久島です。 さる9月2〜4日に、第65回日本音楽コンクールピアノ部門第2予選を聴いて きました。例によってそのレポートです(ちょっと長いよ)。 第2予選の課題曲は以下の5曲(を15〜20分で)。   (a) バッハ:   平均律から任意の1曲   (b) ショパン:  任意の練習曲1曲(遺作を除く)   (c) リスト:   任意の練習曲1曲   (d) ドビュッシー:任意の練習曲1曲   (e) スクリャービンまたはラフマニノフの任意の練習曲(音の絵)1曲 というわけで第2予選はエチュード主体。かなり私好みである(だから3日とも 聴きに行った訳だけど)。 場所は例年通りイイノホール。このホールは音が適度にデッド(残響が多過ぎ ない)で、かつ客席の傾きが急でステージが見やすいという点で私は好きである。 ちなみに第1予選の課題曲はショパンのスケルツォ第2番、ポロネーズ第5番、 バラード第3番、バルカローレから当日の抽選で1曲演奏というもので、昨年と 似たようなパターン。こちらは曲がそれほどおもしろくない(ヴァリエーション が少ない)ので聴きに行っていない(1日くらいならいいけど)。これを4日間 聴き続ける審査員はたいへんだ。 予選開始は朝10時。開始時の聴衆は40〜50人でいつもながら閑散として いる。(と言っても第2予選だからまだ多い方で、第1予選の開始時だと聴衆 より審査員の方が多いんじゃないかと思うときもある。) すべての演奏者(第2予選は39人)についてレポートするのはたいへんなので、 今回は印象に残った人(必ずしも良かったとは限らない)だけコメントします。 なお、演奏者の出身校その他プロフィールは(この時点では)発表さていない のでわかりません。(以下演奏順。敬称略。) (第1日) ・朴 令鈴 初日のトップバッター。去年も第2予選まで進んでいるらしい(聴いてない)。 最初のバッハ、第2巻ニ長調のフーガがよくて印象に残っている。しっとりした 落ち着いたテンポ。好きなフーガということもあるが、もう1回聴いてみたい くらい。その他の曲はいずれもまあまあというところ。音がきれいでソツがない。 スケールはあまり大きくないが。 ・奥村 友美 童顔で、まだ高校生くらいに見える(実際はどうなんだろう?)。最初のバッハ (第2巻イ長調)からよかった。特にフーガ。キレがある(グールドなみじゃ ないかな)。次のショパン(Op.10-8で)もまずまず。イキがよいというか、 まるで指のexerciseでもしてるかのように楽しそうに弾いている(多少ミスは あったけど)。次のラフマニノフのOp.39-3も指回りがすばらしく、アクロバ ティックでさえある(ふと中国雑技団を思い出してしまった)。中間部の迫力も かなりのものだが、弾いている本人は「こんなのは序の口」といった風で、あっ けらかんとしている。次のドビュッシー「4度のための」も、難所の4度での 急速な下降部分もかなりクリア(最初の方ではミスったけど)。圧巻は最後の リスト「鬼火」。冒頭の半音階風の上昇部分から、これはやるかもと思わせたが、 その通り。至難の重音部分も、本当に重音で弾いているのか思うほど楽々、あざ やかに弾いていく。手が交差する部分でちょっとミスしたかなとも思ったが (気のせいかも)それでもたいしたものである。とにかく「末恐ろしい」子だと 感じた。 ・小野 哲也 彼は去年第3予選まで進んでいる。その時は聴いてないが、その後東京音大の 卒業生新人演奏会(卒演)で聴いたことがある(ヒナステラのソナタ。あまり 良いとは思わなかったが)。後ろに縛った髪、黒いシャツ(腕まくりし、裾は 出している)に紫のズボンという個性的な格好で登場した。バッハ(第2巻 嬰ヘ長調)は乾いた音で、何となくジャズっぽい感じがする(服装に合って いる?)。ラフマニノフ(Op.39-3)は音がやや乱暴というか雑な感じで、もう 少し繊細さが欲しい。ドビュッシー「オクターブのための」はそれに比べると ノリがよく、曲が彼に合っている感じ。でもやはりきれいな音を出すことには あまり関心がないようである。総じて彼の演奏はノリがすべてというか、すべて 彼の感性で弾いているようである。テクはそれなりにあり、確かにノリはいいの だが音が乱暴で、それはリストの超絶(超絶技巧練習曲のことです)第8番 「野性の狩り」でも同じ。彼はクラシック音楽が好きなのだろうかと、ふと 疑問に思う。 ・日下 知奈 最初のバッハは第1巻変ロ長調。トッカータ風のプレリュードが、目の覚める ような演奏(きびきびしている)。この曲や、第1巻の嬰ハ長調、ト長調の プレリュードのようなピアニスティックな曲を選ぶと演奏効果が上がっていい と思うのだが...他に弾くひとはいない(多声音楽を弾きこなすところを見せた 方がいいのかな)。