表紙>目次>左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ―レフティやすおの左利き私論3―
2005.3.7
その1・左利きは自然のままで
その2・左利きで困るのは…
その3・社会のあり方を変えてゆこう
その4・幼児期には利き手の確立を
その5・子供の良き味方、心の支えになろう
その6・左利きの子にやさしい環境を整えよう
(メルマガ版)
その他・weblog『レフティやすおのお茶でっせ』関連記事
左手で字を書くために<私論4>
(「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ」その13,14を転載したものです。)
左手で字を書くために(その2)実技編―レフティやすおの左利き私論4―
(上記の続編です。)
左利きの子
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| 今までの日本になかった種類の左利き本、左利きの子供のための教育保育のガイド本です。 左利きの子供が生活する上で、右利き仕様に偏った社会にどう対処すればよいのか、その生活上のアドヴァイスを試みた本です。 イギリスの左利き用品専門通販のスタッフによるもので、その経験を生かしたものといえるでしょう。 翻訳書ですので、日本とは状況の異なる点もあるかもしれません。 しかし、左利きの本質は変わりません。 左利きのお子さんを持つ親御さんの参考になるでしょう。 今まで気付かなったことも色々出てくると思います。 親御さんのみならず、教育・保育関係者の皆様にもぜひお読みいただきたい、と願っています。 また、一般の人々にとっても、身近な多様性の一つとしての左利きの人たちの存在について知るよい機会になると思います。 表紙にもありますように、この本によって社会の皆様方全員が、今まで以上に「左利きへの配慮と支援」といった見方を持って、左利きの子供たちに接していただけるようになれば、幸いです。 ・『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』 第175号(No.175) 2009/4/11「親御さんへ速報!『左利きの子』教育・保育ガイド本」 ・『レフティやすおのお茶でっせ』 4.23『左利きの子』(のための)教育・保育ガイド本 (2009.4.28) 巻末「参考資料」に、当サイト『左組通信』、およびメルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』が紹介されています。 ●本書で紹介している文房具やハサミについて― たとえば、筆記用具については、「鉛筆グリップ」として紹介されているものでは、同等品として三角グリップや「もちかたくん」、「プニュグリップ」などを紹介しています。 万年筆は、一般用、ペリカンの子供用、カリグラフィー・セット。 ボールペンでは、59ページ左下の写真で「人間工学的」と紹介されている、「Stabilo's Move easy スタビロ・スムーブ・イージー」や、同ページ右上の「オフセットされたペン先」として紹介されている「ヨーロペンYOROPEN」も紹介済みです。 ハサミのページでは、右手用と左手用の違いも説明しています。 ※『左組通信』 〈HPG3〉左手用/左利き(左きき)用はさみ・ハサミ・鋏コレクション 〈HPG6〉左手/左利き用文房具(筆記具・定規・その他) その他の商品は、愛用品のページなどで紹介しています。 お箸のページも作っています。参考にどうぞ。 ●書字についての考察― メルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』で連載した考察をまとめたものがあります。 ※『左組通信』 ・<私論4> 左手で字を書くために メルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』掲載の 「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ」その13,14での書字の考察を転載 ・<私論4> 左手で字を書くために(その2)実技編 メルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』に掲載した 「左手書字の研究―実技編」を転載 鉛筆の持ち方や、用紙の置き方など、共通するものがあると思います。 (2009.5.4) |
(初出)2005.3.7/2005.11.30(前回)2008.7.4(最終) 左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ このページの成り立ちについて―
