(浜松国際ピアノコンクールレポートその5〜3次予選第1日) 久島です。 浜松国際ピアノコンクールの3次予選第1日(11/19)の感想です(長文)。 3次予選の課題曲は60分以内で各自自由なリサイタル形式である。現代曲を含 めよとか、そういう制約もない。(ただしこれまで弾いた曲は除く。) 本日の出場者は7名。以下演奏順に感想を。 93. セルゲイ・タラソフ(ロシア) 3次の最初はいきなり本命タラソフである。新聞で彼のことを「修道士」と形 容していた人がいたが、落ち窪んだ目、こけた頬、ヘアスタイル、禁欲的な演 奏態度、言われてみれば確かにそんな感じもする(実は性格がよくないという 話も聞くが)。 1曲目はSchumannの交響的練習曲(遺作なし)。奇を衒わない演奏で、まさに 王道を行くという感じだ。ただちょっと気になるのは特に和音の強打で音が汚 い感じがすること(例えばEtude Xやフィナーレ)。もっときれいな音が欲しい 気がする。(前回の日本国際コンのセミファイナルで弾いたドミトリエフはき れいな音だったなぁ…。)それでもEtude IIIやEtude IXなどの難所の変奏での 技のキレはさすがである。特にEtude IIIはかなりのスピードでかつ右手の分散 和音がハッキリクッキリしている(1音ばかし抜けたのは残念だったが)。し かし正直を言うと、タラソフということで物凄い演奏を期待していたのだが、 全般的には正統的で案外フツウであった。 次はChopinのバラード第4番。これは素晴らしい。音楽性も十分で、技巧が目 立たず、まさに音楽のために技巧があるという感じがする。 最後はRachmaninovのソナタ第2番。第1楽章、出だしはそれほどでもなかった が、展開部はド迫力。第2主題でグッとテンポを落とすなど、振幅が大きい。 第2楽章も思いきり歌っている。第3楽章も、M=A.アムランほどのスピード感 はないがかなり熱のこもった演奏ですばらしい。この曲は得てして弾いている 本人だけが興奮して、(演奏はそれほど大したことがなくて)見ているこっち は覚めているということがありがちだが、実演でこれほど感動したことはない (私がタラソフに入れ込んでいるせいかな?)。なお演奏は改訂版。 99. レム・ウラシン(ロシア) 最初はBeethovenのエロイカ変奏曲。落ち着いたテンポで、割と普通の演奏とい うか、もっと言うと平凡だったかも知れない。第3変奏(互いに手が交差するヤ ツ)でかなりルバートが入るのはちょっと気になったし、Beethovenらしい端正 さというかピシッとしたところに欠ける気がしないでもない。特にフーガは左 手が弱くてイマイチに感じた。これはグールドの演奏を聴き慣れているからか もしれないが。第13変奏(両手の同時跳躍のヤツ)ではミスもあったし、全体 的にウラシンも人の子と感じた演奏だった。 次はTchaikovsky/Pletnevのくるみ割り人形より、アンダンテ・マエストーソ。 実演では初めて聴くのではっきりとは言えないが、悪くないと思う。 最後はSchumannの謝肉祭。これはすばらしかった。細工というか工夫が多く、 その点ではタラソフと対照的だった。特にアゴーギクに工夫が多いが、それが 嫌味にならないのはセンスがいいせいか。技巧的な曲(再会やパガニーニ)も 速くて上手い。終曲でのアゴーギクというかルバートはさすがにちょっとやり すぎという気がしたが(ここはもっとストレートにやっても盛り上がるのでは ないかな)、それでもこれまで実演で聴いた最も面白い謝肉祭だったと思う。 ハイライトCDを作るなら、この演奏がそれに入れるべき筆頭の曲だと思った。 彼はBeethoven向きではないと思ったが、こういう曲はよい。Beethovenの出来 を完全に挽回した感じだ。(それにしても、このあと謝肉祭を弾く人がいなく てよかった。きっと退屈に聞こえてしまう。) (ちなみにこの演奏のテープの購入希望者は65人で多分今回の最高記録だった と思う。私も希望したが残念ながら抽選でハズれた。) 3. アンドリュー・アームストロング(アメリカ) 最初はProkovievのソナタ第4番。終楽章以外はあまり聴き慣れていない(と いうかいま一つピンと来ない)し、コンクールでは初めて聴いたのでレベル的 にどうかはっきり言えないが、悪くないと思う。重低音の魅力がある。 次はChopinのソナタ第2番。これもまずまず。ただタラソフの2次での名演を 聴いているので、それと比べると特に第2楽章でのスピード感に欠ける。例の 4度重音上昇の後のオクターヴの連打で多少ルバート気味にするなど、技術的 限界が見えてしまう。 最後はBeethovenの熱情ソナタ(彼はソナタ3連発だ)。第1楽章はオーソド ックスで、トリルがよく決まっている。ただ展開部(5連符音型での下降を右 手と左手で交互に繰り返すところ)でテンポが走るところがあったのは気にな った。第3楽章でもやはり走るところがある。また重低和音が強すぎて乱暴な 印象も受ける(はやり何事もバランスが大事)。技巧的にも万全という感じで はなかった。全体的には、後の曲にいくほどあまり良い印象を受けなかった。 7. アレッシオ・バックス(イタリア) 最初はBartokの舞踏組曲。これは多分初めて聴く曲で、はっきりとは言えない が非常によいと思った。打鍵に鋭さがあってメリハリもよく、まさにBartok向 きである。リズムもよい。硬質の音が芯から響く。 