久島です。 さる9/5に日本音楽コンクールのピアノ部門3次予選(正確には第3予選)を聴い てきました。その感想です。(例によって長文。) 3次予選の課題曲は以下の(a)(b)(c)。これを25-30分にまとめて演奏する。 (a) J.S.Bach: 半音階的幻想曲とフーガ, トッカータBWV910-916, イタリア協奏         曲(全楽章)から任意の1曲 (b) Scriabin, Schoenberg, Bartok, Szymanowski, Webern, Prokofievから任意 の曲 (c) Schubert, Mendelssohn, Chopin, Schumann, Brahmsから任意の曲 課題曲にSzymanowskiというのはちょっと珍しい。Prokofievが課題曲に入ったのは ここ数年では初めてではないかな。音コンのProkofiev嫌いも少しは改善されたか…。 1次、2次は今年はそれぞれ1日だけ聴いた。1次の課題曲はBeethovenのソナタ (No.11,13,26の終わりの2楽章から1つを当日抽選)、2次はChopin,Lisztのエ チュード+Ravel,Debussy,Faureのいずれかから1曲。全体的な感想では、1次は みんな意外に弾けてないなぁという感じ(難易度的にそれほど難しくない曲だと思 ったが…)、逆に2次はみんな結構弾けてると思ったが、それより審査結果がちょ っと納得いかなかった。特にLisztやRavelで好演していた藤井隆史君が落ちたのは 残念だった。2次の初日では総合的に一番いい出来だと思ったのだが…(Lisztの 「ため息」などは印象に残った。音楽に没頭しながら弾く姿は「それが答えだ」の 鳴瀬望(三上博史)を思い起こさせた)。他にもRavelのスカルボで豪快な(今ま でコンクールで聴いた位一番面白いスカルボだと思った)演奏をしていた吉川隆弘 君(他の曲がイマイチだったのが残念だったが)、Chopinの25-6がとてもうまかっ た山田玲子さん、Lisztの鬼火でまずまずの演奏をしていた大野奈津美さんなども 落ちてしまった。あと、1次で抜群のうまさを見せていた久保はるなさんも2次で 落ちていたのも残念(こちらは2次を聴いていないので何とも言えないが)。 逆にえっ、この人が…という人が3次に進んでいたりして、かなり意外な審査結果 であった。 3次予選演奏者は11人。以下、演奏順に感想を(敬称略)。 ・田村篤志 2次での印象は、指が良く回るというか、メカニックを全面に出した演奏という感 じで、いわゆるコクよりキレのタイプである。 最初はBachの半音階的幻想曲とフーガ。まずまずである。右手の急速な走句で、ペ ダルを踏んでいるせいか、もう少しクリアだとよいと思うところもあるが。フーガ はトリルがよく決まっており、技術的に安定しているので不安を感じさせない。推 移部で音色やアーティキュレーションなど雰囲気を変えるなどの工夫をすればもっ といいと思った。 次はBrahmsのパガニーニ変奏曲の第1巻。実は彼は去年の3次でもこれを弾いてい る。そのときの感想ではボロクソに近いことを書いたが、今回は見(聴き)違える ほどによかった。技術的に不安がなく、力強く、音に芯がある。本当にこの年代と いうのは1年で成長するものだなぁと感心した。あと望むとすれば音に磨きをかけ ることか。また、緩徐変奏(11,12変奏あたり)ではもっと歌があればよい(この ような音楽には共感をしてないのかもしれない)。しかしトータルとしては、これ までこのコンクールで聴いたパガニーニ変奏曲で最高の部類の出来ではないか。 最後はScriabinのエチュードからOp.8-11と8-12の2曲。8-11は少し生硬な感じ。 もう少し歌が欲しい。8-12は力強く、なかなかよい。ただ、中間部では音色の違い を出すなどやっぱり歌が欲しいところだ。全体的には、また次も聴いてみたい(特 に技巧的な曲を)と思う演奏であった。 ・北村明子 最初は同じくBachの半音階的幻想曲とフーガ。こちらは田村君とは一転、優しい音 だ。ただ中間部がややおとなしいというか、メリハリに欠けるかもしれない。フー ガも同様。もう少し曲の中にドラマがあってもよいのではないかと思う。また安定 性も前演奏者より劣るように思う。 