(浜松国際ピアノコンクールレポートその4〜2次予選第3日) 久島です。 浜松国際ピアノコンクールの2次予選第3日(11/18)の感想です(長文)。本 日が2次の最終日。ということで結果もあります。 本日の出場者は11名。以下演奏順に感想を(敬称略)。 44. グレイグ・ケッター(アメリカ、27歳、男性) 1次ではオーベルマンの谷でスケールの大きさを示した彼である。2次でもか なり期待している。最初はLisztの「ダンテを読んで」。響きが豊かでやはりス ケール感があり、音がきれいだ。まさにSteinwayの音という感じ(今回Steinway を使った人は少ない)。注文を付けるとすれば、後半よく出てくる右手オクタ ーヴで3度音程で急速に上行するパターンでもっとスピード感が欲しいところ か(私はここをポイントにしている)。あとは最後の難所の跳躍でのミスなど、 ミスを減らしたいところか。全体的には完成度が高い。Chopin Op.25-10は、こ れは案外ふつうだった。最初はゆっくり始めるし(私はいきなりトップスピー ドで入るのが好き)、もっと凄い演奏を期待していた私としてはやや肩透かし。 次はLiszt「森のささやき」。これは悪くない。ただ最初の方で結構目立つミス が痛い。最後はRachmaninovのOp.39-9。落ち着いたテンポで、前日のケンプに 比べるとメリハリに欠ける感がある。全体としては、悪くないのだが、1次ほ どの強いインパクトはなかったか。 (その後この演奏をテープで聴いてみたが、最初のダンテソナタは結構ミスが 多くてそれほどよくない。やっぱり先入観で聴くとよくないなぁ。) 50. クリスタ・コバーチ(ハンガリー、27歳、女性) 彼女は前回の日本国際コンにも出ていて、そのときはそんなに悪くないと思っ ていたが、1次を聴いてみたら、そのときから成長していないというか、むし ろ悪くなったような気がした。さて2次はどうだろう。最初はLisztの超絶第7 番「エロイカ」。これは日本国際コンのときも弾いて、そのときは素晴らしい と思ったのだが、今回はよい出来ではないと思った。音の出し方が無造作とい うかよく考えられておらず音楽性に疑問があるし、技術もイマイチ。前回から そんなに下手になったとも思えないので、あるいはこっちの耳が肥えたのかも しれない。次のRachmaninov Op.33-2はあまり印象に残っていない。Chopinの Op.25-12(大洋)はメリハリ、スケール感に欠ける。最後はまたまたLisztの 「ダンテを読んで」。出だしはなかなかよかったが、後は最初のエロイカと同 じ印象。全体的にスローテンポで(中間部はかなり遅い)、技術的限界を感じ させる。彼女が2次に進んだのは意外だったが、やはりその通りだった。 52. オラフ=ジョン・ラネリ(イタリア、26歳、男性) 実はというか当然というか、彼も1次テープ売り切れ組である。(ちなみ1次 テープ売り切れで2次に進めなかったのは、あの岸本雅美さんだけだと思う。) 最初はLisztのパガニーニ練習曲第2番変ホ長調。速めのテンポ(あまりタメを つくらない)で、スッキリしていてよい。次はChopinのOp.25-6。これもエチュ ードとしては非の打ちどころがないというか、模範的である。出だしからイン テンポ(ゆっくり始めない)だし右手の粒も揃っている。次のRachmaninov Op. 39-1も模範的と言える。続いてDebussyの前奏曲集から3曲(アナカプリの丘、 雪の上の足跡、西風の見たもの)もよい。あと望むとすれば、彼独自の解釈と いうか、彼だけにしか出来ない音楽というようなものを聴かせて欲しいことか。 (その意味で昨日のドシンをちょっと思い出す。)それでもこのレベルに達す るだけでも大したものだが。それにしても彼はこのステージで1音もミスして いないんじゃないかな…、なんてことを最後のChopinの子守歌Op.57を聴きなが ら思った。で、てっきりこれで終わりだと思ったら(プログラムにはそれしか 書いてない)最後にSchumannのトッカータを弾き始めた。これが素晴らしい。 テンポが速く、しかも難所でもルバートで逃げない。彼の演奏はちょっと機械 的なところがあるのだが、この曲にはそれが合っている。この曲はCDでも満足 できる演奏が少なくて(ルガンスキーとポゴレリチくらいか)買ってガッカリ することが多いのだが、それを考えるとかなりのレベルだと思う。さっき彼独 自の音楽がないと言ったが、この曲をここまであざやかに弾かれると、そんな ことはどうでもよくなってくる。 57. デニス・マツーエフ(ロシア、22歳、男性) 1次ではスケールの大きいメフィストワルツを聴かせ、ロマン派が得意そうな 彼である。最初はSchubertのソナタ第14番(D.784)。これは素晴しい。やはり スケールが大きく、音楽性も感じる。望むとすれば(ペダルor残響のせいか) 音が混濁するところがあるので、そこで輝かしい音がほしいところ。次のRach maninov Op.39-6もよい。