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クリアブルーの空には雲一つなく、初夏の煌く日差しが、木の葉をすりぬけ下草に淡い影を落とす。
神殿の白亜の壁は日差しを反射して、祝福の為に訪れた人々の目を灼くが、それはいっそ、新しい日々の始まりを象徴するように清冽な印象を与えている。
その控室は神殿の大聖堂のドアを抜けて少し奥に位置していたが、そこからも彼らの為に集まってきた人々のざわめきを伝えた。
薄い萌葉色のカーペットに広がった純白のヴェールは、きめ細かく、ふんわりと広がったその裾には銀糸で繊細な刺繍が施されている。
「はー、きっれー・・・・・」
茶色の髪をさらりと揺らし、彼女はうっとりと溜め息をついた。
「本当、綺麗ですわ」
横で同じく感嘆の声をもらすのは薄紅の髪をもつ少女。
二人からの称賛に、部屋の中心に置かれた椅子に座らされていた純金の少女が恥ずかしげに頬を染めた。
アンヘル種族であった彼女は、この春に女性への分化を終え、そして今日、彼女の性別を確定した男性と女神の御前で生涯の誓いを立てる。
「本っ当、こんなキレーなお嫁さんもらって、あの人も幸せもんだわー」
「あんまりにも綺麗すぎて見せるのがもったいないですわ・・・」
式の当日、花嫁は肉親以外の男性には姿を見せないのが習わしということで、まだ花婿でさえもこの艶姿を見ていない。
純白のヴェールに透かした髪は金。白いドレスは幾重にも薄布を重ね、各々の色目が微妙なグラデーションを波打たせる。白く華奢な首もとをおおうのはリング状に編まれところどころに真珠とオパールを水滴のようにあしらった華奢な金細工。ベールを止めるのはふんだんに白い生花をあしらった留め金。白い頬にはほんのりと紅をのせられ、口元は少し明るめのオレンジを交えた赤い口紅が刷かれている。
今日の彼女は夢のように、奇跡のように美しい。この装いはただ一人の為だけに。
「メイ。そして姫。今日は来てくださってありがとうございます」
装いを崩さないよう、けれど深い感謝をこめてシルフィスが頭を下げた。
「ううん! 親友の結婚式だもん、当たり前だよ」
ふるふると髪を振ってメイがいえば、ディアーナも続ける。
「そうですわ。たとえ結婚しても、離れてしまっても、わたくし達はずうっとずうっと、お友だちですのよ。だからわたくし、貴方が、わたくしが嫁ぐ前に結婚してくださって本当に嬉しいですわ」
ディアーナもあと半年もしないうちにダリス王国への輿入れが決まっている。たとえどんなに思っていても、他国の王妃となってしまえば、友人の結婚式のために戻ってくることはできない。だからこそ、彼女にとっても友人の婚儀を側で祝福できるのはとても嬉しいことなのだ。
「お二人とも、もしよろしければ、このヴェールに一針、刺繍をいれていただけませんか?」
「え? これもうできてるんじゃないの?」
シルフィスの身につけている衣装は、彼女の両親がアンヘル村からわざわざ運んできたものだ。村の女性皆で彼女の為に用意したのだという。この刺繍も全て村の女性の手によるものだそうだ。
「私の村では、婚儀の直前に大切な方に刺繍をいれていただけると幸せになれると言うんです。だから、お二人に是非お願いしたいと思って」
近しい者からの祝福と祈りは何よりの餞になるということだ。
にっこりと笑って言うシルフィスに、頷き、メイがベールの裾に刺繍の出来を壊さぬように慎重に針を入れる。続いてディアーナも同じく銀の糸を通した。
刻々と挙式の時刻がせまり、ブーケを手に、シルフィスが立ち上がった。
「私は・・王都にこれて本当に良かったです。あの方に出会えただけでなく、あなた達に出会えたことを、運命と女神に感謝しています。あなた達に出会えたからそこ、今の私があるんだと思います」
「わたくしも二人に出会えて良かったですわ。言葉にはできないほど沢山のものを二人からいただきましたもの。たとえダリスに嫁いでも、わたくし、ずっとずっとあなた達を思っていますわ」
「うん、あたしも、あんたとディアーナに会えて、本当に良かった。この世界に召喚されて、本当に不安だったときに側にいてくれたの、支えてくれたこと絶対に忘れない。だからね、絶対に幸せになってね。
もーし、夫婦喧嘩したときにはいつでも家においでよ? どんなことがあったって、あたしはあんたの味方だから!」
「ま、メイったら、これから結婚するのに夫婦喧嘩はないでしょう?」
