斯くも長き不在

御崎 濯     




 メイが最初にそのことに気づいたのは、夕食時の食堂だった。
その日の晩ご飯、肉団子のシチューとトマトサラダ、それにいつものパンと、今日はデザートについてきたリンゴ一つをお盆に載せて、食堂の中を見渡す。
(…あれ?)
いつも、盆を受け取ると、こうして食堂の中を見回す。そして、見慣れた亜麻色の髪を見つけて、その隣か、向かいに腰を下ろすのが日常になっていた。
この異世界にやってきて、魔法研究院での生活にもずいぶん馴染んできた。普段挨拶を交わしたり、雑談をする程度の相手はけっこういるけれど、やはり一番一緒にいる時間が長いのは、保護者役のキールだ。自然と、食堂でも近くに座ることになる。
その彼の姿が、今日は見あたらない。
食堂はいつもかなりごった返しているけれど、彼を見つけるのはそんなに難しくはない。
緋色の肩掛けをしている魔導士そのものが人数は少ないし、しかも彼を除いてみんな30代以上だ。家庭を持って街に住んでいる人が大半で、夕食まで研究院でとっている人はほとんどいない。
(また、かな)
メイは、少し首を傾げると、あきらめて手近な空席に腰を下ろした。
キールが、研究に熱中して食事をすっぽかすのは、さほど珍しいことではない。
「キール、晩ご飯、食べたの?」
「…ああ、忘れてた」
そんなやりとりをいくども繰り返したものだ。
メイは、身体に悪いよ、と言ってやったりするのだが、キールはいっこうに聞き入れようとしない。
(まったくもー、何がそんなに面白いんだか)
とりあえず自分の夕食に専念した後、メイはキールの部屋を覗くことにした。
彼の分にとリンゴを一つ確保して、軽く放り上げては受け止めながら廊下を歩く。いつものドアの前にたどり着くと、とんとんとノックをした。
けれど、答えは返ってこない。
(…あれ?)
メイは、また首を傾げる。もう一度、扉を鳴らしてみる。やはり、返事はない。
(まさか、寝てたり?それとも、倒れてたりしないでしょーね)
普段あれだけ不摂生をしているのだから、そんなことになっていても不思議はない。
メイは、思い切ってドアを押し開けた。
中は、真っ暗だった。この時間なら、いつもは当然ライトの明かりが灯っているのに。
メイは、覚えたての光の呪文を唱えてみた。何度か失敗して、閃光弾さながらの光を生み出してしまったりしたこともあるのだが、今回はうまくいったらしい。
部屋の中をふわりと照らし出す魔法の灯りを掲げて、メイは部屋の中を見回した。
誰もいない。
机の前は空っぽだったし、ちょっと危惧していたように、床にキールが倒れていたりもしなかった。本当に、無人だ。
メイは拍子抜けして、もう一度部屋の中を見回した。
「…家に帰っちゃったのかな」
こんなに早くに彼が帰宅するなんて、ちょっと考えにくいことではあるけれど、まあ、ないとは言えないかもしれない。一応念のために、部屋の片隅にある衝立の向こうを覗いてみる。そこに置いてあるソファベッドは、やはり空だった。
なんとなく、腑に落ちないものを感じながらキールの机に歩み寄る。
例によって本だの巻物だのが積み上げられているが、ペンはスタンドにおさまっているし、書きかけで出しっぱなしになっているものもない。
(…やっぱ、帰ったのかな)
仕方がないのでそう結論づけると、メイはキールの部屋を出た。

メイは今日、本日が期限の課題を(珍しく)昼前にキールに出して、そのまま遊びに出かけていた。
戻ってきたのは門限ギリギリだったが、とりあえずセーフだった。
夕食前にいったん部屋に戻ると、机の上にまた課題の本が置いてあって、その表紙を見てうんざりした。
「なによー、こんなに早々に置いとかなくてもいいのに」
食堂で会ったら、そう言ってやろう。あ、でも、今日出した課題の採点、まだ聞いてなかったっけ。それはちょっち聞きたくないかも、などと葛藤しながら、夕食に出ていったのだが。
(ま、そーいうヤなことは、明日でもいっか)
メイはそう気分を切り替えると、その日はベッドに潜り込んだのだった。

