戦国時代末期、伝説的な帝王を三人または五人にまとめる考えが出てきたのが三皇五帝の始まりだが、その古い形を残しているのが天皇・地皇・人皇の三皇説である。
- ・天皇(てんこう)
- 天地が初めて成立した時、天皇氏があって、十二人の兄弟が順番に王位についた。
『みな無欲恬淡でなんら作為するところはなかったが、その徳のために民俗はおのずから化せられた』という。
徳は木徳。木星が寅の方位にある年を基準に紀元を定めた。
在位は、十二人がおのおの一万八千年。
- ・地皇(ちこう)
- 天皇氏に続いて、地皇氏の十一人兄弟が王位についた。
かれらは熊耳山、竜門山から興ったとされている。
熊耳山、竜門山と呼ばれる山は現在でもいくつか存在するが、ここで言う二つの山がそれぞれどこにあたるのかは、まだ定説が無いようである。
徳は火徳。在位は天皇と同じく、おのおの一万八千年。
- ・人皇(じんこう)
- 地皇氏に続いたのが人皇氏で、九人が王位についた。
彼らは雲車に乗り、太陽に住む六羽の鳥に車を牽かせて谷口(今の陜西省にある地名)から出てきたという。
兄弟九人が中国全土を九つの州に分け、それぞれの長となり、それぞれが都の城邑をたてた。
人皇氏の治世はおよそ百五十世、在位はあわせて四万五千六百年続いた。
ちなみに、人皇は「泰皇」とも呼ばれる。
『史記』三皇本紀によれば、人皇氏の後には五竜氏、燧人氏、大庭氏、栢皇氏、中央氏、巻須氏、栗陸氏、驪連氏、赫胥氏、尊廬氏、渾沌氏、昊英氏、有巣氏、朱襄氏、葛天氏、陰康氏、無懐氏があったという。
天皇・地皇・人皇の三皇説は、天地人三才に象る説をそのまま三皇に応用したもので、古い伝説が取り込まれたというよりは「三皇」の呼び名にあわせて作られたものと考えたほうがよさそうである。