やはりメリハリがあって、これに比べると昨日の川島 君のはちょっと物足りない感じだ。続いてLisztのパガニーニ練習曲第2番もす ばらしい。先ほどのラネリよりさらに上を行く。デュナーミクというか表現の 幅が広く、まさにLiszt向きの演奏である。最後のChopin Op.10-10もまずまず。 例によってソロリと入るところは好きでないが。全体としてスケールの大きさ と技巧のキレを兼ね備えており、いかにもロシア出身という感じ。予想通り彼 にはロマン派、ロシア物が合っているというか、これらを弾かせたら相当なも のだ。 59. ホセ=ラモン・メンデス(スペイン、27歳、男性) 1次では素晴らしバッハを聞かせ、かなりの音楽性を持つと思わせた彼である。 技巧の方は果たしでどうか。最初はScriabinのOp.42-5。これはなかなかよい。 スピードや迫力などはそれほどではないが、表現力があるというか「聴かせる」 演奏をする。タラソフよりも音楽的かもしれない。特に左手がよい。次の Chopin「革命」エチュードもゆったりめのテンポだが左手の動きが滑らかでよ い。右手の和音がもっときれいならばさらにいいが(ひょっとしたら左利きか も)。次のRachmaninov Op.39-1は普通か。ちょっとミスもあったし最後にテ ンポが落ちるのはあまり印象がよくない(速く弾けないのかと思えてしまう)。 最後はLisztが2連発。まずエステ荘の噴水はデリカシーが感じられてまずま ず。ただ何でもないようなところでハズすのがちょっと気になる。そしてスペ イン狂詩曲。マツーエフの後だとさすがにスケール感に欠ける感じがする。ま たミスもやや目立つなど、ラネリに比べると安定感が今一歩である。やはり1 次のフォン・インの方がキレがあったか。彼は完成されたピアニストという感 じがあるだけに、これはちょっとつらいかもしれない。 61. 三浦 友理枝(日本、16歳、女性) 実は今回は16歳の日本人女性が二人いて、一人は1次の感想でも書いた大崎さ んであるが、彼女がもう一人である。1次でもそんなに悪くはなかったが、印 象に残るほどでもなかった。2次予選はまずChopinが3つ。最初は3つのマズ ルカOp.59。続いて舟歌。いずれも、他の手練手管の猛者連中に囲まれて聴くと、 ちょっと表現が幼いというか、まだ「聴かせる」演奏になってない感じがする。 最後のボレロはあまり聴いたことがないのでよくわからないが、悪くない感じ。 次のRachmaninov Op.33-6はあまり印象に残ってない。続いてChopin Op.10-5 「黒鍵」もまあまあか。左手がもう少しデリケートというか軽妙な感じだとも っといいかな。最後のLisztのラ・カンパネラはオクターヴなどの和音が少し 苦しいというか、強靭さに欠ける感じがある。また終盤の難所で少しテンポを 落とすなど、技巧を印象づけるという感じではなかった。 64. ドミトリー・モロゾフ(ベラルーシ、23歳、男性) 1次でひょっとしたらすごい才能かも、と思った彼である。最初はChopinの幻 想ポロネーズ。よかった。私は実はこの曲の良さがいま一つわからないという か、あまり好きでなかったのだが、そんな私でも思わず聴き惚れてしまう演奏 だった。詩的で、弱音が特に美しい。この曲が好きになりそうだ。次のChopin Op.10-4は、テンポは遅めながらまずまず。続くRachmaninov Op.39-6もよい。 特に中間部のメリハリというかアゴーギグが絶妙である。Debussyのエチュー ド第1番(5本指)もよい。あらゆるフレーズに意味があるように聞こえる。 これら2曲、彼の演奏はいずれも技巧を見せつけるという感じではないのだが、 エチュードでありながらまさに「音楽」を感じる。最後は例の委嘱作品なのだ が、この曲ですら(失礼!)聴かせた。出だしの両手のパッセージの部分、普 通の人は各音均等に弾くのだが(楽譜ではそうなってる)、そこからすでにア ーティキュレーションを変えたりしてリズムをつけている。その後も考えない で弾かれた音は1つもないという感じである。またffffでも決して力任せには 弾かない。ほとんど初めて真面目にこの曲を聴く気になった。というわけで、 やっぱり彼はすごい才能だった。 (この後ロビーで彼を見かけたのだが、その手には委嘱作品の楽譜のボロボロ になったコピーがあった。あのような演奏の陰にはやはりこのような努力があ ったのかと思うと、ちょっと感慨深かった。) 70. 西本=ノイベルト・未来(日本、26歳、女性) 最初のBrahms 6つの小品Op.118は和音の輝きがないか。Chopin Op.25-6は左 手が少し弱いというか多少おざなりな感じ。Liszt超絶第10番は力強さに欠け る(特に左手)。右手の動きはよいのだが。最後のScriabin Op.42-5は弾く だけで精一杯と言ったら言いすぎか。中間部(メロディアスな部分)をもっ と歌って、主題部との変化をもっとつけて欲しい。全体的に、1次でもそれ ほどいいと思わなかったが、2次でも同じ印象。 72. 