メイの最後の言葉にディアーナがまぜっかえして、3人はくすくすと笑った。
真紅のヴァージンロードを歩むシルフィスは本当に美しく、凛とした横顔で前を向いていた。
新婦の父の手から花婿にその手を委ねられ、彼女は花が綻んだような微笑を浮かべた。
秋にはディアーナがいなくなる。そうして自分たちは違う道を歩みはじめるのだ。
それは、自分たちが選んだ最善の道で、とても素晴らしいことだけれども、一抹の寂しさが風のように吹き抜ける。今までのように気軽にあえる距離ではなくなるから。
メイは自分の横に立つ人物を見上げた。
今日ばかりはいつものローブ姿ではなく白の正装で、ステンドグラスから降り注ぐ光を受け、亜麻色の髪が複雑な色に透けた。
多分、いつか自分もこの人と式をあげるのだろうけれど。
メイの視線を感じたのか、少しだけメイに視線を向け、前を向けという風に小さくこづく。
(ホント、いつになったらプロポーズしてくれるんだろうな・・・・・)
小さくため息をついてメイは前を向いた。
この世界に残ることを決め、メイは春に魔導士としての資格を取った。同時にクラインに帰化している。現在は、ラボを開くためにキールが街に借りた家で、既に二人で暮らし始めている。
彼は帰るなと言った。
そして自分は帰らないと言った。
―――それが約束になるのかもしれないけれど。
生涯を共に生きる相手をきちんと手にした二人の友人がうらやましい。
(ちゃんと言って欲しいってのは、我が儘、なのかな)
言葉を紡ぐことが苦手な彼に、沢山のことを求める気はないけれど。
(はああ。ブーケでも貰ったら、ジンクスに縋れるかなぁ)
花嫁のブーケを手にしたものが次に花嫁になれるという。せめてそれに期待しよう。
いくらなんでも。
たとえキールでも。
そのジンクスくらいは知っているだろう。
歓声とともに、大聖堂から外へ続く扉が開かれ新郎新婦が姿を現した。
祝福のライスシャワー。小さな花と紙吹雪が盛大に降り注ぐ。
祝いの声と笑顔、笑顔、笑顔。彼らを冷やかす歓声。
花嫁がブーケを投げるべく構えると、いっそう大きな歓声が上がった。
一応投げて貰う約束はしているけれど、上手くキャッチしなければ他の人の物になってしまう。
わくわくしながらシルフィスを見つめ、メイは投げられたブーケの軌跡を追った。
そして、ばさっ、と軽い音と共に、ブーケが手の中に収まった。
歓声とブーイングと彼をからかう声が飛んだ。
(えええええええっ!!?)
シルフィスの投げたブーケは見事にキールの手の中に落ちていたのだ。
(シールーフィース〜〜〜ぅ!!)
悔しいやら、がっかりやら、複雑な思いを込めて投げた彼女に視線を送ると、シルフィスはにっこりと、少しだけ意味ありげに笑った。
「ひゅーっ♪ 次はおまえさんが花嫁だな」
ダークブルーの髪の宮廷筆頭魔導士の言葉に周囲がどっと笑った。
「結婚式には呼んでくれよー!」
「じゃあ、花婿はメイ?」
「それはそれで面白いかもしれないぜ♪」
口々に人々が勝手なことを言い出し、メイが見上げると、隣で、ブーケを受け止めたキールが憮然とした表情で煩さ気に眉を上げていた。
次々と飛ぶ野次。キールはブーケをメイに渡し、絡んでくる筆頭魔導士に文句を言い募る。
新郎新婦が歩みだし、野次が波をひくように納まり人々の目は彼らからはずれた。
少し傾いた日差し。
ブーケの花を散らさないように抱え、その匂いを胸に吸い込んでメイが息を吐いた。
「びっくりしたなー、もう。シルフィスってばキールにブーケ投げちゃうんだもん!」
式が終わり、二人は街にある家に向かって帰途についていた。
「それにしても、シルフィスすっごく綺麗だったなー。あのウエディングドレスって、シルフィスのとーさんとかーさんがわざわざアンヘル村から持ってきたんだって。いいよねー。そいうのって」
手にあるブーケは白い百合を基調として周囲にスプレーフラワーで華やかさを加え、緑の葉とレースで色合いをひきしめている。
例えば自分のときにはどんなドレスで、どんなブーケを用意するだろう。
そしてどんな人がお祝いにきてくれるだろう。
「でね、シルフィスのヴェールにあたしとディアーナも刺繍したんだー。あこがれちゃうなー、ああいうの」
この世界は異世界で。自分にとってはファンタジーそのものの風習などがあったりして面白い。自分の国の白無垢や三三九度も、こちらの世界の人間にとっては物語めいた物なのだろうか。
