(日本国際音楽コンクールピアノ部門レポートその7〜2次予選第2日) 久島です。 第6回日本国際音楽コンクール、ピアノ部門の2次予選第2日(11/18)の レポートです。2次の結果もあります。 本日の出場者は9名。以下各演奏者の感想を(演奏順)。 1. ミルコ・ロヴェレッリ(イタリア、24歳) 最初はベートーヴェンの「熱情」ソナタOp.57。多少のミスはあるが、な かなか熟練している。第3楽章でちょっとテンポが走り気味ではあるが、歌 うことも忘れない。総合的には1日目のキム・チョンクォンの「熱情」より 上であろう。次はメンデルスゾーンの厳格な変奏曲Op.54。 # 本当は一柳としの委嘱作品を間に弾いたのだけど、例によってコメント # 不能なので飛ばしていきます(以降も)。 # なお、先日の記事では名前の「とし」を「彗」と書いてしまいましたが、 # 本当は「彗」の下に「心」が付く漢字です。失礼しました。 メンデルスゾーンのこの曲はあまり聴き慣れていないが、まあまあだったと 思う。最後はショパンのアンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ Op.22。これはうまい。速めのテンポであるがほぼノーミス。彼の十八番な のではないかと思ってしまった。 全体的には、技術・音楽性とも完成度が高い。ただ、突き抜けたところが ないというか、現在のレベルに安住してしまっているような気がしないでも ない(ちと厳しすぎるか)。 2. 佐藤美香(日本、22歳) 最初はベートーヴェンのソナタ第13番Op.27-1。第1楽章では繰り返し を全くしないので、少し違和感を感じてしまったが、それが規定なのでしょ うがない。演奏は速いテンポで(といっても、私がグールドの怪演に慣れて いるのでそう感じたのかもしれないが)きびきびしている。第2楽章も同様。 速い上に繰り返しをしないのであっという間に終った感じ。この楽章のはじ め(両手とも分散和音で上昇するところ)は、ペダルをたっぷり使っておど ろおどろしい感じを出す(バレンボイムのように)のが私の好みであるが、 彼女のはあっさりしてる。第4楽章は猛スピード。こんなに速い演奏は初 めて聴いた。それでもノーミスで、かなりの出来だと思う。ベートーヴェ ンの、特に初期から中期にかけてのソナタはキチッと弾くだけで結構感動が あると思っているので、彼女のようにミスが少ない人には向いているのかも。 委嘱作品を挾んで最後はショパンの24の前奏曲Op.28。これは速いテンポ の曲でのキレが素晴らしい。ただし緩徐曲での情感の出し方が常套的で、上 手に弾くが伝えるものがないという、例の言葉をやはり思い出してしまった。 後半で2ケ所くらいミス(というかクリアでないところ)があったものの、 それがなければほとんどサイボーグである(失礼!)。 # そういえば前回4位入賞した江尻南美嬢もこのようなタイプ。実は彼女 # も2次で24の前奏曲を弾き、さらにベートーヴェンの28番のソナ # タOp.101を弾いたのだが、両方とも全くミスをしなかったように記憶し # ている。ただし入賞はまだ早いと思ったが。 3. 鈴木弘尚(日本、17歳) 最初はベートーヴェンのソナタ第22番Op.54。恥ずかしながら、この曲 を聴くのは初めてである。第1楽章はオクターヴが、第2楽章は16音符 的な速い動きが目立つ曲という印象。演奏の方は力強さがあって(特に第1 楽章のオクターヴ)悪くないと思った。 次はブラームスの4つの小品Op.119。ブラームスの晩年のピアノ曲はあまり 聴かないのではっきりとは言えないが、音色の変化に乏しいというか、あま り「聴かせる」演奏になっていないような気がした。ただし技術的な見せ場 がある4番はなかなかよかった。 最後はプロコフィエフのサルカスムOp.17。これはよい。打鍵が鋭くキレが ある。まさにプロコフィエフ向きの音である。ほぼノーミスで、彼がテクニ シャンであることがわかる。 全体的には悪くない。プロコフィエフなどは、今後を期待させる。 4. 安田正昭(日本、28歳) 最初はベートーヴェンのソナタ第32番Op.111。細部のツメが甘いように 感じた(特に第2楽章)。