(日本国際音楽コンクールピアノ部門レポートその9〜セミファイナル第2日) 久島です。 第6回日本国際音楽コンクール、ピアノ部門のセミファイナル第2日(11/21) のレポートです。セミファイナルの結果もあります。 本日の出場者は5名。以下本日の演奏者の感想を。 1. ジョヴァンニ・アウレッタ(イタリア) 最初はグラナドスの詩的なワルツ。初めて聴く曲である。雰囲気がよく出て いるような気はするが、相変わらずKAWAIの残響の多い響きが気になる(セミ ファイナルあたりから、KAWAIの(極端に悪く言えば)金だらいを叩くような 音が気になるようになった)。 # ちなみに今回出場したイタリア人は(1次を含めて)なぜか皆KAWAIを使っ # ている。例によって隣に座っていたの人が出場者の一人に聞いてみたとこ # ろ、「単なる偶然」だと言われたそうだ。 次はアルベニスのイベリア第2集(ロンデーニャ、アルメリア、トゥリアー ナ)。リズムがよい。この曲は、特にトゥリアーナは、手の交差や重なりが 多くて技術的には結構難しいのだが、腕や手の運びがスムーズで、技巧が全 面に出てこないところがいい(「どうだ!」という感じがしない)。ほとん ど何気なく弾いてる風である。ただし、スムーズに流れすぎて、2次でのミ ルコ・ロヴェレッリと同じような印象(現在のレベルに安住してしまう) を感じないでもない。 (ここで一旦退出。途中で退出したのは彼が初めてだった。) 次はプロコフィエフのソナタ第3番Op.28「古い手帳から」。技巧的にはよい のだが、音が問題。ピアノのせいかも知れないが、暖色系で軽い音がプロコ フィエフに合ってない気がする。もっと鋭さが欲しい。音に魅力が欲しい。 次は続いてプロコフィエフのソナタ第8番Op.84。低音はよく響くのであるが、 高音部があまりきれいでない(やはりピアノのせいか)。でも曲を聴かせる ツボは抑えているようで、第1楽章は(これまでは今一つわからないと思っ ていたが)初めておもしろく聴けた。ダイナミックレンジが広いようだ。た だし第3楽章は少々問題があった。やたらとタメを作るというかルバートを するので、この楽章の特徴であるモーター的リズムに欠けてしまう(すぐ歌 を入れてしまうイタリア人の性か?^^)。そして最後の方ではテンポがゆっ くりになり、しかも最後の最後の方で(わからなくなったのか)止まりそう になり、終始の和音を弾いてごまかした風に聞こえた。これは痛い。でもミ スはともかく、テンポを落としたところは技術的な限界を感じさせた。きの うのアヴィラム・レイヒェルトの方が上である。 気を取り直して最後はリゲティのピアノのためのエチュード第1集(1985) より、虹。エチュードと称しているが、叙情的な曲で、前衛的でもない。短 い曲で、どこがエチュードなのかよくわからなかった。 2. エルヴェ・ビヨー(フランス) 最初はブラームスの、ヘンデルの主題による変奏曲とフーガOp.24。まあまあ であるが、細部のツメが甘いというか、丁寧さが足りない。 次はドビュッシーの前奏曲集第2集より、月の光がそそぐテラス、水の精、 花火。この曲集は苦手(結構よく聴くけど、良さがよくわからない)なので はっきりしたことは言えないが、少なくとも花火はなかなかよいと思った。 音に芯がある。(この後一旦退出) 次はリストのメフィストワルツ第1番。これはイマイチである。テンポがゆっ くりめで(それはそれでよいのだが)ミスが多い。特に、後半のクライマッ クスでの(有名?な)右手の跳躍部分では音が抜けたりハズしたりで半分く らいしか音がちゃんと出ていなかった。それはまだ許せるとして、その後の 左手と右手で同時にトリル(右手は三度を含むトレモロ風)を弾くところは 失敗と言ってもいい。プロならばここはキチンと抑えておいてほしい。部分 的にはいいところもある(ピアノがよく鳴っているところなど)のだが...。 最後はJ.カステラードの、セロニアス・モンク頌(1983)。これも初めて聴 く曲。かなり技巧的な曲で、今回初めて聴いた現代曲の中では一番おもしろ いと思った(特に終曲。トッカータ風である)。最後は握り拳も使っていた。 現代曲の選曲にはセンスがあるのかもしれない。 3. ショーン・ボトキン(アメリカ) 最初はバッハのイギリス組曲第5番BWV.810。ノン・レガート主体のアーティ キュレーションで、左手が生きている。トリルがもう少しくっきりしている とよいのだが。細部が少しあいまいになるときがあるなど、安定感が欲しい 気がするが、全体的にはよい出来である。 次はハイドンのアンダンテと変奏曲Hob.XVII-6。古典派は彼の真骨頂である。 例によって音がきれいで完成度が高い。