フーガは一転して落ち着いたテンポ。この曲も跳びはねる ような演奏を期待していたのでちょっと不満だったが、悪くはない。ショパン (Op.10-4)メリハリがあり安定している。リストの超絶第12番「吹雪」も 右手高音部が音楽的(乱暴に叩かない)なのがよい(今ひとつの安定性があれば もっとよいが...跳躍の多いこの曲を1音もこぼさず弾くのはかなり大変)。 最後のラフマニノフOp.39-3がこれまでの出来からするとやや平凡だったのが 残念(やや迫力に欠ける)。手があまり大きそうではないので仕方ないのかも。 でも全体を通してセンスが感じられ、心証がよい。 ・佐藤 展子 演奏自体はそれほど印象に残らなかったが、弾いている姿が真摯というか、 顔を紅潮させて、いかにも一生懸命弾いているところが健気。つい応援したく なってしまう感じだ。(飛び抜けたところはないが)テクはまあしっかりして おり、筋はよさそう。 ・黒岩 悠 ちょっと茶髪がかったロン毛という最近の渋谷あたりで見かける高校生風。 しかし風貌に似合わず(失礼!)真面目なバッハを聞かせる(第2巻ヘ短調)。 フーガはテンポが軽快でなかなかよい。ショパンOp.25-10もまずまず。体格 (大きそうな手)を生かしている。次のスクリャービンのOp.42-3(通称 「モスキート」)はトリルのキレがいま1つ。もう少しコントロールというか 繊細さ・精妙さが欲しいところ。ドビュッシー(「アルペジオのための」)は メリハリがありおもしろく聴けた。最後のリスト「野性の狩り」はまだ荒さが 残る。が、全体的には素質というかポテンシャルがあるので、練習すればこれ からもっと伸びそうだ。うーむ、人は見かけによらない。 演奏が終わったあと、後ろの席の女の子が「やっぱり男の子は違うよね。」と 話していた。 ・大西 真由子 体重(と力)のありそうな体格をしている。最初のバッハの第1巻ホ長調は プレリュードがうまい。装飾音もバッチリ決まっている。でもフーガの最初の テーマでミスをしたのは残念。次はリストのパガニーニ練習曲から第2番変ホ 長調。音に芯があり、まさにリストはこういう音でないと、という感じである。 でも途中で多少怪しいところもあった(気のせいかな)。次はショパンのOp. 25-12(通称「大洋」)。この曲は日本国際音楽コンクールでもOp.10-3,10-6 などとともに課題曲から除外されており(たぶん難度が低いということだろう)、 その意味で選曲がやや疑問。演奏もいま一つか。最後のラフマニノフOp.39-1は まあまあ。右手の細かい動きがもう少しクリアならよいのだが。全体的には、 非常にうまいのかそれほどでもないのか正直言ってよくわからなかった。 演奏終了後、後ろの席の女の子が今度は「女はあのくらい太くなくちゃだめだ よね」。それはちょっと失礼だろー。 (第2日) ・川島 基 2日目のトップバッター。真面目な高校生風の男子である。最初はバッハの 第2巻イ長調。昨日あの奥村嬢が弾いた曲である。それと比べると、フーガが 重い感じがするが悪くはない。次はショパンのOp.10-10。いろいろ変化をつけて 工夫をしているところが音楽的である。リストは超絶第10番ヘ短調。出だしは 慎重になりすぎて弱かったがその後はよかった。明晰というか清潔感があると いうか、音がきれいである(輝いている)。ドビュッシー「アルペジオのための」 も悪くない。最後のラフマニノフOp.39-6が素晴らしかった。1音1音がクリア でモヤモヤしない。中間部も迫力があり、かつよく考えている。そう言えば昨日 の奥村嬢もこの曲を弾いたが、彼の演奏はそれに勝るとも劣らない。圧倒的な テクニックというわけではないが、とにかく好印象を持った。 ・橘高 昌男 バッハは第1巻のハ長調。この超有名曲を弾くのは勇気がいると思ったが、 プレリュードはなかなかどうして良い。センスがある。フーガはところどころで ためを作るのが少し気になったが、まあまあ。ショパンはOp.25-10。出だしで 音が抜けてしまった。手があまり大きくなさそう(ずんぐりむっくりした体型を している)で、ちょっと余裕がないというか、苦しさを感じる。リストは超絶 第12番「吹雪」。ミスはあるが感じが出ている(音楽性がある)。スクリャー ビンOp.8-2もなかなかよい。いずれもよく練習して自分のものにしているという 感じがする。もう少し体(手の大きさ)に恵まれていれば...と惜しい気もする。 ・伊藤 野笛 彼は去年の日本国際コンクールに出ていた(しかもトップバッター)。そのとき は気がつかなかったが、以外と背が小さい(日本国際では下から見上げる形だった のでわからなかった)。そのときは1次落ちで、私も確か「覇気がない演奏」とか 何とか書いた気がするが、今回はどうかなと思って聴いていた。