(…あれ?)
翌朝の食堂で、メイはまた首を傾げた。
やはり、キールの姿は見えない。
(まあ、昨日家に帰ったのなら、家で朝ご飯食べてくるか)
そう気づいて、また彼女は一人で腰を下ろした。
しかし、午前中の講義の帰り、思いついて彼の部屋を覗いたメイは、もう一度首を傾げることになった。
(…いないじゃん)
キールの部屋は、昨夜見たときのままに静まり返っていた。
遅刻にしても、大胆すぎる。いや、大体研究中毒のキールが、こんな時間までさぼって出てこないなんてことがあるはずがないのだ。
ヘンだな、とは思った。
が。
(らっき、今日は堂々と出かけられるっ)
連日遊びの予定を入れてあって、実はどうやって彼の目をかいくぐろうかと苦慮していたメイは、ちょっと幸運だと思ったのだった。
そう、その時はまだ。

今日の約束は、ディアーナとのお茶会だった。実は、うまくいけばお忍びで外に出ようね、とも約束をしていたのだが、それはその日の成り行き次第だったりする。
王宮にやってきたメイは、半ば顔パスでどんどん中へ入り込んでいった。中庭を横に見て、回廊を巡り、王族の住まいである奥の宮に向かいかけて、メイは見慣れた姿が前を行くのに気づいた。たたっと小走りに駆け寄ると、その背中をぽんと叩く。
「やっほー、アイシュ」
「あ、メイ〜、こんにちは」
振り向いたぐるぐる眼鏡の文官は、いつものようにおっとりと微笑んだ。小脇に、例によって書類の束を抱えている。
「お仕事、ご苦労さんっ」
「いえいえ〜」
アイシュはにこにこしながら、前に書類を抱えなおした。
「メイは、姫さまの所ですか?」
「うん、お茶に呼ばれてるの」
「そうですか〜、それで、お菓子の注文があったんですねぇ」
「え、じゃあ、今日のお菓子はアイシュ製?」
メイは、瞳を輝かせてアイシュの顔を見上げる。
「はい、クッキーとマドレーヌをお作りしました〜」
「やった、らっきー!」
小さくガッツポーズをするメイに、アイシュはにっこり微笑む。
「お気に召すといいんですけど」
「召す召す、もーばっちり。アイシュのお菓子、おいしいもんねー」
メイは、嬉しそうに笑い声を立ててから、あ、と彼の顔を見上げた。
「じゃあ、キール、昨日はやな顔してたでしょー、家中、甘い匂いで」
くすくす悪戯っぽく笑いながら聞くメイに、アイシュは少し首を傾げて見せた。
「いえ、キールはゆうべは帰ってませんから〜」
「え?」
笑顔のまま、メイは聞き返す。
「昨夜も、その前も帰ってませんよ〜?研究院に、いたんじゃないんですか?」
アイシュは、ぱちくりと瞳を瞬かせながら、逆にメイに尋ねる。
「…え、ええと…?」
(どういうこと?)
一瞬混乱しかけたメイの気配を感じ取って、アイシュが血相を変える。
「…ま、まさか、キールに何かあったんですか〜!?姿が見えないんですか!?」
「あ、や、ううん、ち、違うって!」
メイは慌てて両手を振った。
「違うの、あたしの勘違い!うん、そう、ゆーべは一緒にご飯食べたからっっ」
咄嗟に言い繕うと、メイはにっこり笑顔を作って見せた。
「じゃ、じゃーね!あたし、ディアーナが待ってるから!」
急いでそれだけ言うと、アイシュが何か言う前に走り出す。
背後で、アイシュが呼び止めようと声を掛けたようだが、メイは立ち止まらなかった。
早足で王宮の廊下を歩きながら、なんだか、訳もなく不安になる。
(…なんてことないわよ、きっと…何かの用事で出かけてるのよ)
今までだって、キールが出かけることがなかったわけではない。
(そりゃ…用事ったって、せいぜい王宮書庫とか、街の道具屋くらいだけど)
だけど、キールだって子供じゃないんだから、一日姿が見えないくらいでどうと言うことはない──はずだ。
メイはぷるぷると首を振ると、わき起こる不安を払い落とそうとした。

