プロレス日記3


「獣の心」をもたなくても強い男、田村潔司


  •  先日、1996リングスの「メガバトルトーナメント」大会をビデオでみる幸運に恵まれた。特別出場していた”落日”の前田日明には悲しいものを感じたが、1回戦から決勝までひときわ目立っていたのは、昨年、UWFインターから移籍してきた田村潔司の戦いぶりであった。
  •  技術的な観点から言うと、田村の特徴は、きわめて「すばやい」ことである。特にグラウンド場面での、身のこなしと関節技のスイッチワークは見事というほかない。ハンのような華麗さには欠けるが、リングス・ジャパン勢の中では、間違いなくNo.1の技術の持ち主である。

  •  田村がはじめてプロレスに入門したのは、人気絶頂の第二次UWF。全日本や新日本といった「普通のプロレス」を経験していない最初の世代である。UWF崩壊後は、高田や宮戸と行動をともにしUWFインターに参加。週プロ曰く「回転体」と呼ばれる、膠着しないグラウンド・レスリングを身につけていった。
  •  田村が、「客を呼べる」一流選手とみなされるようになってきたのは、高田延彦に「僕と真剣勝負で、戦って下さい」(←オイオイ)と対戦を迫ったり、ゲーリー・オブライトと謎のセメントマッチを行った頃からだろう。「高田ひとりエース」体制をとるUWFインターの中に、「トップ取り」という物語をもちこんだのが田村であった。結局、高田への対戦要求は、UWFインターの経営悪化→新日との対抗戦→プロレスへの回帰といった流れの中に埋没し、インターに愛想をつかした田村は、戦いの場所をリングスに移すことになる。

  •  私が田村の中にみいだすのは、およそプロレスラーらしからぬ、精神の「まっとうさ」である。他のレスラーが「まっとうでない」というつもりはないが、田村から、「相手をぶっつぶしてやる」とか「殺してやる」といった類の狂気性や攻撃性を感じることはほとんどない。そこが猪木や前田、その他彼らのエピゴーネンとして”殺気”を充満させようとするあまたプロレスラーとの大きな違いである。ダン・スバーン流に言えば、田村は「獣の心」をもたない、あるいはみせないレスラーである。
  •  しかし、そんな田村ではあるが、セメントマッチ(プロレスの暗黙の了解を越えた潰し合い)の経験は多い。先に挙げたオブライト戦、K1でのバーリ・トゥード(パトリック・スミス戦)、メガバトルトーナメント準決勝の山本宜久戦。ひょっとしたら、経験の豊富さは前田以上かもしれない。しかも前田の場合、前田がキレた結果としてセメントになることも多いのだが、田村の場合は相手からセメントを仕掛けられるケースのみである(もっともバーリ・トゥードは両者合意の上でのセメントだが)。しかも田村は、仕掛けられたセメントマッチでも、相手と同じ土俵で「キレて」しまうことはなく、あくまで冷静に技術で勝利している。先日の山本宜久戦でも、山本は完全なルール無視ではないにせよ、明らかに目潰しを狙った掌底、顔面を狙ったパンチなど「セメント」を行ってきた。田村はこれに同調することなく、飛びつき逆十字という、芸術的なテクニックで勝利を収めている。リング外のいざこざをリング上にもちこんでキレてしまった山本を、軽く技術でいなした田村。プロレスラーとしての”度量”の差が、そこにははっきりと現れていた。

  •  しかしこれは、考えてみれば、凄いことなのである。なぜなら、プロレスラーがいったんキレてしまったら手がつけられないというのはレスラー、ファンともに常識に属することだからだ。天龍に失神させられてキレたハンセン、マサ斎藤に手錠をはめられてキレた猪木、フライにキレてしまった前田。いずれもキレられた方は、無抵抗であった。暗黙の了解を越えてキレてしまった人間に対しては、怒りが収まるのを待つ、というのが「大人のやり方」だったはずだ。これに対して、田村はキレた相手をも、技術でへこましてしまう。キレが収まったときには、キレてしまって、なおかつ負けてしまったことに深い自己嫌悪を感じさせるであろう、完璧な勝ち方である。プロレスラーに必須の要件たる「獣の心」(=キレる精神)を発揮しなくても、勝ててしまう田村。彼こそが、異能のプロレスラーと呼ばれるにふさわしい。  (97.4.23、12:20記す)

    橋本真也VS小川直也・二連戦を終えて


     4・12東京ドームでの「異種格闘技戦」での小川直也の勝利をうけて行われた、5・3大阪ドームでのIWGPベルトを賭けての再戦。テレビ・新聞報道によると、橋本が雪辱を果たしたそうである。テレビ中継をみるまでは確固としたことはいえないが、どうも戦前いわれていたように、橋本が蹴り倒し、殴り倒す展開になったようである。

     かつてこの「プロレス日記」で4・12について、予想めいたことを書いた。私は戦前予想はあまり好きではないし、それを公表することに躊躇もあるのだが、5・3まで含めてほぼ内心、予想したとおりの展開となっている。4・12で小川が勝つところまでは「番狂わせ!」という解釈も成り立つが、5・3での時期をおかない再戦、そこでの橋本勝利で星勘定はタイに、という展開をみると、今回もまた世間の「八百長疑惑」の疑いは晴れそうにもないような気がする。
     断っておくが、私は一プロレスファンとして、八百長論争をタブーにしてはならないと考えている。「たとえ八百長であろうと、プロレスは素晴らしいエンターテイメントである」というのが、大抵の知識人プロレスファン(例えば村松ともみ)のスタンスと思われるが、私はちょっと違う。「たとえ八百長であろうとも、プロレスラーが本質的な格闘技の<強さ>をほのめかしてくれればよい、八百長でない真剣勝負がみられるなら更によい」というのが、私の八百長論に対する基本的スタンスである。「プロレスラーは超人的体力の持ち主の集団だから、毎日真剣勝負をしていたら身がもたない(=死人がでてしまう)。だから普段の試合では八百長まがいのことをせざるをえない」という梶原一騎・大山倍達のイデオロギーを継承しているといってもよい。
     したがって、私のプロレスファンとしてのアイデンティティは、「プロレスラーは本気を出したら、ノールールで戦ったら、他の格闘技者には負けない」という<幻想>によって支えられている。だが、ここ数年のグレイシー柔術、バーリトゥードの出現によってその<幻想>は、屋台骨から崩れかかってきている。最近は、ホイス・グレイシー、ヒクソン・グレイシーにも相当の魅力を感じている。このままではヤバイと思っている。
     ただそういう意味では、4・12橋本vs小川の異種格闘技戦では、ある程度まではプロレスラーの<強さ>を橋本はみせつけたといえる。試合途中で蹴りから逃げまくり、怯えたような目つきをした小川をみただけで、私の<幻想>は保たれた。むしろ目立ったのは、小川の健闘だろう。以前書いたように、柔道家としての小川の評価はその実績(日本柔道選手権7回優勝など)に比して不当に低いし、私もその評価の低さを当然視してきた。しかし、小川は強かった。
     考えてもみてほしい。生まれて初めて、橋本級の蹴りやチョップを胴体にたたき込まれることの衝撃を・・・。よくぞ逃げ出さなかった。そのことだけでも高く評価せねばならない。しかも小川は一瞬のチャンスを捉えて、勝ってしまったのである。試合後、小川はピョンピョン飛び跳ねて喜んでいたが、素直に共感できた。たとえ仮に、あの試合にどこか八百長の要素が孕まれていたとしても、そのことによって橋本の強さ、小川の強さの<幻想>に傷がつくことはない。その意味で、いい試合だった。

