J.S.バッハ イタリア協奏曲BWV971(ピアノ盤)
- ルガンスキー(Victor<91>)(3:37/5:53/3:06)◎ ジャケット
一点の曇りもない透明で明晰な音、完璧に粒が揃ったタッチ、定規で測ったような正確なテンポ、各声部への神経の行き届き、まさに精密機械のような演奏。
シフやリュプサムのような、歴史的奏法というかチェンバロを意識したアプローチではなく、あくまで現代ピアノのメカニックを追求した演奏としては一つの到達点にあるだろう。
まさに(私の好きな)人工美という感じ。
あまりに整いすぎて人間味が薄いというか、味わいや趣を求める人には向かないかもしれない。
終楽章はグールドの'59年盤とほぼ同じ快速テンポで、左手の活かし方なども似たところがあって、この楽章だけ聴くとグールドの演奏を意識したのではないかと思わせる(第1楽章はもっと速めのテンポ)。
ただ音はずっとクリアで、(ミケランジェロの絵の表面の汚れを洗い落としたように)グールドの音をリフレッシュして現代に蘇らせたような印象を受ける。
何度聴いても爽快感がある。
- グールド(CBS<59>)(4:09/5:57/3:04)◎
あまりにも有名な盤なので説明は不要かも。
第1楽章は決して先を急がない落ち着いたテンポながら、各強拍にアクセントを付けるような明快なビート感がある。
左手の強調の仕方がいかにもグールドらしく、ちょっとやりすぎのように聞こえる(ゴルトベルクの新録の第1変奏などでもそうだが、普通の先生だったら直されそう)が、これも彼の魅力のうち。
終楽章も、このテンポでこれほど正確かつ明晰に演奏されたのはそれまでなかったのではないだろうか。
音がイマイチなのが残念なところ。
- シフ(Omega<78>)(4:01/4:56/3:26)○-◎
こんにちピアノでバッハを弾く場合の模範的演奏というか、今だったらコンクールで一番ウケが良いタイプの演奏だろう。
チェンバロを多少意識しながらも現代ピアノの特性を活かし、適度な力強さ、しなやかさ、ニュアンスがあり、決して一本調子にならない。
特に第3楽章が秀抜で、左手の歌い方が絶妙。右手と左手のバランスがよい。技術的にも非常に安定。
全体的にDeccaへの新録に比べるとアーティキュレーションや各声部の浮き出たせ方などの小細工というか細部の凝りが少なく、第1楽章はそれがやや物足りないところもあるが、逆に第3楽章はそれがほどよい疾走感につながっている。
- シフ(Decca<91>)(3:58/4:48/3:33)○-◎
残響の多い録音が私好みでないが、演奏自体は悪くない。
'78年録音よりさらにチェンバロを意識した演奏で、音の運びが柔らかで優しい。
細部で多少モヤモヤするところがあるが、これは録音のせいか。
(チェンバロのときにはこの程度の残響がいいと思うが、現代ピアノには多すぎると思う。が、これがシフの趣味なのだろうから仕方がない。)
第2楽章も速めのテンポながら自在で即興的なアゴーゴクで聴かせる。
終楽章はドライヴ感はやや少ないが、1音1音非常に丁寧かつよく考えられており、左手の微妙な表情づけが聴いていて楽しい。
- リュプサム(Naxos<91>)(4:04/4:25/3:53)○-◎
癖のあるアゴーギクというか、チェンバロを意識(模倣)した不均一なリズム。
もちろんオーセンティックなものであるが、知らない人が聴いたらリズムが不正確と思うかも。
ここまでやるならチェンバロで弾けばいいものを、と思うところだが、そこを敢えてピアノで弾くところがリュプサムの面白いところ。
この魅力にハマるとこのアゴーギクが何とも心地よいものになってくる。
第1楽章の右手の長いトリルは弾き方がちょっと変わっている(最初に1音打ってからまた途中から弾き始める感じ)。
こういうチェンバロタイプの演奏はやはり第2楽章が面白く、まさに自由に弾いている感じ。
逆に終楽章は(シフほどの工夫がないせいか)やや面白みに欠ける。タッチのコントロールがもうひとつと思われるところもある(これは意図的でなく純粋に技術的な問題だろう)。
- E.コロリオフ(Haenssler<99>)(3:51/6:06/3:19)○-◎
これも模範的演奏の一つ。テンポを含めた解釈も妥当。
これといった強い特徴はないが、ケチをつけるようなところがほとんどない。
細かく見れば(ルガンスキーのような正確無比な演奏を聴きなれた耳には)タッチのコントロールでさらなる精度の向上があってもよいところはあるが、普通に聴けばまず気にならない。
全体的にシフに比べるとよりストレートな表現で溌剌としている。
- C.Sager(Haenssler<96>)(4:33/4:25/4:01)○-◎
シフと同系統の演奏。
ゆったりとした落ち着いたテンポでチェンバロを意識した表情が豊か(シフほどの凝った工夫はないが)。
音色などはややモノトーンだが、アーティキュレーションもよく推敲されている。
