| 月城叶多様 |
クライン国王都のとある店先に、長時間たたずむ青年が約一名。 新緑の瞳を眼鏡で押し隠す、長いローブに緋色の肩掛けが眩しい彼の名はキール=セリアン。昨春クラインへ台風をひとつ召喚した、魔法研究院きっての秀才である。 「はあ……」 キールがため息を吐きつつ睨んでいるのは、ウィンドウの奥に飾られた一対のマグカップ。同じデザインで色と模様の違うそれは、明らかにカップル用のものだ。 カップのディスプレイの側にそっと置かれた値札を見れば、持ち合わせでも買えない事はない値段。 ペアのそれを買おうかと迷うキールには、ちゃんと渡したい相手がいるのだ。問題は、相手が受け取ってくれるかどうかなのだが。 「ふう……」 いつもより重くため息を吐いて、キールはうな垂れた。そして、もごもごと口の中で呟く。 「これで誤魔化されてくれるだろうか…」 恋人に何やら深刻に呟かせた彼女は、メイ=フジワラ。クライン一との呼び声も高いトラブルメーカーだが、被害の甚大さに反比例して見た目は大変可愛らしい。実験の失敗で異世界から召喚されてしまったのだが、事態を嘆くかと思いきや思いきり楽しみまくり、挙げ句の果てには実験の責任者であったキールとくっついてしまった。 無愛想で朴念仁なキールと鉄火で台風娘なメイの付き合いは、周囲の予想通り波乱に満ちたものだった。口喧嘩は最早当たり前、壁や天井をぶち飛ばすのも日常茶飯。定期的に大喧嘩もこなすが、何故か今まで無事に付き合っている。新クライン七不思議のひとつである。 そんな、喧嘩がコミュニケーションな恋人たちだが、たまには深刻に言い合ったりもする。 先日はキールの失言でメイを泣かせてしまった。最初は他愛のないじゃれあいだったのに、一体何処で食い違ってしまったのか。 あの時、駆け去ろうとしたメイを咄嗟に捉えられたのは、我ながら上出来だったとキールは思う。腕の中で、鳴咽をこらえ肩を震わせて泣くメイに、キールは心底すまないと思い、お前の気が済むなら何でもすると約束してしまったのが運の尽き。 泣き止んだメイが言った言葉に、キールは思わず固まりそうになった。 「あのね。何かお揃いのものが、欲しいな」 お揃い――それは恋人たちの必須アイテム。 なのだそうだ。メイによれば。 そんな恥ずかしい事できるか、と普段のキールならば速攻で言うところだ。 以前もそれで大喧嘩をした事があったが、今回は逃げて済ませる訳にいかない。何しろキールが自分から言い出してしまったのだ。 この難題に、ここのところのキールは振り回されっぱなしだった。 恋人の顔を見たい、そんなごく些細な欲求すら満たせない日々が続いているのだ。会ってしまえば、メイの催促の視線で焼き殺されそうになるのだから。 会えない、でも会いたい。会いたいが、あの視線は浴びたくない。 ということで、ちっとも身が入らない研究を放り出して、キールはとうとう街へ出てきたのである。 そこで偶然目に入ったのが、今目の前にしているマグカップなのだ。 シンプルで使いやすそうなデザインで、縦縞という模様もなかなか良い。色使いが対になっていて、デザインは微妙に違っているが、どちらも青系で自分とメイの好みにも合っている。何より、先日カップを壊したところなのだ。 これなら、そう人目にもつかなさそうだし、一石二鳥だよな…。 抜け目ない上司や妙に勘の鋭い双子の兄を思い、キールは頷いた。これなら、ばれてもそう恥ずかしくない。少なくとも、例の指輪よりは遥かに。 しかし、メイがこれで納得するかどうかが分からない。 メイの「お揃い」の定義に、マグカップが入るのかどうか。それが最も重要な問題なのだ。はずそうものなら、次には何を要求されるか分かったものではない。具体的な名前が出てくる前になんとかしなければ。 ひっくり返るくらい頭を使ったキールは、丁度良い言い訳を思い付いた。 「……そうだ、これなら……」 満足の行くまで計画を吟味した後、キールはそそくさと店に入って行った。 華やかな包装紙やらリボンやら、普段避けまくっているものに直面したキールは、いささか怯んだもののどうにか買い物を済ませる事が出来た。 後はこれを、メイに渡すだけだ…。 足取りも軽く魔法研究院へ戻ったキールは、早速メイの部屋へ行った。 扉が開くなり飛び跳ねるようにキールを迎えたメイは、久し振りに正面から見るためかとても可愛らしかった。 内心で、別に恋人の贔屓目じゃないが、などと誰に向けているのかわからない言い訳をしつつ、キールはおもむろに包みを取り出した。 「この間の、あれだ」 「うんっ」 いそいそと包みを開けるメイに、キールの心臓が騒ぎ出す。 吉と出るか、凶と出るか。 いや、まずはメイの反応を見てからだ――。 じっと見つめるキールの視線をものともせずに厚紙の箱を開け、柔らかい紙に包まれたカップを取り出したメイは、ぱっと顔を綻ばせた。 「マグカップだあ」 片方のカップを手にして、嬉しそうに目を細める。もう一つの方も手に取り、はいとキールに差し出した。キールも、今日ばかりは素直に受け取った。 「お揃い、だね」 「ああ」 良かった、気に入ったようだ――ほっと胸をなで下ろしたキールに、メイは何気ない一言を投げかけた。実に絶妙なタイミングだった。 「でも、どうしてマグカップなの?」 「どうせ必要になるだろう」 「必要、に……?」 さらりと言ったキールは、不意に訪れた静寂に、自分が用意した良い訳がどういう物なのか、今更ながら気付く事になった。 どうせ必要になる。 つまりそれは、研究院の備品じゃ間に合わなくなる、と言う意味で。 しかも二人揃ってと言う事は、一緒に研究院を出る事に他ならなく。 「…………………………」 「…………………………」 どさくさに紛れてプロポーズまがいの事を言ってしまったキールは、首まで真っ赤になって固まった。 どさくさに紛れてプロポーズまがいの事を言われてしまったメイも、耳まで真っ赤になって固まった。 予定外の甘い雰囲気を破ったのは、居たたまれなくなったキールの方だった。 咳払いひとつで照れを隠し――もっともそれは少しの効果もなかったけれど――そして、早口で言った。 「そうだろ?」 ぶっきらぼうなその一言に、俯きがちだったメイもそっと顔を上げた。手の中のマグカップを見て、そして。 「そだね」 その後、二人は盛大に照れながら、とりあえず揃いのカップで最初のティータイムを迎えたのだった。 END 【御崎より】 叶多さんのサイトで1999年の12月になさった、「ファンタクリスマス企画」に応募して、頂いた創作です(^_^)。希望のカップリングやシチュエーションでリクエストすると、クリスマスに創作が届くという、もう夢のような企画でした。 叶多さんのお書きになった「魔法の指輪」が大好きなので、あんな感じがいいなぁ…とのリクエストを差し上げましたら、なんとその続編ということで、この作品を頂きました(*^^*)。もう、このキールの照れぶりとラストの甘々ぶりが、卒倒するほど私のツボをぶち抜きまくりです(*^^*)!叶多さん、本当にありがとうございました! このお話の前作になる「魔法の指輪」は、叶多さんのファンタサイト 『Aster tataricus』さんにアップされています。もしもまだお読みになってらっしゃらない方がいらしたら、ぜひぜひご覧になってください(^_^)。 |