     しかし、「打倒グレイシー柔術」を<幻想>維持の核に据えている私にとって、橋本のグラウンドでの劣勢は、いただけない。4・12をみるだけでも、小川に圧倒されていたことは確実である。しかも小川が使った技は、ほとんど付け焼き刃のヒザ十字や、アームロックにすぎない。要するに橋本は、グラウンドテクニックの根本であるところの「ポジション取り」で完敗しているのである。「橋本はグラウンドのうまさでは新日で一、二を争う」というマサ斎藤の証言もあるだけに、グラウンド(寝技)で小川に圧倒されたのは、ヤバイ。特にグレイシーに「プロレスのグラウンド技」でプロレスラーが勝つことを望んでいる私にとっては、橋本のグラウンドでの<弱さ>は衝撃的ですらあった。

     新日よ! かつての道場=最強の精神はどこに行ったのだ!!!
     こんな「ていたらく」が続くようなら、私は猪木の「世界格闘技連盟」とか、リングスの田村とか、パンクラスにプロレスラーの<強さ>の幻想を委託してしまうぞ。非常ベルの音が高らかに聞こえる・・・。  (97.5.6、13:55記す)

    あああ、デルフィン・・・


     6月27日のみちのくプロレス・鳴子大会にて、スペル・デルフィンが海援隊☆DXの隊長ディック東郷に敗れた。それは単なる敗北ではない。東郷の容赦ない攻めに戦意を喪失したデルフィンが、東郷に「股くぐり」をして許しを乞うという、前代未聞かつ屈辱的な「試合放棄」であった。

     弟子の浪華から強引に対戦権を譲り受け、「シングルでは絶対に負けない」と公言したデルフィン。その完全復活を待ち望んで集結したファンの怒りは爆発した。メインエベントが終了しても数百人のファンが帰ろうとせず、一時は暴動寸前の騒ぎとなったという。

     80年代の新日ならいざしらず、90年代の、しかも「明るく楽しいルチャ」をモットーとするみちのくプロレスで暴動が起きるとは、異常な事態である。なぜならみちのくのファンは、普通のプロレス団体のファン以上にプロレスの裏側をよく知り、またそれを楽しむことができる「大人のファン」と思われているからだ。そんな彼らをすら「本気」にさせてしまったみちプロ。その功罪はとてつもなく、大きい。

     プロレスファンを20年以上もやっていると、大抵のことでは驚かなくなる。どんなに異常な、予期を裏切る結果が生じたとしても、「そこにも<仕掛け>があるはずだ」という読み込みが働いてしまう。かくいう私も、そうである。ここ数年間、心底、勝敗の帰趨が気になった試合はいくらもない。そんな私でも、さすがにデルフィンの「試合放棄」はショックだった。久々にヒザがガクガクした。というのも、もしそれが「仕掛けなし」の結果であるならば、みちのく創業以来のスター・レスラーが、レスラー生命を「潰された」ことになるからだ。私たちの常識では、どんなにぶざまな負けを喫しても、相手レスラーに「尻くぐり」をして許しを乞うレスラーなどレスラーとは呼べない。失神しようが、大怪我しようが、「戦意」をきちんと保持できることがレスラーの最低条件であると私たちは思っている。「尻くぐり」を行ったということは、もはやファンからもプロのレスラーとして認知されなくなることを意味する。

     はっきりいって、これが「仕掛け」 なのか、それとも「セメント」なのか、私自身判断が尽きかねている。しかし、希望的観測を込めて、あれは「仕掛け」だと私は思う。いや、そう思いたい。理由はいくつかある。

     第一。サスケのWWF遠征が決まり、ベビーフェイス(正規軍)の陣容がますます手薄になることはわかりきっている。海援隊☆DXだけでは、決して東北の寒村の会場をフルハウスにすることはできない。そこであえて、デルフィンを「潰す」ことが会社の経営上、可能なのかどうか。サスケも「あと一シリーズあるじゃないか」と語っている。一発大逆転の「ドラマ」が用意されているような気がする。

     第二。もしデルフィンの「尻くぐり」が本気と想定するなら、いくつか不審な点が出てくる。まず、この試合の数日前からデルフィンはタッグマッチでのタッチを拒否し、戦うことに怯える様子を示している。もし本当に戦うことがこわいのならば、なぜこの試合に出場したのか。敵前逃亡でもよかったはずだ。更に東郷の厳しい攻めに戦意喪失したとしても、なぜ試合会場から逃げ出さず、リング上に残ったのか。海援隊が人数的に多勢であったとしても、ひと一人が逃げ出すことすら不可能なのだろうか。また本当にデルフィンが敵前逃亡=試合放棄を望んでいるならば、サスケやレフェリーもそれに加担することができたはずだ。それをやらないで、「もう、いやや、戦うのがこわいんや」とリングサイドの客に聞こえるようにつぶやき、観衆の前で「尻くぐり」するというのは、パフォーマンスの臭いが少なからず漂う。

     おそらくデルフィンは、次期シリーズ冒頭は欠場するだろう。大阪を放浪しているところを、プロレスマスコミに「発見」されるという展開もあるかもしれない。海援隊にいますぐ勝てる、というシナリオはならないかもしれないが、何らかの復活の足がかりが演出される可能性はある。