委嘱作品を挾んで、最後はラヴェルのクープラ ンの墓。これは精緻さといか、緻密さというか、音の磨きが不足していた。 キレも今一つである。最後のトッカータは明らかに不調でちょっとつらそう。 本人もそう感じていたかもしれない(最後のおじぎの表情から)。 5. クリストファー・ツォン(中国、25歳) 最初のベートーヴェンは、ソナタ第31番Op.110。非常に繊細な演奏。第 2楽章では、フォルテの和音でもう少し力強さ(鋭さ)が欲しいと思ったが、 解釈の違いかもしれない。第3楽章も、1音1音が丁寧で、ピアニシモが 美しい。2つめのフーガも非常に美しいと思っていたら、なんとフーガの途 中で止まってしまった。少し前から弾き直したが、これは痛い。審査員はど う判断するであろうか。私としては大目に見てあげてほしいが、崇高な雰囲 気がだいなしになってしまったことは否めない。 # それにしても、第3楽章のフーガは、数年前の日本音楽コンクールでこの # 曲が課題曲(抽選)になったときも、1人ならずの人が止まったりあやふ # やになっていた気がする。魔が潜んでいるのだろうか(それとも音楽に酔 # ってしまうのかな^^)。今後この曲を生で聴くときはこの部分でいつもハ # ラハラしなければいけないかも。 次はフランクの前奏曲、コラールとフーガ。前奏曲はよい。弱音が相変わらず きれいである(彼はリリシストのようだ)。コラールでは、左手をしつこい くらいに交差するところがあるが、その左手で何度かミスがあった(ここは 目立つ)。フーガ以降の技巧的なところは、速い走句で多少音のクリアさが いまひとつであったかも知れないが、この曲はあまり詳しくないのではっき りしたことは言えない。 全体的には、弱音の美しさや情感のこめ方などが印象に残った。セミファイ ナルでもっと聴いてみたい演奏者の一人である。 6. ジョヴァンニ・アウレッタ(イタリア、27歳) 最初はクリストファー・ツォンと同じくベートーヴェンのソナタ第31番 Op.110。多分これが普通の演奏だと思うのだが、ツォンの後だと、デリカシ ーに欠けるというか、無造作な音に聞こえてしまう(損かな)。自然で健康 的であるとも言えるが。でも標準よりは上だと思う。 次はシューマンのクライスレリアーナOp.16。第1曲では高音部より低音部の 方がよく聞こえて、少し変った感じがしたが、悪くない。速いテンポの軽い 曲(第5曲だったかな)で音ヌケなどのミスがあったが、全体的にはよい出 来である。弾き方に余裕があるので安心して見ていられる。 7. エルヴェ・ビヨー(フランス、31歳) 最初はベートーヴェンのソナタ第26番「告別」Op.81a(この曲が多いな)。 第1楽章の例の和音の急速上昇はイマイチだったが、ゆったりしたテンポを とり、これまでの(この曲を弾いた)2人より情感がこもっている。 次はスクリャービンの「炎(ほむら)に向かいて」Op.72。この曲は有名なん だけど、私にはよくわからない。ただ、この曲は最初から最後までクレッシ ェンドしっぱなしという話を聞いたことがあったが(違ったかな?)、そう は聞こえなかった。 最後はラヴェルのクープランの墓から、前奏曲、フォルラーヌ、メヌエッ ト、トッカータの4曲。リゴードンがないのが少し残念(この曲は結構技術 力が出る)。印象としては、少し雑な感じ。私は、この曲に対しては、触れ たらすぐに壊れてしまうガラス細工のような美しさというか、繊細さと音の 磨きを求めている(その意味では日本人女性向きかもしれない)ので、ちょ っと厳しい見方かもしれないが...。 8. ショーン・ボトキン(アメリカ、26歳) 最初はベートーヴェンのソナタ第16番Op.31-1。よい出来である。完成度 が高い。弱音がきれいで軽さがあり、第2、3楽章の雰囲気にマッチしてい る。第2楽章のバス(ズン・チャッ・チャのリズムを刻む)で数回音が抜け たような気がしたが、私の気のせいかも。 次はショパンのスケルツォ第4番Op.54。これはさらに素晴らしい。これも完 成度が高く、何より音がきれいである(まさにSteinwayという音)。汚い音 は決して出さない(もちろん力任せのフォルテは弾かない)という感じで、ミ ケランジェリみたいな人だと思ってしまった。 