次はScriabinの2つの詩曲Op.69。この曲はあまり聴き慣れていないのでコメントで きない。ただ2曲目は少しツメの甘いところ(右手)があったのではないか。 最後はBrahmsの4つの小品Op.119から3曲。全体的な印象としては、優しいBrahms というか、微温的とも言えるかもしれない。(女性にはありがちであるが)音に丸 みがあるというか、輝きに欠ける感がある。2次、3次と通した印象としては、ま とまりはあるが、もう1つ物足りない感じがする。 ・岡部佐惠子 BachはトッカータBWV914ホ短調。トリルはうまいが、やや素っ気ないというか、ド ラマ性が足りない感じ(数年前、NHKでゴルノスターエヴァ女史のレッスンを見て 以来、私はこの曲にドラマを求めてしまう…)。フーガではもっと力強さというか 緊迫感というか、畳みかけるような迫力が欲しい気がする。 次はBrahmsのパガニーニ変奏曲第2巻。スケールというか、打鍵に余裕が欲しい。 音の魅力に欠ける感じである。第1変奏でいきなりハズすなど、ミスもやや多い。 全体的にこの曲は彼女向きではないと感じた。 最後はScriabinのソナタ第2番。第1楽章は悪くないと思う(と言ってもこの曲は いま一つよくわからないのではっきり言えないが)が、第2楽章では右手の細かい パッセージにもう少しクリアさが欲しいか。 ・渚 智佳 Bachはイタリア協奏曲。自由活達なバッハという感じ。しかし、2次予選でも感じ たのだが、彼女の演奏はテンポが走り気味になるところがあるように感じられる (意図的にそうしているのかもしれないが)。第2楽章は音楽的でなかなかよい。 ペダルをうまく使っている。しかし何でもないところでミスしてしまった。第3楽 章は、強弱やアーティキュレーションなど表現意欲は感じられるのだが、もう少し 安定性が欲しい(少しハラハラするところがある)。 次はChopinのスケルツォ第4番。これはよい出来だ。技術的にも安定しており、安 心して聴いていられる。特に何度も出てくるの急速連続和音の上昇・降下は完璧。 右手の32分音符もうまい。この曲は彼女のオハコなのでは、と思った。あと望むと すればスケール感か。 最後はProkofievの4つの小品Op.4から悪魔的暗示。これもまずまず弾けていた。 ただ、丁寧な演奏ではあるがもう少し迫力というかデモーニッシュなところが欲し い気もする。 ・末松茂敏 Bachは半音階的幻想曲。落ち着いたテンポでペダルは控えめ、音がきれいで魅力が ある(やっぱり男性は音が違うなぁと感じさせる)。素直な演奏である。フーガは もう一つ安定性に欠けるか。表情づけなどで、左手が弱い気もする。 次はChopinのバラード第1番。これもあっさりとして表現であまりルバートをかけ ない。まあ普通の出来か。 最後はProkofievのソナタ第6番の第1楽章。このコンクールではProkofievはあま り聴けない(ここ7、8年で今回初めて聴いた)のでレベル的にはっきりしたこと が言えないが、悪くない。力強く、音に芯があるのが魅力だ。前演奏者と比べると、 やっぱりProkofievは男性向きだなぁと思ってしまう。 ・石岡千弘 BachはトッカータBWV914。表情を付けるためかときどき弱く弾くところがあるが、 それが(ひょっとして暗譜が完全でないのかと)不安を感じさせてしまう。フレー ズを切るところもなども。フーガは緊迫感があり、表現も工夫している。 次のChopinバルカローレはまあ普通。音楽性は感じるが、音のきれいさというか余 裕を持った響きが欲しい気がする。特にオクターブの連打で音が割れ気味になる。 小柄で手が小さそうだから仕方ないが…。 最後はScriabinのやはりソナタ第2番。これも岡部さんと同様、第2楽章で右手の 細かい動きがもっとよく聞こえればよいのだが…。 ・永原 緑 BachはまたまたトッカータBWV914。かなり感じが出ている。ゆったりしたテンポで、 1音1音よく考えいるという感じ。フーガはかなり小細工しているというか、テン ポを揺らしたりして、手管を繰り出している。表情づけは十二分だが、やり過ぎと いう感じがしないでもない。 次はBergのソナタ。正直言ってこの曲は何度も聴いても良さがわからないのであま りコメントできない。