(浜松国際ピアノコンクールレポートその3〜2次予選第2日) 久島です。 浜松国際ピアノコンクールの2次予選第2日(11/17)の感想です(長文)。 本日の出場者も13名。以下演奏順に感想を(敬称略)。 16. ルシール・チョン(カナダ、24歳、女性) カナダ人ではあるが、名前の示す通り韓国系である。最初のFranck 前奏曲、コ ラールとフーガは、音色が単調でデリカシーにも欠ける(特にコラールで交差 する左手で出すメロディーが音楽的でない)。音の輝きにも欠け、技巧も物足 りない。次のLisztの小人の踊りは第1テーマ(と言うのかな、前打音付きスタ カートの部分)でもっと軽さが欲しいし、第2テーマ(右手が分散和音の部分) では左手の和音連打をもっと生き生きとして欲しい気がする。Chopin Op.10-4 はまずまずだが、Scriabin Op.42-3(モスキート)はやはりトリルをもっとデリ ケートにしたい。最後のLisztのスペイン狂詩曲は音楽性に欠け(歌う部分)、 技巧も十分でない。1回弾き直しもしたようである。全体的に、最初のFranck の印象が悪かった(その先入観に影響されてしまった部分もあるが)。 18. フランチェスコ・チポレッタ(イタリア、27歳、男性) 彼は'89年の日本国際コンにも出ていて、そのときはまだ髪がふさふさしていた のだが、今では見事に禿げ上がって、ちょっと目にはオヤヂである(失礼!)。 最初のChopinのOp.10-5(黒鍵)はまずまず。落ち着いたテンポである。次の Chopin スケルツォ第4番は例の連続和音の上昇・下降でもう少し軽さが欲しい。 全体的にはあまりルバートをかけず、やや素っ気ない感じがしないでもない。ま た和音があまりきれいでないが、これはピアノのせいかも(彼はKAWAIを使って いるが、これは2次出場者では2人だけ)。次のChopin夜想曲Op.48-1も音がき れいでないというかシャリシャリした感じ。続いてLisztのメフィストワルツ。 前奏部分でスタカートのところをレガートにしているのはちょっと気になった が、その後の主部に突入するまでをインテンポでいくのは(私の好みで)よい。 後もまずまずである(終盤の例の跳躍は数回ミスったが)。続いてRachmaninov Op.39-9はまずまず。そして最後のScriabin Op.8-10は思わず「うまい!」。ス ピードがありかつ滑らか(レガート気味に弾いていることもあるのだが)。ま た楽しみながら弾いているようで、彼の十八番のようだ。CDを含めてこれまで 聴いたこの曲の最高の演奏かもしれないと思った(というかCDでもあまり気に 入った演奏がない)。Scriabinのベストエチュード賞をあげたいくらいだった。 全体的には、最後のScriabinが印象に残ったが、全体としてはピアノで損をし ているのでは、と思った。 20. カール・クランマー(アメリカ、27歳、男性) Chopin Op.10-10はテンポは速めだが多少危ないところも。ポイントとなる終盤 の右手が最高音に達するところは音がちゃんと出ていないようだ。Rachmaninov Op.39-8は普通。ScriabinのOp.42-5は軽量級だがすっきりしていて悪くない。 主題の2回目の繰り返しでペダルを控えめにして内声の16分音符をクリアに弾 いているのも(基本とは言え)よい。フォルテでも鍵盤をぶったたくことはな く、コントルールしている感じである。最後はChopinのソナタ第3番。第1楽 章はこれもすっきりしていてよい。第1主題の4度重音や3度重音で下降する 部分など、技術的にも余裕がある。第2主題の歌いっぷりも心にしみる。第2 楽章では右手の8分音符のノンレガートが心地よい。トリオでもテンポをあまり 落とさないのも好きである(グールドのように全く同一テンポというのが実は 好き)。