しょうこうし
少皡のコウは「皡」、「昊」、あるいは「皞」と表記される。他に金天、摯、窮桑とも呼ばれる。
『十八史略』によると本名は玄囂、また青陽とも言われ、黄帝の長子である。
『史記』五帝本紀では「くだって諸侯になり、江水のほとりに居住し」、「帝位につくことができなかった」となっているが、『十八史略』などでは黄帝の後を継いで帝位についたとされている。
少昊摯は、もともとは帝嚳高辛氏の長子・帝摯(または契)のことだったのではないか、という説もある。
帝摯について『史記』五帝本紀は「即位したものの、その徳は微弱で功が著われなかった」としているが、これは帝摯を五帝に数えないための理由づけだろう。
少昊氏が帝嚳高辛氏の長子だとすると、黄帝の長子とする『十八史略』の記述とは矛盾することになるが、三皇五帝の系図は古帝王の伝説がまとめられて行く過程で創作されたもののため、各古帝王が系図のどこにあたるかについていろいろな説が平行することになったのだろう。
少昊氏の都城については、のちの周代の魯の国の都城・曲阜が「少昊之墟」と呼ばれていることから、おそらくは同じ場所にあったものと思われる。
また、『山海経』大荒東経によれば、東海のかなたに大きな谷があって、そこが少昊の国であり、少昊はそこで帝顓頊を養育したとされている。
少昊と顓頊がどういう関係なのか『山海経』にははっきり述べられていないが、やはり何らかの親族関係にあると考えられていたのだろう。
ちなみに、『史記』五帝本紀では、二人は伯父と甥の関係になる。
少昊氏の即位にあたって、鳳鳥が飛来する、という瑞兆があった。
このため少昊氏は鳥をシンボルとし、長官の官名に鳥の名前を用いることとなった。
| 官職名 | つけられた官名 |
|---|---|
| 歴正 | 鳳鳥氏 |
| 春分・秋分の官 | 玄鳥氏(ツバメ) |
| 夏至・冬至の官 | 伯趙氏(モズ) |
| 立春・立夏の官 | 青鳥氏(ウグイス) |
| 立秋・立冬の官 | 丹鳥氏(キジ) |
| 司徒 | 祝鳩氏 |
| 司馬 | ショ([且鳥])鳩氏 |
| 司空 | シ([尸鳥])鳩氏 |
| 司寇 | 爽鳩氏 |
| 司事 | 鶻鳩氏 |
| 五種の工正 | 五雉 |
| 九種の農正 | 九扈 |
『春秋左氏伝』昭公二十九年の項には、少昊氏の臣下について別の話をのせている。
それによると、少昊氏には重・該・修・煕の四人の弟があり、これが金・木・水の管理に長じていたので、重を木正(木を司る官)の句芒に、該を金正の蓐収に、修と煕を水正の玄冥に任命して、代々職務を伝えて少昊氏の政治を助けさせた、という。
少昊氏の姓は嬴姓とされ、春秋時代の秦、趙、梁、徐、江、黄など九ヶ国の先祖とされている。