(日本国際音楽コンクールピアノ部門レポートその10〜ファイナル) 久島です。 第6回日本国際音楽コンクール、ピアノ部門のファイナル(11/24,25)の のレポートです。ながらく続いてきたレポートもこれが最後です。もちろん 最終結果もあります。 ファイナルの出場者は6名で、3人ずつ2日間にわたって行われますが、 2日分まとめてレポートします。 ファイナルは例によって協奏曲の演奏で、曲は以下のいずれかからの選択。 モーツァルト: 21、27番 ベートーヴェン:  3、4、5番 ショパン: 1、2番 シューマン: イ短調 リスト: 1、2番 ブラームス: 1、2番 サン・サーンス: 2、4番 チャイコフスキー: 1番 ラフマニノフ: 2、3番、パガニーニ・ラプソディー ラヴェル:  ト長調 バルトーク: 3番 プロコフィエフ: 2、3番 実は今回はめでたくも全員違う曲となった。前回はなんと6人中3人がチャ イコフスキーを選んでいた(しかも3人連続で弾いた;;)。 なお、オケは高関健指揮の東京交響楽団。 以下各演奏の感想を(演奏順)。 1. オラフ・ラネリ(イタリア) チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番 緊張した表情で登場。前の方の席だったためか(前から7列め)、ピアノの 音が頭の上を素通りしていくというか、直接音だけが聞こえるという感じで、 思ったより音が出ていない感じであるが(音が後ろの方まで届いてるか少し 心配)、こんなものなのかもしれない(ちなみにピアノはKAWAI)。 第1楽章、最初のカデンツァ(というのかな、ソロの部分)で少しミスった (前回のパスカル・ゴダール君も似たような場所でミスしたかな)。と言っ てもたいしたことはない。長い序奏が終った後の第1主題(何が第1主題か よくわからないような曲だけど)のリズムがどうも重い。どうも元気がない ようだ。中頃にある速いダブルオクターヴの下行音階(見せ場の1つ)は よかった。だがそれに続くソロもいまひとつ元気がない。ここはもっと情感 を込めてもいいと思うのだが。最後のカデンツァの後、オケの入りが合わな かった気もするが、私の気のせいかも。 第2楽章はまあまあ。しかし前回のシュー・ツォンのようなはじけるような みずみずしさはない。 続く第3楽章。ふつう第2楽章の後は休みを入れずに第3楽章に入るものだ と思うが(というか、その方が効果がある)、間で少し休んでいた。疲れて いるのかなと思った。演奏はやはり前楽章と同様で、元気が足りない。最後 のダブル・オクターヴも無難に決めたという感じ。 それでも、ミスらしいミスは第1楽章の最初のところだけであった。 全体的には、やや凡演か。やはり疲れているのかもしれない(表情から)。 おじぎのときも、会心の出来という表情ではなかった。カーテンコールは1 回。 2. アヴィラム・レイヒェルト(イスラエル) プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 相変わらずニコニコしながら登場。彼はプレッシャーという言葉とは無縁な のかもしれない。第1楽章、やっぱり音はあまり通らない。これが(この座 席では)普通なのかもしれない。しかも彼の音は丸みがあるというか、マイ ルドというか、プロコフィエフ向きではない感じがした(シューベルト向き )。低音部は品の良い音がよく響いていたが。 # SteinwayはKAWAIに比べると音が通りにくい(出にくい)感じがした。固 # い鉄を叩くような感じ。 第1楽章の終わりの方、グリサンドの3連発の後の低音部の不協和音を、渾 身の力を込めてガーンと鳴らさなかったのはやや不満(これは私の趣味だけ ど)。 第2楽章(変奏曲形式)、オケによる主題の後、第1変奏を、オケのテンポ を無視するかのようなゆったりしたテンポで弾く(楽譜には一応「同じテン ポで」の指定がある)。第2変奏では高音部で少しミス。第3変奏(オケと ピアノでアクセントの位置がずれるやつ)では、ある個所で内声部を出して いたのがユニーク。 第3楽章はよかった。テンポはやや遅めだが彼の技巧が発揮された感じであ る。後半のクライマックス、1本の指で2音を押えて急速に上昇・下行を繰 り返す部分(何ケ所かある)では、手と指が大きそうな彼向きだと思った。 # 以前、この部分をグリサンドで弾いているLDを見たときは驚いた。そん # なのありかと思ってしまった。 最後の部分も迫力と力強さがあった。第3楽章はノーミスだったと思う。あ と、プロコフィエフ向きの音の鋭さがあればよいと思った。 全体的にはまあまあ。カーテンコールは2回(うれしそうな顔をしていた。 