| 久方蒔様 |
「あっちゃー、キール起きてるかな〜」 忍び寄る冬の足音。シンと冷えた研究院の回廊をぺたぺたと歩きながらメイは髪をかき上げた。 本日中と言い渡されていた課題をやっと仕上げたものの、もう夜も深い。下手したらキールは寝ているかもしれない。 (まー、あいつに限ってあたしより早く寝てるなんてことないだろうけど) 朝から晩まで研究研究。あれでよく倒れないものだと思う。自分だったら一日で気が狂いそうだ。 「あーあ、でも怒られるだろうなぁ・・・・とほほ」 課題を忘れていたわけではないけれど、友人である姫君のところで長居しすぎたのが敗因だった。でもあのタルトは美味しかったし仕方ないよな〜っ、などと溜め息を吐きつつその味を思い出して幸せに浸るという器用なことをしながらメイは歩く。 そして件の保護者の部屋のドアを前に、ここんと控えめにノックした。 「キールぅ。起きてる?」 ・・・・・・・・・。 返事がない。 「キール? 寝てるの?」 そーっとドアを明け覗くととランプはついていた。 愛想は悪いがあの保護者は、一応最低限の礼儀には煩いので居れば返事をするはずだ。鍵もかけずランプもつけたまま部屋を留守にするともおもえないし。また徹夜が過ぎて居眠りでもしてるんだろうか。 ならば好都合。こっそり課題だけ置いて出ていこう。少なくとも居眠りしていた(寝顔を見られた?)バツの悪さで、課題が遅かったことを強くは叱られないはずだ。 抜き足差し足、忍び足。 そーっとそーっとメイは進む。 (今度は足元に気をつけなきゃねー) 夏のあのときには足元に散乱する文献やよくわからないものに蹴躓いて、キールを起こしてしまったのだ。 居眠りをするくらいならちゃんと寝ればいいのにと思うが、言っても無駄だろう。無理させてるのは、自分がここにいるからだし。 はふ。と一つ息を吐く。 魔法研究院に在籍する魔導士としての研究及び彼自身が課題としている研究。それらに割り込ませて、自分を帰す為の帰還魔法を研究しているのだ。だからこそ、睡眠時間を削らなければ全てをこなすことができないのだろう。 罪悪感とその他もろもろ。 あの保護者は不器用で仕方ない。 「れ?」 部屋の目隠しにもなっている本棚を周り、何時も使っている机の方を覗くとキールが居ない。 (どーしたんだろ、お茶でも入れに行ってるとか? ・・・・・・トイレかな) ま、いいやとばかりに課題を机の上に置き出ていこうとしたら、なんとなく人の気配がした。 (?) そのドアはキールの私室に続くドアで、メイはそこに入ったことがない。 (寝てるのかな? だったらランプは消さなきゃだよねえ) インク壺のふたは開いたままだし。神経質なキールにしてがそのままにしているのは珍しいというか、見たことがない。勝手に机の上を触るとめちゃめちゃ怒られるので普段は絶対に触らないが、見てしまったからにはそれくらいしておいてやるのが人情だろう。 「キール、寝てるの・・・?」 小さな声で(もし寝てるなら起こすのは忍びないし、無言なのも気が咎める)問うて、そーっとそーっとドアを開ける。 こちらのランプ光が入って伺える部屋は本当にベッドくらいしかない。余分なものが全く無く、無味乾燥な仮眠室といったところか。 キールらしいと思いつつベッドの上の人影を見止めて、寝てるのだろうと判断してドアを閉めようとしたところ声をかけられた。 「・・・・・・イか・・?」 掠れた声。 寝起きというよりも・・・・・・・具合が悪そうな。 「どうかしたの? 具合、悪いの・・・・?」 無断で部屋の中に踏み込んでベッドの横に行くと、キールが着のみ着のままでベッドに横たわっている。 「・・何でもない。何か、用か」 起き上がろうとしたキールをメイが止める。 「課題出しにきたんだけど、返事ないし、ランプついたままだし。 ね、具合悪いんなら寝てなよ。ランプ消して出てくから・・・・あ、鍵開けっぱなしになっちゃうけど・・・」 よく見れば、本当に具合が悪そうだ。額に汗をかいている。 「ね、人呼ぼうか・・? 治癒魔法かけてもらいなよ」 治癒魔法は簡単な怪我や病気なら治せる。夜更けではあるが、急患のために誰か一人は宿直室に詰めているはずだ。 