     しかし、デルフィンの試合放棄がそうした展開をこみにした「仕掛け」であったとしても、みちのくプロレスにとって痛手であることは間違いない。デルフィンのことにさして関心がないプロレス・ファンなら「もうデルフィンはおしまいだ」で事を終わらせてしまうだろうし、デルフィンの復活を心から信じたい、いたいけなファンにしても、「もうみちプロはみない」という幻滅した気分におちいっている(Niftyのfbatlなどをみて下さい)。デルフィンがどういう形で復活しようとも、ここまで失われた「信頼」を回復するのは容易な作業ではない。

     もしかしたら、そこまでのリスクを賭け金にしてでもみちのくプロレスは、ひれくれたオタク・フロレスファンの、しったかぶりの予期を裏切り、彼らを「本気に」させようとしているのかもしれない。だとしたら、みちのくプロレスは、罪作りな団体である。と同時に、あなどれない団体に成長してきたといえるだろう。

     (追記)しかし、この希望的観測が外れて、デルフィンが引退(廃業?)することにでもなったら、いったいどうしたらいいの?(泣)。ひねくれプロレスファンの私でも、不安で夜も寝られない・・・。     (97.6.30、18:06記す)

    故・プラム麻里子選手のご冥福をお祈りします


    久々のプロレス日記だが、悲しいことについて書かねばならない。

     既報の通り、8月15日、JWP広島大会にて、試合後意識を失ったプラム麻里子選手が、翌日、急性硬膜下出血と脳挫傷により、帰らぬ人となった。「女子プロレス界の木戸修」と呼ばれた10年選手、プラム麻里子。当年、29歳。私と同学年である(涙)。力道山以降40年以上の歴史を誇る日本のプロレス界においても、試合での攻防が直接・間接の要因となった死亡事故は、これが初めてである。謹んで、プラム麻里子選手のご冥福をお祈りしたい。

     ニフティの速報でこの訃報を知ってすでに10日あまりたつが、いまでもプロレスファンとしての私の時間は止まったままである。あまりの衝撃に言葉を失い、冷静さを取り戻せていない。実は、この日記も必死の思いで書いている。サンボの技術に裏打ちされた膝十字固めが華麗だけれど、どこか印象薄いプラムであったが、このような形ですべてのプロレスファンの記憶に残る選手になろうとは・・・、悲しい結末である。

     ひと一人の死、という重い現実を前にして軽々しい言葉を吐けるわけもないが、今回の事件は、絶対に起こってはならない惨劇である。と同時に、何年も前から、いつか起こることが予想されていた事態でもあった。すでにデビュー以前の練習生レベルでは死亡事故が相次いでいたし、ある程度名前を知られたスター選手でも、馳の心臓停止、片山の半身不随、サスケの頭蓋骨骨折、ライガーの脳腫瘍、北斗・山田・吉田・長谷川・バット吉永等の頚椎損傷(あるいは骨折)事故、試合後・試合中の失神事故の多発といったように、「非常ベル」は鳴り響いていた。「平成のプロレス」では、鍛えようのない部所への攻撃、受け身のとりようのない「エグい」攻撃に注目が集まる傾向が強くなっている。パワーボム系・投げっぱなし系・雪崩式系・場外での攻防・・・、それを楽しんでいたのも、選手に期待したのも、明らかにプロレスファンである。JWPなど団体側の健康管理の問題は当然、今後議論になるだろうが、根本的な要因は、危険技を連発し、それに価値をみいだしてきた「平成プロレス」にある。今回の事故の責任の一旦は、確実に私たちにも存在する。私も心のどこかに、「プロレスラーは鍛えているから大丈夫」「プロレスラーが死ぬわけがない」とたかをくくっているところがあった、と素直に告白しなければならない。”受け身の上手い”10年選手が、ライガーボムという”ありきたりの”技によって死亡したことこそが、ことの重大さを物語っている。少なくとも私は、今後プロレスを単なるエンターテイメントとして、「軽く」見続けていくことはかなり難しくなっていると感じている。

     ではプロレス関係者・プロレスファンは、今回のような死亡事故再発を防止するために、何をすべきか??なにができるのか?? 

     すでに団体(理想的には統一コミッション)による選手の健康管理の徹底、危険技の禁止(自粛)、受け身技術の向上といった諸対策が挙げられている。いずれも実現されれば、たいへん結構なことであろう(「危険技の禁止」にどれほど実効力があるかは疑問だが)。しかし、これを口先だけのお題目にしてはならない。ここから先はプロレスマスコミに対する注文になるのだが、重大な負傷・疾病、特に死に直結する頭部負傷が明白にも関わらず出場を続けている選手には、思い切った欠場勧告ないしブーイングを行うべきでないだろうか。

     具体的にいうと、プラム事件の翌日、肝機能障害を抱えているにも関わらず出場しているダイナマイト関西。週プロ9/9号で「脳が腫れている」状態と指摘されているツバサ、薬師寺正人、垣原賢人(あるいはサスケも含むか)。頚椎損傷と思われる金村、非道。少なくとも現時点では、この人たちの試合「復帰」には、目を光らせるべきだ。選手自身の「気概」を目の当たりにして何もいえなくなる気持ちもわかるし、選手の健康状態を試合前に知りうる環境下にない場合もあろうが、少なくとも「脳が腫れている」と確認された選手が、一週間もたたずに復帰していたりするのを「報道」の名の下に看過してはいけない。週プロなど「プラム麻里子の死について考え続ける。それが我々の使命である」と表紙にうって出ているのだから、ツバサ選手や薬師寺選手の記事を漫然と報道するだけでなく、きちんと欠場勧告も行っほしく思う。少なくとも、選手の負傷具合がどの程度のものなのか、いつ頃復帰できる(いつ頃まで復帰できない)見込みなのかを、選手の健康管理に留意する義務がある団体側との連携を保ちつつ、読者にわかるように公表してほしい。

     「危険技の禁止・自粛」については、なかなか難しい面もある。今回問題になったライガーボムなど、近年のボム系の技の中では危険度が少ない部類に属するのだから。ライガーボムを禁止して済む問題では到底ない。「どこからが危険技か」の線引きも難しい(「プロレス技はすべて危険」ともいえてしまう)。ただ私見を述べれば、場外コンクリート部分へのボム系の技(田上の奈落落とし含む)は自粛してほしい。見ていて決して気持ちのいい技ではない。「高さ」と「硬さ」に頼った安易さを感じる。