などと考えていたら、メイの話を聞き流していたはずのキールの視線が刺さっていた。
「? どしたのキール」
その沈黙と視線がいつもと違うようで、メイが訊ねる。
いつの間にか歩みが止まり、少し後ろで立ち止まったキールが、躊躇うように、重いように、口を開いた。
「・・・・・・・もうすぐ、帰還魔法が完成する」
それは知っている。あの帰還魔法の失敗をきっかけに二人は想いを通じ合わせたけれど、キールは帰還魔法の完成をあきらめた訳ではなかった。いつか、何かのときの為にと、彼は研究を続けていた。
「うん」
何か、キールが大事なことを言おうとしているのを悟り、メイが小さくだけ頷く。
「こちらの世界には、あんな風に・・、おまえの結婚を祝ったりする、肉親はいない」
躊躇いがちに、言葉を探している風に途切れ、キールは続ける。
「お前はそれでもいいか? ――それでも、ここに残るか・・・?」
風が、メイの髪をさらりと揺らした。
帰れ、と言われてるのかと一瞬思った。
けれど、違う響きがあった。
「あの時は帰してやる手段がなかった。けど、今は、帰してやれる。
帰る手段があっても、お前は、ここに残るか――・・・?」
ゆっくりと歩み寄って、メイはキールの腕をつかんで見上げた。
「あのね、キール。あたしは帰らないって言ったよ。帰れないから、じゃなくて、帰らないって言ったの」
元の世界の両親や弟、友達のことを忘れたわけではない。
けれど。
「今だってその気持ちに変わりはないよ。
あたしは、キールの側にいたいから、ここにいるんだよ?」
一番大切なものが何か知っている。それを失いたくないから。
メイがきゅっと唇をひきしめて見つめると、キールはゆっくりと息を吐いた。
腕を掴んでいたメイの手を離し、視線を合わせて口をひらく。
「お前が、後悔しないなら、本当にそれでいいなら。一生、俺の側にいてくれないか」
離したメイの手を少し力をこめて握り、最初で最後の言葉を告げる。
「ラボが軌道にのったら、結婚しよう――」
くすくすと楽しげな声が漏れる。
「ですからね、やっぱりキールにブーケを渡して正解ですのよ」
小花の刺繍をちらしたクリームイエローのヴェールをととのえながらディアーナが楽しげに言った。
同じように、白とピンクの八重咲き種のチューリップのブーケのレースとリボンを整えながら、シルフィスがネタばらしをする。
「姫の提案だったんですよ、キールにブーケを投げるのは。メイに渡すよりもずっと、他の人にからかわれるのが良い刺激になると仰って」
それを受け取り、にっこりと笑いながらメイが言った。
「あんときはびっくりしたわよ。だってキールにブーケって変じゃない。
でも、ま、おかげさまでこの通り、結婚式って訳?」
「シオンとか物凄く乗り気で余興の用意していましてよ」
「あー、キールの嫌がる顔が目に浮かぶわー」
「見てのお楽しみだそうで、何を用意しているのか誰にも教えてくださらないんです」
「キール用のドレス、だったりしたら、どうしよっか・・」
シルフィスの式で言われた言葉を思い出してメイが呟くと、
「ありえますわ・・・」
「いや、でも、まさか・・」
「何考えてるんですか、あんたは!!?」
「ブーケを受け取った奴が花嫁ってジンクスだろー。お色直しの余興にはぴったりじゃないか」
花婿の控室のあたりから、叫び声が聞こえた。
一瞬顔を見合わせ、彼女たちはどっと笑った。
今日は快晴。
秋の高い青空の下。
ライスシャワーの降り注ぐ中、憮然とした表情の緋色の魔導士と新米魔導士の結婚式が行われた。
その披露宴の余興がどうなったかは、参加者だけの秘密だそうだ―――。
【あとがき】
御崎さん、HP開設おめでとうございますー! 遅くなりましたがこれでお祝いをば。
例によって例のごとく押しつけた方にタイトルをつけていただく私・・・。
【御崎より】
もう、心洗われるような、幸せなキルメイをほんとにありがとうございますーー!(*^^*)
ブーケのジンクスでさえ「いくらなんでも」って言われちゃう彼が素敵(笑)。
披露宴の余興…見、見たい…誰か取材して…(笑)。
タイトル、こんなのでよろしかったですかしら?(^^;)複数形を使ったのは、3人みんなに幸せになって欲しいからですの(*^^*)。これって、素敵な女の子たちのお話でもありますよね(^_^)。
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