weblog『レフティやすおのお茶でっせ』の記事「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ」シリーズを転載したものです。
(日付:上記『お茶でっせ』の記事へのリンク)
このシリーズ続編について―
このシリーズの続編は、2005.9.28より新たに発行しました、メルマガ
「左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii
(レフティやすおの左組通信 メールマガジン)」
の主要コンテンツとして、
毎月第二土曜日発行分に掲載されています。
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「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ」
・―その13―字は右手で書くものか? <字は右手で書くもの>を検証する
・左手で字を書く・実践編
・―その14―左手で字を書くために
の各シリーズは、
「左手で字を書くために―レフティやすおの左利き私論4―」
に転載、収録しています。◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「子を思う親の心は日の光世より世を照る大きさに似て」
・・・
小さき者よ。不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母の祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ。前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。
行け。勇んで。小さき者よ。
有島武郎「小さき者へ」より
(新潮文庫『小さき者へ・生まれ出づる悩み』)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆2004.12.20 その1・左利きは自然のままで
*** 左利きは自然のままで ***
左利きのお子さんをお持ちの親御さんのなかで一番の悩みは、左利きをどうするか、ということのようです。
ネットでも様々なサイトでこの手の相談が見られます。総じて言うと、脳神経系の研究者や精神科医、心理学者といった人では左利きは生来のもので、その子の固有の性質で、脳の神経組織がそのようにできているのだからそれに沿った、本来の利き手を尊重した対応がふさわしい、と回答されるようです。無理な右手使いへの変更はストレスの原因になり、心身に悪影響が出るという弊害もある、といいます。
子育て専門家のなかには、それらの意見を踏まえた上で、なおかつ親御さんがどうしても右手を使えたほうが今の世の中では有利だと考えるなら、無理のない範囲で右手を使う訓練をされるのも良いかもしれない、というか意見を寄せる場合もあるようです。
一般の親御さんの反応はというと、大きく二つに分けられるようです。ひとつは、左利きは左利きでいいじゃないか、その子の持つ性質を尊重して左手使いを容認しようというもの。
もうひとつは、基本的には左利きを尊重するが、社会的なことを考えて、字を書くこと(書字)箸使いなどは右手を使えるようにさせたい、というものです。私の結論から言うと、利き手は変わるものではないので、そのままの自然の形で育ててやってほしい、ということです。
もし左利きで苦労するような世の中であるとすれば、そちらの方を改善して、左利きの子であっても苦労することのない、利き手によって差別される(生き方を左右される)ことのない左右共存の社会を実現することに、親御さんは努力して欲しいと思うのです。2004.12.21 その2・左利きで困るのは…
*** 左利きで困るのは… ***
右利きに有利な社会だから、左手しか使えないと子供が苦労する、かわいそう。だから右手も使ってみましょうね、両手が使えると便利ですよ、カッコイイよ、といって右手使いを勧めるというのはどうかと思います。特に右利きの親御さんには、左手しか使えないと困るから右手も使えるようにさせたい、という考えが強いように思います。
しかし、それはあくまで親御さんの個人的な見解―願望にすぎません。本当に大事なのはお子さん自身です。
お子さんがどう思っているのか。
お子さんが幸せになるための方法を考えるべきでしょう。
親御さんが納得するためにお子さんは生きているのではありません。
親御さんの悩みは所詮一時のものですが、お子さんの悩みは一生付きまとうものです。