     同時に「投げっぱなし」系のスープレックス。雪崩式のボム系。これら技をかける側が衝撃度をコントロールできないような技もできるだけ使ってほしくない。美意識の面からいっても、この種の技は前から好きではなかった(雪崩式パワーボムとか雪崩式フィッシャーマンバスターなんて、それがかかってしまうこと自体にリアリティがない)。これらの技が出たら、ブーイングをしたい。「もっとまともなプロレス技をやれ!!」と。

     またノーザンライトボム、デスバレーボム、北尾ドリラーなど原理的には簡単ながら首への衝撃度がものすごい技については、かける側の選手の意識を高めてほしい。だいたいが技術を要さない、単純な原理の技なのだから。特に高岩のデスバレー、雁の助の北尾ドリラー(ファイアーサンダーというらしい)など、すでに相手選手に重大なケガを追わせた「実績」のある選手については、その技術の未熟さに対する自己懲罰の意味を込めて、3年間は自粛としてほしい(尾崎のライガーボムについても、これくらい厳しい規定がほしい)。それで切り札がなくなるような引き出しの少ない選手なら、引退した方がよい。これらの技を出したら、ファン全員でブーイングというのは、どうだろうか?

     こういうことを考えるとき、天龍のパワーボムや、橋本の垂直落下式ブレーンバスターは、かなり模範的な技だろう。天龍のパワーボムは、後頭部をたたきつけることよりもその後の押さえ込みに重点が置かれているし、橋本の垂直落下式は、かつてのキラー・カッル・コックス、ディック・マードックを髣髴とさせる「タイツをきっちり握った」落とし方である。垂直落下式は、背中で落とす”ただの”ブレーンバスターより説得力も危険度もある技だが、相手選手へのコントロールを失っていない点では、かろうじて合格ではないか。

     もっともいくら論議を尽くしたところで、この心のくもりは、しばらく消えることはない。プロレスの今後について、柄にもなく考え続ける日々が続くことになるだろう。 (97.8.29、15:13記す)

    ガイア・ジャパン8・30後楽園大会観戦記


     半日だけ東京に行けることになり、神保町での仕入れを済ませて、ふら〜と立ち寄ってみました、後楽園ホール。東大の院生時代は、プロレス好きの同期の院生と研究室で会ったら、そのまま後楽園になだれ込んで、その日たまたまやっている興業をみたりしていたので、久しぶりにその気分を味わってみたわけです。もちろんプラムの事件以来、自分自身がどうプロレスに関わっていけるかを確認するという意味もありました。

     やっていたのは、元クラッシュ・ギャルズ長与千種が主宰する団体、ガイア・ジャパン。デビュー2年程度の若手の頑張りがすばらしいと評価の高い団体ですが、今日は、若手同士でタッグを組ませて、ワンナイト・トーナメントが行われる予定です。

     6時30分開始のところ、6時くらいに指定席を買ったのですが、南側の後方4列目くらい。私の後ろからはわりとガラガラでしたが、立ち見席は混雑していましたので、まあ、満員マークでしょう。客層は男女半々か。男はともかく女性客は、やや落ち着いた感じのきれいな女性が多かった(ような気がします)。

     入場セレモニーで故プラム長与が挨拶。プラムの事件を引き合いに出し、けがをしている選手は勇気をもって欠場すること、しかし、プロレスの方向性(たぶん危険技に走る風潮をも含むと思う)を変えることはプラムだって喜ばないはずだ、といってました。なんか、割り切れない思い。しかし「賛否両論あることは覚悟している・・・」といいきった長与の決意の前には、言葉がでません。

     第一試合
    加藤園子               石井
    永島ちかよ ○(8分25秒、体固め) ×広田さやか

     なんといっても目につくのは、加藤園子選手の、腰からふとももにかけての充実ぶり。説得力がありまくりです。永島選手は、線は細いのですが、身体に芯がある感じ。技がキレます。広田選手はデビュー1年くらいですが、とにかくヒップアタック・オンリーの攻め。結果は永島選手がフットスタンプで広田選手に勝利。順当勝ちですが、ボディスラムの体勢にいくたびに、首から落とさないかとヒヤヒヤもの。結局、メインエベントまでボディスラムはみな、基本に忠実な投げ方をしていました。

     第二試合
    植松寿絵                 里村明衣子
    シュガー佐藤○(18分5秒、ヒザ十字固め)  ×沼尾アキエ

     加藤選手とならんで、”ガイアの星飛雄馬”里村選手の、足腰の充実ぶりはすごい。筋肉質。硬そう・・・。一方、ネーミングは安易ながら柔らかそうな腰つき、胸元がセクシーな佐藤選手は、別の意味でずっとみていたい。ああ、ヒワイな自分を反省・・・。しかし第一試合目で、フットスタンプをくらってまけた広田選手が、お腹を押さえながらセコンドについていたのは、びっくり。下っ端はつらいが、健康管理もちゃんとしてほしいぞ。でも佐藤選手が勝ってくれたから、またあの腰つきがみれる、と大満足。里村選手が一試合しかみれなかったのは残念だけど。

     第三試合(二回戦)
    加藤園子               松本
    永島ちかよ ○(13分32秒、エビ固め) ×加藤天美

     加藤天・松本って、どっちも知らなかったけど、松本選手はとにかく力が強そう・・・。痩身の永島選手をアルゼンチンバックブリーカーでギブアップ寸前に追い込みます。第一試合では連携もほとんどなかった加藤・永島組ですが、ここで負けるわけにはいかないとばかりに逆転勝利。しかし、ここまでみた感じだと、まあ、しかたない面もあるのです、どの試合も同じような「色合い」。先日まで存在した、Ozアカデミーとか北斗派といった派閥を解消するようなタッグチーム編成なのですが(しかしなぜ?)、かえってどのチームも似たような、”元気にがんばる”ファイトにみえてしまう。さすがに4試合全部これだと、正直いって疲れてきます。

     第四試合(決勝戦)
    植松寿絵               ×加藤園子
    シュガー佐藤○ (20分16秒、原爆固め) 永島ちかよ

     加藤・永島は15分くらい休憩したあとの本日、3試合目。こんな過酷な試合日程で大丈夫かなあ、と心配してしまいます。しかし、危惧していた危険技については、彼女たちが中堅ともいえない若手選手であることもあり、そんなにでません。後頭部を打つ危うさを感じたのは、トップロープからの合体バックドロップくらい、それも乱発するわけではないので、安心してみていられました。最後は、佐藤選手が加藤選手にドラゴンスープレックスを決めて優勝・・・。さすがに効いたらしく、加藤選手は自力で立ち上がれず、退場。ヒヤっとさせられます。