「いい・・・寝てれば治る」 人嫌いの気があるキールは、誰かを頼ることをよしとしない。 「でもさ」 「風邪、に、治癒魔法は、効かない」 そーいえば、講義でそこら辺を聞いた気がするがさっぱり覚えていない。 「熱は?」 手を伸ばして額に触れると結構熱かった。 (冷やした方がいいよね・・・・) 治療室の方にたらいやらタオルやらがあった。それを取ってこよう。 「冷て・・・」 メイの手を掴んでキールが呟く。 「冷やしたげるからちょっと待ってなさいよ」 言い置いてメイが出ていこうとするがキールが手を放さない。 「これでいい・・・・・」 「これでって、あんた」 完璧に病気だ。キールがおかしい。 しかし手を振りほどくのもどうかと思うし。病気のときには人間心細くなるものだ。この仏頂面の説教魔人だって、そいうときがあるのかもしれない。 (仕方ないなー) 少しだけ体勢を変えてベッドの縁に腰かけ、両方の手をキールの顔に当てる。 「気持ち良い?」 「・・・お前、冷たいな」 頬に当てられた手にキールが手を重ねる。 「あんたが熱いの」 (何か調子狂っちゃうなぁ) 重ねられた手の熱さに、自分の頬まで熱くなってくる気がする。 紅潮した頬。熱い体温。瞼を閉じた顔。無防備で可愛い、と思ったり。 (やばいよねぇ、これは・・・・) 悟られないよう、隠しているもの。 自覚しないように、気をつけて避けているもの。 「ねぇ、ちゃんと冷やそうよ。すぐ戻ってくるからさ、手、放して」 「これでいい」 「うぎゃっ」 最後まで言い終わらない間にキールの手が伸びてきて、抱きすくめられる。 「ちょっとぉ!」 「こっちのがいい」 「いっくら病人でもねぇっ!」 ぶつわよ、と言う前にあつい吐息がかかる。 「俺は、これがいい」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 完全に、理性を失ってる気がする。ってか、これは全うに頭が動くようになったらめちゃめちゃ恥ずかしいんじゃないだろうか。 (あたしにどうしろってのよ・・・・) 言いたいことはいろいろあるのだが、全部どうでもいいような気もするし。 振りほどいてほどけないことはない。けど。 意外に広い胸に、堅い腕。 熱い体温と吐息。 (きーるの匂いがする) 完全にキールにのしかかるような体勢になってしまうのだが、肩の辺りに顔をうずめてみる。 (ラッキーって、思っちゃえば、いっか・・・・) 背中に回された手も、服を挟んで重なった体も熱くて。この気候にはあったかくて気持ち良いと言えなくもない。 「ここに・・いろよ・・・」 消え入りそうな声。 「はいはい。分かったから、寝てなさい。 居るから、ちゃんと」 少しだけ身を起こして頬にぺったりと手を当てる。 「そっか・・・・」 安心したように呟いて、キールがぱたりと眠りに落ちた。 「どーせなら、素面で言ってくれればいいんだけどね・・・」 どいうつもりなんだろうとか。熱のせいだけなのかそれ以外もあるのかとか。 風邪のせいだけだったらどうしてやろうと思いつつ、物騒な事を呟いてみる。 「いっそ、キセイジジツ作ってやろうかしら」 翌朝、件の緋色の魔導士は、自分の横で眠る少女を発見し。 覚えのない状況にひたすらうろたえ自滅した。 「せ、責任はとる・・・・」 「責任って何の」 「だから、その、覚えてはないが」 「あのねー」 「いやっ、覚えてはないが、いい加減な気持ちじゃ・・・」 「・・・・」 好きだの一言を引き出すまで誤解を解かなかったのは少女だが。 これも一種のキセイジジツ。 世界が変われど、女の子はしたたかなのだ。 【あとがき】 出だしのネタが某所に置いてもらってる十三夜とだぶってるぞとか自主ツッコミ(爆)。 御崎さん、某所開設のお祝いのかわりにこんなもんでよろしければお納めくださいませ。 【御崎より】 キセイジジツ…いい響きだわ(笑)。あ、いえいえ、密着度の高い((c)久方さん)幸せなお話をどうもありがとうございました〜!(*^^*) タイトルはまたも私がつけさせていただきました…とほほ(^^;)。意味不明な横文字に逃げてごめんです(^^;)。 |