50年先も同じ気持ちでお子さんを心配してゆけますか。70年先は、100年先は? 貴方のお子さんは100歳まで生きるかもしれません。親の喜ぶ顔を見たさに子供はがんばって右手を使って見せるかもしれません。それを見て親がほめてやればさらに得意になって右手を使って見せるでしょう。親の前ではそうかもしれません。
しかし心の中も幸せでしょうか。一人になってもその喜びは彼/彼女の中で消えることはないのでしょうか。真からのものでしょうか。確かに、小さい頃に「矯正」してもらっておとなになってから大いに感謝している、という方もいます。
逆に、嫌な思いしか残っていない、思い出したくもない、という方もいます。人それぞれです。才能も能力も性格も違います。子供にとっての幸せなど人にはわからないものかもしれません。
ただ、左利きの私には、左利きの子がたとえ一瞬でも左利きを否定されて幸せになれる、とは考えられません。お子さんにとっての最善の方法とは何か、そのままの自然なあり方で生きることではないでしょうか。
右利きが右利きとして生きるように、左利きは左利きとして。左利きではなぜ困るのでしょうか。
社会が右利きに有利にできているから、左利きには不便なことが出てくるのです。私は左利きだからといってそれ自体で、苦労したことはありません。
左利きだからお箸が持てないわけではありません。三度三度ちゃんとご飯も食べられます。
鉛筆が持てないわけでもありません。そこそこの字を書くこともできます。
左利きだから自転車に乗れないわけでもありません。ベルも左手で鳴らします。
自動改札では一工夫しないとスムーズには通れませんが、電車に乗れないわけではありません。
クルマの運転はできませんが、これは左利きだからではありません。免許を取りに行く気がないからです。問題が起こるのは、道具や機械、システムなどが左手用でなかったり、左利きに対応していない場合です。
右手用のはさみが左手では切りにくかったり、右手用の缶切が左手で使えなかったり、自動販売機のコインが左手では入れにくく、仕方なしに右手で入れようとしては入れ損ねたり、などなど。
あるいは、人間関係では左利きに偏見を持っていたり、無理解な人と接したとき、です。
左利きは頭がおかしいんやてェ、などなど。解決方法はひとつです。
左利きにも優しい社会に変えてゆけば良いのです。↑上に戻る 2004.12.22 その3・社会のあり方を変えてゆこう
*** 社会のあり方を変えてゆこう ***
社会には守らなければならないルールがあります。それを教えるのは親の務めです。
しかし従来のルールには、間違ったルールもあります。時代により改めるべきルールも。かつての社会には左利きは悪いことという考えがありました。それゆえに「矯正」と呼んで、左手使いを右手使いに改めるように指導するのが当たり前のこととして行われてきました。
しかし次第に状況は変わってきました。左利きを悪いこととみなす考えは否定されて、左利きを「矯正」しない傾向になってきました。それでもまだ社会全体には、左利きに配慮する余裕がありませんでした。
それゆえ左利きには不都合なこと、不便なことがいろいろあります。ところが、これらは現状においてもちょっとした配慮があれば、かなりの程度改善されるのです。
そのためには左利きの視点を持ち、社会のあり方を見直す必要があります。
これからは、右利きのみならず左利きの人にも暮らしやすいように社会の構造を変えてゆきたいものです。
一朝一夕にはできないでしょう。しかし、だからといって手をこまねいていないで、できることから改善してゆけばよいのです。左利きに対する視点を持つ方法として、たとえば、100マス計算で問題の列を左右に配置したものを使う、といったことです。
これを使って勉強する際に、大人がちょっとした説明をするだけで、子供たちに別の立場の人の存在―左利きの存在を知らしめることができます。違う立場の人に対する配慮を持つように教えることができるのではないでしょうか。
そういう視点を身に付けた子供たちは、右利き偏重の道具や機械などに疑問を持つようになるかもしれません。
ニンテンドーDSという新しいゲーム機には、左利きモードがあると聞きます。これも同じ効果を与えるのではないでしょうか。
確かに左利きのお子さんがこの世に一人だけで、今後生れる可能性がないというなら、その子だけを特別扱いして、その子だけを変えればことは済むかもしれません。しかし左利きの人は全人口の平均一割はいるといわれています。
これからも左利きの子供さんは生れ続けます。また左利きになる要因の一つに「病理的成因」といわれるものがあり、たとえば高齢出産や出産時のトラブルといったことが原因のひとつであるとされています。昨今いわれる出産年齢の高齢化が左利きの子が生れる確率を上げているかもしれません。
これからこの世に生を受ける左利きの子供たちのために、左利きの子であっても生きることに苦労のない社会をつくることは大人の責任だと思います。
