アトム ノ シアワセ
アトムの「幸せ」って何でしょう。

オリジナル版の「今昔物語」を読んだとき、とても切なかったのが、 アトムの「あたらしいぼくがしあわせになるんだ」という言葉でした。

あの時のアトムは、その時間が彼の生まれた「過去」につながっていたのを知っていたはずです。

天馬博士に、息子の身代わりとして造られ、愛され、捨てられたこと。
ロボットであるがゆえに、たくさんの差別や無理解に遭い、感情を持つがゆえに、数え切れないほどの悲しみに出会ってきたこと。

果てしなく戦いを繰り返し、幾度も壊れ、そして再生されてきたこと。

その過去を、アトムは覚えていたはずです。

それでも、彼はその自分の誕生を、「幸せになる」存在だと、言祝いだのでしょうか。
ああまで、晴れやかに。

それなら、「アトムの幸せ」とは、いったい何なのでしょう。


アトムは、ロボットの両親を贈られて、大喜びしました。
学校へ楽しそうに通い、事件が続いた時には、勉強がしたいと訴えたこともありました。

けれど、たとえば、毎日学校へ通い、友達と遊び、学び、家へ帰って両親と団欒の時間を過ごす。
そんなふうな平穏な時間を、毎日繰り返して過ごすことだけが、彼の幸せだ…とは、思えないのです。


「アトム」という名を得てからの彼の時間は、多分、事件の連続でした。
人間のために、ロボットのために、そして人間とロボットの間を繋ぐために、 アトムはいつも、力を振り絞って戦っていました。


アトムの幸せ-2-