第3楽章も絶品。やや速めのテンポ(でもこのくらいが好き)で、し かも1音1音に心がこもっている。1ヵ所のミスタッチがちょっと残念。第4 楽章はこれまでの出来からいって期待していただけにちょっと残念。ミスがや や多く、技術的にもちょっと弱さが感じられる。また終盤、最初のテーマが戻 ってきたところでぐっとテンポを落としたのはちょっと賛成できない(これは グールドの超インテンポの演奏を聴き慣れているからだけではないと思う)。 しかし第1楽章から第3楽章までは私の理想に近い形であった。全体的には技 術的に万全でないと感じられるところはあるが、知的で音楽性を感じさせる演 奏をする。3次では(私の好きな)「ノルマ」の回想を弾く予定になっている のも是非進んで欲しいものだ。 21. インゴ・ダンホルン(ドイツ、23歳、男性) 彼も1次テープ売り切れ組である。ChopinのOp.10-5(黒鍵)はやや重い感じ (ペダルの踏みすぎまたは鍵盤の押さえすぎ?)。次のDebussyのエチュード 第7番(半音階)もやや重い。もっと軽やかさが欲しい。続いてRavelのクープ ランの墓から前奏曲、フーガ、メヌエット、トッカータの4曲。前奏曲はやや おとなしくて物足りない。もう少しメリハリのある方が好きだ。最後のトッカ ータはすっきりしている。音楽的というか、メカニックに走らないところがい い。最後のStravinsky Op.7-4はよかった。うまい。全体的にはまあまあでは あるが、それほどはインパクトを受けなかった。 25. アレシャンドレ・ドシン(ブラジル、27歳、男性) ここからは1次でも聴いた人である。実は彼も1次テープ売り切れとなってい る(私はLisztのダンテソナタなど、それほど好きではなかったが)。最初は Chopinのスケルツォ第2番。これはうまいというか模範的というか、ケチをつ ける場所がない。手慣れた感じである。次のOp.10-8もうまい。速いテンポで 流れるようだ。Rachmaninov Op.39-5もよい。次はBrahmsの3つの間奏曲Op. 117だが、実は私はBrahmsの晩年の小品集はどうも苦手なのであまりコメント できない。最後のLiszt超絶第10番も速く、うまい。冒頭の連打のクリアさは それほどでもなかったが(ホールエコーのせいか)。全体的に彼の演奏は模範 的というか、うまさ、熟練さを感じる。80%の力でサラリと弾くような感じだ。 ただ、既に完成されたピアニストというか、逆に伸びしろが少ないと感じさせ ないでもない。聴衆をワクワクさせるというか予期しない驚きを与えるという か、そういうところに欠けるのかも知れない(ちと厳しいか)。 26. ジャン・デュベ(フランス、15歳、男性) 今回のコンクール最年少である。1次ではそれほど好印象を与えなかったが、 2次ではどうか。BartokのエチュードOp.18-1はこれが聴くのが2回目だから はっきり言えないが、昨日の芹沢氏の方がよかった気がする。StravinskyのOp. 7-4も前のインゴ・ダンホルンの方がよいだろう。ChopinのOp.25-10はまだ荒 削りというか滑らかさが足りない感じ(彼の手はあまり大きくなさそう)。 最後はRavelの鏡(全曲)。道化師の朝の歌はまずまず(同音連打もうまくい った)だったが、その他の曲は少しデリカシーに欠けるような気がする。全体 としては、2次でもやはり好印象は受けなかった。 27. フセヴォロド・ドヴォルキン(ロシア、25歳、男性) 1次では大人の雰囲気を出してテクニックを前面に出さなかったが、ここでは テクニックが試されるところである。最初はChopinのソナタ第3番。第1楽章 はちょっと小細工が多いというか表情づけが多すぎて自然な流れが妨げられる 感じである。きょうの前に聴いたクレーマーの方が好きである。