けれど、メイはお茶会の途中、ディアーナに不思議そうな顔をされる羽目になった。
「どうしましたの、メイ?何か心配事ですの?」
「え?う、ううん?どうして?」
「だって、なんだかぼんやりしてましてよ」
そんなことないよ、と笑ってみせるのだが、つい意識がキールの事に向いてしまう。
結局、メイがそんな風に注意力散漫だったのと、侍女たちの警戒が手強かったせいもあって、お忍びは断念することになった。
お茶会をお開きにし、王宮を出て、研究院に向かいながら、メイの目は何となく通りをうろうろ彷徨っていた。
いる訳はないと思うし、見つけられるとも思わないけれど──ふと、どこかにあの見慣れた緋色の肩掛けを探してしまう。
(…きっと、帰ったら、先に戻ってるわよ。んで、昨日の課題のことでまたぐちぐち嫌みを言うに決まってるんだからっ)
メイは、そう自分に言い聞かせながら帰り道を急ぐのだった。

研究院にたどり着き、外からぐるりと見渡して――メイは、少し気落ちした。
キールの部屋の窓は、暗いままだ。
(…もしかしたら、暗くなりかけなのに気づかないで、本に熱中してるのかも)
今までにも、何回かそんなことがあった。
メイは、研究院の入り口のホールを抜けて、上級魔導士たちの研究室のある棟へ足を運んだ。短くドアをノックして、一瞬耳を澄ませてみる。
やはり、答えは返ってこない。
メイは、そっとドアを押し開けた。日の落ちた後、夜の帳が降りきる前の、青い薄闇が部屋の中を淡く染めている。
(…やっぱ、いないんだ)
少しためらってから、メイは中へは入らずに引き返した。
もう、食堂に行ってるのかも、とさほどの期待もせずに出向いてみたが、やはり彼の姿はない。仕方がないので、ついでに夕食にしてしまおうと、メイはちらほらと姿を見せ始めた魔導士たちに混じって、食事の盆を受け取った。
席を取ろうとして、ふと見慣れた顔に目を留める。
クレイグという名の、青い肩掛けの魔導士だった。あまり味方の多いとは言えないキールに対して、割と好意的な方に入る、数少ない人間の一人である。メイも、何度か話をしたり、一緒に作業したりしたことがあった。
メイは盆を捧げ持って、ぴょこぴょこと彼の方に近づいていった。
「こんばんは、クレイグさん」
メイよりはかなり年かさなので、彼女は彼をさん付けで呼んでいる。
「やあ」
その夜のメニュー、チキンのマスタード焼きを切る手を止めて、彼は顔を上げて微笑んだ。
「ここ、いい?」
「もちろん。…おや、キール=セリアンは一緒じゃないのかい」
「うん」
メイは、クレイグの向かいに腰を下ろす。
「ちょっち前から、姿が見えないの。クレイグさん、知らない?」
「いや、知らないな」
クレイグはチキンを口に運びながら、そう答えた。
「変だよねぇ、昨日の夜からずっといないんだよ」
「家に帰ってるんじゃないのかい?」
「ううん、アイ――お兄さんは帰ってないって言ってたし」
へえ、と頷いて、ひとの良さそうな彼は、少し眉を寄せてみせる。
「特に、外に出るような仕事の予定はなかったと思うけどね。それに、緋色の肩掛けがかり出されるような大ごとがあったなんて、聞いていないし」
「…うん」
メイは、チキンをごしごしと引ききりながら頷いた。
彼女自身は、昨日の昼間は出かけていたから知らないけれど、クレイグがそういうのなら、特に事件はなかったのだろう。騎士団で事故があったり、町中で火事とか大怪我があると、研究院に呼び出しがかかる。けれど、キールが二晩も帰れないような大きな事故があったのなら、他の魔導士が誰も知らないはずはない。
いつの間にか、眉間にしわを寄せて考え込んでいるメイに、クレイグは少し慌てたように言った。
「長老に聞いてみたらどうだい?私あたりじゃ知らないような仕事を言いつけられてるのかもしれないよ」
「んーー?」
ぱっと顔を上げて、メイは瞳を瞬かせる。
「…そっかな」
さらりと髪を揺らせて首を傾げると、とりあえず可能性の出てきたそちらの方に、メイは気持ちを切り替えることにした。
「うん、じゃ、聞いてみる」
「でも、もう長老は自宅に帰られただろうから」
「そっか、じゃ、明日にするね。…まあ、明日になったら、あいつも帰ってるかもしれないし」
こくりと頷くと、メイはチキンに専念し始めるのだった。