彼の場合いつもそうだけど)。 3. エルヴェ・ビヨー(フランス) ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 第1楽章、手堅いというか落ち着いた感じがする。テンポが走らないし、あ わてない。悪く言えば覇気がない。音はまあまあなのかな。でも線が細い ようにも思える。途中、左右が別のリズムを弾くところ(左手はスタカー トで降下するところ。と言ってもわからないだろうけど)では、右手がクリ アでなかった(走らないのはよかったが)。 第2楽章はまあまあ。感じが出ていた。 第3楽章は少し元気が出てきた(曲想からか)。最後のスケールのところ でオケと合わないミスがあった。 全体的にはキレがイマイチ。カーテンコールは1回。 # 彼のレポートは(興味が切れているので)どうしても淡泊になってしま # う。 以降は2日目。 4. ショーン・ボトキン(アメリカ) ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 かなり緊張した(思いつめた?)表情で登場。やはり音がきれいである。第 1楽章最初の、オクターブを含むトリルはしっかり音が出ている(途中のも)。 中頃にある(ダブル)オクターヴは手堅い(多少カスったが)。最後の方 の一連の(ダブル)オクターブは迫力もありミスがない。スピード感という か、バリバリ弾くという感じではないが、全体的にいい出来である(チャイ コフスキーほどたくさん聴いてないから甘いのかもしれないが)。ごまかし がないというか、細かいところまでちゃんと音が出ているのがよい。 第2楽章は美しい。彼向きの楽章である。高音部がきれいに出ている(これ までで1番きれいかな)。 休みを入れずに第3楽章。オケとよく合っている。ミスがなく、完成度が高 い。ステージマナーもよく(関係ないか)一般のコンサートとしても恥ずか しくない出来である。誰かが「繊細で、澄んだ音がする」と言っていたが、 確かにそんな感じである。カーテンコールは1回。 全体的に昨日より音が出ている感じである。実は昨日より1列後ろに座った ので、そのせいかもしれないが。 5. ピョートル・ドミトリエフ(ロシア) ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 小耳にはさんだところにによれば、女性にサインを求められる回数が1番多 いというドミトリエフ君である(確かにいいマスクをしている)。ベートー ヴェンの3番という、割と簡単な部類の曲を選んだからには、よほど心に 染み入るいい演奏をしないと上位に入れないと思うが、果たしてどうだろう か...。 第1楽章、音がよく通り、粒立ちがよい。(実はまた席を左に3mほど移動 したので単純に他の人と比較できないが。)余力があるというか、リラック スした感じで弾いている。展開部ではソフトペダルで音色を変えていた。カ デンツァでわずかなミスがあった以外はミスもなく、ボトキンよりさらに完 成度が高い感じである。一般のコンサートでもよい出来の部類だろう。 第2楽章も素晴らしい。1音1音がキラキラ光っており(タラソフを思い出 させる)、弱音にも心がこもっている。 休みなく第3楽章。冒頭、ロンドのテーマをピアノで弾いた後、オーボエが 同じテーマを吹くところでのピアノの対位句をもっと強調するのが私の趣味 だが(グールドのように)、まあいいか。そのちょっと後、トゥッティが終 って長調になったところでももっと左手を強調してほしいが、これも同様。 最後のカデンツァでやはりちょっとミスしたが、完成度はやはり高い。何と 言っても音がきれいである。低音から高音まで、今迄で一番音が出ていると 言ってよい。N響アワーのへたなコンチェルトより良いという印象である。 放送してほしいくらいだ。 カーテンコールは1回だったが、ステージ上で指揮者を呼び出し、手をとっ て一緒にバンザイするところなどは、余裕を感じさせた。 6. カルロ・グアイトーリ(イタリア) シューマン:ピアノ協奏曲イ短調 第1楽章、予選・セミファイナルに比べると、(あまり期待していなかった せいもあるが)予想以上に良い。相変わらずミスが目立つが、自由さという か、曲の雰囲気が出ている。 第2楽章は少し音の磨き方が足りないか。 第3楽章、特に中低音で音がきれいでないのが気になった。例によってKAWAI の、(極端に悪く言えば)金だらいを叩くような音(KAWAI関係者ごめんなさ い)のせいだと思うから仕方無いが(私の好みもある)。ドミトリエフの後 だけに余計に目立つ(おそらく、昨日のオラフ・ラネリのように最初だった ら気にならないだろう)。