風の歌・雲の詩
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風の歌・雲の詩
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ブッキング発行 (オンデマンド・自費出版)
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A5版168ページ, ¥2000+税
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ISBN:4-8354-7010-9
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2001年3月発行
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あとがきから
風の歌は、奈良の地に遊びて歌へる歌〜妻と子を歌へる歌が、大体「神のまにまにー姫路学院レビュー第16号(1993)」を元にしており、それ以後詠んだ170首位の歌を付け加えたものである。
会津八一は43歳位の時に、「南京新唱」を上梓したが、ほとんど注目されなかった。わずかに斎藤茂吉と、当時無名で病床にあった吉野秀雄を除いて。そして61歳位に「自註鹿鳴集」を、総かな分かち書きとし、自註を加えることによって、ようやく人口に膾炙するようになったことは、周知のことであろう。
そこで、総かな分かち書きにしてもなお読みにくいことは否めないので、漢字を多く入れ、その代わりに読みにくいもの、読み方がいくつもあるものは、大体ルビをふった。いっそ漢字まじり総ルビにしようかとも思ったが、大体中学生でも読める程度を想定して、その方法はとらなかった。また旧かな遣いを採用しているが、何故かわからないが私の歌は、それが似合うと思えるからである。俵万智の歌は、新かな遣いがやっぱりふさわしいのであるが。無論簡単な自註を加えている。
歌の内容は様々であるが、ある種の宗教的情操に貫かれている。それは雲の詩とともに、前著「共生への道ーその解決のロゴス」の第一章(共生の神学)を補完するものだと思っている。
詩は短歌より3,4年先に作り始めたように思う。何か心が動かされたとき、(私は周期的に神懸かり的になる。)書きたくなってさらさらと書いたものを作成順にならべて、おこがましくも雲の詩とした。風の歌を補完するものも含まれる。
風の歌より
すめろぎの 御陵をさして 巻向の 山をくだりぬ みかんはみつつ
メイデーの マイクもれくる しづもりに もだしてたてる だいぼさつたち
たこくびと 鹿にやりつつ せんべいの はしをかじりて 味をたしかむ
飛火野に ねそべり足組む 若者ら カセットながす 「それぞれの秋」
石焼きいも 焼けるおみなの 昔さび カメラを向ける よそぐにをみな
グールドの ゴールドベルク やさしもよ 遠きシュールの くにより流る
聴衆は こぞりてうたふ アンコールに 主は来ませり 主は来ませりと
ふるきよの ミサ曲ひびく 清らかに わがたまのをの けがれかなしく
異教徒の 救ひ主来たれと オルガンは やさしくひびく 涙さそひて
みづからを メシアと恃みし ナザレびと もしや狂ふと 思はざりしか
恋人の 遠ざかりゆく 焦像に 夜半に聴く 古き恋歌
氏神の 祭りたのしも いまのよは だんじりひけり めのわらはべも
万葉の ひたぶるをとめは いまのよに をのこいだけり バイクにのりて
みほとけは みちにまろびて あめあられ としへてとまる あきあかねかな
いにしへゆ はたらくをみな かなしみて をのこいだけり よきこゆめみて
肩寄せて つまと我がきく オラトリオ よろこびあふれ なみだかれよと
そのときの 来るはいつぞと うたふれば 「すでに」と答ふ アルトはつよく
わがつまと 清しこの夜 合唱す 神の救ひの あまねくあれと
狂ほしく わが愛すれば つまもまた かたをかみけり こころすなほに
美しき ナースに抱かれる 吾子の顔 初めてみれば 顔をそむけり
春陽あび テラスにすわりて 吾子と我 猫の背なでる ものおもひもなく
金髪の 西洋をみなも 背をかがめ タマゴッチする バス待ちながら
国々を 法華の行者 めぐるらし 心の鉦を うちならしつつ
原稿を 書きつつ辞書を ひもときて バベルの塔の 真実を知る
我は今 ますぐなる道 立てむとし その道を今 通らむとする
そらにみつ 大和の国の まほろばに 春立つらしも ひばりなくなり
おほいなる 石くみあはす 石舞台 みたびめぐりぬ なにすともなく
まれびとは 苦しき旅を 旅しけむ 我は遊びて 愛しむものを
「沈黙」を 書かしめし踏み絵 ちんまりと 人の脂の あともかなしく
コスモスの みだれさきたる 野の道を 明日香の風に ふかれつつゆく
雲の詩より
読者の感想
田崎章典氏(マイミクシィ、自営業)
ゆっくり、味読しました。
高い教養(博識)、豊かな感受性、大胆かつ繊細な観察眼の持ち主であり、自然を愛し人を恋する著者の内面の起伏や揺れが随所に、詠みこまれている。が故に、共鳴したり反発したりを繰り返すことになった。私も人の子、愛妻との・・・などに大いに興味を抱いた。巧みな表現に感心したが、著者と直接会って愉快に議論したいと思う箇所も幾つかあったのも事実である(詳細は略す)
忌憚なく、言わせてもらえば、「風の歌」「雲の詩」とも作成時期(年齢でも)を付してもらうと、それぞれの創作背景が理解でき、より深く味わえたのではと思う。例えば
「数学に あそぶわらべは さほがみの・・・あすをゆめみる」
「恋人の 面影近づく 日々続き 胸騒ぎ・・・胸はつまれり」
などは、何歳の頃の作か(概ねは推測可能だが)は興味深い。
もう一つ、「風」と「雲」で、著者の人生のあらかたが表現されていると思うが、友人関係、交友シーンが殆ど登場しないのに一抹の寂しさを感じた。
一番、わが意を得たりとしたのは「K・Mへの手紙」であり、「父よ」と「母よ」には強い共感を覚えたことを特記したい。
永田實氏(神戸高校、教員)
「蚕の思い出」がよかった。自分も蚕を飼ったことをなつかしく思い出した。
大田靖氏(阪大D3、数学)
忙しい日々に埋もれて忘れてしまいそうな感情を改めて思い出させてくれる歌や詩ばかりで、とても懐かしい思いと穏やかな気持ちを感じさせてくれます。その中でも特に 「許して、あのときは」の詩が一番好きです。私も東京に住んでいた頃に同じような経験をしたことがありました。捨て猫にエサをあげていたんですが、引っ越しをしてエサをあげられなくなってしまって・・・。引っ越しの最後の夜に美味しそうに猫缶を食べる猫を見ながら、先生と同じように「猫や犬やライオンと戯れる日が来るのかなー」と思ったことを思い出しました。
井上美智子氏(近畿福祉大、環境教育、生物学)
気に入ったのは「星と花と水と」。生物学の授業でそんな話をしていて、これは哲学か宗教か物理学か化学か?と学生にいわれています。
矢野満明氏(大阪工大、電子工学)
読んでてホッとしました。
鹿島啓夫氏(予備校講師)
機会があれば先生の詩に、私の曲をつけようとも思います。チャイコフスキー顔負けの曲とは言えませんが、オナゴスキー位なら作曲できると思っております。
米谷文男氏(京都工繊大、数学)
手にしてすぐ、花咲く一坪の庭で一気に読み通しました。
青春は 永久になつかし 雲の詩 (踏生)
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