さる10月14日、第64回日本音楽コンクールのピアノ部門の本選会を見に(聴ききに) 行って来ました。その感想です(少し長いよ)。 このコンクールは数年前から毎年聴いている(全部じゃないよ)が、今年は本選だけの 観戦(?)となった。場所は池袋の東京芸術劇場。昔は日比谷公開堂でやってたけど、 2、3年前からこちらに移っている。 課題曲は、 ・J.S.Bachのフランス組曲またはパルティータから任意の1曲。 ・Beethoven(Op.101以降), Schubert, Chopin, Schumann, Liszt, Franck, Brahmsの のソナタまたはそれに類する大曲1曲。 ・1950以降に作曲された作品。 の3つを50分以内というプログラムで、まあまあ興味が持てる内容。 開場10分前くらいに来てみると入り口前はかなりの列。一瞬あせったけど、当日券は 余裕で買え、入ってみると結構空いていて、半分も埋まってないくらい。2階左側の、 鍵盤がよく見える位置にすわった。 出場者は5名。以下、それぞれの人の演奏の感想を。 1. 小林亜矢乃(東京音大4年) 黒の上下、しかもパンツスタイルという軽やかな服装で登場。本選会は精一杯おめかし する人が多いので、少し意外な感じ。 最初はのバッハはパルティータの2番。出だしを聴いて、これはやりそうだという予感。 表情付けが豊かな演奏で、手慣れている感じがする。ペダルも適度に使っている。 バッハの演奏には(私によると)、ペダルを適宜用いて感情を込めたロマンチックな 演奏(S.リヒテルなど)と、ペダルを排し、スタカート主体の乾いた感じの演奏 (グールドなど)の両極端とがあるようだが、これはどちらかというと前者寄り。 (コンクールでは前者の系統が結構多い。) しかし、最初の曲(シンフォニア)の後半、テンポが速いところになると、左手の音 がもやもやしてはっきりしない。大ホールは残響が多くなるので、そこを考えるべき だったかも。でも、全体としてはこれといったミスもなく、なかなかの演奏。 次の現代曲は三善晃の「アン・ヴェール」。初めて聴く曲、かつ私の苦手な(前衛的) 現代曲ということで、ほとんどコメントできない。 # 三善晃も、この間聴いたピアノソナタはおもしろい曲だったが...。 最後はシューマンの幻想曲。この曲は私はどうも苦手(何度も聴いているのだが、よさ がよくわからない)なのであまりのめり込めなかったが、ミスもほとんどなく、 なかなかの出来栄えだと思う。 全体的には、完成されているというか、まとまっているというか、そのような印象を 受けた。技術もしっかりしている。が、完成されている分、今後の大きな飛躍を感じ させないこともなきにしもあらず。 2. 長井真珠(東京音大3年) 最初の人とは対象的に華やかなドレス姿で登場。 最初はバッハのパルティータ1番。この人は最初の人とは違い、ペダルをほとんど 使わず、意識的にスタカートを用いたタイプの演奏。基本的に私はこのタイプの演奏の 方が好きだけど、よほどうまく弾かないと、田舎臭いというか幼稚に聞こえてしまう 危険性がある。で、この人の演奏も多少そのきらいがあった。 次の現代曲はカバレフスキーのロンドOp.59。この曲も初めて聴いたが、こちらは なかなかおもしろい曲(CDが出てたら買いたいところ)。かなり技巧的な曲なんだ けど、演奏にもう少しキレがほしい。はからずもこの人の技術の限界を感じさせた かもしれない。(ちょっと厳しいかな。) 最後の大曲はショパンのソナタ第3番。第1楽章、冒頭の下降音形(ミスしやすい) も見事に決まり、なかなかの滑り出し。残りもまずまず。が、第2楽章のスケルツォは 右手の速い走句は今ひとつクリアでない。第3楽章は少しダレ気味。もう少しメリハリ が欲しかった。第4楽章はやはり右手が素早く動くところが今ひとつキレに欠けている 感があったが、まずまず盛り上がっており、立派な演奏。 全体的にはまあまあってとこでしょうか。技術的(メカニカル)なところでもう少し 向上の余地を残している感がある。 3. 野田清隆(東京芸大大学院1年) 実はこの人の演奏は以前に聴いたことがある。数年前の日本音楽コンクールの2次 予選(だったかな)、ブラームスのパガニーニ変奏曲が課題曲だったとき、かなり スローなテンポかつ機械のように正確な(褒め言葉です)演奏で、そのユニークさに かなり印象を受けた覚えがある。(残念ながら審査員には理解されなかったのか、 そこで落ちたみたいですが。)というわけで、最初からかなり期待していた。 最初のバッハはパルティータの2番。一言で言って、かなりあっさりした演奏。しかし 技術的に余裕が感じられた。安心して聴ける(バッハの演奏では、途中で止まら ないか、聴いていてハラハラすることがよくある)。 次の現代曲はデュティユーの3つの前奏曲から第3番「さかさま遊び」。これも前衛的 な曲で、私にはよくわからなかったが、クリスタルのようなピアノの響きが印象的 だった。 # デュティユーも、ピアノソナタはおもしろいと思うのだが...。 最後の大曲はリストのロ短調ソナタ。これもバッハと似て、かなりあっさりとした 演奏。速めのテンポで、さらさらと弾きこなすといった感じ。