演奏の方は、尻上がりに良くなっていった。カー テンコールは2回。 というわけで、全演奏が終了した。 ***** ファイナルを終えて、私がつけた最終順位(審査員のつける順位を予想した ものではない)は以下の通り: (ちなみに最終順位はファイナルとセミファイナルの得点の合計で決まる。) 1. ピョートル・ドミトリエフ 2. アヴィラム・レイヒェルト 3. ショーン・ボトキン 4. オラフ・ラネリ 5. カルロ・グアイトーリ 6. エルヴェ・ビヨー このうち1位と2位は迷った。あるいは現在の実力からすればアヴィラム ・レイヒェルトの方が上かもしれないが、将来性というか、その人の持つ魅 力を加味するとこういう順位になるかなーと思った(もちろんアヴィラム ・レイヒェルトの将来性が乏しいわけではないよ)。4位と5位は、ファイ ナルだけならカルロ・グアイトーリの方が上かもしれないが、、セミファイ ナルも入れるとこのようになった。というわけで、気持ちとしては 1,2 | 3 | 4,5 | 6 というように線のところで差がある感じ。 そして、実際の結果は.... 1. ピョートル・ドミトリエフ 2. アヴィラム・レイヒェルト 3. ショーン・ボトキン カルロ・グアイトーリ 5. オラフ・ラネリ 6. エルヴェ・ビヨー (3位が2人) (日本人作品最優秀演奏者賞:オラフ・ラネリ) (奨励賞:鈴木弘尚) というわけで、珍しくも私の順位とかなり近かった。カルロ・グアイトーリ の評価が私より高いようである(予選を通してそうだったけど。私と趣味が 違うのかも)。 **** ここで、コンクールハイライトCDに入れるならこの曲というのを挙げておき ましょう。私の独断です。 ピョートル・ドミトリエフ: なんといっても、ファイナルで弾いたベートーヴェンのコンチェルト。こ れに尽きる。セミファイナルで弾いたシューマンの交響的練習曲も、ミスは あるけど魅力的。あと、個人的には、2次で聴き逃したプロコフィエフのト ッカータを入れてくれると嬉しい(いい出来だったかは知らないが)。 アヴィラム・レイヒェルト: セミファイナルで弾いたシューベルトのソナタ第14番。あとは1次で弾い たリストの超絶第7番「英雄」。おまけとしてセミファイナルで弾いたF.グ ルダのプレリュードとフーガを入れると楽しいかも。 ショーン・ボトキン: 2次弾いたショパンのスケルツォ第4番と、セミファイナルのハイドンのア ンダンテと変奏曲Hob.XVII-6。完成度が高い。2次のベートーヴェンのソ ナタ第16番の第3楽章なんかもよい。 オラフ・ラネリ: 彼は結構いい演奏が多い。2次のベートーヴェンのソナタ第3番、同じく 2次のブラームスのパガニーニ変奏曲1&2巻。あとは敢闘賞としてセミフ ァイナルで弾いたリストの「ドン・ジョヴァンニ」の回想。 他の入賞者は省略。 ***** 今回コンクールを通して聴いてみての印象は、前回との比較はともかく、少 なくとも前々回に比べるとやはりレベルが今一歩だったかな、という気がす る(タラソフが出た前々回がピークだったかな?)。正直言って、ピョート ル・ドミトリエフもタラソフと同じようなタイプだけど、技巧ではタラソフ の方が上(それでもタラソフは2位だった)。 # 私は結構タラソフが気に入っているので、ちょっと偏見があります。 # あと、主催者側に対する要望として、去年の浜松国際ピアノコンクール #(このコンクールの弟分)でやっていたように、予選の各演奏後の休憩 # 時間に、その演奏を録音したカセットテープ(演奏者ごと)を売り出し # てくれたら嬉しかった(あれはgood ideaだった)。自分の気に入った # 演奏が後々まで残せるし(特に途中で落ちてしまった人)、売り上げに # よってその人の人気がわかるのでおもしろい。(浜松国際のときは私も # 4、5本買った。) 最後に、セミファイナルまで残った中では飛び抜けていたと思う2人(レイ ヒェルト、ドミトリエフ)の他にも、途中で落ちた(または棄権してしまっ た)人の中に、それに優るとも劣らない人がいたと思う。 1次でなぜか落ちてしまい、その実力を一瞬しか見せられなかった、ドミト リ・クリヴォノス、イ・ヨンキュ、水口さおり。同じく1次でフランス的 明晰性を発揮しながら、指の傷みのため2次で欠場となったジュリアン・カ ンタン。リリシストのクリストファー・ツォン。素晴らしい技巧を持ちなが ら浜松国際に続いて今回も審査員に嫌われてしまったチョ・ジェヒョク。入 賞者も含めて、将来これらの人の中から1人でも一流演奏家の仲間入りをし て欲しいものである。 # できればレコード・デビューしてほしいな。 (おしまい)