「キレよりコク」タイプであり、地味ながら噛めば噛むほど味が出る感じの演奏。
- グールド(Sony<81>)(4:05/7:57/3:38)○
第1楽章は旧録と比べると(他の彼のBach演奏と同様)アーティキュレーションなど表現がよりマニエリスティックになっているが、コンセプト的にはテンポを含めてさほど変わっていない。
第2楽章はぐんとテンポを落とし、その遅さは記録的だが、彼らしいリズムを崩さない弾き方でどこか点描的。新録のゴールドベルクの第25変奏を思い出す。
終楽章も旧録に比べてテンポを落とし(それでも一般的には普通のテンポである)、左手の表情付けが凝っているが、快速的な爽快感が減って、個人的には旧録の方が魅力を感じる(タッチのコントロールもまだ向上の余地を残すような気がする)。
グールド自身はこの録音のリリースを許可しなかったらしいが、その理由を是非知りたいところである。
(それにしてもこの演奏を既出の2枚組「シルヴァー・ジュビリー・アルバム」に1曲だけ混ぜるというSony Classicalの「抱き合わせ」商法的なやり方いつもながら腹が立つ。初出のリリースを纏めた「未完のイタリアン・アルバム」に入れればいいのにそこにはなぜか旧録を入れている。)
- グールド(CBC<52>L)(3:45/5:08/3:02)○
放送ライヴ。
明晰なタッチはまぎれもなくグールドだが、第1楽章は後年のスタジオ録音に比べるとフレーズの切れ目での間やタメなどのアゴーギクの変化が多い(ドキュメントフィルム「オン・ザ・レコード」でもグールドが楽譜を見ながら「ここの出だしがいつも遅れる」と言っていたことを思い出す)。
全体的に、主情的とまでは言わないが勢いを重視した溌剌たる演奏となっている(スタジオ録音はより計算された、細部に神経の行き届いた演奏と言える)。
特に第3楽章。スタジオ録音も快速だがそれをさらに猛烈にした感じ(そういう意味ではちょっとアルゲリッチ的)。
第2楽章の最初のトリルの入れ方など、より自由に歌っている感じである。
- グルダ(Philips<65>)(4:29/3:50/3:34)○
第1楽章はかなり遅めのテンポだが、慌てず騒がず、同じテンポをキープしている。まさに機械のように正確なテンポ。タッチも明晰。そういう意味でルガンスキータイプとも言える(もちろんこっちの方が先)が、録音のせいか多少タッチがぶっきらぼうというか無造作な感じがする。
第2楽章は一転、速めのテンポだが、これもまったくのインテンポなのがすごい。
終楽章も同様。ここまでやられると感心するほかない。
ただテンポが中庸だけにルガンスキーほどのドライブ感(と細部の完成度)はない。
- F.サイ(Warner<98>)(3:40/5:30/3:35)○-△
ライナーノートでグールドのことを「影響を受けただけでなく、大いに尊敬している」と言っていて、確かにグールドの影響が多少みられるが、グールドより明るく楽天的で、より現代ピアノの響きの豊かさや音量を活かしたような演奏。
逆に言えば(録音のせいもあるだろうが)やや響きが過剰で、個人的にはもう少し軽やかさや明晰さが欲しい。
アーティキュレーションよりは強弱でフレーズを作っていく(ロマン派に近い)感じもある。
第2楽章はそのロマンチックなところが魅力的(トリルの弾き方など)。
- カツァリス(Sony<94>)(4:21/5:00/3:05)○-△
カツァリス得意の、意外なメロディーを浮き立たせ攻撃があったりして、もうこの曲は知り尽くした感があったのにまた新しい発見がある。
終楽章ではテンポが微妙に揺れる(揺らす?)のがやや気になる。
終楽章では左手を異様に強調するところがあって、タッチは洗練されていない(ぶっ叩く感じ)ものの、なかなか面白い。
タッチの一層の丁寧さと安定性があるとよいのだが(ちょっと雑に聞こえる)。
- ブレンデル(Philips<76>)(4:20/5:41/3:32)○-△
もの静かで落ち着いた演奏。
1音1音に神経を使っており、非常に丁寧なのだが、丁寧さのあまり覇気に欠けるというか、去勢されたみたいな感じもある。
終楽章なども優しく安定感のあるタッチがよくコントロールされているが、やや面白みが少ない。
アゴーギクや強弱は歴史的奏法を意識したものではなく、あくまで現代ピアノ的発想によるものである。
- 高橋悠治(Denon<78>)(3:26/5:38/3:39)○-△
第1楽章はかなり速めのテンポ。間やタメがないこともあってちょっとせわしなく聞こえる。
ストレートで、音色を変えるような小細工は一切なし。ソロとトゥッティの違いさえ出していない。急速な走句などでちょっとぎこちなく聞こえるところもある(粒の揃い方がもうひとつ)。
彼の演奏の特徴でもあるが、アーティキュレーションが明確で、微妙な陰影やニュアンスよりも明晰さを重視。第2楽章は特にそうで、この楽章は思い入れたっぷりで弾く人が多いが、彼はひたすらストレート。