     と思ったら、先ほどまでチームを組んでいた佐藤と植松が髪の毛を掴んで、いがみあっています。何事かと思っていたら、優勝チームは勝利者同士が戦って、勝った選手はWCWクルーザー級とかいうベルトに挑戦できるらしい(相手は全女か?)。休憩前に突如決まったことらしく、「おいおい、聞いてないよ〜〜」とはとなりに座っていた観客の声・・・。もういい加減、若手の試合に飽きていた私もうんざり。でも佐藤選手をまた観られて幸せ。しかも佐藤選手は、裏拳から体固めで勝利。加藤選手に続き、植松選手もグロッキーで背負われて退場・・・・・・。またしてもヒヤヒヤもの。佐藤選手、キュートな身体つきだけど、やることはエゲツない。

     しかし決勝に出た4選手は、結局一日三試合・・・。結構な長丁場だったので、心配してしまいます。

     第五試合(WCWクルーザー級選手権挑戦者決定戦)
    シュガー佐藤○ (4分28秒、体固め) 植松寿絵

     第六試合
    長与千種○               ×山田敏代
    北斗晶  (7分42秒、ランニングスリー) KAORU

     メインは全員、全女出身・・・。試合展開は奇襲攻撃をかけた山田・KAORUが北斗に一方的な攻勢。バックドロップ5連発くらいからリバース・ゴリー・スペシャルと危険技のオンパレード・・・。北斗、秒殺か??と観客も沸き立つが、長与のカットでなんとか窮地を脱します。しかし、KAORU選手、非常にナイスなプロポーションです。それはともかく、形勢を挽回した長与・北斗は、ダブルの雪崩式トペコンヒーロを試みる、というか北斗が長与に強要。いやがる長与に無理矢理、やらせます。これで一気になごむ会場・・・。試合は長与がランニングスリー(走りながらのサンダーファイアーパワーボム)を決めて勝利。しかし、危険技が乱発された試合で、みていてヒヤヒヤの連続でした。あー、心臓に悪い。

     試合終了はジャスト9時。おー、結構早く終わったやんけ、と思っていると、長与がマイクを掴み、なにやらしゃべりだします。どうも9・20で長与と対戦するアジャ・コングが会場に来ていた模様。先輩の特権か、「お前、記者席で金払わないでみてんじゃねえよ」とか「袋叩きにしないからリングに上がってこいよ」とか挑発、というより、からかって遊んでいる(笑)。あこがれの先輩に恐縮しまくっているアジャは、ほんとに恐縮しまくりながらリングに登場。長与に続き、北斗も、「アジャは金もってるよ〜〜」、「アジャ、手ぶらできてんじゃねえよ」とか「お前のアパートの保証人になってやったの、誰だっけ?(北斗のオヤジらしい・・・)」と口撃・・・。長与も、「うちのリングは袋叩きにはしないけど、精神的にはキビシイんだよ。私だって北斗にイジメられてるし・・・」と返して、思いっきりなごんだ雰囲気に・・・。「おいおい、GAEAって、思いっきりアットホームやなあ」とは、となりの観客の弁。もうちょっと構成をうまくやれば、ほとんど漫才のような展開。最後には一応まじめに健闘を誓う握手をしたのですが、もはや、なごみまくり、キレてしまった緊張感は元には戻りませんでした、とさ(笑)。この時点で9時15分。結局、試合時間の2倍以上も、おしゃべりだけで費やされてしまいました。

     (総括)

     元全女勢の試合は、まさに絵に描いたような全女の試合(=危険技の連発)。しかしみないい年のせいか、試合時間は短い、短い。一日三試合こなす若手におんぶにだっこですね(なんてたってメインエベントが一番、試合時間が短い←オマケの第五試合を除く)。良くも悪くも、若手中心の団体との感をもちました。しかし、わずか二年で団体をここまでにした長与は、たしかに名伯楽かもしれない。昨今の全女危機も、直接的には経営悪化が原因ですが、全女の若手は明らかにレベルが落ちているんですよね。それも全女の経営危機の一因になっているのではないでしょうか??今、ガイアの若手連中と全女の若手が対抗戦でもやったら、8-9割はガイア勢が勝つと思われます。このような評価をファンにさせてしまうだけでも、二十五歳定年制で心ならずも全女をクビにされた長与の、全女に対する「恩返し」という名の復讐が、確実に実を結んでいるなー、と思いました。 (97.9.1、17:07記す)

    高田延彦、ヒクソンに敗れる!
    ”プロレス最強幻想”の落とし前


     10月11日(土)、東京ドーム。午後9時15分。私は、内野席上方の窮屈な椅子から立ち上がれず、呆然としていました。

     猪木以後、プロレス界で「最強」を自負するに値する男の一人、高田延彦(キングダム)が、406戦無敗のバーリ・トゥード王、ヒクソン・グレイシー(ヒクソン・グレイシー柔術)に、まったくいいところなく敗れてしまったのです。

     ほんの10分くらい前までは、結構、いい感じでした。緊張感みなぎる表情で入場してきた高田、その脇を固めるセコンドは200%男の安生洋二と、なんと宮戸優光!!。Uインターを追放されて中華料理のコックをしているともっぱらの噂でしたが、かつて高田の参謀といわれた男が恩讐をこえて集ったのです。感動せずにはいられませんでした。戦前の予想は圧倒的にヒクソン有利。私の予想でも、まず9割方ヒクソンの勝利は動かないと思っていましたが、高田の表情と宮戸の出現に「これはひょっとすると、ひょっとするのでは・・・」という期待を抱かずにはおれないのでした。

     、高田が勝つ(あるいは引き分ける)数少ない可能性は、次の点にあるのではないかと戦前、私は考えていました。

     (1)不用意にキックを放たない(接近されてマウントポジションに持ち込まれるのが関の山)。
     (2)相撲のような組み合いから、もつれて倒れるときに高田が上になる。そうすれば少なくとも「マウント→ボコボコ→スリーパー」の最悪パターンにはならない。
     (3)もし仮にヒクソンに上になられ(マウントをとられ)たら、とにかく腕を掴んだり密着したりして、5分経過のラウンド終了をまつ。

