雑記帳「イネイブラーを知っていますか?」(1999.4.13)で紹介した、上記 の本を読みました。
この本は、抑うつに悩む夫の妻であり躁うつ病の息子の母親であった著者が、
健全な家族関係をつくりあげるために歩んだ軌跡を描いています。
家族の苦難にあってカウンセリングをうけていた彼女は、「イネイブリング」
という概念と出会って、自分にもその責任があったことに気づきます。つまり
その人を助けようという見当ちがいな努力が、変化への意欲を相手から奪い取っ
てしまっていたのだということです。
そして、自分がイネイブラーになってしまった理由を、アルコール依存症のい
る家庭で育ったために、人を喜ばせることが自分の利益になることを身につけ、
自己肯定感が低いせいだと言っています。必要とされることと愛されることの
区別をしらぬまま大人になった子どもたちは、誰かに必要とされているときに
しか自分の価値を感じられないために、イネイブラーになってしまうというのです。著者は、自分がイネイブラーだと認識することから、自己を回復してい
きます。
これは、アルコール依存症のいる家庭で育ち、抑うつに悩む夫と躁うつ病の息子を持つという、一見余りにも特別な状況のなかでの体験記に見えたのですが、
読み進めるにつれ、実は、イネイブリングは、ジェンダーと深くかかわっている問題ではないかという気がしてきました。
その思いは、
「母性本能に加えて、家族の世話は女性の役割だという社会通念が、女性のイネ
イブリングを当たり前ににしています。また女性は、自分に人生を切りひらく力
があるとはあまり思わずに、むしろ他人が自分を頼ってくれるようにしむけるこ
とで、伝統的な役割分担を乱すことなく他者をコントロールする力を得るのです。」
(P,23より引用)
「この社会もまた私を、イネイブラーとして生きるようにしむけてきました。
私は生まれてからずっと、女の第一の役割は尽くすことだと、いたるところで
ささやかれてきました。」(P,77より引用)
などの部分を読んで一層強くなっています。
改めて、イネイブリングの視点から、家族ひとりひとりとの関係をはじめ、自分
をとりまく人間関係を問い直してみるのは、重要なことなのかもしれません。 |