コンクールハイライトCDに入れるな ら、彼の場合この曲(または2次で弾いたスケルツォ第4番)がよいのでは、 と思った。 次はリストの演奏会用練習曲から、小人の踊り。彼はあまり技巧派という感 じではないので少し心配したが、悪くない。スピード感はないが、無難にま とめている。彼のスタイルからしてこのような軽い曲を選んだのは正解だろ う(自分を知っている)。 次はココリアーノのオスティナートによる幻想曲(1985)。もちろん初めて 聴く曲だが、やはり前衛的ではない。それでも私にとってはわかりやすい曲 ではないが、彼の音楽性(と響きの美しさ)のたまものか、聴き入ってしま った。途中でベートーヴェンの交響曲第7番の第2楽章のテーマが入って きたりして、変わった曲である。 最後はシューマンのソナタ第3番Op.14。実は初めて聴く曲だが、はっきり言 ってよくわからない曲だった。特に第2楽章(スケルツォ)など、もうつい ていけない感じである(シューマンが精神を病んでいたのと関係があるのだ ろうか)。というわけで、肝心の演奏の出来の方はよくわからなかった。 # 全体的に私はシューマンが苦手である。何度も聴いていって、いい演奏を # を聴いて、初めて良さがわかるということが多い(謝肉祭など)。 演奏は全体的によいと思う。触れたら壊れてしまいそうな脆さ(よく言えば 繊細さ)を感じさせる演奏ではあるが。それも1つの個性だろう。 4. ピョートル・ドミトリエフ(ロシア) 最初はシューマンの交響的練習曲Op.13(遺作なし)。技術・音楽性とも、同 じ曲を弾いた南雲君より上である。特に和音がきれいである(それぞれの指へ の力の配分の仕方がよいのかな)。音の美しさではこれまでで1番かもしれ ない(これはすごい武器になる)。YAMAHAの人は喜んだかも。キズは多少あ るが(多めかな)、かなりの出来である。 次はG.ドミトリエフの、3つのロシア風主題による狂詩曲(1964)。前衛的 な曲かとおもったら、途中からそうでもない。でもよくわからない曲だった。 最後はプロコフィエフのソナタ第8番Op.84(今回はこの曲が人気だ)。相変 わらず音がきれいで、キラキラ輝くような硬質的な響きが、(同じくナウモ フ先生についている)タラソフを思い起こさせる。技術的な難所である第3 楽章の終わりではイン・テンポを保つことより音をしっかり出すことに重点を 置いていた風である(テンポをだいぶ落としてちょっと苦しそう)。ごまか しがないという点では好感が持てる。 # それにしてもナウモフ先生はよほど良い先生なんだろうな。 5. カルロ・グアイトーリ(イタリア) 彼は2次では聴けなかったが、セミファイナルに残るということは(1次の 出来からして)2次で持ち直したのかと思って期待していたが...。 最初はバーバーのバラードOp.46(1977)。あまりよくわからない曲。しかし ピョートル・ドミトリエフと比べるとやはり音がきれいでない(ピアノ例に よってはKAWAI)。 次はシューマンのソナタ第2番Op.22。これも音に魅力がない(ドミトリエフ 君の後だけに目立つ)。芯から鳴っていない感じである。技術的にはまあま あかもしれないが。 次はスクリャービンのソナタ第5番。これは暖色系のやわらかい音が曲に合 っていて(スクリャービンに対する偏見かな)、悪くない。 次はドビュッシーの、前奏曲集第2集から、月の光がそそぐテラス、水の精、 ピックウィック氏をたたえて、エジプトの壷、交代する三度、花火、の6曲。 例によって苦手なのでよくわからないが、まずまずか(少なくとも花火は)。 最後はプロコフィエフのソナタ第3番Op.28「古い手帳から」。速い走句で 今一つ音がクリアでない感じである。 というわけで、1次を聴いたときの印象を払拭することはなかった。 **** 以上でセミファイナルの演奏が終った。 セミファイナルを聴き終えて、私が是非ファイナルに進んで欲しいと思った のは、 アヴィラム・レイヒェルト ピョートル・ドミトリエフ の2人。はっきり言って飛び抜けている感じ。ショーン・ボトキンがそれに 続くところか。後はもう好きにしてくれという感じである(^^)。ちなみにフ ァイナル出場者(=入賞者)は6名。 そして結果は... 以下の6名がファイナル進出。 オラフ・ラネリ アヴィラム・レイヒェルト エルヴェ・ビヨー ショーン・ボトキン ピョートル・ドミトリエフ カルロ・グアイトーリ ここに来て初めて残って欲しい人が残った(と言っても10人中6人が残る が)という感じである。しかしここまで来るまでの犠牲は大きかった(いい 人が何人も落ちた)。 # エルヴェ・ビヨーが残ったのは少々意外だった。あのメフィストワルツ # で残るのでは日本国際音楽コンクールの権威が...。