(日本国際音楽コンクールピアノ部門レポートその1〜1次予選第1日) 久島です。 11月12日に第6回日本国際音楽コンクール、ピアノ部門の1次予選第1日を 聞きにいってきたので、その感想です。 日本国際音楽コンクールは3年に1度、私は前々回から聴き始めました。 今回の1次予選の課題曲は (1) バッハの平均律第2巻13番 嬰へ長調 (2) モーツァルト:幻想曲 ハ短調 K.396 (3) ショパン:エチュードから1曲 (4) 以下の作曲家のエチュードから2曲 リスト、ドビュッシー、スクリャービン、ラフマニノフ、バルトーク、 ストラヴィンスキー (ただしリストは超絶技巧練習曲のみ、ラフマニノフは前奏曲も可) で(計5曲)、去年とほぼ同じパターン。 バッハの平均律2巻13番は割合好きな曲なのでよかった。でも装飾音が多く、 どちらかというとチェンバロ向きのような気がする。 (前々回まではリストのエチュードが必須だったのに、前回から選択になって しまった。リスト好きの私には悲しい。) 本日の出場者は8名。以下各演奏者の感想を(演奏順)。 1. 伊藤野笛(日本、22歳) 一番緊張する初日のトップバッター。ベージュのスーツ、緊張した表情で登場 (ちなみに男性です)。 バッハをゆっくりしたテンポ(といっても私がグールドの演奏を聴き慣れてる ためそう感じたので、まあふつうのテンポ)で開始。丁寧に弾き進める。 左手があまりよく聞こえないで、右手の旋律だけが聞こえてくるのがイマイチ。 アーティキュレーションは妥当なところか。 モーツァルトを弾きはじめて、私が課題曲をK.397の幻想曲(ニ短調)と勘違い していたことに気付く(幻想曲と言えばK.397かK.457の2つかと思っていた)。 K.396の幻想曲なんてほとんど聴いたことがないのであまりはっきりしたことは 言えないが、演奏はやや生硬な感じというか、深刻というか、もうすこし自由で 即興的な趣があってもいいとおもった。中間部(この曲はABAの3部形式になって いる。ソナタ形式なのかな?)で左手が交差するところで右手の音形がモゴモゴ しているのが気になった。 ショパンのエチュードはOp10-1。これはまあまあであった。欲を言えば右手の 最高音近くもう少しキリリと強調してくれるのが私の好み。 次はドビュッシーのエチュード第3番「4度音程のための」。3番はあまり 聴き慣れていないのでよくわからないが、まあ普通だと思う。 最後はラフマニノフの音の絵Op.39-1。これもまあ普通の演奏。特にすごいと いうことはなかった。 全体的には、少し覇気に欠ける印象を受けた。 2. アーグレ・ヤヌリャヴィチューテ(リトアニア、31歳) body-consciousな黒のワンピースで登場(女性です)。 バッハは16分音符の音形を明らかなスタカートで弾いているのが特徴。このアーティ キュレーションはやや無理な感じがするが意欲は買える。細部でやや怪しいというか 不安なところがあるかなと思っていたら、プレリュードの最後の方で一瞬止まって 引き直すミス。これはちょっと痛い。 モーツァルトはとてもよい(この日の演奏では1番だと思った)。強弱、緩急の つけかたがうまく、生き生きとしており、音楽性が感じられる。中間部では まさにツボにはまったという感じ。 ショパンはOp.10-1。これもよい。最後近くの、冒頭の繰り返しに入る直前に、一瞬 大きくタメをつくったのがハッとさせられた(よい意味で)。 次はラフマニノフは音の絵Op.39-7(ハ短調)。これは音の絵の中でも地味な曲だと 思う(あまり聴かない)が、彼女の音楽性のたまものか、いい曲のように思えてきた (後で家でCDで聴いてみよう)。 最後はドビュッシーのエチュード第1番(5本の指のための)。これまずまず。 全体的には、音楽性というかセンスのよさが印象に残った。バッハでミスはしたが、 それ以降はとてもよかった。 3. 川村淳子(日本、25歳) 事情により聴けませんでした。あしからず。 4. キム・チョンクォン(韓国、19歳) ダークグレーのスリーピースで登場(男性です)。 バッハとモーツァルトはあまり印象に残っていない。それほどいい演奏とは思わな かった。 彼の場合はエチュードで聴かせた。 ショパンはOp.10-8。テンポがやたらと速い。でもちゃんと弾いている。情感とか 細かい表情付けということには無縁だが、指の動きが素ばやい。 次はリストの超絶(超絶技巧練習曲をこう略させてもらいます)第10番。これも なかなかいい演奏。ただ残念なのは、ピアノのせいか(彼はベーゼンドルファーを 使っていた)高音部の音が強奏でどうも安っぽいというか美しくないという感じが したこと。スタインウェイを使った方よかったのではないだろうか。演奏自体は よいなあと思っていたら、途中で止まりそう(弾くべき音が急にわからなくなった) になるミス。