(浜松国際ピアノコンクールレポートその2〜2次予選第1日) 久島です。 第3回浜松国際ピアノコンクールの2次予選第1日(11/16)の感想です(長文 です)。 2次予選の課題曲は下記の1,2,3,4(を40分以内で)。 (1) Chopinのエチュード(Op.10, Op.25)から1曲 (2) Liszt, Debussy, Scriabin, Rachmaninov, Bartok, Stravinskyのエチュ    ードから2曲(ただし別の作曲家から)。 (3) Schubert, Mendelssohn, Chopin, Schumann, Liszt, Brahms, Franck, Faure, Debussy, Ravelの作品から1曲ないし数曲 (4) 平吉毅州: ピアノのための悲歌 (4)の曲はこのコンクールのための委嘱作品である。でもどこかで見た覚えがあ ると思ったら、今年の音コンの本選であの岸本さんが弾いた曲である。という わけで、(聞くところによると)今年の音コンで岸本さんが「審査辞退」に追 い込まれたのは、この委嘱作品を別の場で、しかも浜松コンより前に弾いてし まったことにあるらしい。(これがなければ岸本さんが1位だったそうだ。そ れにしてもこのようなことをちゃんと説明せずに単に「審査辞退」で済ますと は、音コン側もちょっと不親切過ぎる。NHKに至っては本選に出たことすら触れ られないし…。) というわけで、この委嘱作品は音コンで聴いて自分向きでないことがわかって いたのでちょっとガッカリだが、この手の委嘱作品でこれまで好きだったもの はないので、まあいつものこと。あとの課題曲はまあ普通だが、(2)にも(3)に もProkofievが入ってないのはちょっと疑問というか不満である。 本日の出場者は13名。以下演奏順に感想を(敬称略)。 83. イングマール・シュウィント(ドイツ、20歳、男性) 最初のChopinのOp.10-1はまあ普通か。左手が少し弱い感じ。ScriabinのOp.42 -3(モスキート)も普通。続いて委嘱作品だが、例によって私はこの曲の良い 聴き手ではないので、コメントは控えることにする(この後に出場者について も)。最後はSchumannの交響的練習曲(遺作付き)。これももう1つパッとし ない。各曲をもっと磨けるはずだと思うのだが。遺作はところどころに入れて いたが、これも成功していたとは思えない(演奏がパッとしなかったから?)。 遺作は入れる場所をよくよく考えないと、通常聴き慣れている流れが断ち切れ られるような感じになってしまうので要注意だ(遺作の入れ方としてはT.バル トーのCDなんかがいいと思った)。なお彼は終曲で初版を使っていた(私も初 版の方が好き)。全体的には特に悪いというほどでもないが、あまり印象に残 らなかった。 84. エムレ・シェン(トルコ、24歳、男性) 彼は1次の演奏テープが売り切れになった人(私の見たところ全部で16人いた) の一人であるのでちょっと期待して聴き始めた。最初のRachmaninov Op.39-1は ややクリアでないというか、モヤモヤした感じだが、ワザとか?。次のLisztの マゼッパは派手で技巧も十分、まさにLiszt向きでいい感じだと思っていたが、 最後の方で失敗。わからなくなって止まってしまい、ちょっと飛ばしてしまっ た。これは痛い。気を取り直して次のChopin Op.10-1はまあまあ。結構小細工 (と言っても例によって必ずしも悪い意味ではない)もする。最後はSchubert のさすらい人幻想曲。これはうまい。パフォーマンス的というか、ノリがよい。 ミスを減らせばかなりよいという感じだ。テクニックもあり1次でテープ売り 切れになったのもわかる気がする(1次はメフィストワルツを弾いており、き っとウケたのだろう)。ただ、2次では他の人もかなりレベルであるので、マ ゼッパの失敗は大きいかもしれない。私だったら許すが。 85. 芹沢佳司(日本、27歳、男性) 最初にBartokのOp.18-1。Bartokのエチュードはコンクールでよく課題曲(の 選択肢)になっているが、実際聴いたのはこれが初めて。なかなかおもしろい 曲である。演奏の出来の方はよくわからないが。次のDebussy 11番(アルペジ オ)は普通か。次のChopin Op.25-6もまずまず。右手がレガート過ぎる(モヤ モヤする)気もしないでもないが、好みの問題かな。最後のLiszt スペイン狂 詩曲はしかしイマイチ。ミスも多く、後半は疲れが出た感じ。この曲では1次 で弾いたフォン・インの方が(途中打ち切りになったが)印象に残っている。 