結論を言うと、 覇気がないとまではいかないが、やっぱりどこかおとなしい。でもテクはまあ しっかりしているし、他の人の出来を見ていると(この日は最初の川島君以降、 散々に近いものがあった)、第2予選は突破できるのではないかな。 (第3日) ・山口 博明 彼も去年このコンクールで第3予選まで進んでいるようだ(聴いてないけど)。 最初のバッハは第1巻嬰ト短調。フーガの各声部の弾き分けがうまい(特に アーティキュレーション。テーマの後半がスタカートになるところなど)。この 曲は今までいまひとつ好きではなかったが、彼の演奏を聴いてちょっと好きに なった気がする。次のショパンOp.10-5「黒鍵」も、ミスはあったが全体的に よい。リストの超絶第2番イ短調もうまい。完璧というわけではないが、この 曲の(CDで聴けるような)理想的な演奏に近い。ドビュッシー「アルペジオの ための」のメリハリがあっていわゆる「聴かせる」演奏。最後はラフマニノフ Op.39-9。これも曲のツボ(聴かせどころ)を押さえている。力強さとスケール 感がある。予選会でなければ思わず拍手したくなるところだ。全体的に音に輝き があり、第2予選突破は間違いないだろう。ミスをなくせば通常のコンサートと しても通用するのではないかな。 ・渚 知佳 彼女も去年第3予選まで進んでいる。バッハは第2巻嬰ハ短調。プレリュードは 装飾音(トリル)がメチャうまい。情感もこもっている。速いテンポのフーガも まずまず(グールドを聴き慣れている耳にはもう少しキレが欲しいところだが、 水準には達していることは確か)。次のラフマニノフOp.39-9もよい。もう少し 手が大きくて余裕のある音が出せたらという気はするが...。ショパンはOp.25-9 「蝶々」。(私はこの曲が好きなので今回弾く人がいてうれしい。)左手が2度 ほど抜けるミスがあったがまずまず。ドビュッシー「半音階のための」もなかなか よい。これまでこの曲を弾いた中では一番かも。最後のリスト超絶第8番「野性の 狩り」もうまくまとめた。全体的に彼女は音をしっかり出すことを心がけている ようだ。その分スピード感に欠けるところがあるかもしれない(リスト、ラフマ ニノフなど)。でも他の人の出来からして今年も第2予選は突破できるだろう。 ・倉本 眞理 バッハ(第2巻変イ長調)はたんたんとしているが、うまい。フーガはゆったり としたテンポ。中庸の美という感じ。次のショパンOp.25-11「木枯らし」は うまい!しかも右手のデュナーミクに変化をつけているところが心憎い。リスト は超絶第10番。出だしの和音連打での音の分離はいま一つだったが、全体的には まずまず。ドビュッシー「半音階のための」は、これまでで最高かと思っていた 渚知佳よりもさらに良いくらい。精妙な曲が彼女に合っているのかな。最後の ラフマニノフOp.39-1もまあまあ。スタカートの和音にもう少しキレ(鋭さ)が あったらと思うが...(手はあまり大きくなさそう)。全体的に彼女の演奏は しっとりしているというか、つややかというか、湿度(潤い)があるというか、 そういう印象を受ける(と言ってもよくわからないだろうけど)。指に吸盤でも 付いているような感じだ。 *** 以上が印象に残った演奏者。(このように印象に残る人だけ書いていくと、まるで いい人ばっかりだったかのように聞こえるけど、実際はそうでない人が30人近く いたということです。とても全員書く気にはなれないくらい。) 第2予選を聴いて、私が是非また聴きたいと思ったのは、奥村友美と川島基の2人。 特に奥村嬢。すごい才能が現われたいう感じ(特にメカニック)。3日目の山口 博明も本選まで行きそうな感じがする(正統派というところか)。以上が2重丸。 これに続くのが日下知奈、大岩悠、渚知佳、倉本真理あたり。 で、実際の予選突破者(第3予選出場者)は... 以下の10名でした。   奥村友美 日下知奈 大西真由子 川島基  田村篤志   橘高昌男 伊藤野笛 山口博明  倉本眞理 鶴見彩  私が2重丸をつけた3人が入って一安心というところ。しかし大岩君と渚さんは 残念ながら落ちてしまった(;;)。その代わり約2名、意外な名前が入っていた。 (誰とは言わないが。この記事を読めばわかる?)。 3日間通して聴いて感じたのは、1曲目(たいていはバッハ)を聴いて、これは イカンと思ったら、その後の曲で盛り返すことはまずないということ(その逆は あっても。後の曲はその先入観で聴いてしまうせいかも知れないが。)そういう 意味ではほとんどの人は最初の1、2曲を聴けばダメなことはわかるんだけど、 ボーダーラインの人を判定するためには、審査員は残りの曲もちゃんと聴かなく てはいけないので大変だ。 あと、いつも感じることだが(国際コンクールに比べて)個性的な演奏がほとんど ない。