     しかし、結果的に高田が成功(?)したのは、(1)の点だけでした。

     中腰でヒクソンの周りをぐるぐるまわる高田。じりじり追いつめるヒクソン。2分くらい経過したでしょうか、コーナー際でクリンチ状態になります。足をとってひっくり返そうとするヒクソンに対し、ロープを掴んで抵抗する高田。しかしこの試合ではロープ掴みは反則ということで、注意1が高田に与えられます(罰金100万円)。いったん離れたが、またもクリンチ状態となる両者。高田はタックルを切ったような形でヒクソンの首を上から掴み、頭部へのヒザ蹴りを狙いますが、当たらないままにヒクソンが両足タックルのような形でグラウンドへ。

     「ああっ」と思った瞬間にマウントポジションをとっているヒクソン・・・。「あああああ−−」という溜息の大合唱。しかし、なぜ、あの体勢からいきなりマウントにいけるのか、ヒクソン。すごい技術です。

     ヒクソンはマウントパンチ。高田はパンチを耐えつつ、ヒクソンの身体に抱きつくように密着します。局面を打開できる防御ではないにせよ、密着して殴らせなければラウンド終了を待つことができます。もはや、ただひたすらラウンド終了を待つ観客(とその中にいる私)。

     と思いきや、ヒクソンの身体が一瞬、浮きます。どうやら腕ひしぎに切り替える模様。正直いって、ほっとしました。マウントパンチならいざ知らず、裸での腕ひしぎの掛け合いはプロレスのグラウンドでもよくみられる光景です。まして腕ひしぎは高田の得意技、自分の得意技の防御くらいは知っているだろう、と思ったのですが、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、あっさり決まってしまいました。

     一瞬にして、身体中の力が抜けてしまいました。トシがいもなく落胆する私。観客がぞろぞろとかえりかけますが、まったく動く気にすらなりません。

     負けた瞬間にそそくさと退場していった高田。ヒクソンが勝利者インタビューを受け、チャクリキジムの人が英語でマルコ・ファスとの対戦をヒクソンに要求していたのですが、もうそんなことは、どうでもよい。はっきりいって大きすぎる衝撃でした。

     このプロレス日記でも、何回語ってきましたが、私は「プロレス=最強格闘技幻想」の信者です(でした)。思い返せば20有余年前、アントニオ猪木、新日本プロレスの提唱する「キング・オブ・スポーツとしてのプロレス」、「最強格闘技としてのプロレス」、「ストロング・スタイルのプロレス」という理念こそが、私をプロレスファンでいつづけさせた要因でした。ふだんは八百長もある、演出もあるプロレスだけど、本気を出せば、ノールールならば、どんな格闘技にも負けない。それがプロレス最強幻想の核にある理念です。ストロングスタイルの提唱者・猪木の力が衰えてからは、前田・高田・藤原のUWF、高田の「最強」理念、パンクラスの格闘技志向、橋本・武藤の地力などに、プロレスの「強さ」の幻想を付託してきたわけです。

     93年のアルティメット大会・グレイシー柔術登場以降、プロレス最強の幻想は、「真実」と対置される意味での「幻想」になっていきました(私は唯幻論者なので、あらゆる想念は基本的には幻想だと考えているのですが)。むろん私として、はじめからプロレスだけが最強、などと思い上がったことはありません。ただ空手や(キック)ボクシングや柔道や相撲と比較したときに、ルールが限定されなければプロレスのほうが相対的に有利だし、実際プロレスラーは強いだろうと考えてきたわけです。しかしジェラルド・ゴルドー、ウェイン・シャムロック、市原海樹(大道塾)、北尾光司、ダン・スバーン、西良典、山本浩一郎、中井裕樹(シューティング)、ビガロ、ナガサキ、安生洋二といった、プロレス雑誌でもみかける名のある格闘家が、次々とグレイシー一族やアルティメット大会で敗れるのをみるにつけ、グレイシーの強さを認識させられ、「プロレス危うし」との感を抱くようになってきたのでした。

     しかし、それでもかろうじて救いはありました。アルティメットやグレイシーに敗れたプロレスラーは、「最強」を名乗る資格のない「本物の」レスラーではない、といえる(今から思うと、「強弁できる」)からです。私にとって「最強」を名乗る資格があるのは、プロレスの神様カール・ゴッチの教えを受け、全員が「最強」目指して切磋琢磨しているストロングスタイルの牙城・新日本プロレスの道場出身者です。彼らならなんとかしてくれるのではないか、という希望がありました。具体的には猪木、藤原喜明、木戸修、長州、前田日明、高田延彦、山崎一夫、船木誠勝、鈴木みのる、武藤敬司、橋本慎也といった面々なら、グレイシーに勝てるかもしれない、いや勝ってくれるはずだという、すがるような期待がありました。

     中でも高田は、そうした幻想の筆頭格です。猪木の「世界最強」理念を継承し、いつなんどき道場破りが来ても勝てるように練習を積み、グラウンド・打撃ともにバランスのとれた強心臓男・高田延彦。ボクシング元世界チャンピオン、トレバー・バービックを試合放棄に追い込み、北尾・ベイダー・ハシミコフを破り、武藤・天龍とは一勝一敗、橋本には敗れたものの格闘家としてのバランスではひけを取らないと思わせた高田。年老いた前田はいまでは「言うだけ番長」化していますし、素直にプロレスの実力不足を認め、グレイシー対策に余念のないパンクラスの船木も、「現時点では」勝てそうにない。とりあえず高田で勝てないでだれが勝てるんだと思えるほどには、高田はレベルの高いレスラーだと思うのです。

     その高田が、あれほどあっさり負けてしまった。完全に、完璧な、完敗です。勝てる要素はまったくありませんでした。特にグラウンドの攻防(というより防防)であれほど弱いというのは衝撃的です(もちろんヒクソンが強すぎるのですが)。これまでやってきた道場での練習や、腕ひしぎの攻防はいったいなんだったのでしょう。少なくともこれで、前田も長州も、「あいつ(=高田)は本物じゃないから負けたんだ(=だからグレイシーも大したことない)」という言い訳は通用しなくなるでしょう(特に高田に一度ならず負けている前田は・・・)。

