが早く死んでしまうのです。

僧たちは皆、語りました。

「どうして皆早く死んでしまうのだろう。

きっと、この岩のせいではなかろうか?」

それから、この岩は「毒竜の岩」と名づけられました。

この千手院でも多くの人が死に、付近に住む者は皆悩みました。

毒竜の岩は見れば見るほど、大口を開けた竜に見えてくるのです。

静観は思いました。

「皆の言う事はもっともだ。」

それから静観は七日七夜、加持祈祷をしました。

七日目の夜の事です。

静観が加持祈祷をしていると、空は曇り、大地は震え、

あたりは黒雲につつまれたのです。

しばらくして空が晴れると、夜が明けていました。

見ると、毒竜の岩は砕け散り、跡形もなくなっていました。

西塔の僧たちは、静観僧正を今に至るまで尊敬していると、

語り伝えられているのです。



参照、「宇治拾遺物語」
静観僧正、大嶽の岩祈り失ふ事


釈迦堂
比叡山西塔の中心 釈迦堂


静観僧正 じょうかんそうじょう
843〜927
円仁から天台を学び、円珍から密教を学ぶ。
第10代天台座主となる。
923年に僧正に昇る。





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