今、社会ではバリアフリーやユニバーサルデザインといった言葉が盛んに使われるようになりました。
実際に街を歩いてみても歩道には点字ブロックが埋め込まれていたり、建物にはスロープが用意されていたりします。
しかし、かつて障害者は健常者から排除されて生きていました。
世の中は健常者に暮らしやすいようにできているので障害者は苦労する。そこで彼らだけを隔離するのが良いという考えもありました。またその昔は、障害者は世間に出してはいけない、人に見せてはいけないもののように扱われてきました。もはやそのような考えは否定されています。
障害者もまた健常者と同様の権利を有する一人の人間として扱われるようになりました。
健常者や障害者という言い方さえ不自然に聞こえる世の中になりつつあるように感じます。同様に左利きも、右利きの人と同じ一人の人間としての権利を有することは明らかです。
左利きだからという理由だけで、社会的に様々な困難に合わなければならないというのは理不尽です。障害者に優しい世の中に変えて行こうというのと同じレベルで、左利きにも優しい世の中にしなければいけないと思います。
↑上に戻る 2005.2.25 その4・幼児期には利き手の確立を
―幼児期には利き手の確立を―
昨今では、左利きに対し、ひとつの個性として肯定的なイメージを持つ人が増えてきています。
ところが、いざ自分の子供が左利きとなると、子供さんの左利きに対し、右手使い/右利きに直す、と考える親御さんが少なくありません。
左利きに対するイメージは好転しているにもかかわらず、実際の子育ての場面では左利きを認める人が減ってしまうのです。世の中は右利きが便利にできている右利き社会であり、その中で生きてゆくには左利きは不利である、子供にはそのような苦労はさせたくない、というのが主な理由のようです。
全部が全部直せなくても、せめて字を書くこととお箸ぐらいは右手で使えるようになって欲しい、と。
また、いまだに左手使いは「見た目が良くない」あるいは「無作法である」という考えを持ち、「矯正」すべきだ、という人もいます。確かに、現実に左利きの人が生活していると左利きゆえに不便なことがあります。
しかしそれは、左利きの人の責任でしょうか。その人の生活の仕方に問題があるのでしょうか。
それは違います。本来、その人個人の責任ではないのです。
自分の意志で左利きを選んで生れた来たのではありません。
性別や血液型を選べないように、利き手というものも自分で選ぶことはできません。では、個人の責任でないことにまで、個人が責任を取らなければいけないとすると、それはやはりおかしいのではないでしょうか。
左利きの子に右手使いを強制的に指導するのは、そういう個人の責任の及ばない領域にまで、個人に責任を取らせることではないでしょうか。一方、左利きの有名人やスポーツ選手の活躍により、左利きに良いイメージを持ち、あこがれる人も増えています。そういう人の中には、わが子を左利きにしようと考える親御さんもいます。
このように、世の中は右利き用にできているからと右利きに、あるいは左利きはカッコイイといって左利きに、と子供の利き手を変えようとする親御さんがいますが、これはとんでもない間違いです。
なるほど訓練した特定の動作はできるようになるかもしれませんが、手の運動神経はそれで非利き手が利き手並みになるわけではありません。
逆に、利き手を使う機会が減ることによって、利き手の運動神経が十分発達せず、運動能力も鍛えられず、不器用な利き手になってしまいます。
こうして、結局、どちらの手も使えるけれど不器用だ、といった中途半端な結果になってしまうことになります。これは以前から、利き手の変換(「矯正」)指導の弊害のひとつとして言われています。
先日(2.18)の記事「産経新聞1/24記事「こども大変時代・右利きと左利き」」にもありましたように、幼児期において最も大切なことは、右利きであれ左利きであれ、それぞれの子供の固有の利き手の運動能力を最大限に発揮できるように、利き手を確立することだと言われています。
これがすみやかに行われないと、先ほども申し上げましたように、一生その子の利き手は非利き手並みの運動能力しか獲得できないと言われています。どちらの手も不器用な人間になってしまうのです。
幼児期においては、右利きであれ左利きであれ、その子の利き手を十分に発達させられるように、干渉せず自然に任せ、伸びやかに育てて欲しいものです。
利き手が確立したのち、必要を感じたその時点で、意思の力で自分を変えてゆくことは可能です。それからでも遅すぎる事はありません。
※参照:タジのウェブサイトH. Taji's Website「利き手矯正の身体発達への影響」
上記産経新聞記事
↑上に戻る .2005.3.6 その5・子供の良き味方、心の支えになろう
