| 松前杏子様 |
がたん。 ものすごい風によって、窓が割れるかと思うほどの音を立てる。その音にメイは身体をびくりと震わせた。 「や・・・やーね、ただの風じゃないっ」 そういう声はどこか震えている。ふんぞり返った偉そうなポーズも、どこか空元気を思わせた。その証拠に。 どんっ。 どこかに大きな雷が落ちたらしい。直後メイは周囲に響き渡る大絶叫をしながら、部屋から駆け去ったのだった。 嵐が、やってくる。 年に一度あるかないかの。 クラインは比較的温暖で、気候が安定していた。めったに天候が崩れることはない。雨は降るが、豪雨、ましてや嵐など、ほとんど起こらない。 だから、人々は嵐がやってくると、家に閉じこもり、ただただ過ぎ去るのを待つばかりであった。 嵐は「破壊」と「再生」の証し。だからこそ人は恐れつつも敬うことを忘れないのだ。ひっそりと、家の中で弱い人々は、天の力を窓から見上げているしかない。 その、嵐がやってくる。 キールはこの日も読書をしていた。否、研究の為の書物を漁っていた。窓の外がうるさいのはしょうがないが、それでもそれらは彼の集中力を妨げるものとはならない。 今まさに内容は佳境へとはいっていった。キールの集中力はますます鋭くなり、目の前の文字以外は何物も目に入っていなかった。 だが。 ドタドタドタドタドタッ!!!! ものすごい音が、廊下から聞こえて来た。書物から逸らそうとする、ある種のものすごいエネルギーをそこから感じ、キールは果てしなくいやな予感がした。だから、何も聞こえん、何も聞こえん、と念仏のように唱えて、無理矢理意識を集中させる。 バッターーーーンッ!! キールの部屋のドアが、素晴らしいほどの勢いをつけながら開いた。否、開かされた、と言った方が正しいのだろう。何故ならそのドアには鍵がかかっていたのだから。 やっぱり、とキールは思う。吹っ飛んだドアの鍵を目の端で捕えつつ、諦めの混じったため息をつきながら、本を閉じた。そして、頬杖をつきながら闖入者に目をやる。 「なんだ?」 小柄なその侵略者は、肩で息をつきながら、なおかつ何故か脇にMyまくらを抱えて、潤んだ目でキールを見やった。 「きっ・・・・・キールぅぅぅぅぅ」 いつもと様子が違う彼女に対して、キールが眉をひそめる。 一体どうしたというのだろう? だが、とにかく、と思う。 「メイ、静かにしろ。うるさいぞ」 「だって、だって、・・・・・・が鳴るから」 メイは泣きそうになりながら、ぼそぼそとつぶやく。その声があまりにも低かったため、キールには語尾が聞こえなかった。 「あ?」 「かっ、雷が鳴ったからッ!!」 ほとんど叫ぶようにして言ったメイに、キールはしばしあ然としてしまった。まさかメイがそんなものが恐いとは思わなかったのだ。 だが、怯えたようにきょときょとと辺りを見回す大きな瞳と、微かに震えている華奢な身体を見て、キールはなんだかひどく、愛しくなってしまった。 「馬鹿だな・・・・・・」 ささやくように言うキールのその言葉に、メイは一瞬泣きそうになった。それがまた、なんとも言えなくて。 だからキールはそっと手招きをするのだった。 「ほら・・・来いよ、メイ・・・・・」 さらさらの肩口で切り揃えた髪に手を滑らせながら、キールはその細い身体を引き寄せた。そうしてそのまま少女には何も言わせずに、ベッドに押し倒す。 「きっ、キール・・・!?」 少女は顔を真っ赤にしながら抵抗しようとしたが、キールは彼女の肩を押さえて動きを封じると、自分も白い毛布を除けてベッドに入った。 近くに見える、白い少女の顔。それは今や真っ赤になり、そうして薄暗い毛布の中で、ほのかに浮かび上がっていた。 きれいだ・・・・・・ 思ってもキールは決して言葉に出さず、毛布を頭からかぶった。全ての光は遮断され、二人の息遣いだけが部屋に響いた。ひどく鼓動がうるさかったが、それを気にせずしばしの間二人は、そうしていた。 ごろごろ、と天(そら)で雷が鳴っている。 近いな、とキールは思う。 途端大きな音が響くと、辺りは黄金に輝いた。毛布の中からでも、その光の凄まじさは分かった。 キールは、毛布がなければ、さぞかし綺麗な光景だっただろうと思ったが、自分のすぐ側で震えている小さな少女の存在を思うと、その事はやけにちっぽけなことに思えた。 キールはそっと少女の背中に手をやると、ぽんぽんと軽く叩く。 「大丈夫だから」 ささやく言葉はひどく低くて。でも少女にははっきりと聞こえる音で。 「こうすれば安心だろ」 言いつつ、少女を引き寄せ、己の腕の中にすっぽりと収める。 「風の音しか、しないから」 少女の身体から、わずかに力が抜けたのが分かった。荒かった呼吸が規則的なそれへと変わる。キールはさらに安堵させるために、優しく優しく背をなでた。 風の音だけが、毛布の中へと侵入し、あれ以来光はなりを潜める。風の音だけが、聞こえる。 がたがたと窓を震わせ、人を怖がらせるような轟音を響かせ、そうして時には優しい音色に変わる。その、風の音だけが聞こえる。 ふっと、キールの胸にしがみつく少女の手に力がこもる。彼は顔の真下の彼女の顔を見ようとしたが、影になって見えなかった。 「うん・・・・・・風の音しか聞こえないね・・・・」 そこで、少女は小さく笑う。 「あとキールの胸のどきどきかな・・・・・すごい早いよ?」 「あほ・・・・・・」 キールはそっぽを向いて、言葉を落とす。だけどすぐに微笑むと、少女にくちづけをするのだった。 何故なら、少女の鼓動は、キールのそれよりも早かったのだから。 風は吹き荒れ、全ての雲を攫い、そうして辺りを無に還す。後に残るのは、ただただ穏やかな風の音だけ。 嵐が去り、あともう少しで空には青色が広がるだろう。 【あとがき】 御崎しゃんへの愛だけで書きました。でも内容は薄っ。
【御崎より】 |
