四巻経 (しかんぎょう)
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今は昔、左近少将藤原敏行ふじわらのとしゆきという人がいました。

敏行は和歌の道に達し、また優れた能書家でもあったので、

知人たちに求められるままに、法華経を二百部ほど書き写し奉りました。

その敏行が、急に死んでしまったのです。

敏行は、自分では死んだと思っていないにもかかわらず、

恐ろしげな者共がやって来て、自分を搦めて連れて行こうとするのです。

敏行は変に思いました。

「たとえ天皇のおとがめを受けたとしても、自分ほどの者を

このように搦めて連れて行こうとするのは、非常に不可解だ。」

敏行は、自分を連れて行こうとする者共に尋ねました。

「如何なる理由があって、私はこのような目に合うのだ。」

すると使いの者は答えました。

「我れ知らず。ただ『確かに連れて来い』との仰せを承っただけなり。

ところで汝は、法華経を書き奉ったことがあるか?」

敏行が「書き奉りたり」と言うと、使いの者は言いました。

「自分のために、どれくらい書き奉ったのか?」

敏行は答えました。

「我がためにと思ったことはない。

ただ、知り合いの求めに応じ、二百ほど書き奉った。」

それを聞いて使いの者は言いました。

「結局、そのことで召されたのだろう。」

使いの者は、それ以外の事は言わず、敏行を引っ張っていきました。

歩いて行くうちに、甲冑を着、稲妻の如く眼を光らせ、炎の如き赤い口をし、

馬に乗った、とても怖ろしそうな軍兵たちが二百人ほどやって来ました。

敏行は、肝をつぶし、卒倒しそうな気持ちになりました。

その軍兵たちは、敏行を見て向きをかえ、敏行の前に立って行きました。

敏行は、使いの者に問いました。

「これは何という軍なのだ?」

使いの者は言いました。

「汝は知らないのか。これは汝に法華経を書いてもらった者たちだ。

本来ならば、その法華経を書き写した功徳によって、極楽にも参り、

天上にも人間界にも生まれるはずであった。

しかし、汝が法華経を書くに際して、精進もせず、肉食も避けず、

女人と触合い、心に女のことを思いながら書き奉ったがために、

それが功徳とならず、修羅の道に生まれてしまったので、汝を怨み、

『あの者を召して、我らにお与え給へ。怨みをはらしたく思います』

と訴えたのである。

本来なら、汝は今回召される道理ではないのだが、この訴えにより

召し出されることになったのだ。」

敏行は、これを聞いて身も切れそうな思いがしました。

敏行は、さらに問いました。

「それでは私を手に入れて、どうしようというのだろうか?」

使いの者は答えました。

「愚かなことを問うものだ。

彼らの持っている剣で、汝の身をまず二百に切り裂き、各々一切れずつ取る。

その一切れごとに汝の心臓があり、汝はその痛みに苦しむことだろう。」

このことを聞くと、敏行はもう耐え切れない思いがしました。

「いかにしたら逃れることができようか?」

敏行が問うと、使いの者は答えました。

「我らには助けてやる力はない。どうしてやることもできない。」

敏行は気もそぞろになり、歩く力もなくなりかけていると、

大きな川のほとりに出ました。

その川の水を見てみると、濃く摺った墨の色をしているのです。

「この川の水は、なぜ墨の色をしているのだ?」

敏行が尋ねると、使いの者は答えました。

「これは汝が書き奉った法華経の墨が、川となって流れているのだ。」

「なぜ墨の色をして流れているのか?」

また敏行が尋ねると、使いの者はこう答えました。

「心を清くし、精進して書いた経は、すべて竜宮に納まる。

汝のように、不浄にして怠惰な心で書いた経は、広き野に捨て置かれるので、

その墨が雨に流され、このような川となって流れているのだ。」

敏行は、いっそう怖ろしく感じるのでした。

その時、別の使いの者が来て、「遅いぞ」と叱りました。

使いの者たちは、先を急ぎました。

やがて大きな門が現れました。

そこには、手足を引っ張られている者、首かせや足かせをされている者が

数知れないほど、四方八方から連れてこられていました。

門の中を覗くと、先ほどの軍兵たちが眼を怒らせ、舌なめずりをしながら、

こちらを見ています。

敏行は気が遠くなりそうになりながらも、使いの者に聞きました。

「何とかする手立てはないものか?」

すると使いの者は、そっと言いました。

「四巻経(しかんぎょう)を書き奉るという願いを立てよ。」

まさに門をくぐろうとする寸前に、敏行は心の中で願いを立てました。

「我れ四巻経を書き奉りて、この罪を懺悔(ざんげ)しよう。」

門をくぐると、敏行は閻魔庁の前に引き据えられました。

「この者が敏行か?」

閻魔庁の冥官がそう問うと、使いの者が答えました。

「そのとうりです。」

冥官が敏行に言いました。