翌朝、長老の所に出向いたメイは、通りかかった魔導士に、当の長老の不在を告げられた。
「ええ?いないの?…まだ、来てないとか?」
重役出勤かな、とちらりと考えた彼女に、紫の肩掛けをした魔導士は首を振って見せた。
「数日前から、お身体の具合を崩してらっしゃるんだよ。ご自宅で療養中だ」
「え、病気なんだ──いつから?」
「だから、数日…2、3日前かな」
緋色とまではいかないが、それに次ぐ上級の魔導士は、メイの方をちらりと見た。
「まあ、長老も色々ご心労があるからな。…色々とな」
「悪かったわね」
ふん、とメイは胸を張ってみせる。
「とにかく、長老はしばらくお留守だ。療養の邪魔をしに行ったりするんじゃないぞ」
「はいはいっと」
胡散臭そうに眺める魔導士の視線を受け流すと、メイはきびすを返してそこを立ち去った。
セリアンも災難だよな、とぼそりと呟く声が聞こえたが、無視する。
メイは、中庭へ出ると、あたりを見回してちいさく息をついた。
やっぱり、今朝になってもキールは部屋にいなかった。
それで、昨日のクレイグとの話どおりに長老に尋ねに行ったのだが。結局、収穫はなしのままになってしまったわけだ。
うーんと瞳を空に向けるメイの耳に、遠くから微かに朝の2番目の鐘が響いてきた。
「やば、講義始まっちゃうっ」
メイは慌てて、講義棟の方に向かって駆け出すのだった。

午前中の講義を終えて部屋に戻ると、メイはベッドに座り込んでいた。
どうも、上の空で講義にも身が入らない。
(この調子じゃ、昼からも同じよねー)
昼食の時にも、何人かの魔導士にキールのことを尋ねてみたのだが、やはり彼の消息を知っている者はいなかった。
中には、どうして俺があいつのことなんか知ってなくちゃならない、と、不愉快そうに言い捨てる者もいた。さすがに、そこまで露骨にキールに対する悪意を見せる者はそんなにいなかったが、それでもたいていの者が、興味なさそうに、知らない、と言うだけだった。
(もーキールめ、人望ないもんだから、こーいう時に苦労するじゃないのよっ)
内心ぷんすか腹を立てながら、メイは研究院内部での探索はあきらめざるを得なかった。
腹を決めて、彼女は可能性を色々検討してみることにした。
(と言っても、あんまり考えつく事ってないけど)
キールが何日も出かけそうな所なんて、見当がつかない。
(っていうと──家に帰る途中で、なにか…あったとか)
あまり明るい考えではないけれど、事故にあったとか、事件に巻き込まれたとかいう事くらいしか、思い浮かばないのだ。
(もしも、事故とか事件なら、騎士団にいけば何か分かるかも)
そう思いついて、メイは立ち上がった。