―子供の良き味方、心の支えになろう―
こんな話を新聞で読みました。
(産経新聞2月15日「新・赤ちゃん学 私の研究室から 川上清文・10/3歳児の“誇りと恥”/大人を気にする? 日本の子供」川上清文・聖心女子大学文学部教授)
子供は、一歳過ぎから明瞭な“自己意識”を持ち、三歳ぐらいから誇りや恥の感情を持つようになると考えられているそうです。
そして、日本の子供はアメリカの子供に比べて辛抱強く、また大人の反応を気にしている“いい子”が多いのが特徴だと言うのです。
子供についての調査で実験を行う場合、アメリカの子供は自分が気が向いたときしか実験に付き合ってくれないが、日本の子供は大人の様子を見ていて最後まで実験に付き合ってくれるのだそうです。また、注射などの痛い治療でも、アメリカの子供より日本の子供は我慢強いと臨床の場で経験されているいるそうです。
そして、このような我慢強さや大人を気にするという行動は、社会性の高い行動であり、この日本の子供の特性は今に始まったことではなく、江戸時代に日本を訪れた欧米の学者の記録にも残っていることだそうです。
(産経新聞2月22日「新・赤ちゃん学 私の研究室から 榊原洋一・1/発達障害/子供の社会性 読み解くカギ」榊原洋一・お茶の水女子大学子ども発達教育研究センター教授)さらに、「他人は自分とは異なった考えを持っている」という「心の理論」というものを四−五歳以下の子供は持っていない。幼児は自分の見聞きしたことは他人も同じように感じていると思っている。そしてこの「心の理論」が出来上がる過程において必要な能力が、他人の視線や表情を理解する能力だそうです。
子供は大人の表情や視線を参照しながら、自分の行動が適切であったかどうかを判断し、社会性を身に付けてゆくのだそうです。すなわち、親の背中を見ながらではなく、親の顔を見ながら育ってゆくというのです。
(産経新聞3月1日「新・赤ちゃん学 私の研究室から 榊原洋一・2/視線の感受性/子供は親の顔を見て育つ」榊原洋一・お茶の水女子大学子ども発達教育研究センター教授)これは、左利きの子の右手使いへの指導について考えるときにも重要なポイントではないでしょうか。
日本の子供の場合、決して自分では望んでいないことであっても―どんなにいやいやでも、親の期待を感じて辛抱強く取り組む可能性がある、と言えます。
単純に(脳神経系的に)使いづらい手を使うという肉体的なストレス以上に、親の期待に応えるという精神的ストレスがかかるでしょう。うまく行っているときは、親の笑顔を見ることもでき、達成感もあり満足できるので良いでしょうが、ひとたび不調になるとどうなるでしょうか。(もちろん、元々の性格がそうですから、アメリカの子供ほどはストレスにはならないかもしれませんが。)
先ほどの新聞の記述にもあるように、三歳をすぎれば、自分に対する誇りや恥の感情を持っているわけです。成功すればよいのかもしれませんが、失敗すれば誇りを傷つけ、恥じ入らせることになります。自信をなくさせます。
いくら言葉を飾っても、親の表情から子供は鋭くその心情を見抜き、己を責めるようになるかもしれません。このような丁半ばくちのような試みは否定されるべきだ、と私は考えます。
精神的にも、肉体的にも負担をかけるだけです。
そのような余計な負担を小さな子供にかけることが、その子の幸せにつながるでしょうか。やはり子供は、その持って生れた長所を伸ばし、自分に自信を持って生きてゆけるように育ててやるべきではないでしょうか。
―ということで、「その4・幼児期には利き手の確立を」で書きましたように、
幼児期においては、右利きであれ左利きであれ、その子の利き手を十分に発達させられるように、干渉せず自然に任せ、伸びやかに育てて欲しいものです。
それでは、親は直接左利きの子に何もしてやれないのか、という方もいらっしゃるかもしれません。
いいえ決してそうではありません。親子とは、ごく自然な情に従い、喜びや悲しみを共にすることで、家族としての一体感が生れるのです。
直接手を取って子供を教えてやれなくても、子を思い、共に苦しみ、共に喜び、共に悲しむ。その気持ちが子にも伝わり、親こそ子にとっての最大の理解者となり、何よりの味方となり、力強い心の支えとなるのです。左利きの悩みは、いくつになっても付きまとうものです。
人により、性格や資質、生活環境、職業などにより、微妙に相違はあるものの、大なり小なり、なんらかの形で、人生の時々に現れるものです。そんな時、常に自分の味方として、自分を見守り力になってくれた親がいたという記憶は、どんなときも人を信じ、つらい人生を生き抜く力となり、助けになる、と私は思います。
―なんだか、だんだんと子育て精神論のようになってしましました。