第2楽章は右 手の8分音符の動きがレガート気味なのが好みでない(楽譜では確かにスラーが ついているが、これはフレージングスラーでは?)。トリオでもテンポが落ち、 小細工(ここでは悪い意味)が多い。第4楽章もルバートが多く、インテンポ では弾けないのではないかという印象を与える。全体としてはやはりクラーマ ーの方がずっとよいと思った。次のRachmaninov Op.33-3はまずまず。軽めの 音である。Chopin Op.10-2は1音1音がいま一つクリアでなく少し不満。最後 のLiszt超絶12番(吹雪)は水準以上で悪くない。1ヵ所大きくハズしてしまっ たが。全体としてはそれほどテクニックがあるわけではないという感じだった。 30. フォン・イン(中国、21歳、女性) 1次での(途中打ち切られた)スペイン狂詩曲が印象に残った彼女である。最 初のDebussyのエチュード第3番(4度)は、4度重音が今ひとつクリアでない (彼女は重音が得意だと思っていたが…)。次はChopin Op.25-6(弾く前に膝 の上で冒頭の右手の練習をしているのが微笑ましい。何を弾くのかわかってし まう)。その右手はいいのだが、左手が少し弱いというか神経が行き届いてい ない。次のLiszt マゼッパはまずまず。主題の両手交互連打の部分がクリアな のがよい。ただ後半の2/4拍子のところでテンポが落ちるのがイマイチ(その前 の6/8拍子のところは速いだけに)。最後はBrahmsのパガニーニ変奏曲第2巻。 これはいい変奏もあれば悪い変奏もあるといった感じ。第8変奏(真ん中から左 右に手が分かれていくヤツ)は少しぎこちないが、これは手が小さいせいか。 逆に第11変奏などは素晴しい。あとはもう少し響きに余裕というかスケール感 がほしいところ。全体的には、1次で見せたテクニックの切れ味はあまり見ら れなかった。 34. マリアナ・グメツカ(ウクライナ、22歳、女性) 最初はBrahmsの4つの小品Op.119。例によって苦手な曲なのでよくわからない が、1次のオリヴァー・カーンの方がよかった気がする。ScriabinはOp.42-1。 これは悪くない。次のChopin Op.25-11(木枯らし)はときどきタメを作るとい うかルバートするところがあるのが気になるがまずまずか。最後のRachmaninov Op.39-1も同じくルバートが気になる。全体的にあまりテクニシャンではないと いう感じだ。 40. ジュ・チン(中国、21歳、女性) 最初のRachmaninov Op.39-9がちょっと変っている。普通、この曲はアゴーギグ に変化をつけて盛り上げようとするのだが、彼女はインテンポ(遅めのテンポ) で押し通している感じだ。次のDebussyのエチュード第5番(8度)も終始ゆっ たりしたテンポで、超個性的と言おうか、あるいはこれらの曲の伝統的な演奏 を知らないのではないかと思ってしまった。3曲目はChopin Op.25-10。これは 素直な演奏で悪くない。次のBrahms 6つの小品Op.118。あまり聴いた曲でない のでよくわからないが、彼女向きの曲でないような気がした。Brahmsらしく分 厚い和音が多いのだが、(手が小さいせいか)音に余裕がなく、もっときれい に響かせてほしい気がする。最後にDebussyの映像第1集から「水の反映」。こ れもあまり聴き慣れていない曲なのでよくわからない。全体的に(というか最 初の2曲)個性的な演奏だったが、あまり説得力があるとは思えなかった。 41. 川島 基(日本、24歳、男性) 最初は音コンでも弾いたRachmaninovのOp.39-6で、まずまずである。ただ音コ ンのときほどの強い印象は受けなかった(他にスゴイ演奏が目白押しだからか な)。次のChopin Op.10-10もまずまず。(私にとっての)ポイントとなる右手 最高音の部分もまずまずクリア。