強打で音が割れる傾向があったが、それを除けばまあまあか。 最後はChopinの幻想曲。これもまあまあ。後半、一瞬止まりかけたような気もする が、気のせいかな。 ・岸本雅美 Bachは半音階的幻想曲とフーガ。ソフトペダルを多用して音色を変えていたりして 表情付けがうまい。打ち直しをするというミスはあったがこれは御愛敬。フーガも 音楽的に練られている。今日これまで聴いたこの曲の演奏では一番納得のいくBach だった。さらに技術的安定性が増せば完璧だろう。 次はBrahmsのパガニーニ変奏曲第2巻。出だしは悪くない。後もまずまずである。 技術的に完璧とは言えないが(ミスがちらほらある)、音楽性が感じられる。見た ところ女性にしては手も大きそうで、オクターブに余裕がある。緩徐変奏でのうま さ(表情づけ)が光っている。 最後はSzymanowskiの変奏曲Op.3。これは初めて聴く曲なのではっきりしたことは 言えないが、おもしろく聴けたから、まあまあなのではないだろうか。 ・斎藤香織 BachはトッカータBWV915。座ったとたんにいきなり弾きだす。悪くない。ストレー トな演奏で、トッカータ部分に技術的安定性がある。フーガもソフトペダルを使う など、メリハリがある。 次はScriabinのソナタ第1番(第1番とは珍しい)。ほとんど初めて聴く曲なのに (一応CDは持っているが)、なかなか聴かせる。左手が生きていて、音にも芯があ る。弾きながらグールド風に(声こそ出していないが)歌うような表情をするのが 面白い。(彼女は弾くときに左足を横に開くなど、弾く姿が少し個性的である。) この曲を好きにさせてくれるような演奏であった。 最後はBrahmsのパガニーニ変奏曲第1巻。これは技術的には今一歩の感。この曲は 今日、最初の田村君がいい演奏をしているだけに、それと比べるとちょっと苦しい。 ・木下順子 Bachはイタリア協奏曲。第1楽章の出だしの方で指が転ぶミス。全体的に指の動き の安定性に欠ける。第2楽章は速めのテンポで悪くないが、第3楽章は再びどこか ぎこちないと印象を受ける。正直言って今日聴いたバッハの中では一番よくないと 思った。 次はSchoenbergの6つの小品Op.19。(初めて聴く曲ではないが)私には理解不能 の曲で、演奏の良い悪いの判断はできない。メカニック的な難度は高くない曲であ る。 最後はChopinのバラード第4番。まあ普通の出来かと思ったが、途中で大きなミス (止まりかけた)。音はきれいである。コーダはペダルの使い過ぎか。 ・伊藤野笛 彼は去年も3次まで進んでいる。おととし日本国際音楽コンクールにも出場してお り、(私にとっては)すっかりおなじみである。Bachは半音階的幻想曲とフーガ。 なんと言っても技術的安定性がある。ストレートな表現で、あまり小細工はしない が、フーガの推移部で表情を変えるなので工夫はしている。 次はScriabinのソナタ第9番「黒ミサ」。これも悪くない。特にトリルがクリアで よい。全体的にクール(冷静)な演奏である。 最後はChopinの英雄ポロネーズ。ややもっさりしている(少しリズムが重いか)。 正統派という感じであるが、面白みに欠けるきらいがある。もう少しハメをはずす というか色気を出すところがあっても良いと思うのだが。あくまでクールな伊藤君 である(個性的な演奏が受け入れられにくいこのコンクール向けに抑えているとい う見方もあるが、多分そうではないだろう)。技術的に安定しているので、このレ ベルのコンクールでは大丈夫だが、国際コンクールではもっと個性がないと上に行 くには苦しいかもしれない、といらぬ心配をしてしまった。 *** 3次を全員聴いて、次もまた聴きたいと思ったのは田村篤志君。あとまずまずだっ たのは伊藤野笛君、岸本雅美さんあたりか。斎藤香織さんもBrahmsを聴くまではよ かったのだが...。 で、実際の結果(本選出場者)は以下の5人。   石岡千弘    永原緑    岸本雅美    斎藤香織    伊藤野笛 なんと私の一押しの田村君は落ちてしまった。正直言って、この結果を見たときは ちょっと愕然とした、というのは言い過ぎだがかなり意外であった。2次も含めて、 今年の審査はちょっと納得いかないところが多い。