しかし、実際の手助けとしては、環境を整えてやることができます。
ちょっとしたことで、左利きの子にやさしい環境を作り出すことが可能です。
上記産経新聞記事↑上に戻る 2005.6.4 その6・左利きの子にやさしい環境を整えよう
―左利きの子にやさしい環境を整えよう―
左利きの子に対する実際の手助けとしては、環境を整えてやることができます。
私たちが日常使用する道具には、元々左右対称形に作られていて、使う手を選ばない品物がかなりあります(例―普通の箸やスプーン、フォークなど)。
しかし、ハサミや刃物のような使う手を選ぶものも少なくありません。
こういうものに関しては、必ず左手・左利き用品を与え、左手でも苦労することなく、右利きの子供たちと同じレベルで様々な作業ができるようにしてあげましょう。幸い、昨今は色々な左手・左利き用品が出回っています。これを用意しましょう。
あるいは、様々なユニバーサル・デザインと呼ばれる、右手でも左手でもどちらでも両用可能な商品(共用品)も開発されています。手に合わない道具を使うと、うまく作業ができず、自分は不器用なダメな子ではないかと自信をなくす場合があります。
しかし、自分の体にあった専用の道具を使うと、右利きの子と同じようにでき、何事にも積極的に取り組む「ふつう」の子になります。家庭内では、なるべくユニバーサル・デザインの左右の差がないものを用意しましょう。こうすれば、右利きの家族でも左利きの子でも、あまり不便さを感じることなく使うことができます。
たとえば、シャープのどっちもドア冷蔵庫は、左利きに配慮した結果生れた商品ではなく、本来は置き場所に困らないための設計です。しかし、結果としてどちらの手でも開けられることになり、使い勝手が格段にアップしています。
三菱クリンスイの浄水器のどっちもレバーは利き手に配慮した設計から生れたものですが、それのみならず、最近の浄水器はU字型レバーが標準のようになって来ています。また、洗面台の蛇口でも、蛇口とレバーが左と右に分かれたセパレーツ型だけでなく、レバーと蛇口が上下一体型になった製品も出ています。
これらは右利き左利きに関わらず、片手がふさがっているときなど便利な物になっています。(その他に家族が共用する道具で言いますと、お茶を入れる急須は、注ぎ口と取っ手が上から見てへの字型になっているものは右手で使うように設計されているので、左手で使うのに不向きです。注ぎ口と取っ手が一直線になっている左右対称形のティーポット型か、弦状の取っ手がついている土瓶形がよいでしょう。
意外に気になるのがバターナイフです。これも普通のものは上から見ると左向きの刀のような形になっています。右手で持ってバターをカットしてすくって塗るのに便利なようになっています。真っ直ぐな板状のものも出ているようなので、こういうものに変えるか、あるいはジャム・スプーンを代用しましょう。
さらに、子供に料理のお手伝いをしてもらうなら、ピーラーも芽取りが左右についているものを用意する。レードルも片注ぎ口タイプは避ける。片手鍋は両側に注ぎ口があるものにするなど、ちょっとした配慮が必要です。)このように見てくると、左利きの子に配慮した環境は、必ずしも右利きの人にとって不利になるとは限らないのです。
*
食事や書き物などでテーブルに座る席順も、左利きの子には左側に十分スペースを取れるようにしてやる。逆に右利きの人は右側に、といったちょっとした配慮で、生活の不便さが緩和されてきます。
(例えば外食の際などに、左利きの人のなかには、隣の人と肘が当たらないように左端の席に着くように心がけているという人も少なくありません。)
□→ \○/ ※右利きの子○には右側に余裕のスペースを! ←□ \●/ ※左利きの子●には左側に余裕のスペースを! [___ ●○○ ※左利きの人●は左端に座るように気をつけている 食事の給仕の際も、四角四面にご飯茶碗は左、おかずは右とか決め付けずに、その子の利き手に応じた設定を心がける。 給仕する人が左利きの対応の仕方が自分でわからないなと思ったときは、左利きの子に自分の食べやすいように並べ替えればいいのだよ、と一言添える。
和食でも洋食でも決まったルールがあり、それぞれの伝統に則って配膳すべきではないか、という意見があります。
しかし、一流のレストランでもお客様が左利きとわかれば、それ以後は左利きに応じた給仕をしてくれる、と聞いたことがあります。左利きの握りすし名人と呼ばれる「すきやばし次郎」も、左手ですしを召し上がるお客様には左向きに出す、と言います(山本益博・著『至福のすし―「すきやばし次郎」の職人芸術』新潮新書)。世の中には右手が使いやすい人や左手が使いやすい人など様々な人がいて、それぞれに応じた自然な動作や仕草があります。
規則を守るのは大事ですが、その運用は人情を考慮するべきでしょう。