     しかし、私は高田を攻める気にはなれません。いやむしろ、負けを恐れず、勇気をもってヒクソンと対峙した高田には、感謝したいくらいです。高田はある雑誌で、「培ったもので勝負します。自分のスタイルがどれだけのものか、というのをぶつけるんであって、柔術に近づいて勝負するわけじゃない」、「自分はどんなときでも肩書きはプロレスラーです」と発言しています(『紙のプロレス・ラディカル』No.5)。「プロレス最強説」を信奉する限り、この態度はまったく正当なものだと思うし、「戦わずして最強」という看板倒れに陥ることを防いだ点でも、潔いです。これは高田なりの「落とし前」のつけ方だったのだろうと思う。古い話ですが、もし高田がUWFに出奔せず新日本プロレスに残っていれば、高田は現在の武藤・橋本以上のスターとなっていたかもしれない。そういう約束された地位を捨てて、エンターテイメントではなく「強さ」を求めて戦ってきた男です。彼にとってのプロレス人生とはいったい何だったのかを、彼自身確認したがっていたのではないかと思います。ならば、20有余年、プロレス最強神話という”夢”にしがみついてきた私たちのほうもまた、プロレス最強という夢の”落とし前”をつけるときがやってきたのかもしれません。

     とりあえず、まだショックから立ち直れていないので、この辺にしておきます。いや、この辺にさせてください・・・・(涙)。

                           (97.10.13、17:10記す)

     追記:この文章は、10月15日発売の『格闘ゲリラマガジン、高田vsヒクソン戦速報号』によせられているターザン山本氏の巻頭記事と、結果的に主旨が良く似た文章となってしまいました。私もいつの間にか、ターザン山本氏の「活字プロレス」に思考回路まで洗脳されてしまっていたのでしょうか(笑)。







    猪木引退によせて


     プロレス日記も久しぶりです。高田−ヒクソン戦のショックがずーっと尾を引いていたのですが、猪木が引退するとあっては、やはりひとこと送別の辞を送らないわけにはいきません。

     とはいっても、実は猪木が本当に引退するとは、全然信じていないわけです。日刊スポーツは「猪木・国内最終試合」と報じたそうですが、それも怪しい(^ ^;;)。「新日卒業試合」くらいの方が、実態に近いんではないかと思うわけです。

     ただ私の中では、猪木はもう何年も前に引退していました。猪木の実質的引退試合は、89年の最初の東京ドーム、ショータ・チョチョシビリ戦での敗北と思ってますし(これぞ「猪木よ、死んでくれ!」の妄念が結晶された試合)、参院議員になってからは、身体もやせ、とてもプロレスラーのコンディションではなくなってました。95年1月東京ドームの「格闘技トーナメント」(猪木 VS ゴルドー、スティング、あの、トニー・パルモアもいた)にでかけたときも、すでに「もしかしたら、ナマ猪木を観られるのもこれが最後かもしれない」という思いでいたくらいですから、それからいままでよくもった、という感じがします。これからまだ、猪木の格闘技人生にはひと山もふた山もありそうに思えてしまうところが、相変わらず凄いですよね。

     例の、猪木−フライ戦について、外野はいろいろいうことでしょう。フライのマウント・パンチは全然頭部を狙ってないし、マウント・ポジションがあんなに簡単にひっくり返されるのも、不自然です。あの試合を「バーリ・トゥード・ルール」とみるなら、八百長といわれても、言い返す言葉はありません。議員になってからの猪木は、相手のよさをひきだすというより、相手に良さを引き出してもらっている状態でしたし(馳戦くらいからその傾向が顕著)、私の中では、相手にハンデをつけるのではなく、自らハンデを背負うのが「猪木の試合」でした。だからあの試合は、すでに「猪木の試合」とは呼べず、かといってバーリ・トゥードでもなく、割り切って普通のプロレス試合として観戦しなければならないのでしょう。もっとも、往年の必殺技をいくつも連発してくれましたし、55歳であれだけの戦える身体を維持しえていることのほうに、私は素直に尊敬心を抱きます。

     とかなんとかいってるんですが、猪木(仮想)引退を現実のものにして、私は、プロレスというジャンル全体を愛していたというより、猪木のプロレスを愛していたんだなあ、ということにいまさらながら気づいてしまいました。カミングアウトしちゃいますが、私が好きなレスラーは、藤波辰己(爾ではない)、船木誠勝、高田延彦、前田日明(彼の人生の矛盾しまくりはあまり認める気にならないけど)、グレート・サスケたちです。実はこの人たちは、みな「猪木」によって人生を狂わされた人たちです。猪木との関係をどう取るかが、今でも彼らにとっては人生の課題のようにみえたりもします。私は妄信的猪木信者ではなかったですし結局、私のプロレスに対する興味は「猪木」というフィルターを通して醸成されてきたものだったんですね〜。

     私がプロレスを見始めたのは、ちょうど20年くらい前。最初は、全日のミル・マスカラスやファンク兄弟に夢中になっていたのですが、いつの頃からか新日の試合に惹かれるようになっていきました。丁度、第一回MSGシリーズで、猪木vsボブ・バックランド戦をやっていたころです。いまでこそ会社としてのランクは、全日よりも新日のほうが上のようですが、当時は全日が外国人も豪華だし、権威あるNWA世界ヘビー級チャンピォンも登場するのに対し、新日は猪木一人でもっているようなところがあり、地味な感じでした。「権威の全日、反骨心の新日」とでもいうか。当時は、日本人側のエースが敗れることはまれで、特に馬場なんかは2,3年フォール負けなし、というのをウリにしてましたが、猪木はけっこう、しょっちゅう負けてたんですよね。タイガー・ジェット・シンの執拗なコブラ・クローやハンセンのラリアットでぶっとばされたりして・・・。幼な心には、やはりエースはヒーローですから、絶対に負けないんだ、という無根拠な思いこみはあったもので、猪木敗北シーンはかなりショックでした(ちょっと性的に興奮するくらいだったかもしれない)。しかし、つねに勝ち続ける馬場のほうに、次第に嫌らしさを感じるようになり、「敗北するかもしれない」可能性をつねに秘めた試合をする猪木に魅力を感じだしたのです。だから私は「馬場派」ではなく「猪木派」でした(笑)。

     やっぱり猪木の素晴らしいところは「幻想」を振りまき続け、そしてそれに一定のリアリティを与え続けてきたところですよね。ひところ、関東での新日の試合では「世界最強の男・アントニオ猪木」というのぼりがいつもリングサイドに現れてました。これには二つの意味があり、一つは「プロレスは最強格闘技である」、もう一つは「アントニオ猪木は最強のプロレスラーだ」という、いまとなっては噴飯ものの妄想が、大手をふってまかり通っていたわけです。毎日、無名の三流外国人を相手にしながら「我こそは最強レスラーである」という妄念をもちつづけた猪木・・・素晴らしいじゃありませんか。結局、長州・藤波の世代闘争・師匠越えや、橋本の闘魂伝承路線にいまいち魅力をかんじないのは、それが所詮、狭いコップの中の話じゃないかと思えてしまうからなのです(nWoみたいに「狭いコップの話で何が悪い!」と開き直られれば、それはそれで許せます)。