「敏行よ、よく聞け。汝は、娑婆では如何なる功徳を為したか?」

敏行は答えました。

「私は、特別功徳らしいことは為していません。ただ、人の求めに応じて

法華経を二百部ほど書き奉ったことがあります。」

すると、冥官は言いました。

「汝の本来の寿命は、今しばらくあるはずだが、その経を書き奉るに際し、

不浄にして怠惰な心で事に当たったために、訴えが出されここへ召されたのだ。

ただちに訴えを申し立てた者共に、汝の身柄を引き渡して、

彼らのおもいのままにさせるべきなり。」

敏行は、恐れ恐れながらも訴えました。

「私は、四巻経を書いて供養し奉ろうとの願いを立てました。

しかし、その願いを遂げざるうちに召されてしまっては、

もはやこの罪を償うこともできないでしょう。」

冥官はこの話に驚き、敏行の言ったことが本当かどうか調べさせました。

大きな閻魔帳を繰り開いているのを、敏行は覗き見ました。

閻魔帳には、自分の罪がすべて記録されていました。

その中に功徳を行ったことは書かれていません。

しかし、門に入る寸前に立てた願いだから一番最後に、こう記録されていました。

「四巻経を書き、供養し奉らん」

冥官は、裁決を下しました。

「今回は許してやり、その願いを遂げさせた後、改めて沙汰すべきである。」

すると、先ほどまでいた軍兵共の姿は見えなくなりました。

冥官は、敏行に言いました。

「汝は娑婆に返りて、必ず願いを遂げよ。」

敏行は罪を免れたのです。

それと同時に、敏行は生き返りました。

見れば、妻子が泣き悲しんでいます。

敏行が夢から覚めたような心地で目を見開けば、妻子は大変喜び合いました。

敏行は思いました。

「体力が回復したら、心身を清浄に保って、四巻経を書き、供養し奉ろう。」





それから月日が経ち、敏行は体力も回復しました。

敏行は、四巻経を書き奉るための料紙を準備しました。

敏行は、心を清浄にして書き奉ろうとしたのですが、好色な性格のためか、

どうしても経文の方には、心が入りません。

敏行は、気になる女の所を訪れたり、和歌を詠みたいと思ったりしてしまうのです。

そのうち敏行は、あの冥途での事を忘れてしまい、四巻経を書き奉ることもなく、

寿命がきて亡くなってしまいました。





それから一年ほど経った時のことです。

紀友則きのとものりという歌人が、夢の中で敏行と思しき人と会いました。

ただし、敏行だと思しき人の顔形は、とても奇異で怖ろしく見えるのです。

その敏行らしきものが、一部始終を語りました。

「四巻経を書き奉るという願いによって、命を助けてもらい生き返ったのですが、

怠け心が起り、その経を書き奉らないまま死した罪によって、たとえようもない

苦しみを受けているのです。

私を哀れと思うならば、経の料紙を捜し出し、三井寺の何某という僧に頼んで、

四巻経を書かせ供養させてください。」

敏行は、このように語ると大声で泣きました。

友則が料紙を捜し出し、夢で聞いた僧を訪ねて三井寺へ行きました。

すると、その僧の方が友則を見つけて言いました。

「今、使いを出そうか、それとも私自身が伺おうかと思っていたところです。」

「それはどうしてですか?」

友則が尋ねると、その僧は答えました。

「昨夜の夢に敏行様が現れ、こう言うのです。

『実は、四巻経を書き奉るはずであったのに、怠け心を起こしてしまい、

書き奉ることなく終わってしまった。

その罪により言うに言われぬ苦しみを受けている。

四巻経の料紙は、紀友則様の所にあるだろう。

その料紙をもらって、四巻経を書いて供養し奉ってもらいたい。

事の次第は、友則様に聞いてもらいたい。』

そう言うと、敏行様は大声で泣かれました。」

友則はその話を聞くと、自分の見た夢のことを語りました。

僧は、友則から料紙を受け取り、真心をこめて自ら書き写し供養し奉りました。





その後また、敏行が二人の夢に現れて言いました。

「おかげさまで、私は功徳によって、耐え難い苦しみから少し免れました。」

敏行の顔形は、前に見た時とは違って、気持ちよさそうで喜ばしげに見えました。

このように愚かな人は、遊び戯れに心引かれて、罪の報いを知らないから、

このようなことになるのだと語り伝えられているのです。



参照、「宇治拾遺物語」
敏行朝臣の事


三井寺・観音堂
三井寺・観音堂


藤原敏行 ふじわらのとしゆき
古今集以下に28首入集している歌人
優れた能書家でもあった
蔵人頭、近江権守、右兵衛督などを歴任

百人一首18番  藤原敏行朝臣
住の江の岸による波よるさへや夢のかよひ路人めよくらむ


紀友則 きのとものり
紀貫之の従兄弟
古今集選者の一人
紀友則の歌は、百人一首にも選ばれている

百人一首33番  紀友則
ひさかたの光のどけき春の日にしづこころなく花の散るらむ


百人一首




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