全体としては健闘しているのだが、最後のLisztの心証があまりよくない。 87. ヘンリ・シグフリドソン(フィンランド、23歳、男性) Chopin Op.25-11(木枯らし)はテンポがやや遅い。Lisztのラ・カンパネラも ルバートでごまかすところがあり、技巧が弱いのではないかと思わせる。最後 はBrahmsのパガニーニ変奏曲第1&2巻だが、これで技術的限界が見えたとい うか、テクニシャンタイプでないことがわかった。2巻の途中で時間切れ打ち 切りになった。(2次で途中打ち切りになったのは彼だけで、しかも他の人は 時間を多少時間オーバーしても全部弾かせたように思える。審査員も見切りを つけたのかも。)というわけで、あまりよい出来ではなかった。 93. セルゲイ・タラソフ(ロシア、26歳、男性) ついに真打ち登場である。彼を聴くのは6,7年ぶりである。最初はScriabinの Op.42-5。くぐもった音で始めて、最後にはかなりの高揚(盛り上がり)を見 せる。スケールが大きい。次のRachmaninovも同様(この曲はCDでも出ている ので予想通りだが)。次のChopin Op.10-1は日本国際コンでも弾いた彼の得意 曲(だと思う)。かなりのスピードでスケールも大きく、終わった後には思わ ず後ろの方で拍手する人もいた(2次予選では曲の途中で拍手しないことは承 知の上だろう)。それにしてもタラソフは曲の間で結構時間をとる。ハンカチ でしきりに手を拭いたりして、結構神経質になったように見える。日本国際コ ンでは出てきてすわったとたんに弾き出したような気がしたが(違ったかな?) 彼も人の子というところか。最後はChopinのソナタ第2番。これはこのステー ジの中でも最高の出来だった。特に第2楽章が圧巻で、テンポが速く難所(4 度重音での上昇、その後のオクターブ連打や跳躍)でもルバートで逃げること がなく、気持ちがいい。第3楽章もすごい表現力というか緊張感で、息苦しく なるほどだ。全体的に完成度が高く、技巧と音楽性(とカリスマ性?)を併せ 持つという感じだ。他の演奏者と続けて聴くと、格が違うというか、主催者が お金を出して呼んだのではないかと勘繰るほどだ(これは冗談)。 (注:私はタラソフにだいぶ思い入れがあるので、この感想には多少バイアス がかかっています。) 99. レム・ウラシン(ロシア、21歳、男性) 続いて(と言っても間に休憩をはさんでいるが)2人目の優勝候補、ウラシン 登場。彼の演奏を聴くのは(CDを含めて)初めてだが、どんな演奏を聞かせて くれるか。Chopin Op.10-8はテンポが速く、手慣れた感じだ(朝飯前?)。 Lisztの超絶第12番(吹雪)もテンポが速く、すごい技術である(ノーミスでは なかったが)。Rachmaninov Op.39-3もテンポが速く、ルガンスキーやデミジェ ンコの演奏を思い出させる(と言ったら言い過ぎか)。出だしの右手の重音が もう少しクリアであれば完璧だ。最後はSchubert/Lisztの歌曲から6曲(水車 小屋と小川、シェークスピアのセレナード、どこへ、魔王、セレナード、水上 に歌う)。どれもよい出来だ。さすがにピアノで歌うこと重視するロシアの伝 統か(日本でもこういう曲をもっと取り上げればよいのに。おっとこれは私の Liszt好きも入っているが)。ただ魔王では最後の魔王の歌(子供を連れ去る 直前)で思い切りテンポを落としたのはちょっとやりすぎのような気がしたが。 いずれにしても噂に違わぬ技巧の持ち主という感じだ。ただそれほど強烈な個 性というふうではない。 102. ヘンリー・ウォンドー(ニュージーランド、20歳、男性) 最初のLiszt超絶9番(回想)は結構ミスが多い。Choipn Op.25-6も危なっかし いところがある。いずれも前が良すぎるので目立ってしまう。その後のStravin sky Op.7-4、Chopinバラード第1番はあまり記憶に残っていない。最後のDebu ssy喜びの島は指の動きはよいが、音に輝きが欲しいところ。全体的に前二人が 良すぎたためか、イマイチの感がある。 3. アンドリュー・アームストロング(アメリカ、23歳、男性) Chopin Op.25-10はまずまず。変なところにアクセントがついている気もするが、 気のせいかな。次のScriabinのOp.42-4は特に名技性を発揮する曲とも思えず、 選曲が少し疑問。続いてLisztの超絶10番はすごい迫力で、悪くない。Op.25-10 といい、オクターブが得意そうである。最後はBrahmsのソナタ第1番。あまり聴 き慣れた曲ではないが、よかったと思う。