| 久方蒔様 |
ゆっくりと雪が降り積もる。 神殿の前で、家の中で人々は新しい年の始まりを息をひそめて、心を踊らせて待っている。 俺の腕の中でも、くすくすと笑いながら彼女が神殿の鐘を―――いや、俺の顔を見つめている。 別にこの歳になってしまえば、新年が来ようとどうといったことはないが、やたらと賑やかなことが好きなこの少女は、絶対に神殿の前まで行くのだと主張して、今ここにいる。ついでに言えば、嫌だと言ったにもかかわらず、ちゃっかりと俺のマントの中に。 2、3日前から、メイはやたらとせわしなく動き回っていた。 大掃除と称して人の部屋をかき回し、今日は今日で朝から研究院の厨房でなにやらはりきって料理していたかと思うと、夜になってからはめかしこんで、俺の部屋に押しかけて来て、神殿へ行くのだと俺をひっぱりだす。 そして今ここに居る俺は、我ながらこいつの押しに弱いと思う。……以前の俺なら、いや、他のやつになら絶対に流されはしないが。 「何がおかしいんだ」 俺の憮然とした声にも怯まず、メイは自分の前に回されている俺の腕にぎゅっとしがみついてケタケタと笑う。 「だぁーって、あーんなに嫌がってたのに、一言で折れちゃうんだもん」 むっとして眉間にしわを寄せた俺に、メイはさらに笑う。 こんな雪の夜に何を好き好んで外に出かけなきゃならないのかと言って渋っていた俺に、こいつは強烈な脅しをかけたのだ。 「あ、そっ。ふーん……キールは、あたしと居るの嫌なんだ。 一緒にいてくれない人の為にあたし、ここに残ったんじゃないんだけどなー…」 その後で、さらに、 「あんまり寂しいと、あたし、そのうち帰れることになったら帰っちゃうかもねぇ」 そう言われて、俺がどうして反抗できよう。神殿に着いたら着いたで、寒いと言い出し、マントの中にいれろと主張するし。普段なら絶対に――少なくとも、人前では――許さないが、今日ばかりは俺はこいつには逆らえない。 笑いを納めたメイは、俺を見上げて話す。 「あのねぇ、あたしの居たとこではね。二年参りって言って、一年の最後の日と翌年の最初の日にまたがって神社…って、言ってもわかんないか――神殿みたいなとこにお参りに行くの。でね、今年一年健康で幸せに過ごせますようにってお祈りするのよ」 俺の願いを聞きとげてここに残ると決めた彼女だが、相変わらず自分のスタイルは変えない。――もちろん、それは悪いことじゃない。彼女にとってはそれが『普通』なのだから。 「いつもはね友達と行ってたんだけど、今年はキールがいるから。恋人ができたら、絶対二人で行くって決めてたんだもーん」 照れたようにくすくすと笑いながらメイはマントに顔をうずめる。 辺りが一瞬ざわめき、はっとしたかと思うと顔をあげて空を見つめた。 カラーン カーン カーン カーン カーン カラーン カラン カーン カーン カーン カラーン 神殿の鐘が――そして街中の鐘が新しい年の始まりを告げた。 降り積もった雪が余韻を吸いこんで、静かに、厳かな響きを持って鐘が鳴る中、メイは向き直って俺に告げる。 「あけましておめでとう。今年も宜しくね」 「ああ、…今年も宜しく」 去年の今ごろは、こいつはこの世界のどこにも居なかった。けれど今はここに、俺の腕の中にいて、今年もずっとここにいる。運命の巡り合わせは不思議で――…信じられないくらい、俺は今、幸せだ。 だから女神よ、感謝します。彼女に出会えたことを。そして願わせて下さい。彼女がこの世界から消えないように。どこにも行ってしまわないように。 しばらく大人しくしていたかと思うと、メイはマントからするりと抜け出し、軽やかに言った。 「さ、帰ろっか」 人込みの中、離れていかないように手をつないで、寄り添って歩く。 「で、お前は結局何がしたかったんだ…?」 あまりにもあっさりと帰ると言うので聞くと、メイはくすりと笑った。 「お祈り。一人より、二人。家の中より神殿の近くの方が神様に届きそうじゃない? キールと出会わせてくれてありがとうって、だから、今年もずーっとずーっと一緒にいられますようにって」 側にいて、同じ事を願える幸福 今年も 明日も ずっと、永遠に続くように 「部屋に帰ったら料理食べようね、頑張って作ったんだから」 「何つくったんだ?」 「イロイロ。おせち料理…は、作れないから、とにかくご馳走!」 「……食い過ぎて腹壊すなよ」 「あんたねーっ、新年早々そう言うこと言う!?」 「来年はクライン風のお祝いの仕方教えてよね」 「ああ」 ―――女神よ、願いを叶えたまえ |
