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私がなぜ絵を描くようになったかというと、それは母親と家の環境によるところが絶大だと思っています。家は田舎にあり、季節によっていろんな変化を見せてくれました。旧家だった家のなかには古い工芸品も多く、絵の好きな母は曾祖父の集めた掛け軸を季節ごとに掛けかえていました。絵を習い、私を展覧会を観に連れてゆき、質の高い絵本や画集を見て説明してくれた母でしたが、その口癖はいつも、「趣味でするのはいいけど、画家としてやっていくのは大変なことだ。絵はいつでもできるのだから…」ということでした。まったく私も同感で、絵は趣味として描くのだと考えていました。

転機が訪れたのは、高校生の頃で自分のやりたいことを真剣に考え始めた為でした。中学生まで、クラスの中でも絵が上手く、子供のいろんな展覧会に出品していた私でしたが、自分では、母の方が上手いし、自分の思い通りに描けたことがない。と感じていました。本格的な絵の勉強をしてみたい…。ときどきそんな考えが頭を過りました。 

よくある質問。(私は)関東出身なのにどうしてわざわざ遠くの大学に入ったのでしょうか?この質問、めちゃくちゃ多いです。一般にはまだメジャーでないんですね。美術界ではメジャーなんですけど。(つもりなんですけど…そう言う訳だから覚えておきましょう!)

あんまりしたくない美大の話しですが、私が行きたかったこの場合の美大とは実技のウェイトが高い入試をする大学。逆に言うと筆記試験がちょっと付録的な?ところ…だと思っているのですが。 美術系の学校はたくさんあります。私のように美術予備校へ通っていると実技一辺倒なので勉強がどんどんできなくなって筆記試験にもウェイトがある学校は受けられない体質となってしまいます。もうバリバリ美大へ行くほかないのです。(最近ではそんな所も筆記試験がきびしくなったとか。) 予備校に通う人はそういうところを皆目指しているわけで、そうなると公立は地方にばらけ、よく知られる有名私立は都内に多くあります。東京を目指すという構図は普通の大学でもよくあることですよね。私立と公立の違いは普通の大学と一緒です。私立は公立に比べ、定員がとても多くアトリエの広さも定員に比べて「狭そう…」と思っていました。ちょっと失礼かもしれないけれど、勉強するうちに公立に引かれていたので、そう思って公立を第一志望にする理由を探していたのだと思います。

高校生のころはもちろん私立(というか家から通える学校だとそうなる。)と思っていたのですが、予備校に通ううちに次第に愛知芸大に引かれていきました。それは予備校にある合格者の参考作品の中で私が「…なんてかっこいい…」と感じていた憧れの参考作品の作者の多くが愛知芸大へ行った人達のものだったからでした。

もちろん家を出ることに母は大反対。でもそんな声はちっとも私の心に届かなかったのでした。当時の私としては珍しいことです。家を出て一人で暮らす大変さはそのとき思考の外でした。後で思うのですが諸々の問題は考えず「どぉーしても行きたい。」と思う気持が大事だったのではと思います。あの頃『迷う』といった要素が思い出せません。

そして、めでたく第一志望の愛知芸大にパスすることができました。自分としては努力した、分相応の自分に合ったところへ入れたと感じています。 

その後、私は知人や兄弟までに、なぜ愛知県へ行ってしまったのか??と言われ続けるのでした。

 


埼玉県生まれ

愛知県立芸術大学油画専攻卒

在学中より公募展に出品、卒業後、デザイナーを経てフリーの画家に。

個展、グループ展を中心に制作活動を続ける。

仙台在住

1989 

 

中部国展 

東京セントラル美術館油絵大賞展 

1993

 

埼玉県展 以後 '96まで毎年  

上野の森美術館「日本の自然を描く」展

1999

 

「ねこのアート展」日本橋高島屋

「ねこ展」ギャラリーパリス 以後毎年

「世界の猫展」横浜そごう

2000

 

ニューヨーク、SOHO450 Broadway Gallery 「Internatinal Millennium Show 2000」に参加

2001

 

 

 

 

UKサイト、Japannese&Western Contemporary Art Online Exhibitionに参加

http://www.ewacc.co.uk 

個展 ギャラリーパリ(関内)

2004

 

East&West Contemporary Art Exhibitoin(渋谷)

ノリタケスクエアーギャラリー(厚木)

 

 

グループ展 '89、'93、'94、'96以後毎年

   個展 '95、'99、'01、'04