『論語』の「学而第一・十二」で有子(有若、孔子の晩年の弟子)は、「礼の用は、和もて貴しと為す」礼儀作法の実行(用)はなごやか(和)なのが大切だ、と言っています(※注)。新渡戸稲造も『武士道』で、礼は愛である、心がこもっていなければならない、形だけの礼は偽物という意味合いのことを説いています。配膳も相手が食べやすいように、という気配りです。大部分の人が右利きなので、右利きの人が食べやすいように並べるのがルールの基本になっています。最大公約数に合わせて、こうしておけば「まずは無難だ」というものです。
本来は、作法のための作法ではなく、人のための作法です。形にとらわれて本質を見失ってはいけないと思います。実際に不都合や不便さが出てくるのは、その本質を見失っているからでしょう。
フォーマルな場であれカジュアルな場であれ、みんなで和やかに食事できるのが一番大切なことです。さて、基本ルールはこうだという一般常識はどう教えればいいのか、というと、右利きの人の席でお手本を示せばよいのです。
そして、これが"多数派の右利きの人用のルール"で、たいていの人は右利きなので、これが使いよい形として"基本形"になっている、と教えればよいのです。※和食の配膳例(従来からの右利き例)
(左利き例)―レフティやすお私案―
[左 奥] 副菜▲ [右 奥] 主菜■ [左手前] ご飯○ [右手前] 汁物● [手前中央] お箸 ←
※従来からの配膳方式の左右を入れ替える。意外に忘れやすいのが箸。向きを変える。利き手で取り上げ、非利き手で受け、利き手に持ち替えるのが作法。(2005.7.31)
[左 奥] 主菜■ [右 奥] 副菜▲ [左手前] 汁物● [右手前] ご飯○ [手前中央] お箸 ⇒ *
こういう風に、基本的な部分で、常に右左の違いを認識し、その差が出ないように心がけましょう。
どうしても日常の生活では、ついついこの左側の視点を忘れてしまいがちです。
逆に言えば、物事の多くが右側の視点に立って作られているということを。
これは左利きの私でもそうなのですから、右利きの人は余計に気を配らなければ難しいかと思います。とはいえ、人間は慣れるものです。
必要以上にこだわりすぎないのが、肝心です。あまりまわりのものがピリピリしすぎると、子供も神経質になり、マイナスです。時にはドーンと太っ腹に構えて見て見ぬふりをする時も必要かもしれません。
この辺の加減が難しいですね。結論:
左利きに配慮した環境は必ずしも右利きの人に不利になるわけではなく、どちらの立場の人にも優しいものとなりうる要素を持っているのです。左利きにも優しいユニバーサル・デザインは、"誰にでも優しく"を実現するための助け合いのシステムです。誰かが一方的に便利さを享受するのではなく、誰もがそれなりの負担もするという考え方だと思います。異なる立場の人の便利さのためには、時には多少の不便さには目を瞑るものでもあるのです。
左利きの子にはそれにふさわしい環境を与える努力をしてください。それがその子の幸せにつながるのです。
そしてわが子の幸せは親の幸せです。
できれば、他人の幸せも自分の幸せ、と考えられるようにしたいものです。
※注:参照=加地伸行全訳注『論語』「学而第一・十二」講談社学術文庫、同著『<ビギナーズ・クラシック中国の古典>論語』巻末「『論語』から生れたことば・ことわざ」角川文庫。
この言葉は、このあとに和やかさが大切といっても、なあなあになってはいけない、節度を持って両者がつりあわなければならない、という意味の文が続きます。しかし、根本はまず和やかであることです。※参照:配膳について―
・<左利きプチ・アンケート>第17回 学校での配膳は左利きの子も伝統的ルールに従うべきか
―左利きの子における配膳についてのアンケートおよび意見と筆者のコメント。
・レフティやすおの左組 掲示板
―幼稚園における左利きの子に対する配膳の相談と筆者のアドバイス、その後の報告があります。↑上に戻る
メルマガ版
左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii
(レフティやすおの左組通信 メールマガジン)
*当シリーズ、メルマガ「週刊ヒッキイ」誌上掲載分の一覧
第135号(No.135) 2008/5/31
「テーマ別BN3/左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ」創刊号 左利きで生きるには…
◆少しは楽になってきた?左利き生活◆
左利きといっても昨今ではあまり問題にされなくなっているようです。
少なくとも昔のことを思うと、かなり生きやすくなってきたのかな、と感じます。
ただこれは、私が年を取り、人から表立って何やかやと言われなくなった、ということも大きな関係がありそうです。