終楽章はちょっと重い。もう少し軽快さがあってもいいところ。
- ラローチャ(Decca<71>)(3:54/5:07/3:38)△-○
明るい音色で、タッチがいきいきしている。
テンポの揺らしがやや多く、間やタメが入りがち。(チェンバロを意識した不均一リズムではなく、こういうロマン派的発想のアゴーギクはあまり好みでない。)
また第1楽章のトリルのところで微妙にテンポが走る(ここは走りやすいところ)。
終楽章も、勢いはあるのだが、フレーズの切れ目で何か大時代的なタメ(アラルガンド)が入るとちょっと白けてしまう。
- ヒューイット(DG<86>)(3:52/5:24/3:31)△
これもシフ同様、コンクールで一番ウケのよさそうな模範的タイプの演奏なのだが、第1楽章のやや長いトリルでテンポがあからさまに走っていしまうのがいただけない(これでそれまでの好印象が台無しになってしまう)。また細部が曖昧になることがあり、技術的に一段の完成度が望まれる。
特に終楽章は(演奏の方向性は悪くないのだが)多くの競合盤に伍していくには完璧なまでのタッチの明確さと安定性が欲しい。
- ストイアマン(Philips<85>)(3:50/4:32/3:15)△
これも基本的にはそれほど悪くないのだが、テンポが微妙に不安定なところがあるのが気になる。
アゴーギクやアクセントと付け方もどうも中途半端というかキメができてないというか、何かツボを押さえていない感じがする(ここぞというところを何もなかったように通り過ぎていくような)。
第2楽章もかなり淡々としていて面白みが少ない。
終楽章も細部の完成度というか練りがもう一つという感じ。ちょっと雑っぽく聞こえる。
- A.ゲレーロ(Fanfare<47>L)(3:41/4:51/3:13)△
グールドの師、ゲレーロの演奏。
後年には疎遠(というかグールドが一方的に離れた)になった二人だが、グールドがゲレーロの影響を受けていたのはこの演奏を聴けばよくわかる。
もちろん技術的にはグールドにおよばないが、知らない人に「これはグールドの若い頃の演奏」と言ったら信じてもおかしくない。(と、思ったらレコ芸の記事によると、この録音の奏者はグールドの可能性もあるそうである。どちらでもない可能性もあるらしいけど。)
プライベート録音であり、音は非常に悪い。
- バノヴェッツ(Naxos<85>)(3:31/4:58/3:22)△
第1、2楽章はそれほどでもないのだが、終楽章はタッチの安定性、コントロールがもうひとつで、技術的にやや見劣りする。
解釈的にはオーソドックスの極み。
- P.ゼルキン(Proarte<86>)(3:25/6:31/3:10)×
テンポが微妙に揺れる。チェンバロを意識したものではなく、正確なテンポ感に欠けるという感じ。
タッチの均一性、安定性ももうひとつ。特に細かい走句でモヤモヤと怪しい感じになる。
第2楽章は神経質過ぎ。
第3楽章はさらにテンポの揺れがひどくなってきてちょっと我慢できない。
- シュナーベル(EMI<38>)(3:16/5:27/3:12)×
テンポの変化が(よく言えば)自由というか、はっきり言えばムチャクチャ。
特に第1楽章のやや長いトリルのところではテンポ走りまくり。
終楽章もかなりテンポが揺れる。
第2楽章は曲想的にそれが気にならず、むしろ大胆な強弱なロマン派的で面白いが、全体的には(往年の大家の演奏ということでCD化されたようだが)今の人だったら絶対にリリースできないシロモノだろう。
最初に聴いたときは冗談かと思った。
未記入盤
- W.ハース(MDG<72>)(3:58/4:46/3:38)
- ワイセンベルク(EMI<67>)(3:30/6:37/2:56)
- ヒューイット(Hyperion<2000>)(3:41/5:38/3:25)
- スレチンスカ(Ivory <52>)(3:43/5:44/3:23)
- クシュネローヴァ(Orfeo<2000>)(3:59/5:11/3:20)
- クローネンベルク(Ars Musici<2002>)(3:58/6:08/3:22)
- テュレック(EMI<59>)(4:09/5:14/3:54)
- ペライア(Sony<2003>)(4:06/5:02/3:36)
- タロー(HMF<2004>)(3:35/5:09/3:32)
- シュタットフェルト(Sony<2004>)(3:41/4:57/2:40)(ブログ記事)
- プロシャイエフ(Avi<2003>L)(11:43)2003年ルール・ピアノフェスティバルライヴ
- ランゲル(Bridge<2003>)(4:13/5:23/3:27)(ブログ記事)
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