俺はもうずいぶん永い間ここで働いてる

ここには世界中から様々な人種がやってくる

目的の殆どは観光 俺らにとってはいいカモになる女目当ての奴らとか

仕事で来る連中もいるけど‥



だけど




あんな奴ははじめてだった


一体なんの目的で来ていたのだろう?

俺の知らないとこで奴はなにをしていたのだろう?

仕事柄、お客さんのプライバシーにあまり干渉しちゃいけないんだが

いつかまた逢える事があったら今度は尋ねてみるんだ

あんた はるばる日本からなにしに来たんだい?

ってね。













忘れえぬひと

最終話














ここでは殆どの客が短いバカンスの時間を惜しむように、朝からガイドブック片手にお目当ての所へ繰り出したり

オプションのツアーに参加したりしている バカンス中の何日かは部屋でくつろいだり

ホテルのプールで泳いだりしている客もいるけど‥


奴だけはそのいずれでもなかった


身なりからして仕事で来ているとは思えない しかし観光で来ているとも思えなかった

初めて奴を見たのは‥

ほらそこのベンチに 太陽もかなり高くなった頃、ふらっと現れそこに座ってタバコをふかしていたよ

すこし紅くなったすこし微笑んだ顔で‥昼間から呑んでるな ってすぐわかったよ

しばらくするとどこかへ出かけて行った 足取りは確かだった ホテルの周りにいるタクシーの連中やら

いわゆる「斡旋屋」みたいな連中の誘いをまったく気にとめず、地図もガイドブックも持たず

はっきりと目的地を見定めた足取りで‥




そして程なく大きなセブンイレブンの袋をぶら下げて戻ってきた 俺の傍らをすり抜けてホテルに入ってゆくとき

見るともなく見えたんだが 中身はすべて缶ビールだった



そして夕刻 奴はまた部屋から出て、そこのベンチでタバコをふかすとどこかへ出かけていった

そして深夜、奴は戻ってきた 大きなセブンイレブンの袋をぶらさげて 昼間よりさらに紅い顔で‥

袋の中身がなんなのかは、はちきれそうに膨らんで、ところどころ円筒状になってる袋の様子ですぐに分かったさ



こいつ酒がすきなんだな

その時はその程度に思ったよ 同時にその顔形から日本か韓国か中国あたりから

はるばるやって来た多分その初日に俺の国のビールで酔っ払って

日常から逃れリフレッシュしようとしたのであろう奴が可愛く思えたよ

ホテルに入って来るとき奴と目があった ちょっと可笑しかったんで思わず笑っちまったよ

奴も笑ってた

 
















だけどさ‥










翌日も奴の行動は全く同じだったんだ























昼ごろ酔っ払って外へ出て、セブンイレブンでビール買いこんで

また部屋にもどって、夜になると更に酔っ払ってどこかへ行って

そして深夜に 更にグレードアップして酔っ払って帰ってくる

しかもセブンイレブンでしこたま買い込んだビールぶらさげて‥

ちょっと驚いたけど、まあこんなバカンスの過ごし方もあるんだなと思ったよ

その夜もまた奴と目が会った おたがい笑ったね

そして俺は尋ねたんだ「どこから来たんだい?」って

奴はあまり英語がわからないようだったが「From Japan」って答えが返ってきたんだ

奴は笑顔でホテルの部屋へ向って行った

その後姿を見送りながら考えていた

これから部屋で奴はまだ呑むのかな?明日はどう過ごすのかな?

まさか昨日、今日と同じはずはあるまい‥




















しかし、そのまさかだったんだ

3日目も4日目も‥

結局奴は1週間くらいここに滞在していたけど

その間、毎日





















昼ごろ酔っ払って外へ出て、セブンイレブンでビール買いこんで

また部屋にもどって、ビール呑んで

夜になると更に酔っ払ってどこかへ行って

そして深夜にまたセブンイレブンでしこたま買い込んだビールぶらさげて

 更にグレードアップして酔っ払って帰って来て

これは推測だが部屋でシコタマ買い込んだビール呑んで

昼ごろまで寝て、目覚めると前の晩買い込んだ残りのビールを呑んで‥

いたんだ。












さすがに呆れて3日目のよるだっけな 深夜帰ってきた奴と目が合ったとき

殆ど無意識に大きな声で呼びかけちまったよ

Hey!じゃぱにーず よっぱらい!

ってね 奴はすこし誇らしげに笑ってたけどね‥







でも5日もそれが続いた時、ふと思ったんだ

いくらなんでも日本からわざわざビールを呑むためだけにバンコクまで来る奴がいるわけはない

奴は何かの目的を持ってここまで来たはずだ

ホテルの部屋で、また夜に出て行った先でその目的を遂行しているに違いない

酔っ払って、終始微笑んでたのは人目を欺く謂わばカムフラージュではないのか?

まさかヒットマン?そうは見えなかったな なにかの諜報活動でもしてるのではないか?

ってね 少し恐くなったよ

酔っ払いていながら奴の目からはなにか信念のようなものが感じられたんだ

そこまで一息に語ると彼は私に問いかけた


ここのシンハービールってのは、よその国じゃえらく評判みたいだけど

あんたも好きかい?

Yesと応えた

そして彼は私に同意を求めた

俺が感じ取った奴の信念ってのが





















「短いバカンス中にシコタマシンハービール呑んでやる!」











という事だったら全て辻褄が合うんだけど

そんな日本人いないよな?ってか世界中探したってそんな奴いないと思うだろ?

そうだね。と応えた





しかし同時に頭の中をある男の事がよぎった

あいつなら‥でも まさかね‥




ながながと話を聞いてくれてすまなかったな

背格好はあんたと似てたんだよ なんだか勝手に懐かしくなってな‥

満足げに彼は言った

そうだ奴が日本へ帰る夜に撮った写真があるはずだよ

ちょっと待っててくれ

従業員用と思われる駐車場に止めていた車のダッシュボードから

彼が一枚の写真を取り出してきた

ベルボーイに頼んで撮ってもらったんだ これが奴さ

彼が差し出したそれを見た瞬間、体から血の気が引いていくのを感じた

驚愕の表情を察したのか 彼は言った

まさか‥知り合いかい?








言葉が出なかった‥



セピア色に変わったそれの中で確かに































じゃぱにーず よっぱらいはヘラヘラしていた














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