多くの人が演奏した超絶第10番や8番を聴いていると、みんながみんな、 1つの同じ理想的演奏を目指して弾いているのではないかと錯覚してしまうくらい だ(おかげで審査がやり易い?)。 なお第3予選は8/7(土)。 *** 以下は付録です。 課題曲の選択状況をまとめてみました(好きだなぁ、俺も)。 1. バッハ   曲      人数 -----------------------------    I- 1(ハ長) 1 * 7(変ホ長) 1 * 9(ホ長) 2 ** 16(ト短) 1 * 17(変イ長) 3 *** 18(嬰ト) 2 ** 21(変ロ長) 1 * 22(変ロ短) 1 * II- 1(ハ長) 1 * 2(ハ短) 3 *** 3(嬰ハ長) 4 **** 4(嬰ハ短) 2 ** 5(ニ長) 2 ** 7(変ホ長) 2 ** 9(ホ長) 1 * 12(ヘ短) 2 ** 13(嬰ヘ長) 2 ** 16(ト短) 1 * 17(変イ長) 1 * 19(イ長) 4 **** 23(ロ長) 1 * 24(ロ短) 1 * 第1巻より第2巻の方が多い(倍くらい)。私は昔から第1巻より第2巻の方が 曲集として優れていると思っているので、この結果には納得(関係ないか)。 時間制限がなければもっと重い曲(第1巻嬰ハ短調、ヘ短調、変ホ短調、ロ短調、 第2巻嬰ヘ短調など)も弾かれたのではないかな。 2. ショパン 曲    人数 --------------------------   Op.10-1 3 *** 2 2 ** 4 4 **** 5 1 * 8 5 ***** 10 8 ******** Op.25-1 1 * 3 2 ** 5 3 *** 6 1 * 8 1 * 9 1 * 10 4 **** 11 2 ** 12 2 ** Op.10-8, 10-10が多いのはまあいつもの通り。Op.25-6が1人しかいなかったのは 意外(しかも出来もイマイチ)。Op.25-6は前はみんな結構弾いていたような気が するが。逆にOp.25-10は思ったよりうまく弾く人が多かった。 Op.10-2は難しくてかつあまり弾かれないせいか、これまで実演でまともな演奏を 聴いたことがない...。 3. リスト 曲       人数   ---------------------------------------   超絶-2 イ短調   3 *** 4「マゼッパ」  1 * 5「鬼火」   3 *** 8「野性の狩り」  9 ********* 10 ヘ短調  11 *********** 12「吹雪」   6 ******   パガ-2 変ホ長調   4 **** 3「ラ・カンパネラ」1 * 5「狩り」   1 * 超絶第10番が多いのは予想通り。それに「野性の狩り」と「吹雪」が続く。 演奏会用エチュードを弾く人はなかった(難度が低い?)。 鬼火は3人で、1人はあの奥村嬢。残りの2人のうち1人ははっきり言ってまだ 人前でこの曲を弾けるような段階には達していなかった。もう1人も(そこまで ひどくないが)この曲の難しさ(なかなかまともには弾けないこと)を思い知ら せるような出来。 4. ドビュッシー 曲        人数   ---------------------------------------   NO.1(5本の指) 3 *** 3(4度) 3 *** 5(オクターヴ) 7 ******* 6(8本の指) 1 * 7(半音階) 8 ******** 8(装飾音) 4 **** 11(アルペジオ) 12 ************ 12(和音) 1 * 「アルペジオのための」が異様に多い。この曲が学校での必修曲か入試曲になって いるのかと思うほどだった(実はこの曲はあまり好きではないので正直閉口した)。 しかもこの曲を、他のヘビーな曲(リストやラフマニノフ)の合間の「箸休め」 みたいな形で弾く人が多かった。 5. ラフマニノフ 曲     人数 ----------------------------   Op.33-2 1 * 6 3 *** 7 1 * 9 1 * Op.39-1 9 ********* 3 3 *** 5 2 ** 6 3 *** 9 4  **** だいたい妥当なところ(有名曲)に集まっている。 6. スクリャービン 曲     人数 -----------------------   Op.8- 1 1 * 2 2 ** 4 1 * 12 2 ** Op.42-3 1 * 5 4 **** Op.65-3 1  * スクリャービンを弾く人が少なくてさみしい。やっぱりラフマニノフの方が メジャーなのか。個人的にはいろいろ聴いてみたい曲があったのだが...。