もちろん、現実に左手用や左利き用品なるものが、かなりの種類、日常一般的に街中で見かけられるようになった、ということも事実です。
また、日常街中で左手を使う人―左手で字を書く人、左手に箸を持つ人など―もよく見かけるようになりました。
そういう意味では、かなり開放的な雰囲気が出てきたといえます。
しかし、個々の日常生活の現実に目を転じてみると、まだまだ左利
きには不都合を感じさせる場面が多々見られます。
左利きの人が集まると一番話題になるのが、駅の自動改札が“右側通行”であること。
同じく普段よく使う機械に関していうと、自動販売機などのコインの投入口の位置の問題があります。
また、家電品でのスイッチ類のつまみやコードの位置の問題なども機械にまつわる問題のひとつでしょう。
道具の問題もあります。
特に問題になるのは、刃物です。しかし、これはかなり左手用・左利き用の品物が出てきた分野でもあり、改善度が高い方の部類でしょう。
刃物を除く調理器具となると、まだまだ不十分な気がします。片手鍋やレードル、ビーター、バターナイフなどちょっとしたことが気になるものです。
こういう問題は大人にも子供にも関係することですが、子供だけの問題もあります。
◆まだ泣かされている左利きの子供がいる!◆
まだまだ子供の左手使うことに寛容でない大人がいます。
左利きについての知識に欠ける右利きの人。あるいはかつて「矯正」を受け、右手使いになったことを感謝し、次代の子供にも同じ道を歩ませようとする左利きの人。または、自らは失敗したが子供は「矯正」を成功させて、楽をさせてあげたいと願う左利きの人など…。
たとえば、日常の行為では左手使いを認めよう、でも字を書くことは右手の方が都合がよいから右手で、と考える人もいます。
これらの人たちによって一部の左利きの子供たちは、昔と変わらぬつらい道を歩まされているのです。
もちろん、それは子を思う親心でしょう。しかし、方向が間違っていると私は考えます。やり方が間違っている。
どちらも同じ才能を持っているのならどちらの手を使おうと問題はありません。しかし、左利きというのは、左手が右手より利くとい
うことで、左右同じ才能を持っているわけではありません。その辺を考え違いしてはいけないのです。
先の例で言えば、字を書くというのは手指の微妙な動きを要求します。利き手でも難しい作業です。右利きでもなかなかきれいな字は書けませんね。ましてや、それを非利き手でやるとなると、どうでしょうか。
子供が苦労すると考えるなら、その原因は何かを考え、それを取り
除くようにするのが正論でしょう。
それはすなわち、社会が右手使いを良しとして、左手使いを無視するから。
右手使いでも左手使いでも取り立てて苦にならないような、ユニバーサルな社会のあり方を作り出してゆければ、問題は解決されるのです。
現実に、そういう方向で社会は動き始めています。それを加速してゆけば良いのです。
左利きの子に無理に不自由な右手を使わせるのではなく、利き手を
自由に最大限に利用し、天賦の才を活かすように導いてあげるべき
でしょう。神様がお与えになったその子の力を活かしてあげるべき
なのです。
たしかにこの世の左利きの子には、ある程度右手も使える子もいるでしょう。あるいは、訓練の結果特定の動作においてはある程度右手が使える子もいるかもしれません。
しかし、それは結果論。結果が良ければいえることです。
現実はどうでしょうか。
本来、右利きの人はこのような訓練を要求されることがないのです。
なぜでしょうか。
それは右手使いが正しく、左手使いが間違っているからでしょうか。
あるいは、社会的には右手使いが便利で、左手使いが不便だからでしょうか。
右利きが多数派で、右手使いが当たり前だという観念にとらわれているからにすぎません。
迷妄です。一方的、盲目的な思い込みです。それが、社会を右利き天国にして、それ以外の人を排除させているだけなのです。
そして、左利きの子はその被害者になっているのです。
本来、人間には、右手使いと左手使い(もしくは、両手混合使い)の人がいるのです。それだけのことです。
それぞれに、同じように生きてゆく権利があるわけです。同じように暮らしてゆく機会が与えられるべきなのです。
あえて「権利」という言葉を使いましたが、本当はそんな堅苦しいものでなく、自然な生き方のひとつとでもいうべきものです。
◆左利きという生き方のために◆
私はそういう左利きという生き方をより良く、より楽しく、よりおもしろく、充実させるための方法について、具体的な提案やアドバイスをこれからこの場で述べてゆきたいと考えています。第2号 このシリーズについて・・・
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