なんとかリカバーしたが、頭が真っ白になってしまったのだろうか。 最後はラフマニノフの前奏曲Op.23-2。彼好み(?)の派手な曲でこれもよかったと 思う。 全体的には、2番の人と対象的に、音楽性は?だが指の動きのよさが印象に残った。 5. グジェゴシュ・キング(オーストラリア/ポーランド、17歳) おそらく今回の最年少。ニコニコしながら登場したので、余裕があるのかと思って しまった。かなり大柄な男性。 バッハはかなり速めのテンポで、タメとかそういうものが一切ないという感じで、 悪く言えば単に楽譜通りに弾いているという印象。あまりよくない。 モーツァルトはあまり印象に残らなかった。 ショパンのエチュードは「黒鍵」。猛烈なスピードで始める。が、速すぎて右手の 3連符の音形がよく聞こえない(ここは3連符として聞こえてほしい)。こんな スピードで、最後のダブルオクターブの下降はどうするのかと思っていたら、そこ ではぐっとスピードを落としていた。 次はリストの超絶第10番。これもテンポは速い。この10番は、冒頭の(後でもたび たび出てくるが)右手と左手が重なって交互に和音を弾く部分をいかに速く、かつ ハッキリクッキリ音を分離して弾くかがポイントなのだが、その分離が良くない。 しかもピアノが芯から鳴っていない感じがする。 全体的にはあまりよくなかった。 6. 小林由佳(日本、24歳) バッハのプレリュードはかなりゆっくりとしたテンポ。非常に丁寧という感じで、 今迄のなかでは一番安定していた。が、ある声部を強調するなど、声部の引き分け はイマイチか。 モーツァルトは彼女のいわゆる「くぐもった」音が曲に合っていてよい。 ショパンはOp.25-6。これはまずまず無難に弾ききっていた。 次はスクリャービンのOp.42-5。打鍵が少し弱くて迫力に欠ける。 最後はドビュッシーのエチュード第12番「和音のための」。はっきり言ってこの 曲は彼女に合っていないと思う。この曲は冒頭の和音がきれい力強く響いてくれない といけないのだが、彼女はこの曲も「くぐもった」音になっている。あまり手が 大きくなさそうなので、もっと指を細かく動かすような(例えば「半音階のための」 とか「反復音のための」とか)曲の方がよいのではないかと思った。(25-6とか そのような傾向の曲が並ぶのを避けたのかな。) 全体的には強音での力強さに欠ける気がした。 小杉真二(日本、25歳) 長身・長髪で、風貌(無造作な髪)が、去年2位だった及川浩治を思い起こさせる。 バッハは、一音一音考えているというか、知的な印象を受ける。。ただしミスが散見 され、テクがそれについていっていないという感じ。モーツァルトもバッハと同様。 ショパンはOp.10-1。あまり印象に残っていない。 リストは超絶第12番「吹雪」(この曲は日本語では「雪かき」という名前がついて いるが、本当は「雪を払う風」「吹雪」が正しいと思う。だいいち「雪かき」では この曲の寒々したイメージがだいなしだ。というわけで、以後は「吹雪」と呼びます)。 ミスがやや多い。あと、打鍵した後、腕を上がるなどのアクションがちょっと目立つ が、その後の打鍵が遅くなって、かえって動きが無駄になっているような気がする。 最後はラフマニノフの音の絵Op.39-1。これもあまり印象に残っていない。 全体的には、知的な演奏だがテクがそれについていっていないというとこか。 8. コヴァーチ・クリスタ(ハンガリー、25歳) 本日最後の演奏。小柄な女性です。 モーツァルトから始める。いままでは皆バッハから始めていたので少し新鮮な感じ (指があたたまっていない最初はバッハよりモーツァルトの方がよいと私は思うの だが、そうする人は今までなかった。)演奏は普通というかあまり印象に残ってい ない。次はバッハ、テンポが軽快でリズム感がある。ただ、装飾音がちょっと変っ ていて(さぼっているのかな)少し違和感があるか。 ショパンのエチュードはOp.10-5「黒鍵」。これはまあまあ。グジェコシュ・キング 君よりはテンポも落ち着いていてよい。 次はラフマニノフの音の絵Op.39-5。これは普通。 最後はリストの超絶第7番「英雄」。これは光っていた。とくにクライマックスの ダブルオクターブでテーマを弾くところはあぜんとして見ていた(実はこの曲を 実演で見るのは最初)。さすがにリスト国際コンクール第5位という感じである。 この「英雄」を見られただけでも今日来たかいがあったというものである。 全体と印象に残ったのは2番めのアーグレ・ヤヌリャヴィチューテと最後の コヴァーチ・クリスタ嬢(ただしリストのみ)。全体的には低調だったという 気がする。 今年の日本国際音楽コンクールは、(ショパンコンクールなど他のコンクールの 影響で)出場者が少ないという話だそうだが、レベルも例年より低くなっている のではないかと少し不安に思った。