音に余裕があり、技術的にも十分であ る。手が大きそうで、鍵盤をつまむようにオクターヴを弾くのが印象的。全体的 に技術的ポテンシャルの高さを感じる演奏で、期待できそうである。 4. マウリツィオ・バリーニ(イタリア、22歳、男性) 彼も1次テープが売り切れた人で、回りでも「良かった」という声をちらほら 聞いたので、期待して聴き始めた。最初はDebussyの映像第2集だが、実はあま り聴き慣れない(私はDebussyはエチュード以外はやや苦手)曲なのであまりよ くわからない。次のChopin舟歌はちょっと変っているが、悪くない。デュナー ミクの幅をあまりとらないようだが、弱音が美しい。次のDebussyエチュード11 番(アルペジオ)はまあまあか(これも技術的差が出にくい曲ではないかな)。 Chopin Op.25-5は優しい音である。中間部のテンポが遅くなりすぎないところ は気持ちがいい。キレには欠ける感じがするが、そこは狙ってないのかも。最 後はLisztの鬼火。これはうまい。しかも特定の音を強調して意外なメロディー を浮き立たせるなど、小細工までする。どうやらテクニシャンのようである。 彼は3次ではChopinのエチュードOp.10全曲弾く予定であり、これはおもしろく なりそうだ。 5. タニヤ・バクスター(イギリス、20歳、女性) 彼女も1次テープ売り切れ組である。最初のSchumann アベッグ変奏曲はよかっ た。実は私はこの曲をあまり聴いたことがなかったのだが、これを聴いて好き になりそうだ。次のChopin Op.25-11(木枯らし)は少しミスもあり、あまりい いとは思わない。Scriabin Op.42-3(モスキート)もツメが少し甘い。トリル をもっとデリケートかつ精確にしたいところ。Debussy映像第1集は悪くないと 思う(が例によってはっきりとは言えない)。最後のRachmaninov Op.39-1はな かなかよい。終わりの方で細かい動きがもう少しクリアだとよいが。しかし全 体的に見るとそれほど印象に残る出来ではなかった。 7. アレッシオ・バックス(イタリア、19歳、男性) 彼は実は前回の浜松コンにも出ている。が、全く記憶に残っていない(ひょっ としたら聴いてないのかも)。Chopin Op.10-1は音はきれいだがテンポが揺れ る感じがする。Scriabin Op.2-1はまたまた技巧的な曲とは思えず、なんとも言 いようがない(エチュードの課題曲でこういう曲を弾くのはどうなのだろうか ?)。Rachmaninov Op.39-8および次のBrahms奇想曲Op.76-1,2は悪くないと思 う。最後のBrahmsのパガニーニ変奏曲第1巻は難所でテンポを落とすのがちょ っと気になる。また最初の主題がキレがイマイチ。最後の変奏およびコーダは テンポは速いが乱暴というか雑な感じである。全体的にはそれほどいいとは思 えなかった。 10. テステール・ブディアルジョ(インドネシア、25歳、女性) 彼女も1次テープ売り切れ組の一人。Chopin Op.10-5(黒鍵)は左手がおざな りとまでは言わないが少し弱いというか、生き生きとしていない。終盤で少し ミスもあった。Lisztの「軽やかさ」は指回りは十分だがこれも左手(でのテー マの出し方)が少し弱い感じがする。次のStravinsky Op.7-4はうまい。滑らか で完成度が高い。最後のSchumannはユモレスクOp.20。これはほとんど初めて聴 く曲(Shumannには苦手な曲が多い)だが、退屈に聞こえた。演奏自体はどうだ ったかわからないが。全体的にはどうして1次でテープが売り切れたのかよく わからない演奏だった。 15. チョン・ウンジュ(韓国、25歳、女性) 最初のChopin Op.25-11(木枯らし)は、右手はよいのだが左手が弱いという かややおざなり感じがする。Scriabin Op.42-5は落ち着いたテンポだが悪くな い。Lisztのパガニーニ練習曲第6番はキレがイマイチ。後半はよくなったが。 最後のChopinのソナタ第2番は一言で言って、タラソフと同じ曲を同じ日に弾 くのはつらいものがあるという出来。第2楽章では4度重音の上昇がクリアで なく、トリオ部もおざなり。全体的には彼女もあまりパッとしなかった。 *** というわけで2次の1日目が終わった。今日聴いた中で3次でもまた聴きたい と思ったのは、   セルゲイ・タラソフ   レム・ウラシン   アンドリュー・アームストロング   マウリツィオ・バリーニ の4人。次いで   エムレ・シェン というところ。特にタラソフはさすがと思わせる出来であった。