大崎 結真(日本、16歳、女性) 1次は水色の膝上丈ワンピース、今回はオレンジ色のワンピース(ドレス?) と、やっぱり高校生らしい衣装で登場。最初のRachmaninov Op.39-6は工夫も あってまずまず。Chopin Op.10-2はテンポは速めだが多少粒が揃ってないと 感じられるところがある(この曲は横山幸雄のCDを聴き慣れているせいか)。 次はRavelの鏡から蛾、悲しき鳥たち、道化師の朝の歌の3曲。蛾はちょっと ストレートというか陰影が少ない感じだが、道化師はなかなかよい。キレと いうか、指回りがよい。Scriabin Op.2-1は音楽性をあまり感じない(それを 見せる曲だと思うが)。最後のLiszt メフィストワルツはまずまず。中間部 (緩徐部分)での歌い方がややおざなりという気もするが、全体に指回りが よく、音もきれいだ。例の跳躍部分もすべて決まった。あとはマツーエフの ような力強さ、スケール感があればよいが、それは望む方が無理か。 78. ダリア・ペトロワ(ロシア、23歳、女性) 最初のChopinのソナタ第3番は技術的にイマイチ、音楽性にも欠ける。第2 楽章では右手の8分音符の粒がそろっていないし、第3楽章はセンスに欠ける。 第4楽章もテンポが遅いのに弾くのが精一杯という感じ。下手と言ってもよ い。彼女は1次ではまずまずの演奏をしており、こんなはずではないと思っ たのだが、今日は調子が悪いのだろうか。次のChopin Op.10-8は左手がおざ なりな感じ。左手でももっと歌って欲しい。右手はまずまずだが最後の方で ミス。ScriabinのOp.65-3も技巧が弱いと感じる。フォルテでの強打が力任せ という感じがするし、細かい動きのパッセージもクリアでない。最後のRach maninov Op.39-9も難所でテンポを落とすのが、弾くのが精一杯という印象を 起こさせる。中間部はなかなかよいが、Scriabinと同様、和音を叩き付ける ように弾くのが汚い。もっとコントロールして欲しい。全体として、1次と 比べて調子が悪すぎる。悪いものでも食ったのだろうか…。 79. ダニエル・プロッパー(スウェーデン、28歳、男性) 2次予選最後の演奏者。1次ではテクニックよりも詩的な面を見せていたが、 2次ではどうか。最初のChopin Op.10-12(革命)はゆっくりしたテンポで 表情を付けすぎという感じ。ストレートに弾くテクがないのかと思われてし まう。次のDebussy第1番(5本指)も同じ印象。微温的でメリハリに欠け る。Scriabin Op.8-12(彼は革命が好きだな)も同様。特にオクターヴの連 打が今イチ。最後の大曲、Chopinのソナタ第3番もイマイチ。第2楽章は技 巧の弱さしか見えないし、第3、4楽章では音楽性はあるのだが、それを支 えるテクがないという感じがする。彼も1次ではまずまずだったのに、ペト ロワのが伝染ってしまったのだろうか。 *** というわけで2次の3日目をすべて聴き終わった。今日の演奏を聴いて是非 また聴きたいと思ったのは   オラフ=ジョン・ラネリ   デニス・マツーエフ   ドミトリー・モロゾフ の3人。クレイグ・ケッターがそれに次ぐところ。 2次予選全体でまた聴きたいと思った人をまとめると、   セルゲイ・タラソフ   レム・ウラシン   アンドリュー・アームストロング   マウリツィオ・バリーニ   フレデリック・ケンプ   オリヴァー・カーン   オラフ=ジョン・ラネリ   デニス・マツーエフ   ドミトリー・モロゾフ の9人になる。これに次ぐところで   エムレ・シェン   カール・クランマー   アレシャンドレ・ドシン   クレイグ・ケッター の4人で、合わせて13人。3次予選進出者は12人程度ということなので、 これらが全員進めばば万々歳というところだ。(そんな甘いことはありえ ない…。) で、実際の結果は、以下の13人が3次予選進出となった。   セルゲイ・タラソフ   レム・ウラシン   アンドリュー・アームストロング   アレッシオ・バックス   ジャン・デュベ   フォン・イン   フレデリック・ケンプ   オリヴァー・カーン   オラフ=ジョン・ラネリ   デニス・マツーエフ   三浦友理枝   ドミトリー・モロゾフ   大崎結真 13人中8人が私の聴きたかった人と同じだった。しかし1番意外だったのは マウリツィオ・バリーニが落ちたこと。彼は安全牌だと思っていたのだが…。 フォン・インは1次ではいい演奏をしていたのでまあいいか。日本人の16歳 コンビが選ばれたのはhometown decisionか。そういえばジャン・デュベも 15歳で、審査員は若い人が好きなのかな。 全体として今回の浜松コンは前回までと比べてはもちろん、日本国際コンの 前回('95)や前々回('92)のと比べてもレベルが高いと感じた。前回の日 本国際コンでは3次(セミファイナル)を是非聴きたいと思った人は7人だ けだったし。これはやはりタラソフとウラシンの大物2人が出ていることが 大きいが。