次はGranadosのゴイェスカスから愛と死。これもほとんど初めて聴く曲で、こ ちらはよくわからない曲だったが、やはり音のきれいさが印象に残った。音の きれいさは前回の日本国際コンのピョートル・ドミトリエフを思い出させる。 最後はRachmaninovのコレルリの主題による変奏曲。実はこれもそれほど聴き 慣れていない曲だが、やっぱりよいと思う。相変わらず音がきれだ。 全体的に、なじみの曲がなかったのは残念だったが(詳しく書けないのがつら いところ)、2次での悪い印象をかなり払拭する演奏であった。 26. ジャン・デュベ(フランス) 最初はMessiaenの幼子イエスにそそぐ20の眼差しから、喜びの精霊の眼差し。 実はあまり聴いたことがない曲だったが、ビートがあってなかなか面白い。た だ前のバックスに比べると音がきれいでないというか、音の磨きが足りない感 じがする(そういう曲なのかもしれないが)。手が大きくなさそうなので、和 音での各指への最適な力の配分というのがうまくできてないのかもしれない。 次はLisztの「ダンテを読んで」。(この曲は今回やたら聴いた気がする。好 きな曲だけど。)これは普通。右手のオクターヴでの上昇は速くてよかったが、 やはり音があまりきれいでない。緩徐部分では歌が足りないし、全体的に乱暴、 力任せという印象を受け、もっと音をコントロールして欲しいと感じた。最後 の跳躍は一応OKだが、もっと軽さが欲しいところ。 次はBach/Busoniのシャコンヌ。これはイマイチ。磨きというか完成度が足り ない。ときどき技のキレを見せるときもあるが、全体的には準備不足という感 じだ。 最後はGinasteraのソナタ第1番。第1楽章はやはりシャコンヌと同様、準備 不足の印象。15歳という若さを考えると仕方ないのかもしれないが。第2楽章 はまずまず。第4楽章はよかった。音がしっかり出ていないところもあったが スピード感がある。Messiaenといい、彼はこういう現代トッカータ風というか 打楽器系の曲が好きなのかな(私も好きだけど)。そう言えばファイナルでも Bartokの2番を弾くことになっている(多分無理だと思うけど)。 30. フォン・イン(中国) 最初はBeethovenの熱情ソナタ。(この曲も今回やたら聴いた。1番多かった かもしれない。)結論を言うとあまり印象に残る出来ではなかった。部分的に はいいところもあるが、ミスもやや目立ち、全体的にはイマイチである。(こ う考えるとこの曲は1次の最初に聴いたティン・イーリンの演奏が1番印象に 残った。最初ということで新鮮だったのかも知れないが。) 次はBrahmsの3つの間奏曲。これについては例によってあまりコメントできな い。 最後はRavelの夜のガスパール。オンディーヌを始める前に、またしても膝の 上で出だしの右手の練習。あまりよいステージマナーではないかもしれない (笑)。演奏は、もっと流麗さが欲しい気もするが、まあまあである。次の絞首 台も悪くない。最後のスカルボはよかった。スピード感、メリハリがあり、同 音連打もよく聞こえる。彼女の得意曲ではないかと思った。 全体として、最後のスカルボでやっと1次の彼女らしさを見せたという感じが するが、ちょっと遅すぎるというか、これだけでは苦しい。 42. フレディリック・ケンプ(イギリス) 最初はBeethovenのソナタ第28番。第1楽章は速めのテンポでスッキリ系。そ れでいて音楽性も感じる。第2楽章もメリハリがあり、トリルもよく決まって 気持ちいい。最終楽章もよい。速めのテンポにもかかわらずよく弾けている。 特にフーガに入ってからはBeethovenの全ソナタの中でも最難部分ではないか と思っているが、速いテンポにもかかわらずまずまず弾けている。やはりセン スの固まりだと感じさせる。傷がないこともないが、気になるほどではない。 次はWagner/Busoniの葬送行進曲。これは初めて聴く曲だが、悪かろうはずが ない。彼も汚い音は絶対に出さないタイプである。 次はSchmannのトッカータ。これは昨日のラネリの名演があるし、さすがにセ ンスだけでは弾けない曲だけにどうなるかと思っていたが、ちょっと変化球で 勝負にきた。優しい音で、響きをコントロールしているし、歌も感じさせると ころもある。それでも後半のオクターヴの連打のところははスピード感があり、 1次でのイスラメイを思い出させる。全体としてはラネリには負けるが、これ はラネリが凄すぎるのだろう(笑)。またケンプは前半の繰り返しをしなかった が、これは(後半に向けて力を溜めておく意味で)正解だろう。 最後はRachmaninovのソナタ第2番。プログラムには書いてないが、どうやら オリジナル(1913年)版のようである。オリジナル版はあまり聴き慣れていな いのではっきり言えないが、悪くない。全体的に迫力よりも明晰性重視で、ロ シア臭さを出さずにスッキリとまとめている感じである(ここらへんがセンス の固まりの由縁か)。それでもホロヴィッツのような腹に響くような重低音が 欲しいと思わないでもないが、彼にはド迫力というのは向いてないかな。 *** というわけで、3次予選の1日目が終わった。今日聴いた中でよかった(ファ イナルに進んで欲しい)と思ったのは、   セルゲイ・タラソフ   レム・ウラシン   アレッシオ・バックス   フレデリック・ケンプ の4人。バックスは3次を聴いてちょっと見直した。