続いてLiszt超絶第10番もまずまず。ちょっと ミスが多い気がしたが、途中であまりテンポを変えず、すっきりした感じにし ている。最後にChopinのソナタ第3番。最初に結論を言うと、今日聴いたクラ ーマーに比べるとまだまだ磨きが足りない。第1楽章では無造作に弾かれる音 が多く、もっと自分の出す音をよく聴いてほしいと思う。自分で表現したいも の(音のイメージ)があるのにそれを表現する技術がまだないのか、それとも 表現したいイメージが自分の中にないのか、後者だとしたらちょっと問題かも。 (表現力ならこれから磨けるが、想像力はそうはいかない。)第2楽章では右 手の8分音符のフレージングがはっきりしない(フレーズの切れ目がはっきりせ ず、ダラダラとつながる感じ)。第3楽章はテンポが遅くなり過ぎないのはよ いが音色が(くぐもった音だけで)やや単調。トリルもちょっと甘い。第4楽 章はふつうか。メカニックは安定している。全体的には最後のChopinで彼の音 楽性に少し疑問を持ってしまった。 42. フレデリック・ケンプ(イギリス、20歳、男性) 1次予選のイスラメイで精悍なテクニックを印象づけた彼である(もちろん売 り切れ組)。最初のRachmaninov Op.39-9はミスがやや多いがメリハリがある。 次のLiszt 鬼火は出だしの半音階上昇で音がちょっとヌケたり、メイン部の重 音がややクリアでないなど、彼にしてはちょっと不出来か(この曲はピアノの コンディションも関係するだろうけど)。こんなハズではないと思ったのでは ないかな。それでも左手が生き生きとしており、センスを感じる。続くChopin Op.10-1はまずまず。テンポが速く、センスのある小細工もしている。こうや って聴いてみると彼はまさに「センスの固まり」という感じがする(ここでの センスは音楽性だけでなく、技術的センスも含めての話)。最後はSchumannの ユモレスク。この曲はきのうエステール・ブディアルジョも弾いており、その ときは退屈な曲だと思ったが、彼のセンスの賜物か、今回は楽しめた(よい曲 に思えてくる)。さすがはセンスの固まりである。 43. オリヴァー・カーン(ドイツ、27歳、男性) 1次予選でA.シフを思わせた教授タイプの彼である。最初はまたまたBrahmsの 6つの小品Op.118(彼は1次でもメインはBrahms)。例によって苦手の曲だが 悪くないと思う。委嘱作品に続いて残りはエチュード3つなのだが、これが本 日のハイライトであった。最初はDebussy第5番(8度)。素晴らしい。テンポ が速く、メリハリがあり、力強い。クライマックスのダブルオクターヴのとこ ろの速さはポリーニ並みじゃないかな。次のRachmaninov Op.33-7も素晴しい。 これもテンポが速く力強いし、音が輝いている。最後のChopin Op.10-4はさら に素晴しい。相当なスピードで、しかも正確。この曲ではガヴリーロフの超ス ピード(かつ機械のように正確)なCDがあるが、スピード的にはそれに迫るも のがある。今まで実演で聴いたこの曲の最高の演奏でないかな。(実はこのス テージの演奏テープを買えたので後で聞き比べてみたが、ガヴリーロフのより 速かった。)このエチュード3連発を聴いて、彼が恐るべき技巧の持ち主であ ることがわかった。(それにしても彼が3次、本選で弾くのはいずれも渋い曲 ばかり。ちょっともったいなさ過ぎる…。) *** というわけで2次予選2日目が終わった。今日聴いた中で特によい(次も是非 聴きたい)と思ったのは、   フレデリック・ケンプ   オリヴァー・カーン の2人。次いで   カール・クランマー   アレシャンドレ・ドシン というところ。あと   フランチェスコ・チポレッタ   インゴ・ダンホルン の2人もおまけ(失礼!)で入れてもいいかな。