そっけないほどである。 でも、押さえるところは一応押さえており、緩徐楽章では盛り上がりも築いていた。 それにしても技術的には大したもので、難所も軽々とクリア。力みがなく、余裕を 感じさせた。この調子で、リストの、もっと技巧が全面に出た曲(エチュードやオペラ 編曲もの)を聴いてみたい気がした。 全体としては、やはり技術的余裕が印象に残ったが、残念ながら、数年前の予選で 見せたようなユニークさが無くなっていた。 この素っ気なさ(かつ技術的な余裕)が吉と出るか凶と出るか...。 4. 高橋礼恵(桐朋女子高3年) 本日の最年少。高校生らしく、あまり派手でない白いドレスで登場。 バッハはパルティータの1番。軽快な演奏で、装飾音がピタリと決まっているのが 心地好い。が、左手が少し弱い、というか、あまり生き生きとしていないのが気に なった。 現代曲は武満徹の「閉じた目」。今日の現代曲は初めて聴く曲ばかりで、しかもこれは 今日聴いた中でも一番よくわからなかった(もちろん前衛的)。コメントできない。 最後の大曲は、再び苦手なシューマンの幻想曲。 第1楽章はこれといった欠点もないが、かといって特長もあまり感じられない。 第2楽章の最後、右手(両手)のオクターブの跳躍でミス。見せ場だけに、これは痛い。 第3楽章もつつがなく終ったという感じ。 全体として、シューマンはあまりあまり印象に残っていない(失礼)。 5. 山本亮(東京音大3年) バッハはフランス組曲の4番変ホ長調。第1曲アルマンドの出だしを聴いて、何か 不安を感じる。と思ったらすぐに音が抜けるミス(予感的中)。 残りの曲は一応ミスなく弾き終えたが、全体的に不安を感じさせる演奏だった。この バッハは心証が悪い。 一抹の不安を感じさせながら、次の大曲、シューマンの幻想曲に入る(この人だけは 現代曲を最後に持ってきている)。が、このシューマンは、人が変ったように、実に 良い。緩急、強弱、間のとり方が非常にうまく、特に一瞬止まるような間のとり方は 絶妙。説得力がある。はっきり言って、この演奏を聴いて初めてこの曲のよさがわか ったような気がする。こういうのを音楽性と言うのだろうか。本当に、この人はこの 曲がわかっているという感じがした。 # 他の人がわかってないというわけではありません。ただ私には通じなかった。 技術的にも、第2楽章最後のオクターブ跳躍も決まっており、言うことなし。 感動のうちにシューマンを終え、最後の現代曲は宍戸むつ郎(漢字が出ない)の、 鍵盤のための組曲から、トッカータII。この曲も初めてだったが、これは楽しめた。 いかにもトッカータという曲で、技巧的にも見せ場があり、彼がこの曲を最後にもって きた訳がわかる。本日の現代曲の中では一番おもしろい曲だった。演奏もグー。 # 現代曲も、ビート(拍)が感じられる曲なら、たとえ無調でも楽しめるのだが...。 全体的には、はやりシューマンが白眉だった。この曲を最後に持ってきた方が感動の うちに終えられたかもしれない(トッカータもよかったが)。 全員を聴き終えて、私があえて順位を付けるなら以下ぐらいかなと思った。(これは あくまで私の評価であって、審査員ならどう評価するかを予想したわけではない。) 1. 野田清隆 2. 山本亮 3. 小林亜矢乃 4. 長井真珠 5. 高橋礼恵 このうち1位と2位は逆でも良いという感じ(テクニックの野田、音楽性の山本)。 また、3位から5位もほとんど順位は付けられない。 そして、実際の順位は... 1. 野田清隆 2. 高橋礼恵 3. 山本亮 4. 小林亜矢乃 5. 長井真珠 というわけでで、高橋さんの評価が意外と高いようだが、それ以外はまあまあ妥当な 線というところか。もっとも実際の順位は第3次予選の得点の60%を本選の得点に 加えた合計点で決まるので(これは今年から)、3次予選を聴いてない私にはなんとも 言えない。 全体の印象としては、今年は(今年も)男性の奏者の演奏の方が印象に残った。1次 予選の男女比(1:10ぐらいか?)を考えると、男性は頑張っているなという感じ。 偏見かもしれないけど、女性の方は皆、そこそこのレベルにあるけど、個性的な演奏 が少ないという気がする。もっと自分独自の解釈を全面に出してほしいと思っている のは私だけか。(先生が許さないのかも。) あと、毎年思っていることだが、このコンクールの課題曲はちょっと偏っている気が する。具体的には、ロマン派のショパンと、近代ではラベル・ドビュッシーを過大に 重視している。ショパンは許せるとして、ラベル・ドビュッシーはここ数年ずっと 課題曲に入っているのに、その他の近代の作曲家--プロコフィエフ、バルトーク、 スクリャービン、ストラビンスキー、ショスタコービチ、新ウィーン学派(シェーン ベルク、ウェーベルン、ベルク)はここ数年で課題曲に入ったこともないようである。 一応、日本国内のの音楽コンクールの最高峰を自負するなら、曲目にも偏りがない ようにしてもらいたいものである。 と、文句も書いてしまったけど、多分来年も聴きに行くでしょう。 # 今年は3年に1度の日本国際音楽コンクールもあるので、そちらのレボートも # 書けるかも。