最後はブラームスのパガニーニの主題による変奏曲第2巻Op.35-II。これは テンポがやや遅めで、しかも難所では多少ルバートをしているところなど、 昨日のオラフ・ラネリほどの熟練度はないが、音はきれいであり、悪くない。 全体的に音のきれいさ(透明感)や繊細さが印象に残った。前回のコンクール で私がよいと思ったのはこういうところだったのかも(^^)。 9. チョ・ジェヒョク(韓国、24歳) 委嘱作品の後、シューマンの幻想曲Op.17。速めのテンポで、うまいという か、手慣れているというか、すっかり自家籠中のものになっている。でも なぜか、(今年の日本音楽コンクールで山本亮君が弾いたときのような) 感動がない。私は(この曲に関しては)普通の演奏では感動できなくなって いるのかもしれないと思っているところで第2楽章に入ると、その原因が 少しわかってきた。速めのテンポかつ畳み掛けるような演奏のため、聴い ていて疲れてしまうのだ。もう少し間をとったりして、ひと息つかせてほ しいという気になる。音もフォルテの連続といった感じで、音色の変化な どが欲しい。立ち止まることがないというか、あいまいなところがないと いうか。 万が一彼が2次で落ちることがあったら、選曲が問題だったかもしれない。 技巧は並み外れているのだから、シューマンでも別の曲、たとえば交響的 練習曲のような曲の方があっているのではないだろうか(トッカータなぞ 是非聴いてみたい)。 最後のベートーヴェンは「ワルトシュタイン」ソナタOp.53。これはまさ に彼向きの曲だ。速めのテンポをとり、打鍵の鋭さ、指の回りなど技のキ レが素晴らしい。多少ミスはあるが、そんなことを気にさせないようなポ テンシャルの高さを感じる。最終楽章のコーダでのオクターブグリサンド も予想通りちゃんと(グリサンドで)弾いている(ここはppでかつ途中で 1回止まらなければならないので難しい)。それにしても打鍵の鋭さは「 鋼鉄のタッチ」というか後期ベートーヴェンソナタ集を録音したときの ポリーニを思い起こさせるほどだ。 内省的な曲では少し疑問を感じるが、彼のこの技巧を再びセミファイナル で見てみたいものだ。 # それにしても、シューマンの大曲の後にベートーヴェンというのは、 # (私の偏見かもしれないが)少し違和感があった。 ************** というわけで2次予選の2日目を聴き終った。それにしても2日目は12:30 から21:20まで、50分のリサイタルを9人分聴いたわけだが、よい演奏が多 かったせいか思ったほど疲れなかった(あと2、3人は大丈夫か^^)。 残念ながら3日目(11/19)は用事があって聴けなかった。 2次予選を聴きおわって、(1次の出来も考えて)私がセミファイナルに 進んでほしいと思ったのは、 オラフ・ラネリ アヴィラム・レイヒェルト クリストファー・ツォン ジョヴァンニ・アウレッタ ショーン・ボトキン チョ・ジェヒョク ピョートル・ドミトリエフ の7人。ピョートル・ドミトリエフは2次を聴いていないが、1次がよかっ ので。オラフ・ラネリ、ショーン・ボトキンの2人は見直し組である。 で、実際の結果は... 以下の10人がセミファイナル進出。 オラフ・ラネリ 南雲竜太郎 アヴィラム・レイヒェルト 佐藤美香 鈴木弘尚 ジョヴァンニ・アウレッタ エルヴェ・ビヨー ショーン・ボトキン ピョートル・ドミトリエフ カルロ・グアイトーリ 今度は クリストファー・ツォン チョ・ジェヒョク の2人が落ちたのが非常に残念。まあ、今回は1次と違い彼らが落ちた原因 が思い当たらないでもない(クリストファー・ツォンはベートーヴェンの で失敗、チョ・ジェヒョクはシューマンの弾き方)ので、1次のときほど怒 りはないが、やはり残って欲しかった(私が審査員なら残す)。カルロ・グ アイトーリは1次はあまり感心しなかったが、2次で持ち直したのかもしれ ない(3日目だったので聴いていない)。それでも、1次のとき「どうして この人が...」と思った人は(誰とは言わないが)ここで落ちたようである。 # それくらい1次を聴けばわかりそうなもんだろうが...。 >審査員