     結局、高田−ヒクソン戦のときに、なぜ私は、あれほど落ち込んだのか? 要するに、私は、「プロレスは最強格闘技である」、「猪木の遺伝子を継いだものが最強プロレスラーである」という幻想が、はんぶん妄想であることを承知しながら、どこかでそれへの固執を断ち切れなかったんですなあ。いまでも「猪木ならヒクソンに勝てるかも!」とせつない妄想に耽ってしまうことがあるのです。しかしおそらく「新日本の猪木」はこれで終わる。そのことによって私の中でも、憑き物が落ちたように、それらの幻想へのこだわりがなくなっていくような気がします。

     そうなったときに、どういう形でプロレスを愛していくことができるのか。これは大きな問題ですけどね。        (98.4.9、14:47記す)


    今更ながらカズ落選について


     サッカー・ワールドカップが開幕し、すでに落ち着きをみせた感はありますが、日本代表22名の中から「キング・カズ」こと三浦和良選手が落選したことは、久々にスポーツ界に大きな波紋を投げかけました。

     W杯出場という夢物語を現実的なスケジュールにのせ、日本代表をここまで引っ張ってきた功労者に、フランスの土を踏む資格さえ与えなかった岡田監督の采配に対し、「カズがかわいそう・・・」「非情な采配ではなく非礼な采配」という非難が投げかけられたし、他方では、「これぞW杯の厳しさ。岡田監督よくやった」という声もあります。

     しかし私は、この事件に関しては、両者ともに傷がつかなかったとみています。

     W杯の予選の時から既に、点をとれず、かつてのトリッキーな動きにも陰りがみえてきたカズを外せ、という声はありました。カズももう三十一歳。力の衰えはもはや隠すべくもない。実際、予選後の試合でもカズは結果を残せてません。純粋に実力の面でいえば、カズ落選は、ある意味では順当な結果といえましょう。

     しかしやはり、日本サッカー界の功労者カズにW杯出場の夢をかなえさせてあげたかった、という思いは、カズと同年代の私にも、少なからずある。カズ擁護の議論は多くがそうした感情からもたらされるため、「国際経験のあるカズは精神的支柱として必要だ」という精神論や、「25人連れていって22人残すという方式が間違っている(あるいは非情だ)」という議論になってしまう。しかし実は、真の意味での国際経験を積んでいるのはカズよりも、アトランタ五輪の川口・中田・城、U20の小野・市川の世代なわけで、最初の議論にも実は説得力はない。二番目の論点はカズ以外に外された人間、たとえば市川に対しては全く投げかけられないことを考えると、これはダブルスタンダードのきらいがある。いずれにせよ、論拠としては説得力に欠けるわけです。

     私もたしかに、カズに同情したい気持ちもある。しかしカズの落選はフェアに決定されたとしかいいようがない。その意味では、まだ救いがあるのです。カズの実力衰退は誰の目にも明らかであり、その中で苦渋の決断を下した岡田監督の判断力・実行力は、やはりすばらしい。カズを外すこと(しかもその上でW杯に敗れること)がその後の自らのサッカー人生にもらたすリスクを考えれば(少なくとも読売グループからはいつまでも恨まれるだろう)、なあなあの選択でカズを残すことが一番楽だったはずです。これぞフェアな選択だと言いたくなる。選考がこれくらい実力本位にフェアに行われるならカズだって、今後もチャンスがなくはない。ふたたび往年のキレ味を取り戻せばいいだけなのだから。

     はっきり言って世の中には、実力通りに決まらない選考なんてのは、いくらでもある。はなはだ僭越な表現であり、傲慢と非難されることを覚悟の上でいえば、私だって、そういうアンフェアな選考の前に、何度も泣かされている。ま、そりゃとる側にはいろんな理由があるのだろう。選考分野とか年齢とか性別とか、あるいは相性とか(^ ^;)。しかし、少なくとも選考分野が合わないという、ただそれだけの理由で落とされるのには納得がいかない(逆にいえば、選考分野が合いさえすれば、どんなにしょうもない奴だって選ばれる可能性があるわけだから)。社会学は、基本的に社会的事象であればすべてが研究の対象になる「なんでもあり」の世界です。社会学者としての評価は、選考分野ではなく、どういう知的貢献を果たしたかで決定されるべきだと、私は考えてきました。一言でいうなら、「ジャンルに貴賎はない。けれどもジャンルの中には貴賎がある」というのが、私の基本的スタンスです。しかし、最終選考まで残りながらも落とされるのがほとんど10校近くまで達してしまうと、単に自分の実力不足が理由で落とされたとは、どうしても考えにくくなる。仮にアカデミズムに、そういう実力本位主義が成立していないとするなら、それは不健全だとあえて言い切りたい。

     しかし私のような大学アカデミズムから外れた研究をやっている人間にとっては、公募で落とされることは結構、つらいことなのです。なぜなら、自分がその後、こういう分野で研究していくことについて迷いが生じてしまうからです。純粋に知的能力・実績で落とされたのならば、事は単純です。要は自分に能力と実績を蓄える努力をすればよいだけだから。しかし後になって、「実は落ちた理由は選考分野だった」などという話を伝え聞いてしまうと、非常に複雑な思いになります。自分に実力と業績があればいいんだ、とセクシュアリティ研究に邁進すればするほど、アカデミズムへの就職からはかえって遠ざかりかねないという懸念が生じてしまうからです。「こんな研究やってて就職できるのかな?」と、研究への意欲がくじけそうになるのです。いっそそれならセクシュアリティ研究などやめて、情報化社会論や家族論や地域社会学といった、(失礼だがバカでも)就職できそうなテーマに鞍替えしようと思ったことは、一度や二度ではありません(あ、当然のことながら、情報化社会論や家族論や地域社会学をやっている人がみんなバカだと言ってるわけではありません。念のため)。

     そういう観点からみると、カズは恵まれている。岡田監督の落選のさせ方がフェアだったからです。カズには、「自分はもうトシだ」などと老け込まないで、もう一度、自分の力を信じて四年後のワールドカップを目指してもらいたい。

                                (98.6.15、13:06記す)






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