当然午後の授業はすっぽかして、メイは騎士団に出かけてきた。
すたすたと中に入り込むと、親友の姿を探す。中庭の奥の方へ来た時、廊下の向こうから金色の髪がやってくるのを見つけた。
「シルフィスー!」
メイはぱたぱたと手を振りながら、そちらの方へ駆けていく。
「あれ、メイ」
一瞬目を見開いたシルフィスは、すぐににっこりと若草色の瞳を細めた。
「こんにちは、どうしたんですか?」
お互い講義や訓練があるのが分かっているので、シルフィスとはたいてい空き時間を打ち合わせて、外で待ち合わせることの方が多いのだ。
「ん、ちょっち聞きたいこと、あってさ。今、いい?」
「いいですよ、どうぞ」
シルフィスは、中庭の芝生の方へメイを誘った。
並んで腰を下ろすと、メイは早速切り出す。
「…あのさ、ここ2、3日で、何か事件ってなかった?」
「…は?」
いきなりの質問に、さすがにシルフィスは目を丸くする。
「あの、事件、って?」
「ん、うーんと」
メイは、ちょっと空を見上げて、頭の中を整理する。
「キールがさ、一昨日からいないの。…んで、なんか、事件に巻き込まれたとか、ないかなぁと思って」
「…はぁ」
シルフィスは、なんだか今ひとつ飲み込めない、と言った顔で頷く。
「でも、例えば、どんな事件です?」
「え、えーと…強盗にあったとか、誘拐されたとか…」
「…キールがですか?」
首を傾げるシルフィスに、メイもなんだか自信がなくなる。
「緋色の魔導士を襲う強盗なんて、そうそういるとは思えませんけど」
それはそうだ。下級魔導士でも、武術魔法を唱えられれば、そこらのちんぴら程度に歯の立つ相手ではない。最上級の緋色ともなれば、なおさらだ。それに、魔法で吹き飛ばされる危険を冒してまで襲うほど、実入りがいい獲物だとも思えない。
「…じゃ、なんか、事故とか。…どっかから落っこちたとか、上から何か降ってきてケガするとか」
「…キールなら、自分で治せるんじゃありませんか?」
シルフィスの当然の疑問に、メイはまた、う、と答えに詰まる。
キールは、治癒魔法に関してはクラインでも有数の使い手だ。自分で自分を治療するのには、魔力の効率や集中力の持続が問題になるので、他人を治療するほどの効果は望めないらしいのだが、それでも応急処置くらいならできるだろう。
「…うーん…」
メイは、他に思いつかなくて、腕を組んで唸る。
「昨日は、私が巡回で、今日はガゼルが出てます。よくある小競り合い程度なら見かけましたけど、大きな事件とか事故はなかったようですよ」
シルフィスは、首を傾げて、少し申し訳なさそうにそう言った。
「そっかー…うん」
「すみません、お力になれなくて」
「あ、ううん、事故とかじゃない方がいいんだからさ」
メイは、立ち上がるとぱたぱたとスカートを払った。
何かあったら、お知らせしますから、というシルフィスに、じゃ、頼むわ、と答えて、メイは騎士団を後にした。

その夜も、相変わらずキールの姿はどこにも見えなかった。
顔見知りと適当に雑談しながら夕食をすませたメイは、部屋へ戻る前にキールの研究室を覗いた。
一応ノックをしてから扉を押し開く。しんとした空気が、彼女を包んだ。
2、3歩中に入って、辺りを見回す。
廊下から差し込む僅かな灯りに、ぼんやりと室内が照らし出される。使い込まれた古びた机と、その上にきちんと積み上げられた本の山。机にぴたりと納められた椅子。まだメイには訳の分からない、複雑な文様の彫り込まれた魔導具の類。本棚に収められた、どこか埃を帯びた魔導書の列。
まるで、もうずっと主などいなかった部屋であるかのように、何もかもが静まり返っていた。
「……もー…!」
メイは、唇をとがらせてキールの机を睨む。
「なによ、あんた、あたしの保護者でしょ?世話係でしょ!?なのに、それほっぽり出してどこ行ってんのよっ」
平手で、ぱたんと彼の椅子の背を叩いて、その堅さに何故かふと息を詰める。
メイは、しばらくキールの机の前に立ち尽くしていた。
やがてくるりときびすを返すと、すたすたと扉に歩み寄る。部屋の外に出ると、メイは力を込めてドアを閉めた。